第7話
「仕事の途中でなにを呆けておる」
吹き抜けに飾られた大量の竜のハンティングトロフィーの一つ、真っ赤な竜の頭の上に女神パーシャルティーが立っていた。
毒ガスと殴打によって痛めつけられた主命は答える。
「これ以上無理だ、逃げるのも無理みたいだ」
彼女に、神に助けを乞うつもりはなかった。
「お前は私に誓約した。神の命を果たすと。なにをノンキにしている。さっさとキトラを殺すのだ。神からの殺害予告は絶対でなければならない。それがなされないようではこの世界は存在する意味もなくなる」
ブラックな神の仕事の催促の言葉。その仕事の途中で半死の目にあっている男に対してのいたわりは一切ない。
「神が殺すと言ったら殺す、殺せと言ったら殺せ」
「だったら自分でやってくれよ。俺はこのザマだ!」
警備が主命に迫る。神とその従者の会話は彼らには聞こえないのか。
「しかたない、主命、お前はついておるぞ。私が果てしなくやさしい神で」
神の心変わりに驚く主命。女神はその麗し御御足を上げて、竜の剥製の頭を思いっきり踏みつけた。
その勢いでか、竜の口は開き、死して首だけのはずの竜の口から爆炎が吐き出された。
その炎は主命に迫っていた警備の一陣を炙り焼き焦がした。燃え盛る警備の一人が手すりを越え吹き抜けの中を落下する。その様を見て驚愕するキトラ。
覚醒した竜の首は炎を吐き続ける。その生命が次々と他の竜に移っていく。壁に貼り付けられた竜の首たちがその生命を再現するかのように火を吐き出す。建物内にドラゴンの大群が、首だけで現れたようだ。
炎は警備を焼き壁を焼き、建物を焼いた。
その炎の竜のただ中に偉そうに立っている女神パーシャルティー。爆炎の女王が主命を見る。
主命は彼女が彼の手助けをしたという事に驚いたがそれよりも驚いたのは
「なんだよ、殺せるんじゃねーか」
女神によって警備の人間は大量に焼き殺されていた。
しかしキトラはいまだ生きて吹き抜け一階にいる。自らが殺し続けた竜の怨霊が彼の財産全てを燃やしているのだ。放心しへたり込んでいた。
「まだチャンスはあるか」
建物はすでにほとんどが燃えており、階段も使えない。主命はキトラの位置を確かめる。
女神を再度見る。彼女はすでに消えていた。
それを確認した後、主命は吹き抜けを飛び降りた。
5階から飛び降り、4階の手すりに捕まり放す。落下の勢いをコントロールし、それを繰り返し炎の塔となった吹き抜けを降りていく。2階から1階までは6メートルの高さがあり着地した瞬間に転がることでダメージを軽減した。
キトラが気配に気づき反撃しようとしたが、転がる主命はキトラの足を取り倒した。キトラに馬乗りになり、彼の顔に写真を見せつける。
炎の中、建物が崩壊するまで時間がない。
「キトラ・マターギー。異世界から来たる者よ。我が神パーシャルティーは貴様の存在を許さない。神の命によりこの世界の不公正を正す!」
お互いが転生者であり、お互いがすすで汚れ炎で焼かれている。
主命はすべてを失いボロボロになった男の胸に写真を押し当てると、その上からナイフを刺しこんだ。木寅の顔を貫いた刃はキトラの心臓を貫き絶命させた。
炎が迫っていた。館を燃やし尽くした竜たちは己をも焼き、ボトボトと崩れ落ちていった。痛む体を起こした主命は燃えていない箇所を辿りながら建物奥へと入っていく。
一番奥の部屋、その窓を開くと建物裏にある川が見えた。当初よりこの川は脱出経路の一つであった。
しかし体はほとんど動かず、窓をようやく越え、体を川に投げ込むことしかできなかった。街は突然の大家の火災に騒然となっている。水に浮かぶだけの主命は水音の中でその喧騒を聞くしかできなかった。川の流れにただ身を任せ、逃走ともいえない速度で離れていく。主命はこの川の水量が普段よりも多いということに気づくことはなかった。
川の水が淀む所、街から遠く離れた所に主命が流れ着いた。周囲に人影もなく、仕事は完了した。
主命はただ脱力していた。彼の仕事はみすぼらしい結果だった。女神の手を借りなんとか成し遂げた、というだけの物だった。神の手を借りて仕事を達成できない人間などこの世にはいない。彼はただ失敗しただけだった。
なんとか川辺を離れ装備を外す。
「よくやった主命」
女神パーシャルティーが計画通りという顔でその場に立っていた。
それを無視して上着を脱ぐ。水に濡れた上着は脱ぎにくく主命を苛立たせた。ようやく脱いだ上着を地面に叩きつける。
その無礼な動きに神はなんの反応も示さない。
「シャツ」
主命は上半身裸で神に命令した。
「乾いてる服を出してくれ」
濡れて冷え切った体の主命は荒んだ目で女神を見た。
彼女は消えていた。
闇夜に一人残された。
「クソ!クソ!くそ!」
主命は苛立ちに任せて地面を蹴る。
女神パーシャルティーが主命の前に再び現れるのは、これから1ヶ月後のことである。
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