第19話


 ロウリィは必死で廊下を走った。

 死神の手の届く範囲から、視線の届く範囲から、一刻もはやく逃れたかった。

 廊下の角を曲がると仲間の姿が目に入った。涙ながらにそこに飛び込むと3人の仲間は彼女の有様から状況をすぐに確認した。

 「ロウリィは下に行って団長たちを呼んでこい。マキス、ヘンドウ、行くぞ!」

 重戦士のタイトウが格闘家マキスと僧侶のヘンドウを連れ、ロウリィが来た道を走って戻る。

 重戦士は全身を鎧に包み大型の剣を手に持ち走る。格闘家は高まった戦意に突き動かされ、重戦士を追い越し先頭にでる。一番後ろで戦地に向かう恐怖に緊張している僧侶のヘンドウが走る。

 廊下を曲がり最初に見えたのは仲間の死体だった。

 喉元にナイフを差し込まれて仰向けに死んでいる魔法使いと、壁に頭部を打ち込まれて壁から伸びる根っこのようになっている僧兵の死体。武闘家がそれを飛び越える時、室内にも死体が見えた。しかしその事よりも先に気づいた、廊下の突き当り、照明の下にたたずむ影の存在を。

 「いたぞーー!」

 叫びながら突撃を開始する格闘家、それに続いて重戦士も死体を越えて駆け出す。

 突き当りの壁を背にした影の男が向かってくる格闘家に対して戦いの構えをとる。

 飛び込みざまに二手二足の連撃を放つ格闘家。廊下は狭いが一人の体術者がその技量を振るうには十分だ。重く早い攻撃を受け切る暗殺者。その瞬間、格闘家マキスはこの暗殺者の技量の高さを確認した。自分の仲間たちがこのたった一人に殺されたという事実を、実感できるほどの技量の高さを感じた。彼一人では確実に返り討ちに合うだろう。

 「ならば!」

 さらに二撃、攻撃を加えるが、頭部を狙った拳は安々と止められる。止められた拳のくるりと返して拳を開く。手の中に握っていた灰を暗殺者の顔にぶつけた。

 とっさに目をつぶったものの片目の視界を奪われる影の男。視界を奪った格闘家の追撃を警戒するが、格闘家は意外な行動をとった。

 いきなり床にその身を投げて、影の男の両足に抱きついた。両足の自由を奪われる影の男。バランスを崩して倒れそうになるが、すぐ後ろの壁にもたれかかりなんとか堪えた。

 そこに遅れてきた巨漢が大剣を振り下ろした。

 咄嗟に腕をクロスして命を断ち切る一閃をガードする。両腕に装備した防具が衝撃にへこむ。下半身が不自由な状態でその特大の一撃を受け止めたため両肩に大きなダメージを受ける。大剣の切っ先が壁を切り込んでいたため、なんとか止めることができた。

 不自由な影の男にもう一撃、トドメを入れようとする重戦士だが、それをさせまいと両腕の防具に付いた爪で大剣を挟み込み抜かせない影の男。その押し引きの駆け引きを少しやると重戦士はすぐに剣を諦めて手を離した。

 この狭さで大剣にこだわる必要はない。両者が手放した大剣が落ち、しがみついている格闘家の顔の前に落ちる。

 獣戦士はガントレットを着けた両手を構えた。その姿はトゲの付いた鋼鉄を拳につけたヘビー級のボクサーだ。

 高鉄の拳が飛んでくる。上半身だけをそらしてそれをなんとか避ける影の男。壁に拳が当たり砕く。この重戦士が前世で得ていた特性か、高鉄の拳は刃物以上の凶器になっていた。重さと早さと硬さを兼ね備えた殺人ジャブが飛んでくる。それをかわし続ける影の男だが、足を完全に封じられて避けきることができない。拳がかすり血が出る、拳をガードしても血が出る。徐々に不利になっていく状況。獲物の動きを捉えた重戦士がトドメのフィニッシュブローを放つ。しかし影の男はそれを読み、深々としゃがんで避けた。拳は壁に当たり壁を震わせ大穴を開ける。

 足にしがみつく格闘家と顔を合わせるほどしゃがんだ影の男は、足に装備した細い、かんざしのようなナイフを抜く。

 下にいる敵を見ようとする重戦士だが、フルプレートの鎧が下方向へ視線を向けるのを阻む。

 しゃがんだ状態から飛び上がるように伸びる影の男。刃物を持った拳をアッパーカットのように重戦士のアゴに叩きつける。フルフェイスの鎧兜の首下にある僅かな隙間に、手に持った細い刃物を刺しこんだ。

 顎下から侵入した刃は下から歯を抜きながら上顎に刺さり左眼球を串刺しにして上まぶたから外に出た。

 スイッチが切れたロボットのように重戦士の動きが止まった。兜の下から血が流れ出し止まらない。

 その姿に恐怖してしまった格闘家の腕が緩む。影の男は抜き出した足を後ろに引き、格闘家の頭をボールのように蹴った。

 勢いは凄まじく格闘家の首は、関節が緩んだおもちゃのように頭を過剰に前後に振りながら床を回転した。

 再びスイッチの入った重戦士は拳を振るうが、兜の狭い視界のうえ片目を失い目標が見つけられない。無闇に壁を殴って穴を開けているだけだ。

 それを後ろから静かに見つめていた影の男は新たに取り出した刃物で、重戦士の命を最短の手法で奪った。

 首から吹き出る血液で鎧を赤く染めながら、重戦士は恨みの鳴き声を吠えながら沈んだ。

 影の男が振り返ると、もっとも頼りになるはずだった前衛2人の死を見て、まったく動けなくなっている僧侶ヘンドウの姿があった。

 「8…」

 ようやく影の男が声を発した。それは彼が今まで殺した団員の数だった。

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