第三章

第三章

橘族の村。農作業をしている住民たち。

住民「(空を見上げて)ああ、また野分がくるなあ。」

住民「毎年のことだから、仕方ないわ。」

住民「すぐに家に入ろう。」

と、道具を軒下にしまって、家に入っていく。

蘭たちが青空教室をしていると、他の住民がやってきて

住民「おおい、今日はもうよしたほうがいい。野分がやってくるぞ。」

華岡「野分?なんだそれは。」

住民「知らないんですか?雨がすごく降って、つむじ風のような風が吹いて。」

蘭「ああ、台風のことね。って台風が来るのですか?いつ?」

住民「今からだよ。」

蘭「予報しておくとか、しないんですか?って、ここはテレビもないのか。」

住民「よしみんな自宅に帰ろう。」

蘭「避難所はないのですか?川の近くに住んでいる方は、危ないでしょうに。」

住民「しょうがない。ほかのところに住んでいる人の家に泊めてもらうのさ。」

蘭「な、なんでそんなに不便な。」

住民「まあ、俺たちの間ではそうなっている。じゃあ、皆さん、適宜に家に帰るなり、誰かに泊めてもらうなりしましょう。今日の授業はここまで!」

住民「おう!」

立ち上がって家に帰っていく住民たち。

蘭「一体、どうなっているんだろう。避難するとか、警報を出すとか、一切しないのか。」

住民「変なこと言わないでくれ。危ないとあおったら、余計に怖くなるから。」

空を見上げると、まだ昼すぎなのに夕方のようにくらい。

華岡「蘭、俺たちも帰ろうぜ。」

蘭「そうだな。」

と、官舎に帰っていく。蘭たちは、てんが指定した、客用の官舎で寝起きしていた。

蘭と華岡が、戻ってくると、すでに懍と水穂も戻ってきていた。

蘭「あれ、二人とも、帰ってたのか?製鉄の授業はまだ続いていたはずじゃ。」

水穂「ああ、野分がくるから、製鉄は取りやめにしていたんだ。」

懍「ご存知の通り、製鉄は一度火をつけたらとめることはできませんから。それに、強風で火が移って、松の木を焼いてしまったらいけないからって。」

水穂「ろうそくの明かりをつけてもいけないって。」

確かに、電気もガスも水道もないので、明かりといえばろうそくに頼るしかない。

華岡「火を使ってもいけないの?」

水穂「そうだよ。強風で倒れて、火災の原因になるからって。」

そう言い終わるか言い終わらないうちに、怪物のなき声のように風の音がしてきた。

懍「来ましたね。」

水穂「いよいよだな。」

蘭「おまえ、体大丈夫なのか?」

水穂「ああ、何もないよ。湿気の多いところだが、せき込んだことはないな。」

懍「たぶんきっと、化学物質の一切ないないところだからじゃないですか。」

水穂「ああ、そういうことだと思います。」

部屋の中は真っ暗になり、瀧のような雨が降ってくる。バケツをひっくり返す、という表現では足りないほどの雨である。

蘭「すごいな。」

華岡「土砂崩れでも起きたりしないかな。」

水穂「運を天に任せよう。」

懍「ここまで災害があれば、発展させることもできないでしょうね。ピグミーの力では、再興させる技術も得られないのでしょう。」


てんの私室。

みわ「降ってきましたね。」

てん「まあ、毎年の事ですからね。」

杉三「ここは毎年こんなにすごい雨が降るのか。」

てん「ええ。しょっちゅうありますよ。昔から、恒例行事になっています。」

杉三「みんな、どうしているのかな。」

みわ「外へ行くのは危険です。様子を見に行って亡くなる人は非常に多いですから。」

杉三「そうだね。でも、心配でしょうがないよ。」

声「わあ、鉄砲水だ!」

声「逃げろ!」

声「稲がだめになるよ!」

どどどどーっと流れる川の音。

杉三「鉄砲水!そんなことがあるなんて!」

てん「ええ、毎年起きてますよ。」

杉三「きっと、すごい被害が出てるんだろうね。」

てん「だからこそ、わたくしたちは発展してはいけないのです。いくら努力しても、こうして一瞬で無駄になってしまうのですから。その被害を最小限にするためにも。」

杉三「なるほど。すごいなあ。僕、そういう考え、尊敬する。」

みわ「尊敬じゃありませんよ。当り前のことですから。」

杉三「でも、偉いと思うよ!」

野分はさらに続き、爆風と大雨が一晩中暴れまくった。その日一日、誰も外へ出ることはできなかった。


翌日の朝。雨が止む。

てん「さあ行ってみましょう。怖いことはありません。」

杉三「わかった。」

てんは、みわに介添えしてもらって荷車に乗る。杉三は車いすで外に出る。

村は、畑も田んぼも滅茶苦茶に壊れ、住宅も冠水したらしく、多くの住民が家から泥を片付ける作業をしている。

住民「ひどいもんだったぜ。今回は雨がすごかったなあ。」

住民「うちは、畳が風ではがれてしまった。」

住民「俺のうちは屋根が飛んでしまったぞ。」

住民「まあ、俺の家にしばらく泊めてやるよ。」

住民「田んぼが全部やられた。これでコメを食べれなくなったな。」

住民「おれの家はまだあるから、少し分けてやる。」

杉三「いつも、こんな会話が流れているのですか?」

てん「ええ、ほかに手の施し様がありませんから。わたくしたちができることなど全くないのです。わたくしたちは、記録するだけの存在。政治家なんてそんなものですよ。」

住民「まあ、稲はまた作ればいいさ、毎年のことだもん。」

住民「そうね。野菜も、まだ残ったものがあるし。野草だってまた生えるし。」

住民「そうだなあ。草であれば、また生えてくるさ。辛抱するのは少しだけ。また取ったり作ったりすれば得られる。」

住民「さて、次はどこの家を直しに行くかな。」

住民「土砂の片づけは大変だ。笛でも吹いてくれ。」

住民「あいよ、まかしとき。」

と、その住民が、懐から竹笛を出して、いい音で吹き始めるので、杉三たちは笑い出してしまった。

てん「誰でも、必要とされるには、文明化されてはなりません。」


一方、松野族の街も、野分で壊滅的な被害を受けていた。残ったのは石でできた頑丈な建物のみ。土でできた粗末な家は、ほとんどが流されてしまった。役人たちは、山を切り開いて建設された商業施設や高級住宅を修理する作業に追われていた。高級住宅に住んでいる住民たちには、役人たちが非常食を配っていたが、土の家に住む住民たちには何もなく、彼らは道路で寝起きする生活を強いられていた。

住民「腹が減ったな。」

住民「いいなあ、あそこに住んでいる人たちは、ああして食べ物をもらってるんだぜ。」

住民「俺たちは、何も与えられないのか。」

住民「もともと、あの家を作ったのは、俺たちなんだぜ。それなのに、それと引き換えにもらったものは銀貨三枚で、他に何があるんだ?銀貨三枚なんて、三日分の食料を買えるくらいなもんだ。」

住民「寧々様はなぜ、俺たちの存在には気が付いてくれないのかね。あの家に住んでいる輩は、ああして食べ物をもらっているのに、俺たちは、何ももらえない。この基準はどこにあるんだ。同じ松野族の一人なのにな。」

住民「まあ、階級ってのはどこでもあるよ。」

住民「橘はどうなんだろう。」

住民「どうなんだろうって?」

住民たちは、橘族の村のほうを見る。

住民「何も言ってこないよな。寧々様は、同盟を組みたいようだが、果たしてどうなのだろうか。」

住民「お前それどこでしった?」

住民「ああ、回覧板が回ってきたじゃないか。お前も見たろ?」

住民「そうだった、そうだった。」

住民「意味ないと思うがな。それより、腹が減ったよ。俺たちはそのほうが先なのに!」

住民「寧々様、どうして俺たちには目を向けないで、向こうの高級住宅のものばっかりに目を向けるのですか!さもないと、俺たち、税金を払えなくなりますよ!税金で食べているあなたも、腹が減っては戦はできませんぞ!」

住民「やめておけ。どこで役人が聞いているかわからない。寧々様の悪口なんかいえば、間違いなく俺たちも首が飛ぶ。それだけは嫌だな。」

住民「わかったよ。じゃあ、ご飯の幻を見て、ご飯を食べたふりをするか。」

住民「そうだな。」


野分から数日後。村中心部のてんの屋敷。

みわ「大都督、また松野から来ました。」

杉三「また?」

てん「仕方ありませんね。お通ししなさい。」

と、いうより早く、松野の使者は、ふすまを開けて座令する。先日やってきた使者よりは、位の高い者のようで、黄土色の国民服に軍人の階級バッジの一つである、佐官のバッジをつけている。

てん「なんですか。誰が入室を許可したというのですか。」

使者「いやいや、大都督、怒らないでください。先日の野分で甚大な被害が出たと聞いたので、我々は、松野で使用される、名物をもってきました。」

目の前には巨大なつづらが置かれている。

使者「開けてみてください。これを持っていれば、生活が便利になること請負なしです。」

杉三「ああ、どうせ大したもんじゃないだろ。きっと変な電化製品とかそういうのだよ。」

使者「失礼ですが、この男は?」

てん「彼はわたくしが外部から呼び寄せました。」

使者「おお、それなら、このような食べ物を知っているかもしれませんな。まず、我々は食べものがすべてですから、コメを持ってきました。」

つづらを開けて、紙の袋に入ったコメをドスンと出す。

使者「そちらでは、コメは餅にするしかないと聞いたので。」

てん「ええ、餅は冠婚葬祭の時程度しかいただきませんね。毎日贅沢をしていたら、その時の楽しみがなくなりますから。」

使者「では、コメを普段から食べないのですか。」

杉三「僕らは普段の食事はすいとんさえあれば十分さ。」

使者「すいとん?また古いものを食べるのですか。」

杉三「そうですよ。だってすいとんおいしいもん。」

使者「じゃあ、これはいかがですかな?はい、クジラの肉でございます。」

てん「何をするのです!」

みわ「ああ、押さえてください、大都督。クジラを食べるというのは、私たちの考えからですとありえないのですが、松野では当たり前になっていると聞いたことが。」

てん「一体だれが、クジラを食べてよいという取り決めを作ったんです?」

使者「ええ、われらが尊敬する女帝の寧々様です。」

てん「やはり女性の君主というものは信用できませんね。どうせ、魚の乱獲のせいで、クジラを食べるしかなくなったのではないですか?」

使者「そんなことありません。我々はちゃんと魚を取って生活しています。」

てん「じゃあ何なんです?それなら魚だけで十分でしょう。それなのになぜ、クジラに手を出したのですか?」

使者「実は、命令が出ましてね。より威力の強い銛を製造するようにと言われたので、それを作らせたのです。」

てん「それでクジラもとれて、食べられるようになったのですか?」

使者「はい。なんなら次に来た時にもって来ましょうか?その銛。」

てん「必要ありません。わたくしたちが海に出るのはよほどの事でない限り、必要ないことですからね。そんなものをもっていても何も意味がありません。必要ないものは初めからないほうがいい!あなた方の豊かと、わたくしたちの豊かとは違いすぎます。あなた方が望んでいることは、単に領土を増やして、わたくしたちの金を取りたいということであるのは明白です!わたくしたちは、決して協力はいたしませんから!」

使者「まあ、そう感情的にならないでくださいよ。」

てん「失礼しました。それより、山の開発はどうなっているのですか?この間の野分でかなり被害が出たでしょう。」

使者「はい。多少被害はありましたが、それをばねにますます繁栄して、百貨店が建設できるようになりました。そこへ行くために車も製造しております。立てさせている住居は、二階建てで、家族一人一人が個別の時間を楽しめるようになっております。そうすれば、より、家族が民主的になって若者が成長しやすくなるというわけです。」

てん「その家族とは何人の?」

使者「はい、三人または四人ですかね。年寄りとは同居しないことにしていますからね。」

てん「なんという贅沢!四人で二階建ての屋敷を立てて居住するとは。それだから、土地がどんどん必要になり、はげ山が増えてしまうわけですね。それが崩れたら、一貫の終わりであることも知らないで!」

使者「いやいや、そうしてもっと、住民たちが豊かな暮らしができるようにするのです。」

てん「それでも、被害は大きかったと思いますが。こちらも、水田の一部が鉄砲水でやられました。」

使者「それで、皆さん、かなり不自由な生活をしているでしょう。」

てん「まあ、そうですが、わたくしたちは、また野菜を作ればいいし、またコメを作ればよいという気持ちで生活しています。ですから、あまり喪失感はありません。」

使者「食べ物なんかをめぐって、略奪があったりしなかったのですか?」

てん「いえ、一度もありません。食べ物に関しては、地面に生えている野草を食べればいいのです。蕗もあり、オオバコもあり、ドクダミもあります。」

使者「それでも、お米やすいとんを食べられなくなったら、意味がないですよね。」

てん「いいえ、日ごろから贅沢をさせていないので、こういう時に直面しても、何も気にならないようです。もし、贅沢をしていたら、それを失った衝撃に耐えられなくなって、肝心なものを自ら落とすことになりますからね。それではいけません。しかし、そちらのほうはかなり被害が出たと思いますけど。」

使者「はい。何もなかったわけではありません。それだけははっきりしています。一部土砂崩れで流された住宅もありました。ですから、我々は急ピッチで建てなおしております。」

てん「そうですか。その住宅も、家族四人で生活させるわけですか。そんな少ない人数のために住宅をまた立てるとなれば、住宅がいくらあっても足りないでしょう。その何が豊かな暮らしだというのです?単に山を崩して、自分たちのわがままをさらに拡大させているに過ぎないのではないですか!」

杉三「僕は、隣近所を知っていたほうが、助け合いもできるし、そのほうがよほど豊かになれると思う。」

使者「人付き合いは、いろいろと面倒なのではないですか。だって、人の被害に自身が巻き込まれたくありませんよね。誰かに協力したって、何も代償がなかったら、面白くない。」

杉三「いや、僕みたいにあきめくらは、誰かの協力なければ、生きていけなんだ。人付き合いを避けて、家族だけで暮らそうなんて無理なんだ。そういう人もいるんだよね。」

使者「あきめくら?外部にも文字のない人がいるのですか?どういう名前の種族なんです?」

杉三「僕の名前は、影山杉三といいます。」

使者「そうじゃなくて、文字の文化がない種族名をきいているのです。」

杉三「僕は読めないからそんなこと知らない。しいて言えば大和民族。」

使者「一体どこの国から来たのです?やまとみんぞくなん聞いたことない。」

杉三「日本からきました。」

使者「日本?聞いたことのないところから来たものですな。つまり、あなたは、橘の一人ではないということですか?」

杉三「ここからだとそういうことになりますね。僕らの世界では、逆に豊かすぎて困るくらいだ。なんでもボタン一つでやってますから、感動がなくなっております。そういうわけで、僕のような馬鹿なものを、どんどん排除しようという動きが盛んです。でも、僕たちは生きていかなければならない。ですから、こうしてはいけないとかああしてはいけないというルールがあるのですが、それを守るか守らないかは、皆さんの感情にかかっておりますので、憎む人のほうが多いでしょう。なぜなら、ボタンでできることを、無理やり手作業でやろうとするのを非常に嫌うからだ。そうなったから、僕らはなかなか生活できませんね。つまり、豊かになるというのは、いいことなのかもしれないけど、僕たちのように方向を間違えると、豊かでも幸せになれなくなりますよ。もし、豊かにするのだったら、まずルールをしっかり決めて、それを皆さんの違和感なく普及させることが肝要じゃないですか。まあ、そうなるのは非常に難しいことであるとは思いますがね。だって僕らの日本では、すでに大失敗の状態で、二度と立ち上がれない状態ですから!」

使者「ははあ、、、。確かに欠陥者は大きな邪魔者と女帝はおっしゃっておられましたな。確かに、それを始末しなければ、暮らしが便利になりませんね。新しい道具が出たとしても、使えない者がいたら、宝の持ち腐れになりますからなあ。」

杉三「そうでしょ?欠陥者を何とかしないで発展は望めませんよ。健常者ばっかり得をするように発展していったら、必ず欠陥者の恨みを買うことになるんだ。それが原因で日本では、欠陥者の施設を襲撃するなど、おかしなジェノサイドが頻発しております。それはね、欠陥者を何とかしようと思わないで文明化したから、欠陥者を憎むようになったんだ。そうならないように工夫をしてから、はげ山に住宅地を立てたらどうです?女帝の寧々様にそう伝えてください。それができるようになってから、クジラを取ったり、お米を食べたりするようにしてくださいと。」

使者「わかりました。我々も、そのようなジェノサイドを起こされたらたまったものではありません。女帝に伝えておきますので、しばらくこちらへは来訪しないことにしましょう。」

杉三「お気をつけておかえりくださいね。ではまた!」

使者「わかりました。」

と立ち上がる。

てん「お待ちなさい。このつづらはもって帰ってください。わたくしたちには、コメも、クジラの肉も必要ないのですから。」

使者「わかりました。」

と出したものを、全部つづらにしまい込んで、再びつづらを背負ってすごすごと部屋を出ていく。

てん「ありがとうございました、杉三さん。」

杉三「いや、いいんだよ。あれは馬鹿の一つ覚えを口に出していっただけだもん。」

てん「いえ、杉三さんがああして発言してくれなかったら、わたくしたちはどうなっていたかわかりません。もし、あのものを怒らせたら、女帝寧々の思うつぼです。それをああして撃退してくださったのですから、心から感謝します。」

杉三「杉三さんと呼ばれると照れくさい。杉ちゃんでいいよ。杉ちゃんと呼んでくれ。」

てん「わかりました。杉ちゃんと。」

杉三「じゃあ、僕もてんと呼ばせてもらう!どうも称号というものは好きじゃないからね。称号なんてあってもなくても、人は変わらないんだから。あってもなくてもいいものはないほうがいいの!」

みわ「ちょっと待って。せめてさん付けにしてください。大都督を呼び捨てにするのは失礼ではありませんか?」

てん「いえ、あのしつこい松野を撃退したのは彼ですから、わたくしのことは好きなように呼んでいただいて結構です。わたくしも、そのような発想は思いつきませんでした。」

杉三「本人がそういうのだから、僕もそうさせていただきますね。」

てん「はい、わかりました。」


一方、使者は松林を馬車で走り抜け、あっという間に開けた土地についてしまった。馬車は、その中心部にある城へ向かっていった。殆どの建物は木材ではなく鉄骨でできていたが、その周りには、土などでできた粗末な家が密集するように立っていた。鉄骨でできた建物には、立派な洋服、男性は国民服のようなもの、女性はワンピース様のドレスを身に着けて道路を行き来しており、土の建物からは、ぼろをまとった子供や大人たちが行き来していた。ところどころで、ざるをもって物乞いをしている子供もいた。城から少し離れたところには、豪勢な住宅が、大量に立っていた。まるで復興はとっくに成し遂げたように。

使者は、城の中に入って、女帝寧々の側近である女性、さえに面会した。女性の衣類はドレスであるが、彼女は、男性と同じ軍服を身に着けていて、髪も短く切っていた。まさしく図女性軍人だ。さえは、使者の顔を見て、すぐに激怒した。

さえ「なぜ戻ってきた!」

我に返る使者。

さえ「一緒に橘を連れて来いといったはずだ!」

使者「も、申し訳ありません!頑としていうことを聞かず、逆にやり込められてしまいました!あちらでは、野分で甚大が被害が出ても、全く平気で、、、。」

さえ「どんな被害が出たとか、聞いてこなかったか?」

使者「はい。鉄砲水はあったようですが。」

さえ「それで壊れた家なども出たのだろう。」

使者「それが、何も話してくれませんでした。食べ物に関しても、野草を食べればそれでよいと豪言するほどです。」

さえ「しかも、我々の献上品もなぜ渡せなかったのか!」

使者「も、申し訳ございません!きっぱりいらないと断られてしまったのです!ですから、そうやって、やり込められてしまいまして、我々は何もできなかったのです!」

さえは、つづらを開けて中身を城の外へぶちまける。

さえ「やり込められたのではない!お前がうまく説得できなかったのが悪いのだ!罰として、百叩きを申しつける!」

使者「申し訳ございません!お許しくださいませ!」

さえ「百叩きの支度をせよ!」

部下の者たちが一斉にその使者を取り押さえ、服を脱がせる。


城の外。貧しい住民たちが、おしゃべりをしている。

声「一つ!二つ!」

と同時に竹刀でバシンとたたく音が鳴り響く。

住民「あれ、今日も失敗したのかな。さえ将軍のご命令かな。また橘にちょっかいを。」

住民「どうせ、橘は動かんだろう。金を何とかするよりも、わしらの生活を何とかしてもらいたい!」

住民「さえ将軍は、戦争の指揮官だから、そんなことには目を向けないよ。俺たちの生活のことなんか。」

住民「女の帝、女の政治家というのは、本当に政治が下手さ。足元を見るのが大の苦手だよ。まったく、女は感情で動いてしまう者だから。だって、傾国の美女という言葉もあるし。」

住民「まさしく、寧々様も、傾国の美女なのかもな。」

住民「あーあ、俺たちはいつになったら、楽しく暮らせるもんだろうな。」


数日後。橘族の村。

子供たちが、蘭と華岡に文字を教わっている。

蘭「はい、これを読んでみて、もうわかったかな、はいどうぞ。」

子供たち「はながさく、ことりがうたう。」

蘭「じゃあ、父兄の皆さんもどうぞ。」

大人たち「花が咲く、小鳥が歌う。」

華岡「おお、皆さん読めましたね。じゃあ、次の単語に行きますか。」

と、突然子供たちの目の前に、一人の男性がやってくる。その顔は半分やけどの跡があり、着ている着物もボロボロで、一見するとやや恐ろし気に見えてしまう。

子供たち「こ、怖いおじさん、、、。」

華岡「なんだ、浮浪者でも現れたか、ちょうどいい。俺は警察の人間だから、俺がやっつけてやる。」

男性「待ってください!」

華岡「一体、この村になんの用だ?」

蘭「華岡、僕たちだって部外者なんだから、そんな言い回しをするなよ。」

華岡「いや。悪い奴は早くやっつけなければ、、、。」

蘭「見た目で判断しちゃだめだよ。ただ顔にけがをしただけなのかもしれないよ。」

華岡「それだからこそ、、、。」

と、男性にとびかかり、彼を取り押さえる。彼は何も抵抗することもなく、華岡にとらえられる。

声「待ってください!」

華岡「大都督、浮浪者を一人見つけまして、今取り押さえたところです。」

いつの間にか杉三とてんが近づいていた。

てん「彼は、悪人ではありません、わたくしの父、即ち先代に使えていた方です。」

華岡「そ、そうなんですか?」

蘭「それでは、誤認逮捕だ。華岡、謝れよ。」

てん「ええ、そうですよ。松野を偵察に行くといって、そのまま行方をくらましていた方です。」

杉三「よく帰ってきたね!きっと遠くから旅をしてきたんだ。疲れている。華岡さん、休ませてあげようよ。」

華岡「すみませんでした、、、。」

と、男性から離れる。

蘭「華岡、僕たちは部外者なんだから、そうやって勝手に判断してはいけないよ。」

華岡「すまんすまん。てっきりここの住人になり切ってしまっていた。」

男性「いえいえ、むしろ今はそのくらい用心しなければいけません。もしかしたら、この橘族の村もいずれは壊滅してしまうかもしれない。」

てん「わたくしの部屋で話しましょう。子供たちに恐怖を与えてはなりません。」

杉三「それよりも、傷の手当のほうが先だと思う。」

てん「わかりました。それではそうしたほうが良いですね。では、改めてわたくしの部屋にいらしてください。皆さんは、いつも通り勉強を続けて。」

子供たち「はい、わかりました!」

蘭「じゃあ、石板を取って!」

てんと杉三は方向を変えて、てんの屋敷へ向かう。男性もそのあとについてくる。


てんの屋敷。

みわが、男性の額の傷に包帯をする。

男性「どうもありがとうございます。今頃になって、無一文のまま戻ってきたと聞けば、大都督はさぞかし怒るだろうと思って帰ってきましたが、まさか手当までしてくださるとは。」

杉三「てん、この人なんて言う名前なんだ?」

男性「てん?大都督、この人はどこの方でしょう?呼び捨てにするなんて、無礼にもほどがありますよ。」

杉三「ああ、ごめんなさい、自己紹介忘れてた。影山杉三です。日本から来ました。杉ちゃんって呼んでください。」

そういって、右手を差し出す。男性も恐る恐る右手を差し出す。杉三はそれを両手で強く握る。

杉三「かなり苦労されているようですね。」

男性「年のせいでもありますよ。私は名前をぬるはちと申します。よろしくどうぞ。しかしどうやってこの村に来たのですか?」

てん「みわさんに連れてきてもらいました。彼女が短期間だけ滞在した日本という国家は、わたくしたちを超越した文化と技術があるところだそうです。」

ぬるはち「なるほど。」

てん「現在、五人の方に来ていただいていますが、製鉄の仕方、文字の読み方を指導していただいています。」

ぬるはち「では、ここでも鉄が得られるようになったと?」

てん「ええ。まだ、ほんのわずかしか鉄は得られていませんが、鉄を製造する方法は伝授していただきました。わたくしはほとんど知らなかったのですが、その一人の方が、この土地には砂鉄がよく取れると発見してくださいました。」

ぬるはち「大都督、急いで大量に鉄を得て、武器を製造することを許可してください。いつ松野が襲来してくるかわかりませんから。松野と互角に戦うには鉄がなければ全く歯が立たないのです。銅でさえもかないませんよ。松野と文化の差は、十倍、いや、百倍くらい違うかもしれない。」

てん「わたくしは、戦場行きは望みません。このまま平和的に解決していくことを願っています。松野は、確かに野蛮な種族であることは知っていますが、辛抱強くやれば、何か得られるのではないかと思います。」

ぬるはち「いえ、そんな態度ではだめです。わたくしがなぜ、この顔に傷を負ったのかを説明しますと、松野は、馬もリャマも必要ない車を発明したのです。わたくしは、その試運転に参加させていただきまして、わざと車にぶつかる役を引き受けましたが、その威力はすさまじいもので、わたくしの体を跳ね飛ばし、わたくしを宙に浮かせ、地面に落ちるほどだったのです。」

てん「馬もリャマも必要ない?それでは誰が車輪を動かすというのです?」

ぬるはち「はい、何でも水蒸気で得た力で車輪を回して走るというものらしいんです。その理論を説明されても全くわかりませんでした。しかしながら、このような恐ろしい兵器を使ってしまうということは、ここの征服を固く決意しているということではないでしょうか。」

杉三「青柳教授だったら説明してくれるかもです。」

てん「連れてきてください。」

みわ「わかりました。」

数分後。みわと一緒に懍がやってくる。

懍「どうしたのです?」

杉三「教授、水蒸気で走る車というものを説明してあげてください!」

懍「ああ、蒸気自動車のことですね。蒸気機関の事を話すと長くなりますが、簡単に言えば、何かを燃やして、そこから出る蒸気のもっている熱エネルギーを動力として、ものを動かす装置のことです。それを利用して車輪を動かし、前進させるのが蒸気自動車というものですよ。こうなると、かなり高度な技術を持っているということになりますね。僕たちの世界では、これを使っていたのはかなり以前のことで、今はもっと良いものが登場していますけど。」

てん「それでは人の力では到底かなわないというのですか?」

懍「もちろんです。蒸気機関で得られるエネルギーは、とても強大なもの。人間が対抗しようとしてもまずできないでしょう。」

ぬるはち「そのようなものを、松野が入手したとなればわたくしたちはとてもかなわないということになりますな。」

懍「ああ、おっしゃることはよくわかりました。確かにそれを兵器として利用するのであれば、相当な技術の進歩ということになります。僕たちはやっと鉄を作る技術が定着したばかり、もし、ぶつかるなら、あっけない最後ということになりますね。」

住民が一人入ってくる。

住民「すみません、先生、燃料が燃え切りました。もう完成した鉄を取り出してみても大丈夫でしょうか?」

懍「ああ、すぐ確認いたします。まだ、授業の途中ですので戻ってよろしいですか?製鉄は、一度始めたら中断できない作業ですから。」

ぬるはち「ああ、失礼しました。すぐに行ってください。」

懍「失礼いたします。」

懍は敬礼して、住民と一緒に出て行ってしまう。

てん「もし危険が迫っているのであれば、わたくしたちは平和的に行動しなければなりません。実際に戦闘になってしまっては、ほとんどのものが犠牲になりますから、どうしても避けたいのです。先代がおっしゃったことがもし真実であれば、わたくしたちは、完全に壊滅してしまいます。」

ぬるはち「大都督、それならば先ほどの方に、鉄についてもう少し詳しく教えてもらい、急いで鉄の武器を作るように命じてください。そうすることが、わたくしたちの今できることです。」

てん「わたくしはできません。」

ぬるはち「そうですけど、今は、そんな悠長なことを言っている場合じゃないんですよ。大都督は歩けないから、そういうのんきな態度をとっているんですね。松野を見に行けば、それどころじゃないってことがよくわかりますよ。そして、住民たちにも備えあれば憂いなしと伝えるべきということも。」

てん「それでも、わたくしにはできないのです。」

ぬるはち「なぜですか。」

てん「わたくしは、戦闘は望みません。このまま、この村が永久に平和に続いて行けることこそ、国家の繁栄だと思うのです。過去にあった、領土を次々と占拠して、巨額の富を持ち、

外敵があっても兵力で撃退してしまう、そのような国家をわたくしは平和な国家とはどうしても思えないのです。それよりも、二年、三年、五年、わたくしたちが同じ生活を続けていけること。これこそ一番強い国家というのではないでしょうか。そして、何より大切なのは、国家を作っているのはわたくしたちではなく、住民がこの生活を自分自身で築いていると思わせることだと思うのです。」

ぬるはち「大都督、それは理想論です。そんなこと言ってたら、外部の方をわざわざ連れてきた意味がないでしょう。わたくしたちは、その理想論を実現させたいんだったら、松野の侵入を阻止しなければならないのです。それを考えなければ。」

てん「しかしながら、、、。」

ぬるはち「しっかりしてください!わたくしたちの生活が懸かっているのですから!」

てん「そうですけれども、わたくしにはできません!」

ぬるはち「本当に、人のお話を聞かない方ですな。」

と、立って部屋を出て行ってしまう。

机に突っ伏して泣くてん。

杉三「気にしなくていいよ、てんの話は間違ってないから!」

と、彼の肩をそっとたたいてやるのだった。

杉三「それよりさ、マツタケ、食べに行かないか?」

てん「マツタケ?」

杉三「そうだよ。」

てん「わかりました。行きましょう。」

杉三は車いすで、てんはリャマに引かせた荷車に乗って、外へ出る。

杉三「ほら、一つとれた。一年中マツタケを食べられるって、幸せだなあ。」

と、体をかがめてマツタケを一つ引き抜く。

てん「松の、贈り物ですかね。」

杉三「そういえるかもしれないね。」

てん「わたくしは、ここに生えている松たちには意思があると信じているのです。それは、誰かが言ったわけではないのですが、わたくしにはそう見えてしまって。」

杉三「すごいじゃない、そうして、感じ取れるんだもん。」

てん「まあ、わたくしが勝手にいっているだけなので、真偽はわかりませんけど。」

杉三「いや、僕は、真実だと思うよ。日本でも松の柄の着物は最高位とされるしね。それは、同じだと思うし。それにこうしてマツタケを食べさせてもらえるのは、松のおかげだしねえ。」

てん「ですよね。だから、むやみに切り倒してしまう松野のやり方は好きではないのです。」

杉三「僕も嫌いだよ。」

てん「なかなか、わたくしの周りでも、この話をすると、反対されることのほうが多いのですけどね。きっと先代から見たら、子供みたいなことをいつまでも言っているなと笑われる、いや、激怒されるかもしれませんね。」

杉三「それは、すごいきれいな人だからそういうことができるんだと思う。あ、容姿がという意味じゃないぞ。」

てん「お世辞が上手ですね。」

杉三「お世辞じゃないよ。僕は、お世辞ばかり言ってる人は嫌いさ。それよりも、このマツタケを食べて、素直においしいと言ってくれる人のほうが好きだ。」

てん「そうですか。」

杉三「さあ、マツタケを焼いて食べようぜ。」

てん「そうですね。引き返しましょうか。」

杉三「もう泣くなよ。」

てん「ええ。杉ちゃんこそ優しいですね。こうしてマツタケを探しにつれて行ってくれるんですから。」

お互い顔を合わせて苦笑いする。

二人、屋敷に戻ってくる。雑談しながら、マツタケを焼いて食べる二人。

みわ「本当にすっかりお友達になりましたね。大都督と杉三さんは。」

ぬるはち「そうですけど、わたくしは、いつまでもきれいごとばかり言っている時代ではなくなったのではないのかと、焦る気持ちがしてなりません。」

みわ「ええ、私も、うすうす気づいてはいますけど、、、。」

ぬるはち「みわ殿の魔法で予知することはできませんかな。」

みわ「いいえ、私は、ものを移動させることはできますが、予知することは、、、。それに、私も、いずれは必要なくなるのではないでしょうか。だんだん文明が発達していけば。」

ぬるはち「落ち込んではなりません。まだ必要とされることはあるでしょう。」

みわ「時代は変わっていくものですが、いい方向に変わっていくこともあれば、その逆もあります。事実、大都督が、彼のおかげでマツタケを取りに行けるようになったのであれば、私の、移動をさせる魔法も必要なくなるでしょう。」

肩を落とす、ぬるはちとみわ。それとは正反対に、杉三たちは、まだ、楽しそうにマツタケを食べているのであった。















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