第2話


 

 ファンタジー世界には似つかわしくないオープンカフェに一組の男女が座っていた。

 周囲はまさにファンタジーRPGの世界であるのに、オープンカフェという形式だけを強引に取り入れたような不自然さ。しかしその不自然をこの街の住人は当然のこととして受け入れていた。

 明るい陽光の下でお茶をしている二人も。

 「このオープンカフェの形式だって、あの春須が持ち込んだんだろ。このサンドイッチも、それ以前にこのパンの製造法も」

 サンドイッチをほおばるこの男はあの暗殺者だった。スラリとした容姿の青年。紙に印刷された号外を見る。

 「”食の革命者、サスーン・ハルスン殺される。ここ十年で最大の悲劇だ”だってさ、やっぱりけっこうな重要人物だったみたいだな」

 社会的重要人物を伝える悲報を読み、その若者はやや満足げであった。その悲劇を生み出したのは彼自身なのだ。

 彼の前に座る女、淡桃色の髪が腰まで流れる美女。男のつまらない話に退屈しているように、手元の紅茶をいじる。

 美女の反応の薄さに特に関心も寄せず、男は話し続ける。

 「食の改善は世界の改善だ。食料の大量供給は社会の安定に繋がり、優れた調理法は食事の効率化と健康面、わけても平均寿命に直結する」

 知った話をされても女は興味を示さない。

 「俺、そんな重要人物殺しちゃったのか、まいったな~。でもあんたがそれを命じたんだぜ、神様。あんたはアイツのなにが許せなかったんだい?」

 神、そう呼ばれても否定する素振りしも見せない女は答える。

 「誰がなにをしようと、神は許しも許さずもない。無関心だ、徹底的にな。しかし私の世界に異世界人が現れ、私のカオスを荒らすことは許さない」

 「やっぱ許さないのか」

 「許さない」

 「どっちだよ、支離滅裂だな神様」

 「神はいつでも支離滅裂で一貫性がなく、無頓着で、執念深い。それが神だ」

 「で、その狭量な神様は、人民を飢えから救った救世主を許せなかったわけだ。私の人民を私以外が救うなんて~」

 手元にあった角砂糖を男に投げつける女神。

 「そんなんじゃないヤツが善行を行おうと悪行を行おうと関係ない。ここで問題なのはヤツが異世界人ということだ。わたしのテリトリー外、管轄外からの干渉は、さすがの私でも腹が立つ」

 「ちょと待てよ、神様。あんた最初に会った時に、異世界から来たアイツがこの世界で行っていることが著しく不公正だからそれを是正するのが神たる私の役目だ、とかいってなかったか?」

 「言ったな、そんなこと。もう忘れたが」

 「あれなんだったんだよ。そう言われたから俺も必要なことなのかな、って思ったんじゃねーか」

 「そう思わせる必要があったから、お前が引っかかるような言葉を言ってみただけだ。私にとって、いやこの世界にとって”公平さ”などというものは意味がない。万事流転する世界にフェアもアンフェアもない」

 「アイツに悪いことしちゃったな~。不公正が理由で殺されるんだって言っちゃったよ。気分悪い」

 殺したことよりも罪状間違いであったことを気にする男。いじけた素振りで角砂糖をテーブルの上でもてあそぶ。

 「死んだ人間のことなんて気にするな。謝っても聞く耳がないし、弔花したところで目鼻もないからな」

 女は男のした行為にも後悔にもまるで興味がないという風だった。

 「だったらもう自分で殺せよ。俺だって異世界から転生してきた転生組だぜ。同級生を殺すのは胸が痛むぜ」

 嘘をついている男は投げつけられた角砂糖を口に運んでガリっとかんだ。

 「神はわざわざ一人を殺さない。神の矜持に反する」

 「殺す最低オーダーは1万人からです、って事か?いやだね神は残虐で」

 神と呼ぶ女性に対して慇懃な男。その物言いをまるで意に介さない女。

 「だからお前に与えたのではないか”殺しの許し”を。不服か?この世界の神がお前に殺しを許可してやったのだぞ」

 それに関しては反論しない男。思わず黙ってしまう。

 「お前の本性、本音。お前の願望をこの世界で叶える。お前に許しという翼を与え、前世ではできなかったことを叶えてやった。願望を成就させてやるのは神の特権だ」

 男の本性、その暗い願望。それを吐き出していいと言ってくれる”この世界”

 男の目の光が消え、あの闇夜に現れた殺人者の顔になる。

 「パーシャルティー、あんたほんとに神なのか?俺のようなマヌケを操る詐欺師じゃないのか?」

 男の闇に対して女の光は強くなる。

 「まだ疑っておるのか、マヌケめ」

 女が目線を飛ばす。それだけで男の持っていたカップは蛇に変わり、持ち手の腕に噛み付く。

 血中に毒が注入されているかもしれない事にも微動だにしない男は、毒蛇よりも脅威である女から目線を外せない。

 「奇術だ」

 「阿呆」

 女は指を鳴らす。

 その瞬間、太陽は消え、昼は夜に変わった。

 突然の天変地異に狂乱する周囲の市民。しかし、カフェの二人は動かない。完全な闇世の中、女の光だけが眩しい。

 「お前を呼んで、お前に殺しの許しを与えたのは紛れもなく神であるこの私、パーシャルティー様だ。お前は一切の迷いを捨て我が命に従えば良いのだ。愚かなる異世界人”天野 主命”よ」

 再び指を鳴らす。夜が昼に変わる。

 蛇はカップへと変わる。

 僅かに震えている腕を誤魔化すためにカップのコーヒーを一口飲む天野主命、そして眉をしかめる

 「コーラだ」

 コーヒーはコーラに変わっていた。

 「好きじゃろ?」

 一口で飲み干し

 「確かに」

 女神が席を立つ。薄衣をまとっただけで、体のラインが完全に透けている。形よく豊かな胸も、豊穣そのものである臀部もすべてよくわかる。そんな恰好であるにもかかわらず、誰も彼女を好奇な目で見ない。周囲の人間は彼女の存在は見えているがその破廉恥な姿には一切気づいていない。

 「さあゆくぞ、次なる獲物をお前にあたえてやろう、殺人鬼くん」

 男はゆっくりと席を立ち、小銭をテーブルに置く。

 「殺人鬼けっこう。俺が望んでいた人生だ」

 女神と殺人鬼のペアは、未だ神業に混乱している人混みの中に消えていった。

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