第12話
「紅旅団」の新拠点は山間に建てられたホテルのようだった。街道から少し離れたところにあり周りには民家の一軒もなく、要塞然とした建物であった。
大成した傭兵団の拠点であるため防備の面に重点が置かれ、小型の城といった様相である。
内部は現代的建築物で、「前世の世界における成功者」の住む邸宅の再現であった。高級高層マンションのペントハウスをファンタジー世界の技術で再現した物でこの世界の様式からかけ離れたものであった。ソファーにデスクに暖炉、全てが特注された一品物で、そのデザインは団員の過去の記憶を集結させたものである。山々を眺めるために作られた壁全面のガラス窓も、ガラスの厚みが倍以上あるものの、この世界で唯一の代物である。
13の個室に浴場、大広間、キッチン、娯楽室、医務室等々すべてが「前世仕様」だった。
旅団団長テイラーこだわりの新拠点だった。
ようやく起きたケヴィンは壁面に飾られた絵画の角度を調整するテイラー団長に出会った。彼はこの旅団の結成時からの団長ではない。団長自体は何度か変更された結果、彼に落ち着いた。彼の能力は「団員全員の意見を聞く事」であり「その中からもっとも有益な意見を見つけ出す事」である。彼自身がアイデアの源という事はほとんどない。「利益の最大化」それが彼の座右の銘である。
その彼がこの旅団の大成の立役者であることは間違いない。
「起きたか。いいだろこの絵。特別に描かせたんだ。どこが特別か解るか?」
起きがけに、彼女との深刻な問題を抱えた状態で、クイズを出されるという事に苛立ちを感じながらも、ご機嫌な団長の気分を損ねるべきではないと判断したケヴィンはその絵を見た。普通の風景画だった。
「普通じゃないですか…上手いですけど、とりたてて…綺麗ですけど」
絵についてなんか何もわからない。とりあえず褒める言葉も混ぜておいた。
「わかんないか?やっぱりな。この普通さがすごいんだよ」
自分だけが解るという優越感の中、団長は絵の説明をする。透視図法が特別なんだと。この絵が普通に見えるのは透視図法を使っているからパースが正確だからだ。この図法はこの世界ではまだ発明されておらず云々と、
この技法をこの世界に伝来させた転生者が、今この技術で絵画に革命を起こしている最中なのだと。転生者が一人いるだけでこの世界では革命が起こる。この旅団自体が傭兵団の運用に革命をもたらした。少数でダンジョンの完全制圧を可能にしたのだ。そこにあるモンスターから財宝まで根こそぎ資源化・資金化できるようになったため、この豪華な邸宅を所有できるまでにこの旅団は成功したのだ。
その成功の立役者でもある団長の浮かれた自慢話からようやく開放されたケヴィンはダイニングに着き朝食をとった。
ダイニングの姿形はまさに前世の成功者が住む家のダイニングだ。しかしプラスチックやアルミがないため多くは白と黒の大理石で再現されている。見た目は同じだが重量がまるで違う。その豪奢で重厚なテーブルに置かれた料理を適当にとって食べる。
料理人マイキスが作った料理をテーブルに置きながら話しかけてくる。
「ロウリィと一緒じゃないのか。彼女は先に起きて食べてったぜ」
ベッドから行方不明だった女性の足跡を発見したが、その女性を追いかける気にはならない。今は少しでも問題を先延ばしにしたい気分だった。
「豪華だな、朝飯。こんなに作って大丈夫なのか?」
「もうすぐ昼だってのにまだ団員の半分も起きてきてないんだぜ。昨日は完成記念前夜祭だったが、今日こそが本番の”我らの拠点完成記念祭”だ。料理も酒もいくらあっても足りないよ。朝に新しい食材も大量に届いたから、いくら食っても問題ないぞ」
紅旅団の新拠点がついに完成し、全員が昨日引っ越してきた。そして今日は祝いの日だ。今までの苦労をみんなでねぎらう。そして団結をより強固にしさらなる発展を…団長が昨日言っていたセリフを反芻するケヴィン。
「これ、うまいな。前世の味がする」
料理も前世仕様。転生者たちは前世のモノの再現に拘る。この拠点はまさに前世で得られなかった成功者ステイタスそのものである。前世の復讐が行動原理である転生者の性質、「前世性」とでもいうべき物をひたすらに求める。
「再現に苦労したよ。まだまだ無い物の方が多い世界だからな。でも料理に関しては転生者で頑張ってくれた人が…」
そういいながら肩を落とす料理人マイキス。彼の失意はその料理の革命者というべき転生者が殺されたという事だ。
料理の革命者サスーン・ハルスン。
彼が何者かの手によって殺されたのは二ヶ月ほど前のことらしい。
「彼によってこの世界の食糧事情がどれほど改善されたか。彼がこの世界に及ぼした影響は我々とは比べ物にならない。誰が殺ったにしても最悪だよ」
「その人って、なんで転生者ってわかるの?発表してるわけないし」
「世界への影響力、生きているスピードが違うから自然とわかるよ」
転生者は生きているスピードが違う。この世界の通常人の3倍、場合によっては10倍は違う。
なぜなら答えを知っているから。世界の答え、試行錯誤の末にようやく見つかるものを転生者はすでに知っている。だからスピードが違う。世界をあっというまに変えてしまう力をもっている。
ケヴィンは朝食を取りながら、周囲を見渡す。昼間近、それぞれの団員が油断した姿で日常を送っているが、全てが転生者である。一人ででも多少は世界を変えられるが、旅団員たちは平凡な転生者が集まって大きな力となることを選んだ。ケヴィン自身も平凡な前世であったため転生後も一人で大成できるとは思っていなかった。転生者同士の結束力が現在の地位をもたらした。
転生者はこの世界の上位種だ。特権階級なのだ。ケヴィンはその階級に滑り込むことができた今回の人生を喜んだ。前の人生はその特権階級の遥か下の奴隷のような階級だった。この豪華でアーヴァンな邸宅こそ、今の自分に相応しい居場所なのだと実感した。
目の端に廊下を歩くロウリィの姿を捕らえる。女の事で悩む。それもまた前世では味わえなかった事だ。だが彼はそれを喜ばしい事とは感じられなかった。
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