第8話


 ツルハシを振るう腕の感覚がもうなかった。暗い穴の中でもうどれくらい作業しているのか。

 山を貫くトンネルの作業現場。暗い穴のその先端でツルハシを振るっているのは「神も見放した男」主命であった。女神が消えた日から彼は流れ流れてこの過酷な作業現場に身を寄せていたのだ。

 手作業のみで山にトンネルを掘るという無謀とも思える仕事。重労働ではあるがこういった仕事は前科は問われない。主命のようなスネに傷ある男たちが集められコキ使われている。

 5人が掘り、5人が土を運び、10人が壁を補強する。屈強な男たちが蟻のように黙々とトンネルを掘っている。

 「このトンネルが完成すれば流通の革命が起こる。君たちは歴史的な仕事をしている」

 今朝、この計画の責任者が発破をかけていた。地図で見てもたしかにこのトンネルが完成すれば革命的だろう。しかしその地図が必要とされるトンネルの距離を示していたが、工事の距離はその2割にも達していない。

 主命の目から見て、その完成は怪しいものがあった。なにより、

 作業者の一人が大声を上げる。その声に気づいた作業者達が掘るのを止める。トンネルの岩肌が震えている。ピシリピシリとかすかな破壊音が聞こえる。

 「崩れる、逃げろー!」

 一目散に暗闇の中、出口へ向かって走る男たち。出口は遠く、外の光も見えない。恐怖にかられ闇雲に走る男たちを追い抜く主命。彼の素早さは彼の命を救った。

 彼の背後で崩落は起き、ほとんどの作業員が山の中に飲み込まれた。

 出口にたどり着いた生還者達。山の外にいた作業者達が救命作業の準備に慌ただしく動いている。主命も彼らも救命には間に合わないとわかっていた。このような事故は頻発し、多くの作業者が死んでいた。

 それでも工事は断行され、トンネルをわずかに伸ばすたびに被害者を増やし続けていた。

 

 土埃で真っ黒になった主命は一人で水飲み場に向かい、体の土を落とす。麻痺した神経は生還の喜びも同僚の死にも無感動であった。

 「あれ?なにしてんの?」

 あの声が聞こえた。

 見ると水飲み場の水の上に女神然とした女神パーシャルティーが立っていた。

 「見て分かるだろ、仕事だよ」

 色々な感情ががフツフツと湧いてくる主命であったが態度に出さないように努力した。

 「仕事…。はぁ仕事ねぇ」

 女神は周囲の地獄絵図を観光気分で眺めている。運命の担い手はこの惨劇に特に心を動かされた様子もない。その態度に、これまでの事に、さすがの主命を声を荒げてしまう。

 「今まで、どこ行ってたんだ!一ヶ月も消えやがって!」

 「1ヶ月?なに一ヶ月って?」

 女神は心外という声を上げるが顔は対して困ってもいない。

 「たしかに俺の態度も悪かったけど、それで消えていなくなるって、こっちも見捨てられたって不安になるんだよ!」

 「消える…?はて、なんのことやら」

 女神は分かっていないのか、それとも解ってて分かってないふりなのか、主命にはわからなかった。女神は背後から取り出して主命に渡す。

 「はいシャツ」

 まっさらな上着を上半身裸の主命に渡す。

 それを黙って着る主命。

 神の行動に一貫性を求める事の無意味さを改めて感じていた。


 「しかしさすがじゃのー。ここで働くとは」

 「何が」

 上物のシャツの匂いをかぎながら主命は神に聞く。

 「お前がここで働いておるのは、ここの主が転生者と知ってのことのであろう。いや、さすがじゃのー」

 「え、そうなの?」

 女神はバカを見る目をした後で写真を空から取り出し主命に見せた。

 「黒部太蔵。それがこのトンネル建設工事の元締めの前世での名じゃ」

 「転生者がこのトンネルを作ってるのかよ、なんで?」

 「奴は前世において工事の下請けの下請けとして一生を終えて、こちらに転生してきた。奴は己の技能でいかにこの世界で成り上がるのかを考えた結果、建設技術でそれを為そうと決めたのじゃ。奴はオーバーテクノロジーの土木技術で信頼を勝ち得たあと、様々な工事の指名を取ってはそれを中抜きして下請けに流した。元請けになり前世での恨みを果たしたというわけじゃ」

 主命は掘削現場の上に建てられた監督者用の建物を見る。そこにはその転生者黒部太蔵がいる。

 「そうやって財をなした黒部は、今度は名誉を求めた。この大都市をつなぐトンネル建設。歴史的偉業となることは間違いない。しかし今のこの世界の技術力では、この工事を安全に行うことは不可能に近い。それは黒部本人も分かっておるはずじゃ。トンネル工事は奴の専門でもないしな。だが奴は事故死者が幾ら出ても気にしない。自分の偉業のための必要な犠牲だと思っておる」

 女神は写真を主命の胸元に刺す。

 その写真を受け取り、写った顔をまじまじと見ながら主命は尋ねる。

 「許すのか?」

 「許す」

 惨劇の事故現場をすり抜け、監督者用の建物に入っていく主命。

 しばらくした後、かすかな悲鳴が上がるが、掘削現場の騒音により気づくものはいなかった。

 建物から出てきた主命は手についたなにかを拭ったあと、女神のもとに戻ってきた。

 「次はどこに行くんだ?」

 「では付いてこい」

 再び女神と主命は歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る