「限界解除(リミットレス)の化学で竜退治」より ~異世界転生ドラゴンスレイヤー~

第3話



 「殺人」というものもまた人間の文化の一つだ。

 他の様々な技術と同じく、長い時間をかけて人の手で育まれてきた。

 文化の発展というものは「限界地点への到達とその突破」の繰り返しである。繰り返される努力と体感的知識の蓄積により、その時点の限界点に達する。その時に初めて自分が行っている行為の全体像を感知することができるようになる。

 そして「壁」を認識できる。今現在の繰り返しでは突破できない技術的な壁。人は壁を認識することで超えるための努力を初めて開始できる。

 認識の変換、アプローチの方向の変更、他分野の成果を導入等々。

 「殺人」もまたその技術的思考的壁を何度も超えて発展してきた。


 ムカついたから殴り殺した、という突発的殺人はより確実性を求め道具を導入し、道具は凶器へと進化する。社会的変化により殺人場所、時間の吟味が必要になり。商業的理由による殺人、快楽のための殺人、政治状況の強引な介入のための殺人というように発展し、戦争という巨大なムーブメントを誕生させる。


 「なにをブツクサいっとるんじゃ、気持ち悪い」

 ”仕事”のために借りた部屋の中。質素な部屋の質素な机に向かい、主命は次なる殺人のための作業をしていた。彼の熱心な仕事ぶりは熱意に燃え、これから殺人をする人間の不健全さは微塵も感じられなかった。

 ただしその口からは留まることなく殺人に関する彼の考えが漏れ出ていた。

 その背後に、神パーシャルティーが気配もなく現れ立っていたのだ。

 「おまえ、いつの間に、なんで今まで姿を隠してた?」

 パーシャルティーは主命と一緒にこの街に来て、次なるターゲットを指定した瞬間に姿を消した。文字通り消えたのだ。

 「お前が下準備してる間、まってるほど神は暇ではないのだ。待っているのも面倒なので時間を飛ばした」

 パーシャルティーは一週間分の時間をスキップしてこの場に現れたのだが、人間である主命にそんなことは分かるはずもない。



 一週間前、この街に到着した。

 乗合バスのような多頭式馬車から降りた二人。主命は街の賑わいと野蛮な雰囲気に驚いた。武器や防具を備えた冒険者風の連中が大通りを埋めている。街もそういった連中のための施設が揃っているようで賑わいの声の中に喧嘩腰の叫び声がいくつも混じっている。

 そんな野生が充満したオス達の住処へ平然と入っていく女神パーシャルティー。その全裸同然の姿に一瞬、オスたちは好色の目を向けるがすぐに自分が何を見たのか忘れてあらぬ方向を見てしまう。これが女神という者の性能なのか。

 それを後ろから眺めている主命は、この女神おっかねぇな、という感想を新たにしていた。その女神が観光案内を始める。

 「この街の先は未だに人類の文明の外でな。魔物、怪物が跋扈しておる。この街はその魔物と人類の防衛線でありつつ、魔物狩りの最前線でもあるわけじゃ。だからこういうむさ苦しい連中が一攫千金を求めて集まり、そいつらを食い物にする連中が街を作ったというわけじゃ」

 話を聞いていた主命、隣に冷たい気配を感じる。フードを深く被った長身の男が通り過ぎる。フードの影の中でも白く輝く肌に冷たい蒼い目。デミヒューマン・エルフだ。

 この世界に住む主命も初めて見る異人種だ。

 街中を見直してみると、そこかしこに様々なデミヒューマンがいる。その主命の視界を盗んでいるかのように女神が説明する。

 「人間だけじゃなく、デミヒューマンにとってもこの街は価値があるってことじゃな。ちなみに私は神だから、人間もデミヒューマンも等しく価値を認めておるぞ」

 「ヒューマン種族皆平等、人種は違えどそれぞれに価値があるってことか。ありがたいね」

 「いや、等しく無価値じゃ。私は博愛の極致じゃからな。人もエルフもドワーフも草木も昆虫も水一滴も同じレベルで愛しとる」

 「いっそ愛してないと言ってくれたほうがスッキリするんだが」

 「愛する対象が多すぎると、愛される方は希薄に感じてしまうのだろう。無限大の愛のツライところじゃ」

 「その超越的な愛の所有者が俺に人殺しを命じるんだから、愛は複雑だな」

 「私はわたしの生み出したものを愛する。よそ者は愛の対象外だ」

 「排他的だな」

 「無限大の愛にも領域外がある。次元が違うのじゃ」

 「矛盾するのも神様ってことね。で、よそ者でもある俺が、神の矛盾する愛で殺さなくちゃいけないのはどいつなの?」

 二人は街の中央、巨大な真四角な屋敷の前に立った。

 神は審判を下す。

 「ドラゴンスレイヤー、キトラ・マターギーじゃ」

 神が指差す先、屋敷の門の上に巨大なドラゴンの首がトロフィーのように飾られていた。

 「こりゃまた…本物のドラゴンスレイヤーかよ…、あれ?パーシャルティー?」

 仕事の概要を伝えたクライアントである女神は、用が済んだとばかりに姿を消していた。


 その一週間後の先ほどの場面。主命の借りた質素な部屋。

 パーシャルティーは机の上の図面、次なる獲物の屋敷の情報を調べ、描き上げた見取り図を眺める。

 「まあまあじゃな」

 主命がこの一週間、一人で聞き込みを続け、出入りの業者に賄賂を渡して情報を集め、館の周囲を歩測してなんとか描き上げた見取り図は、まあまあだそうだ。神がそういうのだから実際にまあまあなのだろう。

 「お褒めに預かり…」

 「まあまあは褒め言葉じゃないぞ、まぬけなシューメイ」

 背後から主命のつむじを押し込む女神。

 「で、どーすんの?神様。一応準備は整ったけど?」

 女神は何もない手のひらを主命に見せた後、無の中から新たなる顔写真を取り出した。そのわざとらしい手品めいた動きに主命はいちいち付き合わない。

 写真に写った男の顔と真名。

 「木寅マサキさんね…ご愁傷様です」

 女神の手にある写真を取ろうとするがかわされる。

 「なに?その写真を殺す前にアイツに見せるんでしょ。ちょうだいよ」

 「ちょっとつまらなくない?ただ殺すだけって?」

 「俺、神様ほどサディストじゃないからわかんない」

 神のわがままの気配を感じて嫌な顔をする主命。

 「だからこうする」

 写真を机の上に置き、女神が手品の動きで手を写真に被せて隠す。

 こういった動きが彼女の神としての心証を下げていることがわかっていないのか。

 「はい!」

 手をどかすと、写真に古代文字の文が追加されていた。

 「今晩、お命頂戴します」

 その文面を読んで苦い顔をする主命。

 「殺害予告」まさに彼の仕事の難易度を上げるためだけの神のいたずらだ。

 「これ…どうすんの?俺が届けるわけ?」

 殺害予告など彼の仕事にとっては害でしかない。予告された相手がなんの対策も講じないわけがないし、暗殺者自身の生命の危険度も上がる。とにかく予告状なんて送りつけるのは嫌だで、通すしかない。

 「そんなめんどくさいことシューメイちゃんにはやらせないから。私に任せて」

 と張り切った素振りで、また写真の上に手をかざし、

 「はい!届けました~!」

 手をどけると写真と殺害予告は机の上から消えていた。

 しばらく無の表情でその無の空間を眺める主命。

 「アレは、どこやったの神様?」

 「もちろん、ドラゴンスレイヤー・キトラの目の前」

 こめかみに指を置き遠目をする神

 「あ、あいつが手にとって~…読みました!」

 遠くの出来事を覗き見する事など神には造作もないのか。

 女神と同じように遠い目をして窓の外の空を眺める主命。

 「あ、キトラの血の気が引いて、金玉が縮んでます!うわ~突っ走って、部下に命令を下し始めた」

 この女神にとっては自分の命も等しく価値がないのだ、ということを実感した主命であった。

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