異世界転生者を全員マサカリます

@junkyo

「タダみたいな原価で異世界料理革命」より ~異世界転生料理人~

第1話



 首筋に当てられたナイフをわずかに引かれるだけでサスーン・ハルスンの人生は終わる。

 彼のそれまでの人生の全てはこのナイフと皮膚の接触面に集約されている。

 彼のこれからあるはずである人生の全ても、この極限まで研がれたナイフの接触面に集約されている。

 「な・・・なにぃが望みだ。なんでも、なんでもやるぞ!この城にある金、女、なんでもだ!」

 小さいながらも豪勢な小城の最上階にある執務室、深夜一人でいたところを賊に襲われた。彼の背面には影のようにぴったりと人間がくっついていた。その影から伸びた腕によりサスーン氏は捉えられ、もう一本の腕に握られたナイフでその命運も捉えられていた。

 背後に密着する影のような男はサスーンの問いに答えない。その沈黙の真空がサスーンの言葉を引き出す。

 「誰に頼まれた?私の商売敵?潰してきた奴らの恨みか?そんな奴らに従うな。私ならお前により多くを与えられる…ど、どうだ?」

 背後の男は一言だけ返した。

 「知識」

 その言葉にビクリとするサスーン。

 「そ、そうか。やはりそれか…」

 彼にとって金も城も重要ではなかった。彼にとってもっとも重要なもの、それがこの窮地の元凶であると知り、納得がいったようだ。彼にとって財産などいくらでも生み出せる。彼の頭にある知識、それはいくらでも何度でも財を築ける錬金術の源なのだ。

 背後の男はいっさい拘束を緩めず、サスーンにだけ聞こえる声量で話しだした。

 「サスーン・ハルスン。32年前に貧農の家に生まれる。13歳まで普通の少年であったが、14歳から才能を開花。まず独自の農薬改良を始め周囲の農家と協力し目覚ましい発展をする」

 背後の暗殺者と思しき男が、いきなりサスーンのプロフィールを語りだす。その事に驚くサスーンであったが、その話に乗って時間を稼ごうとする。

 深夜、執務室で一人でいるところを賊に襲われた。召使や数多くの愛人たちもそばに居らず、助けを呼ぶ叫び声をあげることは死を意味した。

 今は万一の可能性にかけて時間を引き伸ばさなくてならない。その間に何らかの策を考えるつもりであった。

 「そ、そうだ。私は苦労して今の財を作った、何も恥じることはない。そもそも私の最初の成功は、あの貧しい村をまるごと豊かな村に発展させたことだ。すべての人に感謝された。私は救世主とさえ呼ばれたのだ」

 自分の人生の良の部分を最大限にアピールし、心象を良くしようとした。しかし男の声は何も変わらない。

 「そしてお前は今まで誰も手を出さなかった、小麦、大豆、トウモロコシの栽培に成功した。地方領主と契約し一大農業プランテーションを作り出した」

 死の際にあってサスーンは自分の偉業を思い出し遠い目をした。

 「そうだ、それによってどれほどの人間が救われたか!この国の食糧事情を改善し、食生活を根本から作り変えた!保存法も、調理法も、調味料も!全て私がもたらしたのだ!」

 偉業。まさに偉人の人生だ。この世界における最大の革命者。幸福の伝道師。この世界に与えた巨大な恩恵を考えれば、この程度の城と財産と女程度では支払いきれない借りがあるはずだ。

 「私はこの世界に革命をもたらしたのだぞ!私の知識はこの世界全ての黄金でも足りないほどだ。その知識を借りたいか?いいぞ、貸してやる!だからこのナイフをどけろ!私を殺せば知識は消えるぞ!」

 凄まじい厚顔。しかしサスーンの勢いにもナイフはまるで動かず、皮膚の薄皮一枚も切っていない。


 男が一枚のカードを取り出し、サスーンの眼前に見せる。暗闇の中に光る光沢のある紙。だが何も描いてないカード状の紙。

 「な、なんだこれは?」

 「真名」

 「しん…真名?なんだそれは?魔術師か貴様?」

 「俺は魔術を使わない。俺は神の使い」

 サスーンの顔に絶望と怒りの色が同時に現れる。宗教かぶれが相手では自分の命は本当に危ない。

 「俺の神の求めるものは公平さ、それだけだ」

 「私のどこが不公平だというのだ!たしかに人よりも財を作った!しかしそれは努力の結果だ!だれからも後ろ指を刺される覚えはない。全て私の知恵と努力の成果だ、神もそれを認めてくれるはずだ!」

 怒りにまかせて怒鳴ってしまう。しかし怒らずにいられようか、今までの自分の仕事を生き様を不公平と批判されれば。

 背後の男はその反論に揺るぎもせずに答える。

 「いいや、サスーン・ハルスン。お前の人生、お前の行為に公平さなど存在しない。我が神の言葉を伝える…サスーン・ハルスン…いや、お前の真の名は」

 サスーンの眼前にあった白紙のカードを回転させる。それは一枚の写真だった。

 「シャシン…、なんでこんなものがこの世界にある?なんだ?何なんだお前は!」

 「読め、異世界語で書かれたその文字を!」

 写真、この世界には存在しないはず。

 月明かりが暗闇に染まった部屋に差し込み、その写真を判読可能な世界に引きずり出す。

 白黒の顔写真、その表面に異世界語。書かれた文字は

 「佐々門春須…」

 サスーン・ハルスンは捨てたはずの亡霊を見て、恐怖した。

 映し出されていたのは、黒髪の冴えない中年男性、日本人。

 それを見るサスーンは金髪碧眼の白い肌。中年太りではあるが、裕福さが顔に現れ、豪華な服を着た、この世界で知らぬ者のいない名士。

 サスーン・ハルスンと佐々門春須

 あまりに違う二人。世界が違う二人。生身と写真の二人はお互いを見つめ合って動かない。

 「公平さだ…俺の神はそこが気に入らないと言っている。公平さ。あんたは最初っからわかってたんだよな?これが公平なゲームじゃないってことを?」

 「わ…私は、自分…知恵、努力して…」

 「違うだろ…借りてきた知識を自分の物みたいにして、そいつを利用して何も知らないこの世界の連中から搾取し続けてきたんだろ?金も!地位も!女も!」

 「い、いいじゃないか搾取!私だって散々やられてきたんだ!前の世界で!それをやり返して、特権を利用して、何が悪いっていうんだ!転生して新しい人生で!俺が幸せになってなにが悪い!」

 サスーンはまるで別の人間になったようだ。脆弱な本心が顕になってきた。そして気づく。

 「お、お前もそうだろ?転生組だ。コッチに運ばれたんだろ?だったら仲間じゃないか?手を組もう、俺たちが手を組めばこんな世界、いくらでも好きにできる!」

 「たしかに俺も転生組だ。だけど目的が違う、俺とお前とでは。お前はこの世界で幸福になりたかった、地位と名誉、あと女か?いっぱいいるもんな、この城には。楽しかったか?もういいだろ?」

 死刑宣告間近。本当の恐怖が肛門から腹の中に伝わってきた。

 影の男は死神の本性を現す。

 「俺はこの世界に、自由な殺しをするためにやって来た。お前みたいな奴を殺すために、俺は遣わされたんだ」

 「ンひェッ!」

 ナイフが走り、サスーンは、佐々門春須は、二度の人生で二度の死に遭遇した。生と死の収支は合い、もう転生はない。

 崩れて落ちるサスーンの死体。

 背後にいた影の男は、死者の顔と写真の顔を見比べていた。

 比較に飽きたのか写真を細切れに破き、窓から捨て、紙切れと同じように自分の体も窓から投げ捨て、闇の中に消えた。

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