第4話
殺害予告などが届いた場合、人が取る行動はだいたい2つだ。
ひとつは破いて捨てる。
もうひとつは、屋敷の警備を増員し暗殺者を迎え撃とうとする。
財も名誉も後ろ暗いところもあるドラゴンスレイヤー・キトラは後者を選んだ。
人混みに紛れた主命は増強される警備を眺め、上がり続ける難易度にため息をついた。
事前の下調べで潜入ポイントとしていたところがことごとく潰され、地下と一階からの侵入は不可能になっていた。建物の真裏は川が流れ、そちらからの侵入もできない。
「ため息をつくな。きっと手はある」
励ましてくれるわが女神。こいつがため息の原因でなければ、主命も頑張ろうと思ったかもしれない。
そうこうしているうちに日が暮れ、夜になった。ランタンが屋敷を取り囲み、その屋敷の異様な状態に街の人々も気づき始めた。
「今夜って何時までかな、明日の朝直前まで今夜って言っていいのかな?」
締め切り間際の作家のようなことを言い出す主命であった。
裏通りに入り、周りに人がいないことを確認してから主命は装備を整える。上着を脱ぐ。その下から現れたのは、体にフィットし余計な物が排除された潜入用のスーツ。下腕とスネ部分にだけ最低限の防具が付いている。体の各所に武器を装備しており、緩みなく結ばれているため移動時に音を立てないようになってる。手袋と足袋は柔らかく粘り気のある獣の革製。
軽く運動をした後、スっとジャンプし壁に張り付く。石造りの建物の僅かな突起に指をかけ、するすると登っていく。
するすると3階建ての建物の屋根まで昇る。上がった息を整え、屋根の向こうにある今回の獲物ドラゴンスレイヤー・キトラの巨大な屋敷を見る。
5階建てだが、1階層づつが非常に高いため建物自体の高さは25メートルにもなる。まっ平らな壁面に窓がポツポツとあるだけで壁には飾りもない。真四角、まるで現代のビルのような異様な建物だ。
下を除くと、門の前の警備や巡回する警備が見える。彼らからは闇夜に紛れた主命の姿は見えない。
その屋根の端の先にキトラの屋敷の数少ない窓のひとつがあった。屋根の端に立ち、距離を測る。約6メートル。道一本挟んだ向こうまでの距離。地上からの高さは10メートル。事前の調査で見つけた侵入方法だが、できれば使いたくない最終手段だった。
「前世でキトラは化学メーカーの研究員だったそうじゃ」
屋根の上に立つパーシャルティーは突然言った。それに驚く主命だったが、暗殺者としての肝の太さか、神との付き合いの長さからかショックを最小限に抑えられた。
黙って女神の方を向く。女神も黙ったまま。
「なあ、やっぱりあんたが自分で殺ったらいいと思うんだ」
屋根の上に瞬間移動できるんなら、暗殺もそれと同じくらい簡単に行えるはずだ。しかし女神にその気はない。
「来る日も来る日も同じような、発展性のない仕事。良き人と知り合う幸福も家庭を持つ幸運もない人生だった」
「そんな奴がなんでコッチの世界でドラゴンスレイヤーなんて職にありつけたのか」
主命はキトラが築いた巨大な業績の産物であるビル城を見る。
「彼は彼の技術を使った」
女神の言葉を背後に残して、主命はダッシュを開始した。屋根の上の短い助走距離、限界まで足の筋肉を引き伸ばし加速をうる。
屋根の限界点、地面が保証する安全地帯から、命の保証のない空中へと足を伸ばす。足が二度三度空中を蹴る。上り詰めた体が落下を開始する。頭部に昇った血液が冷えて下がっていく感覚。目標の軌道から落ちていく自分。
とっさに伸ばした指が壁面を捉える。しかし加速づいた体を支えれる部位ではない。手甲の手首部分に着いた金属の牙を壁に叩きつけ引っ掛ける。
窓の下50センチのところでぶら下がる主命。とっさに立ててしまった音に警備が気づいていないことを確認してから動き出す。
窓枠の薄い余白部分に体を忍ばせ、窓のスキマに金属の板を挿入し鍵を開ける。暗闇の室内の気配を探った後、するりと内部へと侵入した。
彼が敵地に潜入して最初に確認したのは、女神パーシャルティーが室内にいないかどうかであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます