第16話


 旅団の屋敷は地上3階と地下1階の4層である。2階にはリビングと個室、3階は全て個室。1階は訓練室と書庫と調理場、地下には倉庫がある。

 いったん防衛体制に入れば外部からの侵入はほぼ不可能と言っていい。

 建物内部の探索が終わり、侵入の痕跡は見つからなかった。侵入者の姿も見つからなかった。

 料理人マイキスは警備のシフトを外してもらい、一人調理室で料理を作り続けた。彼にとって今回の新拠点の祝いの料理は最大の見せ場になるはずだった。良き料理は旅団をまとめ上げより強く高みに上げる、そう信じていた。それがこんな警備メシになってしまうとは。無念さを抱えながらもその無念の気持ちですら料理に昇華させる。

 調理台に付いたふいごを踏み続ける。送り込まれた空気が薪の火に酸素を与えて火力を倍増させる。この調理台は彼が新拠点のために特注したものだ。今までにない火力の強さで新たな「前世メシ」が作れる。次々と料理を作り運び食わせ、地下から材料を運び出す。

 本来なら一週間はどんちゃん騒ぎの予定だったので材料は山のように買い溜めしてあった。地下貯蔵庫には巨大な肉の塊がいくつも転がっている。

 食いざかりの肉体労働者が13人もいるのだから、これでも足りるかどうか。必要な分の食材と酒瓶を一本持って冷えた地下貯蔵庫から一階に上がっていった。


 巨大な肉の塊。食用の牛をただ殺してバラしただけのモノ。サイズは人の胴体よりも大きい。保存のための蝋を塗った紙で巻かれている。

 その紙の一箇所がピンっと張った。

 プツリと穴が空き、そこから刃がゆっくりと立ち昇る。音もなく刃は下に、水面を走る鮫の背びれのように滑っていき保護紙を切り裂いた。

 刃は巨大な肉の塊にポケットの縦穴を開いた。そこを押し広げ、黒い影がのろりと姿を現した。

 巨大な肉に見えたが中身は空っぽで、この影の男を隠すための肉の繭でしかなかった。


 男は周囲に目を配った後、階段下まで音もなく駆け寄る。地下の食料保存庫の階段は一階の調理場に直通している。


 酒瓶から直接一口飲む。

 団長は飲酒を禁じていたが、料理をする時に飲まないでできるか。特製のふいご付き調理台で特製の中華鍋を使って炒め物をする。

 「これ、これ!この火力が欲しかったのよ」

 ファンタジー世界の不自由から脱する喜び、それは料理の分野においてもある。高い火力が野菜を熱し前世の記憶を呼び覚ます料理に変わる。

 炒め物に夢中になっている料理人の背後に、あの黒い影の男が立っていた。

 片手は料理人マイキスの口を塞ぎ、もう一方の手は背後からナイフを突き立てマイキスの心臓に狭く深い穴を開けた。

 影の男は背面から肋骨にかすめることなく心臓を貫く見事な腕前でマイキスを料理した。

 絶命したマイキスの脱力した体は前方に倒れ、求めていた大火力により熱く熱された鍋の中に新たな材料を投入した。

 影の男は、炒められる男の顔面とその臭いにさしたる興味もみせず、調理場を後にした。

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