第15話


 ケヴィンとヘンドウがリビングに戻って来た時、ほとんどの団員も探索から戻っていた。

 山の彼方に沈んでいく夕日の赤い光がリビンを赤く照らしていた。

 最後の鎧戸が閉められその光も細く消えた。屋敷中にかけられたランタンの炎の色がそれに取って代わる。

 何もせずに待つ時間を与えれば団員が浮つき不安に飲み込まれる。それをよく知るテイラー団長は4人ずつ3交代の警備シフトを命じ、最初の4人が屋上に上がる。

 この屋敷が防衛状態になると外部からの侵入はほぼ不可能。そして少数でも周囲を監視できるように設計もされている。

 13人中残った8人にはなるべくリビングにいるよう命じた。

 待機を命じられた団員はそれぞれに自室に行き各々の装備を持ち出してくる。もちろんダンジョンに潜るようなフル装備ではないが、室内戦闘に十分対応できる防具武具を装備して戻ってきた。

 彼らはただ狩られるのを待つだけの農民ではない、歴戦の傭兵集団なのだ。各々が感じている恐怖を戦意で打ち消すことができる。

 料理人マイキスが厨房から料理を運んできた。戦場で食うような食事ではない、パーティー用の豪華な料理だ。団長がたしなめるが

 「しょうがねーだろ、今日のために朝から作ってたんだから。戦うにしてもメシはいるし、どうせ食うならいいもん食いたいだろ」

 本来ならこの新拠点建設のお祝いの食事として作られたものだ。その場違いな豪華さに思わず皆が歓声を上げてしまう。団長も認めざるをえない。

 「いいだろう、みんなで食おう。勝利のメシだ。ただし酒はぜったいに駄目だ」

 念を押した団長は、まず鳥の足を引きちぎって掲げた。


 見張りを交代し、屋上から戻った団員は先に食べている連中に文句を言ってから、自分たちも豪華な食事を楽しんだ。

 次に交代し、ケヴィンも外に立った。夜の山間部は冷える。周囲には火の明かり一つ見えない。星と月の明かりがギザギザと続く針葉樹の森の果てまで照らしていた。

 周囲には人影も動物の影もなく、眼下の堀まで一直線に垂直にそそり立つ壁に、登ってくる影もなかった。

 そばに自身も見張りに立っている団長がいた。ケヴィンはいまだ胸に漂っている疑問、あの写真を貼ったのが何者なのかを訪ねてみた。

 「うちの魔法連中にも聞いてみたが、皆目不明だそうだ。複数魔法を同時にやれば可能かもしれないが、それに俺たちがまったく気づかないというのも妙だ、ともな」

 「大丈夫です…よね」

 ケヴィンはこの旅団と団長に絶対の信頼をおいている。13歳から今日まで一緒に暮らし戦い、のし上がってきたのだ。この無慈悲で無残な世界で唯一信頼し合える家族。家族は自分を絶対に守ってくれると信じたかった。

 「これ、なんだか分かるよな」

 団長は胸元から取り出す。あの写真だ。団長はこともなげに自分の過去の姿をケヴィンに見せた。

 痩せた、メガネのサラリーマンの男。中年の一歩手前といった年齢に見えた。

 「写真、団長の過去の姿です」

 「そうだ、写真。こんなものはこの世界にはない。断言できる。このレベルのものを作るためには様々な分野での技術の開発と蓄積が必要だ」

 団長の興奮した手の動きによって写真が頼りなくはためく。

 「もしかしたら有るのかもしれない、そんな技術が。転生者達によって。だが、これはない!」

 写真、写真に映る自分の過去の顔をケヴィンに見せつける。

 「この写真を撮ることはこの世界の全てをひっくり返してもありえない!前世の俺達の写真をこの世界で入手することは絶対に不可能なんだ」

 団長は苦悩している、恐怖しているのかもしれない。ケヴィンには大人の本当の心を図ることができない。

 「そんな次元を超えるような技術をもった奴らに、はたして…」

 そこまでいってテイラー団長は、ただ自分が年少者を怯えさせているだけだと気がついた。反省し頭を掻いた後、つまらない話をすることにした。

 「俺は、ほらこの通り、前世ではしがないサラリーマンだったんだ…。働いて働いて、いつのまにか働かされてるのに慣れてしまったんだ。その結果、過労死さ」

 写真に写る過労で死んだ男、その写真を持った傭兵団の団長。二つの男がそこにいた。

 「過労死って、その…仕事から逃げちゃえばいいんじゃないですか」

 子供の返答。仕事の牢獄に閉じ込められたことのない人間の発想。そして牢獄の鍵を他人に渡していない人間の発想。

 自分を閉じ込め殺してしまった男が答える。

 「そうだな、逃げりゃよかったんだ。それに気づくのが遅すぎた」

 夜風が冷える、話をしていては警備が雑になる。別れ際に団長はケヴィンに話す。

 「前世じゃ逃げなくちゃいけなかったのに逃げなかった。でも今回は絶対に逃げない。大丈夫、みんなで戦う、いつもみたいに」

 いつもみたいに、そうケヴィンも自分に言い聞かす。ダンジョンの奥底でも13人は逃げなかった。確実に仕事をこなした。

 暗い森の奥深く、ただひとつ輝く屋敷で13人は守りを固め、夜が明けるのをひたすらに待ち続けていた。

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