第四章
第四章
橘族の村。
平仮名を勉強している住民たち。華岡と蘭が、それを監督している。
蘭「だいぶ文字が書けるようになりましたね。」
住民「まだ、平仮名だけですけど。」
蘭「いえいえ、大した進歩ですよ。」
住民「俺たちは、文字というものがもたらされて本当に生活が楽になりました。おかげで耳の遠い母ちゃんと会話ができます。」
住民「俺は、自分の体調を記録することをはじめました。そうすると、朝ご飯を食べなかった後で、体調を崩しているのだとわかりました。ですから、文字に書くことで、毎日朝ご飯を食べるように気を引き締めております!」
住民「私は、料理の作り方を書いているの。それに砂糖と塩を間違えることが亡くなったのよ。なんでかっていうと、壺にさとうとしおと書いておけば、間違えることがないでしょう。」
住民「よかった。俺たちの生活は少し便利になった。」
住民「でも、大都督はそれ以上のことはしてはいけないと言っていたぞ。」
住民「まあ、しなくていいじゃないか。俺たちは幸せなんだから、それで十分さ。」
蘭「そうですか。それで充分って、不思議な考えに見えますね。」
華岡「石板じゃなくて、ノートがあれば、俺たちも指導しやすくなるんだけどな。」
一方、懍と水穂は製鉄についての講義を行っている。
懍「だいぶ斧らしいものができてきましたね。」
住民「これがあれば、何でも切れるようになるのですか?」
懍「はい。材木も切れますよ。」
住民「でも、木を切り倒すのはいけないので、これを使うのは、本当に必要なときですね。」
住民「それよりも、鉄の車輪を作って、もっと、モノや弱い人を運ぶことができるようにしたいですね。」
住民「そのほうがよっぽど使えるぜ!」
住民「ほんとだ。」
懍「皆さん、アイディアがひらめきますね。」
住民「鉄を使うのはよっぽどのときだな。金属は、ほとんど金で賄えるんだから。」
水穂「ええ。それで十分だと思いますよ。」
住民「そうだね!」
松野族の街。富裕層はみな徒歩で歩くのをやめている。街は、蒸気自動車であふれている。
ところどころに、橘族を倒す風潮を助長するためか、小さな人間を大きな人間がこん棒で殴り倒すポスターが貼られている
ぼろをまとった住民たちが、道路沿いに座り、持っているぼろの服や日用品などを広げて販売しているが、そんな光景には振り向かないで、蒸気自動車が走り去っていく。
住民「みんなよくあんな高いものが買えるよな。」
住民「まあ、俺たちには一生縁のないものだろうな。」
遠くでまた、ガーンという音がする。
住民「ああまたやってるよ。」
住民「また壁にぶつけたのか。馬だったら、ぶつけないで行くのにな。」
住民「そんな事故が多いよな。新しいものって、何になるんかな。」
目の前に一台の蒸気自動車が走ってきて、道路に止まる。そのあとをもう一台の蒸気自動車が追いかけてくる。その蒸気自動車を運転していた富裕層は、車を止め、前の自動車を運転していた富裕層に声をかける。
富裕層「おい、駐車場以外のところで車を止めるのはいけないじゃないか、、、。」
といい終わらないうちに、後ろから走ってきた別の蒸気自動車が、その富裕層にぶつかる。
住民「あっ、危ない!」
時すでに遅し、富裕層は跳ね飛ばされてしまった。
住民「大丈夫か?」
急いで駆け付けようにも、道路なので、とても無理である。
そうしているうちに、他の富裕層たちも、自動車を次々に止める。はねられた富裕層は、もう立ち上がることはなかった。住民たちは、見て見ぬふりをして、現場から逃げて行ってしまった。
二人は、自宅であるあばら家に逃げ込んだ。呼吸を整えるのに数分かかった。
住民「ひどい話だよな。ああして、いけないことを注意した人が、やられてしまうなんてな。」
住民「俺たちは、車に乗らないほうがかえっていいかもしれないぞ。富裕層になったら、嫌でも持たないといけないんだから。」
住民「まあ、富裕層は、富裕層すぎて、かえって悪くなったな。」
あばら家の窓から、住民たちは、小高い丘の上にある住宅地を見る。富裕層たちが立てた建物が、いろいろある。住居だけでなく、ものを売るための商店、音楽を聴くコンサートホールのようなものなどもある。それらは、住民たちの粗末な住居の何十倍の大きさを誇る。
住民「あんなでかい建物を作って意味があるのかな。」
住民「俺たちが、立ててやってるんだぜ。」
住民「なあ、もし、橘を乗っ取ったら、俺たちは何ができるようになるんかな。」
住民「何が与えられるんかな。」
住民「何もないんじゃないか。俺たちには。」
住民「まあ、俺たちは、どうせゴミみたいなものさ、俺たちが、持ってるものなんて、何にもならんよ。」
住民「一度でいいから、何でも金でできている橘の生活をまねてみたいもんだな。」
住民「それは、橘をやっつけないとできないぜ。」
住民「そうか。じゃあ、寧々様の命令に従うしかないな。寧々さまが、橘をつぶしてくれたら、何か変わるかもな。」
住民「ほんとだな。」
と、ため息をついて笑いあう。
一方、ぬるはちは、リャマではなく馬に乗って、どこかへ出かけていく。
目的地は、村のはずれ。懍と水穂の官舎。
懍が、石板に次の講座の計画をかいていると、ぬるはちがやってくる。
ぬるはち「ちょっとよろしいですかな?」
懍「はい、なんでしょう?」
ぬるはち「そのなんとか製鉄で鉄をつくるには、どうしても時間がかかるのですかな?」
懍「しかたありませんね。ここでは、ふいごと言うものをつくる技術がありませんので。」
ぬるはち「何かもっと早くする方法はないですか?」
懍「ないですね。自然の風が頼りですから、それだけはどうにもなりません。」
ぬるはち「そうですか。もっとたくさんの鉄がひつようになると思うのですが。」
懍「必要になる?一体なぜですか。」
ぬるはち「松野に対抗するためです。少なくとも鉄の剣と、大砲は持っています。金の剣ではまったく対抗できないと、先生もご存知なのではないでしょうか?」
懍「ええ、まあ、知ってはいますけど。でも、なぜ、そんなに準備を焦るのです?少し焦りすぎではないですか?」
ぬるはち「いや、そなえておかなければ、松野が来たときに叶いますまい。」
懍「しかしですな、先代一人が焦っていてもなんの意味もありませんよ。まず、皆さんが、その事実を知っていなければどうにもなりません。例えば、日本では防災訓練というものもありますが、それは、日本が災害の多い場所なのだと、みんな知っているからできるのです。しかしここでは、松野が攻めてくるといっても、誰もそれを信じて、その通りに動かす人はいませんよね。野分は普通にありますから、それなりに、危機意識はあると思うのですが。」
ぬるはち「なるほど、では先生。皆さんにまもなく松野がやってくると伝えるためには、どうしたらいいのでしょうか。」
懍「そうですね。一人一人に伝えては意味がありません。ましてや、ここには、文字もなければ紙も普及していませんから、回覧板をつくることもできないでしょう。」
ぬるはち「じゃあ、どうしたら?」
懍「そうなれば、集団であつめ、一斉に伝えるのが、一番効果的ではないでしょうか?」
ぬるはち「なるほど、そうすれば動いてくれますか?集団で伝えたら。」
懍「そうですねえ、、、。日本では学校という場所が、それを担います。年齢が若ければ若いほど、うまく入るとおもいますよ。でも、」
ぬるはち「学校!それはどんなものなのでしょうか?」
懍「ええ、子供たちを集団であつめ、文字やその他の学問を教えることを専門にする施設です。いま、ここでは、そのための建物がなく、地面に直にすわって学問をしていますが、学校では、教えるための部屋があり、実習をするための部屋もあり、自主的に勉強するための部屋もあります。ただ、」
ぬるはち「ただ?」
懍「欠点もございまして、どうしても集団であつまりますから、能力がピンからきりまで順位というものであらわされますから、子供が自信をなくしてしまうという現象が出るのです。これを回避するのに、成功した学校は、日本ではなにもありませんね。それを何とかしなければ、教育というものはできません。」
ぬるはち「では、回避するには、どうしたらいいのでしょうか。」
懍「あとで講座をやって補うか、できない人たちだけの学校をつくるしかないでしょう。日本ではそうなってますが、それでも失敗していますからね。」
ぬるはち「そうですか、、、。わかりました。しかし、欠点をみていては、前にすすめません。とりあえずやってみるしかない。わたくしの権限で、学校を建てて見せましょう。」
懍「しかし、学校は、欠点が多すぎます。」
ぬるはち「いえいえ、このご時世ですから、つくるしかないでしょう。危機意識を持たせるためにも。」
懍「まあ、確かに効果的に伝えられる手段ではありますけれども、、、。でも欠点のほうが多い教育法であることをお忘れなく。」
ぬるはち「欠点が多くとも、実行した方がよい。それに、欠点はいくらでも直せます。」
懍「いくらでも直しても、遅すぎることのほうが多いでしょうね。」
ぬるはち「やってみなければわかりません。先生、ご助言、ありがとうございました。」
懍「僕はなにもしておりませんが。」
ぬるはち「すぐに実行に移します。しかし、先生。一つだけ、お願いなのですが。」
懍「なんですか。」
ぬるはち「大都督には、言わないでくださいませよ。かならずお叱りが出て、この計画は失敗する。」
懍「なぜですか?」
ぬるはち「大都督ほど危機意識のない、理想に走る人物はいらないからです。ですから、わたくしが、何とかするしかありません。」
懍「わかりました、、、。答えになっていますかね。」
ぬるはち「ありがとうございます。先生はやはりいろいろ知っているのですね。」
懍は困った顔をするが、ぬるはちは何か核心を得たようだ。その顔を見て、懍はこれを否定してはまずいのではないかと思った。
懍「まあ、、、。わかりました。では、そろそろ仕事に戻りますね。まだ、製鉄のさぎょが続いていますので。」
ぬるはち「はい。ありがとうございます。」
と、再び馬に乗って、村へ戻っいった。それを懍は不安そうに見送った。
翌日。
子どもたちが村にある空き地にやってくるが、
子ども「あれ?空き地が使えないの?」
空き地は、竹材が大量に置かれ、大工たちが何か大きな建物を建てていた。
子ども「遊ぶところがないじゃないか。」
大工「ここは学校になるんだよ。」
子ども「学校?何なんだそれは。」
大工「命令が出たんだよ。みんなここで集まって勉強するようになるのさ。」
子ども「文字とか、鉄の作り方とか?」
大工「そうだよ。」
子ども「へえ、面白いなあ。そんな場所ができるようになるのか。」
大工「楽しみにまってなよ。君たちは、これから偉くなるんだ。」
子ども「はあい。楽しみだなあ!」
と、それぞれの自宅まで戻っていく。
蘭と華岡の宿舎
蘭「学校を建てる、ですか?」
ぬるはち「そうなのです。お二人には教員として、働いてもらいたいのですが。」
蘭「まあ、それは構わないですけど、いまみたいに文字を伝授するだけであれば、べつにわざわざ学校を建てる必要はないと思いますが?」
華岡「だって、青空教室でも、一生懸命勉強してくれてるぜ。それでいいと、俺も思いますけどね。どうなんでしょう?」
ぬるはち「それではいけないのです。住民には危機意識をもってもらわないと。でも、一人一人にいうのでは、時間がかかりすぎる。そのためには、どうしても、生徒に集団生活をさせなければならない。と、いうよりも、ここの意識は松野に比べたらたるんでおります。」
華岡「ちょっとまって、松野というのはどんな民族なんだ?俺たちなにも知らないからさあ。」
ぬるはち「はい、口頭で伝えられている伝承しかないのですが、はるか昔、まつの国は、私たちが統治しておりました。松野が侵入してきたのは、まだ、400年ほど前です。しかしながら、私たちにはない、車輪と鉄と文字を持っており、とても、私達は対抗しようと思っても叶わないのですよ。松野は、侵入してすぐに、私達の先祖を大量に殺害し、あっという間にここの統治権を持ってしまいました。ただ、大都督の一族を残しておいたのは、この土地が大量の金を有していることでした。」
蘭「その理由はなんですか?なぜ残したのです?壊滅しないで。」
ぬるはち「松野には、鉄はありますが、金を加工する技術は乏しかったからです。また、美しいものを自身で作り出すことが大の苦手であるという弱点もあるのです。」
華岡「なんですかそれは。」
ぬるはち「例えば美しい音楽を発明するとか。松野は、そういうものをバカにして、働けないものは皆殺してしまうからですよ。」
華岡「恐ろしいところだなあ。」
蘭「僕みたいなひとは、生きていけないだろうな。」
ぬるはち「私は、五年ほど松野の下で働いてきましたが、松野には、鉄もあり文字もあり、車輪もあり、さらに、蒸気で動かす車もあります。そして松野は、いずれは私たちを統一しようとしています。そのためにそのようなものを発明してきたのだと、私は感じました。いまは、橘はうるさい邪魔者。はやく壊滅させたいと目論んでいるのです。」
蘭「確かに、ここの文化は、自然界に従おうとする文化ですからね。自然界には敵わないから発展をしないというのは、確かに日本ではあり得ない話だとおもいますよ。」
ぬるはち「はい、まさしくその通り。だから、私達も生き残っていかなければなりません。ここが松野のものになれば、多くの子どもたちが虐殺されるはずです。それでは、あまりにも酷すぎる話です。ですから、住民に危機意識を持ってもらうために、はやく何とかしないといけないんですよ!」
華岡「松野の、障害のある国民はどうしているんです?どこの世界にも、かならず障害や病気のあるひとは、いるはずだよなあ。」
ぬるはち「ええ、働けないものは、ほとんどが殺されるか、自ら死んでいくしか方法はありません。そういうところが、松野ですから。」
華岡「殺してしまう?」
ぬるはち「ええ、祭りで行われる生贄に出してしまうとか。」
蘭「恐ろしいですね。でも、僕達日本でも近いかもしれません。障害者は隠してしまうのが一般的ですし。僕も、アウトロー的なひとをたくさん見てきましたが、こちらのように、障害や病気を大っぴらに見せびらかすことは、できないのが日本です。」
華岡「俺は、悪人退治をやっていたが、確かに悪人の全部が悪人という訳じゃなかったよ。でも、悪人から身を守る方法は、持っていないと。」
ぬるはち「それならなおさら危機感を持たせることはできるでしょう。どうかお願いします。子どもたちにそれを持たせてやりたいのです。もし、大都督から文句が出たら、先代である私から命令が出たといってくれればいい。私は、大都督の先代、つまり御父上が、なくなるまえから使えてきましたから、私の意見であれば、通じるでしょう。どうかお願いします。ここの生き残りのために!」
蘭「わかりました。じゃあ、僕らも協力します。でも、僕達は職業軍人ではないので、軍事的なことは伝授できないけど。」
華岡「それは俺に任せろ。俺はこう見えても警察の人間なんだから、戦い方については知っている。」
蘭「でも、自衛官ではないんだから、兵隊としての訓練はしてないだろ?」
華岡「似たようなもんだ。蘭、お前だってアウトローを相手にしたことあるだろう?」
蘭「ないよ。それに怖いよ。こうして政治的なことに参加するのは。僕らは素人なんだから。」
華岡「お前って臆病だな。だから、女みたいに見えるんだ。俺たちがここにきたのには、何か意味があると思うから、頑張ろうぜ!」
蘭「そうだなあ、、、。わかった!まだ怖いけど頑張るよ。」
ぬるはち「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします!」
と、深々と頭を下げる。
蘭「僕らは頭を下げられる立場じゃないんですが。」
ぬるはち「いえ、現在、橘の中で、危機意識を持っているのはわたくしだけです。それに協力してくださるのですから、やはり感謝しなければなりませんよ。」
華岡「具体的にはどうやるのですか?」
ぬるはち「それは、青柳先生にも確認を取りました。とにかく、わたくしたちは学校や教育という文化はこれまでなかったのですから、習慣づけるためには、皆さんに任せるしかありません。どうぞ、日本でやっていた通りの教育をしていただきたい。必要ならば、わたくしたちは、何でも援助いたしましょう。」
蘭「わ、わかりました。いわゆる義務教育と同じだと考えればいいのかなあ。」
華岡「そうだな。それでいいんじゃないのか。俺たちだってそういう教育を受けてきたんだから。」
蘭「教科書なんかも作らなきゃ。それにノートも。」
華岡「しかし、紙はないぞ。」
蘭「そうなると口頭で行くしかないか。やっぱり。」
ぬるはち「紙がどうしても必要になりますか?」
蘭「ええ、、、。そうなると、石板と石筆だけではわけが違うと思いますので。」
ぬるはち「それでは、作らなければなりませんな。」
蘭「でも、作れないでしょう。」
ぬるはち「作らせましょう。目的を果たすためには必要です。今だからこそ、そのために必要なものは作ってしまいましょう。」
蘭「紙の作り方をご存じなのですか?」
ぬるはち「いや、紙はあちらにいたころに使っていた経験はありますが、作ったことはありません。」
華岡「材料がなければできません。それを用意しなれば。紙は木でなければ作れませんよ。さらに、間違っても松の木では紙は作れませんし、金属でも紙は作れない。」
ぬるはち「ではどうしたら?」
華岡「紙の原料である木材を探しに行き、それが発見されたら、まず、チップにして、パルプを取るなりして、あ、もっと詳しく説明しますと、チップとは、」
蘭「馬鹿。ここはそんなことする機械もないんだから、手すきでやるしかないよ。つまりこうです。木を水で煮て柔らかくしてください。そしてそれを金づちで叩いて細くし、水に溶かして、用意しておいた枠に入れ、そして天日で干す。この工程で初めて紙が得られるのです。」
ぬるはち「わかりました。そのやり方で、やってみましょう。そうするしか、わたくしたちは前に進めませんから。」
蘭「でも、だれにやらせるんだ?」
ぬるはち「ええ、このあいだの野分で、家をなくした者も結構おります。それを集めて、作業をしてもらいましょう。そして、教科書を作らせたり、他の場面でも紙を使えるように。」
蘭「たこ部屋労働にならないといいけど、、、。」
華岡「なるほどな。それはいいぜ。よし、俺たちもこの世界に来てからやっと必要とされるようになった。俺は、平仮名を教えるだけでは、もの足りなかったのさ。よし、こうなれば、力の限りお手伝いしますよ。なあ、蘭。」
蘭「そう、そうだね。ま、確かに、、、。」
ぬるはち「では、そうしましょう。どの木材が紙には適しているのですか?」
蘭「楮とか三椏とか、雁皮とか、、、。」
華岡「ここに生えていますかね。」
ぬるはち「はい、ございます。」
蘭「えっある?あるってどこに。」
ぬるはち「この地域で、人が住んでいるのはごく一部。西の森と呼ばれています、現在の学校建設予定地のあたりはまだまだ松以外の木もございます。そこから採取すればいい。日本で主流になっている紙の原料は何でしょう?」
蘭「僕たちの住んでいる地域では三椏です、、、。雁皮は栽培が難しいし、檀は高級すぎる。ほかの地域では楮もあります。」
ぬるはち「わかりました。では、三椏を切り出すように命じましょう!」
蘭「い、い、い、いいのかなあ、、、。なんか、いけないことをしているような気がする。」
華岡「迷っていてはだめさ。だって悪人たちはどうするんだよ。」
蘭「でもさ、皆ついてくるか?誰もそんなこと信じてはいないんだよ。それに、教育というのは、子供をだますことにもつながるから。」
華岡「だからこそ、俺たちも手伝わなくちゃ。」
蘭「そうだねえ、、、。でも、労働力は村の人たちだろ?それに納得してくれるか。それに、なんか罪悪感を感じるな。村の人を集めて働かすなんて。」
ぬるはち「いいのですいいのです!住民は、わたくしたちが説得すれば、したがってくれるでしょう。こうするのです。彼らが何よりも愛するものは、我々の先を担う子供たち。その子供たちが、学校で英雄視される存在になれると思い込ませればいい。そうすれば、きっと、喜んで紙づくりに協力するでしょう。」
蘭「まあ、子供のためってなれば、誰でもそうなりますね。でも、それをやりすぎると、」
ぬるはち「その通り!ですからそうしましょう。そのためには、率先して知っているわたくしたちが指導しなければなりません。手を組みましょう。わたくしたち種族の維持のために!」
華岡「はい、わかりました!おい、蘭、お前も同意しろ。そうしたほうがいい。誰だって、種族が途絶えるのに、悲しまないはずはないんだ。それを強調すれば、みんなついてくるさ。もう、絶滅するかもしれないんだぜ。」
蘭「でも、マインドコントロールは、よくないんじゃないか。」
ぬるはち「蘭さん、何か不安なことでもおありですか?」
蘭「不安というか、新しいことに取り組むわけですから、多かれ少なかれ躊躇しますよ。それに、学校教育や集団労働は、良いことだけではないですし。」
華岡「お前はいつもそれだよ。それだから男らしくないんだよ。そうじゃなくて、男ならこういう時は、きちんと、腹をくくって、やります!と答えるべきだ。」
蘭「そう、、、だね。わかりました、僕も協力します。」
ぬるはち「ありがとうございます!ありがとうございます!」
ただただ、頭を下げる。何度も何度も。
ぬるはち「ただ、お二人とも、お願いばかりして申し訳ないのですが、大都督には絶対に伝えないでください。彼は、一番危機意識がない人ですし、すぐに変な理想論を持ち出して、取りやめにしろとかいうでしょうからね。それだけはお願いいたしますよ。」
蘭「わ、わかりました。」
華岡「はい、決していたしません!」
ぬるはち「ありがとうございます!」
華岡「ここまで根詰めてお願いされるということは、よっぽど危ないということだ。だから、俺たちも協力しよう。」
蘭「そういうことだね。」
と、ため息をつく
数日後。蘭、懍、水穂、華岡は、村のはずれに呼び出される。
蘭「紙工場ができた?」
ぬるはち「はい、ご覧ください。皆さん一生懸命紙の生産に取り組む意欲を見せてくれました。わたくしの発議に対し、住民の中で反対するものはおりませんで、ここに紙工場と学校を建てるという案は見事に実行に移ったのであります。」
蘭「どうやって、発議したんだ。」
ぬるはち「回覧板を回させました。」
そこには、多くの住民たちが、二つの大きな建物を竹材で建設している。基本的に橘族の作る建物というものは、ほとんど竹でできているので、工場も学校も竹で建てるしかない。
懍「よくこんなにも急ピッチで建てることができましたね。」
ぬるはち「ええ。わたくしどもの誇りです。新しい歴史です。」
水穂「住民の方にはどうやって説明をしたのですか?回覧板で。」
ぬるはち「はい、学校に子供を通わせれば、子供たちは心も体も強くなり、そして、より豊かな生活を得ることができる、そう宣伝いたしました。」
水穂「それで、納得してくれたのですか?」
ぬるはち「もちろんですとも!ほとんどの住民は、鉄や、文字や、車輪を皆さんがもたらしてくれたおかげで、とても喜んでおりますから、さらに豊かになるといいましたところ、大いに賛成してくれました。」
懍「豊かになることはよいのですが、その反動で心が貧しくなったりしないことを願います。」
ぬるはち「そんなことはございません。ものが豊かになれば、心も豊かになっていくのが、文明というものでございましょう。」
水穂「体の不自由な者も一緒に住めるといいですね。日本では、取り残されていますからね。」
ぬるはち「ええ、しっかり配慮してございます。学校も、紙工場も、誰でも働けるようにいたします。」
水穂「そうですか。あとは、この学校をつかってくださる子供たちが、期待通りに動いてくれるかということですな。大人は、紙すきの仕事を与えて豊かになることはできますが、その期待で子供たちがつぶれてしまわないように。」
ぬるはち「ええ、大丈夫ですよ。純粋な子供たちは、答えようと努力するでしょう。」
水穂「そうですか、、、。」
と、空を仰ぐ。
華岡「いや、それは俺たちが一生懸命努力しなければできないよ。逆を言えば、俺たちが子供たちを誘導してあげなくちゃ。」
蘭「そうだけどね。それだけじゃ、うまくいかないのが人間ってものだからね、、、。」
懍「初めての取り組みですからね。」
水穂「なんだか曇ってきましたね。」
確かに空はどんよりとした曇り空だった。まるでこれからの事を象徴しているように。
数日後。
紙工場と、学校の完成式典がひっそりと行われる。てんたちに知られないように、出席者は全員平服で参列した。
ぬるはち「えー、それでは、完成にあたって、これからの新しい制度を発表いたします。まず、子供たちは全員、学校に通ってもらう。講師は、外部から来た方々にやってもらうことにいたしましょう。いずれ、わたくしたちの中からも選出しますが。実は、重大なことを、住民の皆様にやっていただくことになります。」
住民「重大なことってなんだ?」
ぬるはち「ここで、大人の皆さんは紙を作っていただいて、子供の皆さんは、その紙でできた教科書で勉強してもらう!」
住民「なんですか。また縛るのですか。」
住民「さんざん、この建物作りで働かされて、また縛るの?」
住民「なんで私らが、松野と同じになるの?」
住民「比べる必要はないと思うけど?私たちは、私たちの文化でいいと思うけど?」
ぬるはち「静かに!私どもも、松野に追いつかなければならないのです。松野は、いずれ、私たちを攻撃してくるつもりですから!」
住民「攻撃、、、。」
住民「でも松野だって、野分で被害は受けただろうから、攻撃はしないんじゃないですか?」
ぬるはち「それだからこそいけないのです。野分で被害が出たからこそ、外へ目を向けるのが松野ですから。」
住民「でもこんな大きな建物を作って、もう疲れたよ。」
住民「まあ確かに、勉強は必要かもしれないけど、基礎的なところさえ学んで実用できればそれでいいじゃないか。」
住民「俺たちは縛られるのは嫌いだ、勿論、知識は必要だと思う。でも、部屋の中に閉じ込めて、勉強させるのは必要ないと思うぜ。勉強なら、青空教室で十分だと思うよ。」
ぬるはち「なんですか、皆さん回覧板を回して、こうして集まってくれたのに、完成したらもうおしまいですか?建物を完成させるのではなく、建物を使うほうが先なんですよ!あれだけ一生懸命働いたじゃないですか!」
住民「だってあれは、野分で食べ物がなくなったからさ。それ以外になんでもない。」
住民「食べ物をくれるっていうから、来たんだよ。終わりになれば、もう食べ物はないわけだから、もう自分たちのことをしてもいいよなあ。」
蘭「待ってください!皆さん、考えが甘すぎますよ!先代は、松野という種族がどれだけ怖いのかを伝えたいから、学校を作って、紙を作ることにしたのでしょう。そうしなければ僕らは勝ち目がないからそうしたんです!」
水穂「蘭?どうしたんだ?」
住民「勝つか負けるかなんて、どうでもいいよ。今までの生活ができれば。だって、俺たちは、野分にだってかてはしないさ。」
蘭「だから、他人好みにしてはいけないのです!伊勢の神風敵国降伏なんて言う歌もあったけど、そんなこと、絶対あり得ないのですよ!」
華岡「お前たち、皆演技うまいな。建物を作っていた時は、一生懸命やってたじゃないか。それなのに、終わった後で、そんなこと言いあうとは、本当に大した役者だぜ!」
住民「でも。」
華岡「なんだ!」
住民「私たちは平和がほしいのです。何も起こらないことが、私たちの喜びなのです。」
華岡「だから、そのために、皆で協力するんだよ!紙を作って、学校に行って!」
住民「それとこれとは、話が違うと思いますよ。」
蘭「同じです!平和のためにはしなきゃいけないことだってあるんです!」
ぬるはち「これは命令だ!橘族の息のこりをかけて、一生懸命勉強するように。それに逆らうものは、ここから出て行ってもらう!いいな!」
住民「は、はい。」
住民「わかりました!」
ぬるはち「喜びなさい。これから、文字も、鉄も、何でも使えるようになるんだからね。」
子供たち「はい!」
水穂「本当にこれでいいのですかね。」
ぬるはち「じゃあ、これで式はお開きだ。いまから第一回目の授業と作業をするから、それぞれ、中に入れ!」
大人たちは紙工場に、子供たちは学校に入っていった。
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