第5話



 無人の室内。暗闇の中で主命は気配を殺し続ける。部屋の中に脅威と女神が存在しないことを確認してから、扉へと忍び寄る。

 わずかに扉を開き外部を確認する。戸の隙間から光が漏れ、広い空間が発する響く音が聞こえる。扉近辺に警備がいないことを十分に確認し、扉をくぐる。

 5階建ての館、その中央部は巨大な吹き抜けだった。一階から天井まで全ての階層を突き抜けている。そしてその20メートルにもなる吹き抜けの一面に、巨大な竜の首がハンティングトロフィーとしていくつもいくつも飾られていた。

 「すげぇな、これは」

 館の内部に竜の首が生えている。ドラゴンスレイヤー・キトラの栄光の全てが、生首となって飾られている。


 現在、主命がいるのは2階、この階の警備は薄い。吹き抜けで下を覗くとやはり一階に大量の警備が詰めている。あとは各階の階段前に2人づつ。隠れながら各階の警備の動きを見ると、最上階の5階の警備の動きが一番激しい。

 「5階か…」

 主命は獲物の位置を警備の状況から知る。そしてそこまで昇ることが困難であることも同時に知る。階段は警備に抑えられ、建物の外から昇るのも困難だ。

 「この世界に転生した木寅は自分の能力で世界を変えようと思った。けっこう大それた奴だったんじゃな」

 壁にもたれかかった女神が言う。暗殺者のモードに入っている主命はいちいち驚かない。

 「バケガクを習ってるんなら、それほど大それたもんでもないだろ。やりようによるが」

 「そのやりようを見つけられなかった。前世でもそうであったように、今回も自分で道を作ることができなかった」

 「そんなもんだろ。一角以上になるには幸運も必要だ」

 「その幸運を奴はようやく発見した。この世界に住むドラゴンを退治する。ドラゴンスレイヤーという生き方を」

 「それこそ大それてるな、会社員が目指す夢じゃない」

 「異世界転生組は夢が叶うことを絶対だと思っている連中ばかりじゃ」

 心当たりがある主命は黙りつつも、再設計した計画を実行に移す。この建物において一階と二階の間は大きく取られている。たとえ二階にいる男が、吹き抜けを飛び越えてドラゴンの頭に飛び乗ったとしても気づかれる可能性は低い。

 ほぼ無音で竜の頭に飛び移った。先ほどの6メートル幅超えに比べたら容易いものだ。

 女神を無視し置いてきぼりにし、手すりを乗り越えてジャンプしたのだ。

 初めて触る龍の皮膚。生きものとは思えぬ硬さだが天然物の滑らかさとキメの細かさだった。竜の剥製頭部は骨格と皮膚を残し、脳や筋肉を除去したものだ。その剥製は壁にしっかりと固定されているため、主命がのってもビクともしない。

 その頭から斜め上にある、やや小さな竜の頭に飛び移る。こうやって剥製の竜を使って誰にも気づかれずに5階まで昇っていくのだ。

 「いかにしてこの世界最強の竜を殺したのか。簡単な話だ。竜の巣に毒ガスをまいたのだ」

 違う竜の頭の上に立つパーシャルティーが説明の続きをする。

 それを無視する主命。彼女の聞きながら登り続ける。

 「竜の棲み家の出入り口を金属入りの網で塞ぎ、最大レベルの危険な毒ガスを作り出し散布する。十分に苦しんで死んだ竜の頭を切断する。巨大な、丸太を切るようなノコギリで」

 登ると、登った先の竜の頭にパーシャルティーは立っている。

 「可燃性ガスで満たせてから、竜自身の炎によって竜を爆殺したこともあった」

 一体一体の殺害方法を知らせてくる。それを無関心に踏みつけて登る主命。

 「ドラゴンスレイヤー、剣一本で邪竜に挑むというロマンをこの男は殺し、竜を駆除可能な害獣へと変えた」

 「世界を変えたわけだ。大したもんだ。だから神様は怒ったわけだ。神さまの竜を殺したこの男を」

 最後の竜に登った。一階は遥か下にある。女神と2人で竜の頭に立っている。主命は誰にも聞こえない小声で喋ったが女神には聞こえると確信していた。

 「私は何も特別視しない。竜もアズロオオトカゲも同じ価値じゃ。あの男が何を殺し何を得たのかも問題ではない」

 「でも殺せという。不公正に願望を叶えたあの男を、俺の願望によって殺せと」

 殺された竜の首達が無言で立ち並ぶこの屋敷で、暗殺者と女神はこの館の主をどう処するべきかの話をしている。

 「そうじゃ、私が行うことは誘惑すること、お前の邪悪な願望をこの世界で叶えよと」

 主命は立ち上がり、女神を見つめる。

 女神は彼に許しを与える。

 「我、女神パーシャルティーが天野主命に許しを与える。この世界そのものが命じる、キトラ・マターギーを殺せ。お前の殺人に罪なし!」

 「心得た」

 主命は竜の頭から飛び出し、殺人の現場に舞い降りた。

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