第六章
第六章
教職員室。
水穂が、教材を作っていると、ぬるはちが入ってくる。
水穂「どうしたんですか?」
ぬるはち「あなた、生徒を甘やかしてますな。」
水穂「ああ、としや君の事ですか。」
ぬるはち「そうです、なぜ、学校から出ていくように指示をしたのですか?」
水穂「指示?ただ、勧めただけですけど。」
ぬるはち「いいえ。それはかえって、甘やかしているだけです。」
水穂「そんなことありません。学校の方針と合致しない生徒が出ることもあります。そういう生徒は、早く外へ出してやり、別の教育を受けさせるべきでしょう。生徒のほうが僕たちの何十倍も生きるわけですから。もし、傷ついたままでしたら、余計に悪い方向へ進んでしまうことになります。彼は、いじめにあっているのです。その状態で学校に通わせたら、わざわざ飛んで火にいる夏の虫ということになります。学校での傷というものは、一度受けたら取り除くのは容易ではありません。通常の傷より何十倍もかかりますからね。」
ぬるはち「それでも、その傷に立ち向かっていくことも教育の一つではありませんか?戦場では、たとえ少人数の兵であっても、敵に立ち向かうことのほうが、美しく語られますぞ。」
水穂「いいえ、それは間違いです。学校は戦場ではありませんし、戦争を教えるところでもありませんから。」
ぬるはち「もともと、学校というところは、暮らしていくための規律を教える目的で作ったわけですから、そこから脱退していくという行為は許されるものではありません。学ぶ場がなくなりますからね。それを失ったら、取り残されてしまいます。」
水穂「先代、少し行き過ぎのような気がしますが。それがまさしく学校の弱点になりますよ。」
ぬるはち「絶対にありません!松野の襲撃に備えて、教育していかなければ。そのためなら、どんなことでもしなければなりませんね。水穂さん、あなたの不正行為を、一度は許しますが、今度学校に規律を乱したら、あなたは、ここから出て行ってもらいますよ!これは命令ですからね。」
水穂「わかりました。」
ぬるはち「では、くれぐれも気を付けてくださいませ。」
水穂「はい。」
ぬるはち「お願いしますぞ。」
水穂「わかりました。では、授業がありますので。」
と、逃げるように教職員室を出ていく。
ある、一般的な橘族の家庭。別に大してひどい金持ちでもなければ、ひどく貧乏な家庭でもない。両親はともに紙工場で働いており、一人息子は学校に通っている、、、はずだった。
今日もいつも通りの朝だった。いつものように父親が起きてきた。母親は朝ご飯を作って、お膳の上に置いていく。
母親「あなた、としやは起きた?」
父親「知らない。まだ寝ているのだろう。」
母親「まあ、また寝坊しているのかしら。起こしてくるから先に食べてて。」
と、食堂から出てとしやの部屋へ向かう。
母親「としや、おきなさい。学校に遅れるわよ。今日は期末試験なんでしょう?早くしなさいよ!」
ところが、返事はない。それに、布団をごそごそと動かす音も聞こえない。
母親「としや!」
さらに語勢を強くしても反応はない。
父親が心配になってやってくる。
父親「としやがどうしたんだ?」
母親「呼んでも起きないのよ。」
父親「としや、何をやってるんだ?もう学校に行く時間じゃないか。期末試験、頑張ってきなさい。」
と、ふすまをたたくが、反応はない。
父親「としや、開けるぞ。ちょっと、入らせてもらうぞ、、、。」
と、恐る恐るふすまを開ける。
母親「としや、、、?」
確かに布団は敷いてある。しかし、枕元には見たことのない不気味な形をした花が置かれており、一枚の紙が置いてあった。そして、としや少年は、布団に寝ていたが、その口から寝息は漏れていなかった。
母親「としや!」
父親が彼の体を抱え起こすが、すでに冷たくなっている。
父親「この花は、、、曼陀羅華だ!確か、これの種をゴマと間違えて死んだものがいたと聞いたことがあるぞ。」
母親「お父さん、これ見て!」
と、枕元にあった紙を父親に見せる。父親はそれを読んでみる。
父親「お父さん、お母さん、こんなダメな息子で申し訳ありません。僕はもう、この世界で生きていける自信がないのです。正しい生き方をできないということは、こうして自分の始末をしっかりとつけろと、先生はおっしゃっていました。なのでこのような形で始末することにいたしました。お父さんとお母さんはいずれ死ぬわけですから、僕は一人で生きていかなければならない、でも、その時に正しい生き方をしていないと、僕は、路上で生活するしかできなくなってしまう。それが嫌なら死んでしまえと先生はおっしゃった。だから僕はその通りにします。お父さんとお母さんは勝手に僕を生んで、勝手に死んでいくことができますが、僕が一人で生きていくことは想定していなかったようですね。勝手に僕を生んだことを心より恨みます。ありがとうございました。さようならって、としやがこんな文句を、これは絶対に違う!」
母親「としや、としや、としや!ど、どうして何も言ってくれなかったの!」
父親「しかし、本当に学校でこのような暴言があったのだろうか?」
母親「死んでいるのが何よりの証拠よ!」
父親「わかった。今日工場は休む。その代りに学校へ行ってこよう!」
学校。いつも通りに授業が行われている。しかし、一席だけ空席が見られる。子供たちもそれを見て、落ち着いていない。
教師「こら、静かにしないか!」
と、教室の扉をたたく音。
教師「授業中だぞ!とっくに遅刻だ!廊下に立ってろ!」
声「いえ、先生にお話があるのです。」
教室の扉がガラッと開く。そこには、先日、笛を作ると発言した少年、すなはちとしやの両親がいる。
父親「失礼、あなたは、うちの息子に、正しい生き方をしないのなら死んでしまえというように指導したのですか?」
教師「いえ、していません。それははずみです。彼が進路指導によくない発言をしましたので、それをやめるようにという意味で言っただけです。」
母親「なぜそんな軽い気持ちでいられるのです?私たちはとしやを失ったんですよ。あの子はもう、永い眠りについてしまいました。」
教師「永い眠り?」
教室の中にも動揺が走る。
教師「そんなわけないでしょう。」
母親「いえ、本当です!ちゃんと証拠も残っています!この文書がなによりの証拠です。私も平仮名くらいは読めますし、この筆跡は、まぎれもないとしやのものだってことくらいわかります!」
教師「そうですかねえ、誰かに代筆させたのではないですか?」
母親「いいえ、違います、何なら、うちに来てもらって、としやの遺体と対面してもらってもいいんですよ!何なら今すぐここへもって来ましょうか?」
教師「ほ、ほんとうにだったのか、、、。」
父親「はい!学校に行く前に曼陀羅華を食べて逝ってしまいました!昨日、夕食を食べたあとも、普段と変わりませんでした!私たちには苦しんでいるととてもわからなかったのですが、この、心より恨みますと書かれていることからも、非常に苦しんでいたことは明白です!そして、もう二度と私たちの下ににも、この教室にも帰ってきませんよ!これでも、先生は何もなかったというつもりですか!」
父親は男らしくなく、怒りに任せて怒鳴り声を立てた。母親は幼児のように泣きじゃくった。
教職員室。
水穂「なんだか様子が変ですよ。誰かが来ているみたい。いつもの子供たちの声とはまた違う声がするんですが。」
懍「僕は予想していたのですが、最悪の事態が来たのかもしれませんね。」
蘭「と、言いますと、、、?」
華岡「自殺者が出たか!」
水穂「何とかしなければ!」
華岡「俺たちも行ってみよう!」
と、教職員室から飛び出していく。
教室の前。女性が、うずくまって泣いている姿が見えた。
華岡「何かあったのですか?」
母親「うちの子が、うちの子が自殺しました!」
華岡「ええええっ!」
母親「どうしてくれるんですか?たった一人しかいなかったうちの子が、自ら私たちの下を去ったのです!あの子を産んだとき、ものすごい難産だったんですよ。それを忘れないで大事に大事に育ててきたつもりだったのに。どうするつもりなんですか!」
華岡「お母さん、落ち着いてください。産んだときの話をしたってしょうがないでしょう。今はとにかく、詳しい話を聞かせていただかないと、、、。」
母親「落ち着いてなんかいられますか!どうしてくれるんですか!どうしてくれるんですか!どうしてくれるんですか!」
水穂が華岡に追いつく。
水穂「華岡さん、お母さんの本能を刺激してはいけない。とりあえず、教職員室に来てもらって話し合おう。先生、あなたも来てくださいますね。」
教師「わかりました、、、。」
水穂「この話し合いはかなり長引くと思いますので、当面学校は休校の措置を取ったほうがいいでしょう。」
喜ぶ子供たちを見て、水穂は学校の状態を思い知る。
水穂「では、生徒さんたちは帰っていただいて、教職員室で話し合いましょうね。」
子供たちは喜びながら帰っていき、大人たちは水穂に連れられて教職員室に行く。
教職員室
まだ、泣いている母親と、彼女の背をさすってやる父親。
水穂「しばらくそっとしておいてあげましょう。」
父親「ありがとうございます。」
懍「で、としやくんは、家庭で、学校が苦しいと訴えてはいなかったのですか?」
父親「ええ、何もいいませんでした。」
蘭「確かに、遅刻はしないで、宿題もやってくるし、いい生徒だなと思いましたよ。ただ、笛がものすごく好きだったようですね。」
華岡「笛?」
水穂「竹笛の授業だよ。華岡さん。彼は、音楽性に優れていて、非常に上手でしたよ。」
華岡「そうか。竹笛を吹いていたのか。」
水穂「としや君の作文、読まなかったの?竹笛を吹いて、みんなを感動させるような人になりたいって書いてあったでしょうが。」
蘭「そのくらい、好きだったんだな。でも、教練の成績は決して良くなかった。」
父親「はい。確かにそうでした。でも、私たちは、笛がとてもうまかったので、それを大事にしろと教えてきました。」
教師「そういうところが甘やかしというのです!今、橘族は危機に瀕しているのですから、のんきに笛なんか吹いている場合ではない、教練をしっかりやるようにと伝えただけだったのですが。」
母親「それが、正しい生き方をしなけれな死ね、ですか!」
水穂「もっと他の言葉で言ったらよかったのではありませんか?先生。」
教師「いえ、先代が、あれだけ危機意識を持たせろと言っていたじゃありませんか。」
母親「すぐに上のせいにする!皆さん、そうやって上のせいにすればいいんだって、軽い気持ちで仕事をしていると思うんですけど、私たちは、生活のために、必死で紙をすいていることを忘れないでください!そうしなければ家だって建てられなかっただろうし、この学校に来ることもできないでしょうし、」
水穂「申し訳ありません。」
と頭を下げる。
水穂「大切な息子さんを僕たちの手で奪い取ってしまったのですね。」
母親「天罰が下ればいいのよ!天罰が!」
水穂「わかりました。そうしましょう。」
蘭「おい、水穂。どうするんだ。」
水穂「もとはといえば、僕たちが、この学校を作ることになった元凶です。だから、責任は僕たちが持たなければなりません。お母さんのように、苦しんでとしや君を生み出すことは僕たちにはできないのですから、ここは責任をとらなければならないでしょう。」
懍「そうですね。日本ではこういうときに、賠償金というものがあって、それを支払うことで責任を取るという形が一般的ですが、それではまず足りませんな。」
母親「ええ!だったら、としやをなくしても生きていけるようにする方法を教えてもらいたいものですわ!」
父親「お前、少しいいすぎだ!」
蘭「いえ、仕方ないかもしれません。じゃあ、としや君の好きな花を言ってください。彫って差し上げます。僕にできるのはそれだけです。」
華岡「いくらなんでも刺青をするのはちょっと、」
蘭「いえ、体の一部に入れておけばいつでも故人がそばにいてくれる気がするでしょ。うちのお客さんの八割は、そういう人です。」
母親「竹笛の何よりの好きな子でしたから、竹を!」
華岡「花と言ってるんだけどな。」
蘭「竹でかまいませんよ。竹は吉祥文様の一つでもありますからね。縁起のいい柄でもあるわけですから。今から僕らの仕事場に来てくれますか。」
母親「わかりました、行きます!」
父親「お願いします。」
全員、学校を出て、官舎へ戻っていく。
蘭「じゃあ、お母さんだけ僕の部屋に来てくれますか。」
懍「お父様はこちらへどうぞ。」
父と母は、それぞれ別の部屋に行く。
官舎の中。父親を交えて、会議をしている懍たち。
水穂「すみませんでした。僕らにも責任はありますので。」
父親「先生。一体としやは学校の中で何がいけなかったのでしょう。」
水穂「普通に授業を受けていた子でしたよ。ほかの子よりも一生懸命勉強して、いつかは笛吹きになるって、意欲的にやっておりました。」
懍「水穂さん、本当のことを言ったほうが良いのではありませんか。」
水穂「ええ、彼は、学校の中で、いじめられたり馬鹿にされたりしていました。僕のところへ相談を持ち掛けてきたことがありました。」
父親「としやが、ですか?」
水穂「ええ。なんでも正しい生き方というのをののしられて、音楽を全否定されてしまったようなんです。そこから、としや君は、他の生徒から、いじめられるようになったそうで。」
父親「どうして、止めてくださらなかったのです?」
水穂「止めるって、」
父親「そうですか、教師というのは、そうやって、正しい生き方を押し付けて、生徒がどうなろうと、放置しておくのが仕事というわけですか。それが、どれだけ苦しんで、挙句の果てに、自殺を選んだとしても、かまわないというわけですか!」
水穂「それはもちろんいけないということはわかりますけれども、」
華岡「教える側も多忙なのです。だって、俺たちは一人で、十五人の生徒を見なきゃならないんです。生徒も十人十色ですから、一人一人なんて、とても見てはいられませんよ。」
水穂「華岡さん、そんなこと言ってはいけない!」
華岡「だって、俺たちは俺たちで、忙しいんだからさ。」
父親「そうですか、つまりあなた方の言い分からでは、あまりにも忙しすぎて、人減らしをしたいから、うちのとしやを自殺に追い込んだということですね。わかりました。そんな無責任な施設であれば、この学校に入学させた、私たちのほうが間違いであったということになります。それでは私たちは、私たちもとしやと同じところに一緒に逝くしか、取り戻す手がないということだ。わかりました、妻の作業が終わったら、私たちはそうするしかないのでしょう。」
沈黙。みな何を言っていいのかわからないのだ。
蘭「できましたよ。竹を彫って差し上げました。」
と、汗を拭きながら、母親と一緒に戻ってくる。
蘭「そんなに大きな刺青ではありませんでしたので、すぐにできました。」
母親の右腕に小さな竹模様が入っている。
父親「そうか。今、この人たちに話をしたが、まぅたく通ずることはなかった。学校なんて、子供のためでもなんでもないんだよ。こうして、一番大事なものを失うわけだもの。私たちも、一緒にあの子のところへ逝くしかない。」
母親「そうね。ダメだったのね。私たち。としやの好きなものを体に刻むこともできたのだし、そうさせてもらうわ。」
父親「わかりました。二度と戻ってきませんし、二度と邪魔は致しません。」
とぼとぼと、歩いて帰っていく二人を見ながら、皆何も言うことができずに、呆然としているしかなかった。
その数日後。紙工場は、さらに管理官たちの竹刀の音が鳴り響くようになっていく。さらに、労働時間は長くなっていき、より大量の紙を生産していくようになった。そして、学校の子供たちには、道徳や倫理といった、新しい教科書が並ぶようになった。
紙工場で、弁当を食べている大人たち。
従業員「つらい仕事だなあ。これなら、野菜やコメを作っていたほうがよっぽどよかった。」
従業員「そうだよなあ。野菜作っていたほうが、相手の顔が見えたよ。」
従業員「顔が見える。おお、確かにそうだ。野菜は、野菜を作って、野菜を届けて、野菜を食べてくれる人のかおが見られるよ。俺はそのほうが、よっぽど安心して働ける。」
従業員「こんな制度作って何になるんかな。」
従業員「子供はいつまでたっても、えらくならない。ただ、机に向かっているだけだ。」
従業員「それで、幸せがやってくるって言えるのか。」
従業員「何もない。なんかむなしいだけ。」
従業員「一体だれが、この制度を作ったんだろう。」
従業員「先代だろ。」
従業員「俺たちのことを何も考えてはくれなかったんだな。先代は。あの、鉄砲水で家とか食べものを失くしたときより、もっと素晴らしい生活ができると言っていたけど。」
従業員「嘘ばっかりだな。こんなつらい仕事しかできない。」
従業員「全く、俺たちは虫けらのようなものか。」
従業員「本当だな。」
管理官が、午後の仕事開始の鐘を鳴らしたので、工場に戻っていく二人。
再び、作業をしていく従業員たち。何もしゃべらず、機械のように働いている。
一人の従業員が作業を止める。
管理官「こら、何をしている、しっかり働け!」
何も言わずに倒れてしまう従業員。
管理官「しっかり働け!」
と、思いっきり彼をひっぱたく。
しかし、その従業員は、もう立ちあがれないらしい。
管理官「働けないなら、出ていけ。邪魔者は必要ない。ただ、その代りに金をもらえなくなって、家族はお前を見放し、お前は物乞いをするようになるぞ!」
従業員は、何とかして立ち上がって作業に戻ろうとするが重い楮のチップを持ち上げることができず、倒れてしまう。
管理官「出ていけ!」
と、その授業員の着物の襟首をつかみ、引きずるようにして、工場の外に出してしまう。ほかの従業員たちもおびえた顔で、その光景を見る。
管理官「関係ない奴は働け!」
再び、作業を始める従業員たち。
管理官「お前らも、仕事をさぼったらこうなるのだと、心して働くように!自分の体調位自分で管理して、すぐに働ける体を作っておけよ!」
従業員たち「はい!」
こうなると、まるで機械を操作しているだけに過ぎないようだった。
一方、てんの部屋。咳をしながら寝ているてん。杉三がそばについて、食事を介助したり、している。戸が開いて、みわが入ってくる。
みわ「失礼いたします。」
てん「どうぞ。」
みわ「お体、大丈夫ですか?今、お話してもよろしいでしょうか。」
てん「今のところ平気です。それより、外はどうなっているのでしょう。」
みわ「ええ、先代は、さらに厳しく、大人たちを紙工場で働かせております。従業員どころか、これではまるで奴隷です!学校では長期にわたって欠席するものが相次ぎ、さらには自殺者も出ているようです。」
杉三「自殺者が出たって!」
みわ「ええ。そのようです。」
杉三「やっぱり、学校というのは百害あって一利なしなんだね。どこの世界でもおんなじことだ。」
みわ「私も、魔術師としてここへ使えてきましたが、誰かの心には魔法は届かないのです。ものを操作させることはできても、人の心まで変えることは、魔法にはできないのです。」
杉三「じゃあ、先代を何とかして止めることはできないの?」
みわ「ええ、私にはとても、、、。」
杉三「もはや、これまでなのか、、、。」
てん「いえ、まだ手はあります。先代を止めてくれる方を探せばいいのです。」
みわ「でも、先代を止められるのは、大都督しかいないでしょう。こうして伏せておられる中で、先代を止めることはまずできないのでは?」
てん「ええ、おそらくわたくしにはできないでしょうね。それはよく存じております。ですから、探しに行かなければならないのです。」
みわ「どこへ探しに行くのですか?」
てん「こなごな島です。」
杉三「こなごな島?なんですか?それは。」
てん「この国の近隣にある小島です。みわさんの魔法を使えば、移動するのはさほど難しくはないでしょう。」
みわ「無理ですよ。いくことは確かにできなくはないとは思いますが、厳重に管理されているようですし、島に入れないのでは?」
てん「いいえ、いってみなければわかりません。それに、ほかにどんな選択肢があるというのです?このままでは、先代は、自身の手で自身を破壊しているようなもの。そして、本人だけではなく、わたくしたちもその中に巻き込まれていくことになります。」
杉三「ちょっと待って!こなごな島にいって何をするの?住民たちをエジプト脱出みたいに逃がすの?」
てん「いえ、違うんですよ。こなごな島とは言いますけれども、ここと同様に植物は生えており、動物もおり、そして人が住んでいます。わたくしは、口伝えでしか知らないのですが、こなごな島の住民であるサン族は、かつてこなごな島まで触手を伸ばしてきた松野を、自身の手で撃退し、島を守ったことがあるというのです。だから、わたくしたちがほとんど知らない、戦い方というものを、知っているはずなんですよ。」
杉三「じゃあ、松野に勝てた人たちなの?」
てん「そういうことになりますね。それに、松野ほどではないですけど、高度な文明を築いていることも聞いたことがあります。そして、自然と共生しようという姿勢もあるようです。」
杉三「なるほど!そんな民族がいたとは知らなかった。どこにあるんですか、そのこなごな島は。」
てん「まっすぐ西に行くとあるそうです。」
みわ「わかりました。じゃあ、私が、魔法をかけて船を早く進めるようにいたします。それで、脱出すれば、たどり着けるかもしれません。」
てん「ええ、早く脱出しないと、わたくしも先代に幽閉されてしまう可能性もあります。」
みわ「じゃあ、杉三さんたちは二人とも荷車に乗ってください。リャマに引っ張らせて、普通の農家のような格好で行けば、まず怪しまれることもない。」
てん「よろしくお願いします!」
杉三「僕も行く!」
てん「すぐに支度をしましょう!」
その日、学校と紙工場の前を、一台の荷車が通り過ぎていく。子供たちは教師の怒鳴り声の下で勉強しているし、大人たちは、紙工場で必死にはたかされているので、それが通り過ぎたことに全く気が付かなかった。
一方、荷車がいった方向とは反対の方向へずっと行くと、石でできた建物が連なる街が見えてきた。周りには粗末な土の家が密集している。その中心に、巨大な城が設置されていた。その中へ一人の使者が走ってきた。
城の中では、洋服を身に着けた、いわゆる手伝い人たちが忙しそうに働いていた。手伝い人たちの洋服も、階級によってさまざまな色があり、一見するとカラフルなものであった。城の中心にある広間が、松野族の政治の中心であった。
たくさんの臣下が、言葉を交わしていたが、その中でひときわ派手な服装をしている女性がいた。彼女こそ女帝寧々だ。その顔は鼻立ちの整った美人ではあったけれども、どこかきつい雰囲気を感じさせた。
使者は、その広間のドアにたどり着くと、身なりと呼吸をととのえて、一息ついてからドアをたたいた。
使者「女帝陛下にお目通り願いたい!」
声「入りなさい。」
ぎいいと音を立ててドアが開けられた。使者は最敬礼して入っていった。女帝寧々のそばに座っていた、側近のさえが、使者のほうを見た。
さえ「何を伝えに参った!」
使者「はい、どうしてもお伝えしたいことがございまして。これは、もしかしたら、大きな転機になるかもしれません。」
さえ「申せ。」
さえの言葉に、他の臣下たちも静かになった。
使者「はい、橘が、いよいよ分裂し始めました。私どもは、橘で内乱がおこることを期待していましたが、それがいよいよ現実になるのかもしれません。」
さえ「現実になるとは?」
使者「はい、私どもは、五年間、ぬるはちをここで働かせて、彼に三流の戦術や三流の教育術などを教え込ますことに成功いたしました。ぬるはちは、もともとの謙虚さと、覚えの良さを発揮して、ただいま三流のやり方で村に学校を建てたり、紙工場を作ったりしておりまして、すっかり私たちと同格になったと勘違いしております。」
さえ「紙を作っているというのですか?」
使者「ええ、しかし、私たちの生産している紙とは全く異なるもので、人の手で一枚一枚すく、強度の弱い紙でございます。私どもは、そのような紙の生産方法は当の昔に廃止にしておりますが、彼らはそれを本物の紙と勘違いしているのです。」
さえ「武器の製造は?今まで金の加工技術しかもっていなかったではないか。」
使者「ええ。それは、材木を燃やしてその熱で砂鉄をとかして鉄を作るという非常に原始的な技術で鉄を作って、武器を製造し、それで兵法の訓練を行い、我々に備えようとしております。」
さえ「そのような鉄の製造法では、武器はほとんど作れまい。」
使者「そうですね。しかし、彼らはそれで武器を調達したと思い込んでいるようです。」
さえ「教育は?」
使者「ええ、橘はほとんど文字を覚えていないのですが、住民のほとんどが平仮名とカタカナ程度なら書けるようになった模様です。しかも集団授業という、非常に能率の悪い方法で覚えさせています。」
さえ「で、内乱がおこる、とは?」
使者「ええ。ここからが本題なのですが、現在、このような制度を監督しているのは、ぬるはちのほうで、てんはもとから反対の立場を貫いています。ぬるはちは、てんが、この制度にいちいち邪魔をしてくるのをかなり嫌がっているようですから、もしかしたら、都督の称号をめぐって、てんとぬるはちがぶつかる可能性があるということです。どうです、これによって、橘が弱体化すれば、我々の統一も夢ではありませんよ!」
さえ「何を言っている、可能性だけでは、むやみに攻めてもかえって疲弊するばかりかもしれない。しっかりと内乱がおこってから報告に来なさい!何よりも、私たちは、国民の衆愚を解決するためには、ここを統一して新しい金を得るほかないのだからね!もう、こちらの方は、何もかもやりつくしてしまった。それなのに、人口は増えるばかりだ。それを解決するには、統一しかないのだ!」
使者「は、はい、大将。申し訳ありません。」
寧々「いや。よくやってくれた。」
さえ「よくやったって、まだ正確な情報ではありませんよ。ここは、実際に内乱がおこるのを待つほうが良いのではありませんか?」
寧々「その必要はない。爆撃の支度をせよ!」
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