第二章

第二章

村の一角。鉄についての講義が行われている。講師は懍である。学校を作る余裕がないので、イグサの敷物を敷いた地面に正座でじかに座った、青空教室になってしまっているが、生徒である住民たちは、真剣な表情で聞いている。

懍「つまり、鉄というものは、金と違って、自然の中でそのままの形ですぐに見つかる物質ではありません。鉄を得るためには、鉄鉱石とか、砂鉄というものを採取し、それを熱で溶かして、不純物を取り除くという作業が必要になる。金は取ったものをすぐに加工できますが、鉄はまず、加工できる状態にしてやらなければなりません。そのための作業がたたら製鉄というものなのです。」

住民「たたらとは何ですか?」

懍「この言葉の語源はわからないのですが、僕たちの世界では、サンスクリット語という言語があって、熱を表わすタータラという言葉に起因するのではないかといわれています。では、次に鉄と金の強さについてお話ししましょう。」

水穂が、鉄でできた小刀と、金でできた小刀を持ってくる。

懍「では、この両者の強さを比べてみましょうね。どちらも同じ金属ですが。皆さんは、おそらく金のほうが光り輝くものなので、強いように感じますよね。実は違います。」

水穂が金の小刀を近づけると、懍は鉄の小刀でそれをたたき割ってしまう。

懍「お分かりになりましたか?このように鉄は、金を簡単に割ってしまうほど強い金属です。ですから、金は日用品や装飾品としては優れていますが、鉄に比べたら、まるで使えない金属になります。」

住民「すさまじい威力ですな。」

住民「金を壊してしまうんだからただものじゃないぜ。」

住民「俺たちは、金が一番強い金属だと思っていたけど、そうじゃないんだね。」

懍「幸い、この地域の地質を調べてみましたが、砂鉄が良く取れ、めぐまれた土地であるようですので、たたら製鉄をするのは問題ないでしょう。燃料と、送風さえ確保できれば、鉄は作れますので、次回は実践として、簡単なたたら製鉄をやってみたいと思います。では、今日はここまで。」

住民「はい、ありがとうございます!」

と、全員起立し、敬礼する。その敬礼も、真剣そのものである。


一方、蘭たちは、他の空き地で青空教室を作り、文字を教える役目を与えられていた。

ここでは紙を作る技術はなく、筆記具としては石板と石筆しかなかった。てんの話によると、木で紙を制作することを、歴代の君主は認めていなかったという。それが、住民が文字を知らない原因の一つだった。

蘭「えーと、これを読める人。」

と石板に平仮名を書いて、住民たちに見せる。

一人の住民が手を挙げる。

華岡「はいどうぞ。読んでみて。」

住民「はながさく、ことりが、、、。あとなんだっけ。」

蘭「じゃあ、他に誰かいない?」

住民「はい。」

蘭「じゃあどうぞ。」

住民「うたう。」

華岡「正解!」

蘭「じゃあ、次はカタカナにしようかな。平仮名ばかりじゃつまらないもの。」

と、また石板に何か書いて、

蘭「読める人。」

住民の一人が手を挙げる。

住民「チョウ。」

蘭「よくできました。」

住民「先生、そのぶっきらぼうの顔はよしたほうがいいんじゃないか?なんか仏頂面で面白くないよ。もっと、明るくパーっとやろうぜ。」

蘭「生まれつきこういう顔なんですよ。」

華岡「そうそう。俺は、日本にいた時は、ゴリラみたいと言われた。あ、ゴリラという生物を知らないのか。」

住民「華岡先生は冗談がお上手ですね。」

蘭「まあ、華岡は面白いけど、僕はつまらないですよ。」

住民「蘭先生も、頭が古いから面白いですよ。」

蘭「もう、本当に変なことばっかり。じゃあ、次の単語行きますよ。これを読んでみてください。」

と、石板に「たんぽぽ」と書く。

住民「先生。その小さな丸は何ですか。」

蘭「はい、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽといった、音を表記するには、はひふへほの横に小さな丸を付けて表記するのです。」

住民「じゃあ、この間教えてくれた、あいうえおの横にもマルを付けることもあるのですか?」

蘭「そんなこともわからないのか、、、。ああ、でも仕方ないな。あいうえおには丸を付けることはありませんよ。文字というのは、音を伝えるためのものですから、あいうえおにマルを付ける音は、存在しないんです。」

住民「まあ、ごめんなさいねえ。私たちはこうして勉強なんかしてこなかったから、平仮名なぞ、全くわかりませんよ。」

住民「それに、音といわれても、何のことだかさっぱりだ。俺たちが今出しているこの声の事を言うのかなあ。」

華岡「蘭、彼らの身近にあるものを教えたらどうだ?」

蘭「何を使えばいいんだろ?」

華岡「例えばさ、ここで一番取れる金属をつかったものであればいいんじゃないのか?」

蘭「そうか。じゃあ、やり方を変えましょう。」

と、蘭は石板にたらいと書く。

蘭「これを読める人。」

住民「わかりません。」

蘭「これは、たらい。皆さんがいつも洗濯をしている道具。」

住民「えっ、たらいをそうやって平仮名で書くの?」

蘭「はい、そうです。たらいはこのように表記します。」

住民「じゃあ、洗濯板はどう書くんだ?」

蘭「こうです。せんたくいた。」

住民「例えば、洗濯をするから、たらいと洗濯板を貸してくれと書きたい場合、平仮名ではどう書くのですか、蘭先生!」

蘭「じゃあ、その文章を書いてみますか。こうですよ。しっかり見て下さいね。はい、こうです。せんたくをするから、たらいと、せんたくいたをかしてくれ。はい、ご覧になってください。」

と、その住民は石板をじっと見つめる。

住民「じゃあ、この文字を書けば、洗濯板とたらいを貸してもらえるんですか?」

蘭「そういうことです。」

住民「俺も書いてみよう!」

と、石板をもって石筆を取り出し、蘭がかいた文章を、へたくそな平仮名で書いていく。

蘭「下手な文字ではありますが、とにかくかけたじゃないですか。」

住民「じゃあ、これを今から母ちゃんに見せてもよろしいですか?」

蘭「母ちゃんに見せる?どういうことですか?」

住民「へえ。ちょっと耳が遠いのです。俺の声も聞こえないので、困ってるんです。」

蘭「お母様は、平仮名はかけますか?」

住民「かけます!俺の前でいろいろ書いて見せましたが、俺が読めないので、しまいには苛立ってきて、喧嘩のような会話になってしまうのです。でも、俺が、たらいをかしてくれと伝えることができれば、こんな面倒なことはしなくてもよくなるわけでしょ。夢見たいですよ。」

華岡「なるほど!それはいい。すぐにもっていってやってください。お母様も喜ぶよ。」

住民「わかりました!」

蘭「じゃあ、今日の授業はここまででいいですね。また明日も、平仮名の授業は続けますよ。今日、覚えたことを忘れないように!」

住民「起立、礼!ありがとうございました!」

と、それぞれの住宅へ帰っていく。


てんの部屋。

石板を広げ、何か考えているてん。

杉三「大都督、何を書いているのですか。」

てん「ええ、松に水を与えるために。」

杉三「どうして松がそんなの大事なんです?」

てん「先祖代々、神聖な木といわれているのです。」

杉三「なるほど。僕らのモミの木と似たようなものか。」

てん「聞いたところでは、わたくしたちの先祖は、ここを松の楽園にしたいと思っていたようです。」

杉三「松の楽園?」

てん「ええ、わたくしが、幼いころの話ですが、先代、つまり、わたくしの父が、そういっていたことがありました。わたくしたちは、農業民族ではありますが、松を利用するのは必要最小限のみにして、やたらに切り倒しはいけないと。」

杉三「自然と共存ってことですね。素晴らしいじゃないですか。」

てん「ですから、松野族の木をやたらに切り倒して、何かするというやり方には、わたくしは反対なのです。」

杉三「その松野族というのはどんな感じの種族なんですか。」

てん「わたくしたちより背が高く、高い戦闘能力をもった、恐ろしい種族です。松野は鉄を持っていますし、車輪ももっています。もし襲撃されたら、わたくしたちはあっという間に壊滅してしまう。」

杉三「何か、いい武器みたいなのはないのかな。対策を立てなくちゃ。」

てん「ございません。わたくしたちの先祖は、武器の製造を一切してこなかったし、鉄どころか青銅さえも利用していなかったそうです。もし、刃物を使うとしたら、包丁とか、農機具とか、その程度しか作らなかったので。」

杉三「本来そのほうが、正しいんだけどね。武器はあってもなくても効果なしだし、それを知っている人はいないよ。よい戦争なんて、一つもないもの。」

と、そこへみわが入ってくる。

みわ「大都督、松野から使者が来ました。」

てん「お通しなさい。」

みわ「わかりました。」

と、一人の人物を連れてくる。その人物は、不満そうに、口をへの字型に結んでいる。確かに身長は六尺近く、てんたちは非常に小さく見えた。

てん「何度言っても答えは同じです。わたくしたちは、ご協力は致しません。あなた方の、

無駄遣いをやめたら、もっと立派なものが立つはずですし、もっと幸せが得られるのではないでしょうか。」

使者「しかし、女帝寧々様は、より大きな建物を作ることに熱心でおられます。前向きに新しいものを作り続けることに力をおいておられます。」

てん「誰かに見せるわけでもなければ、誰かに利益を与えるわけでもございません。そのような無駄使いが、松の木の減少を招いて、はげ山にしていることに、気付きなさい。そのほうが先だと思いますよ。」

杉三「ちょっと待って。僕にも質問させてください。」

使者「誰ですかこの人は。」

杉三「影山杉三といいます。」

使者「影山杉三、長ったらしい名前ですな。」

杉三「だったら、杉ちゃんでいいですよ。」

使者「大都督、この人は一体どこから来たのですかな?」

杉三「日本からきました。」

てん「彼は、外部から呼び出した人材です。彼も読み書きはできないのですが、非常に優秀な人材だと思っております。」

使者「なるほど。大都督は、日本から何の目的で彼を雇ったのですかな?」

てん「ええ、外部の人を雇うことで、住民の生活が少しでも良くなればと思ったからです。」

使者「だったら、私ども松野とも、友好関係をもってくださいよ。私たちも、暮らしが良くなるようにという思いでやってるのには変わりないのですから。」

てん「いえ、わたくしたちは、あなた方のやり方には賛同できませんので、お断りします。」

使者「なぜですかな。私どもは決して悪いやり方はしていませんよ。」

てん「いえ、木を切り倒したはげ山に住宅を建てることはゆるされないと思います。山を切り開いて家を建てるのは、まず、自然の摂理に違反するのではないでしょうか。いずれは多きな跳ね返りが来るでしょうからね。」

使者「そんなことはありませんよ。私どもの技術でたてれば、山を切り開いて住宅地にすることができます。山を切り開けば、大きな商業施設だって立てられます。いろんなものが入ってきて、豊かになっていきますよ。これほど良いことはないのではありませんか?」

てん「何が豊かだというのですか。そちらのほうでは、子供が餓死寸前であり、若者が相次いで自殺を図るのがはやりではありませんか。それなのに山を切り開いて住宅を作るなんて全く意味が分かりませんね。そもそも、わたくしたちは、集団で生活しなければなりませんのに、それを拒否して個別に住宅を建てようとする文化など、繁栄することはまずないでしょう。」

使者「大都督は、何か勘違いをしているようだ。これでは、いつまでも原始時代と変わらない生活だと笑われて当り前ですよ。その徹底ぶりは、まるで井の中の蛙です。」

てん「喜んでそうなりましょう。なぜなら、わたくしたちはそれで幸せなのですから、あえて新しいものに手を出す必要は全くないのです。」

使者「はあ、全く。これでは。何を言っても糠に釘だ。仕方ない。また来ます。」

あきれた顔をして使者は、戻っていってしまう。

杉三「よかった、解決したね。」

てん「ええ、あんな人たちなど、相手にする必要はありません。毎回毎回しつこいですが、そのたびにああして追いだしているのです。」

杉三「本当だ。」

そこへ一人の少年が屋敷に飛び込んできて、

少年「大都督、早く来てください!もうすぐ、」

てん「何があったのです?」

少年「はい、もうすぐ鉄が出来上がりそうなのです!」

てん「鉄?」

杉三「青柳教授のたたらだ!」

少年「来てください!こっちです。」

杉三「行ってみようよ!」

てん「は、はい、、、。」

てんは、みわに背負ってもらって、外へ出る。歩けない彼は、こうしなければ移動ができないのであった。」

外へ行くと、村の中心部に人垣ができている。

懍「はい、もう十分火が消えたと思いますので、取り出してみましょうか。」

住民「炉の中を見ればいいのですか?」

懍「ええ。それを見てください。」

住民「はい。」

懍「さあ、何が入っているでしょう。」

住民「なんですかね。石でもないし、金でもないし、重たそうなこの塊、一体何なんでしょうか。」

懍「はい、それが鉄というものです。出してみてごらんなさい。」

住民「は、は、はい!」

と、塊を持ち上げて人垣の中心へ出る。

懍「はい、今持っているのが鉄です。実習成功。よかったですね。」

住民「鉄だ!鉄ができたぞ!ありがとうございました。青柳教授。このやり方で、私たちにも鉄を作れるとは思ってもいませんでしたよ。」

懍「ええ。これは正確に言うと、海面鉄というものですが、これを使って鋳造すれば、武器も作ることができます。ここでは、鞴を作れないので、自然の風に頼りましたが、鞴を使って風を起こせば、もっと火力も強くなりますので、より強度の強い鉄を得ることができます。燃料はここには松の葉や、落ちている枝がたくさんありますので、それを拾って使いました。」

住民「そうか、松の葉や落ちている枝をたくさん使えば、枝が撤去されますから、木と木の間を通って道を作ることもできますな。」

住民「そうすれば移動ももっと楽になるかもしれませんね。」

住民「すごいですな。こんな便利な方法で鉄を作れるなんて。お宅はよほどすごい国家なんですね。俺たちは、全く知らなかったので。鉄が作れるだけでもすごい。」

水穂「いえ。もう、この製鉄はすたれてしまいました。」

住民「へえ、そうですか。じゃあ、他のやり方で?」

水穂「ええ。もっとすごいやり方が発明されてしまって、たたら製鉄は、もう必要なくなったんですよ。」

住民「いや、それでも、鉄ができれば俺たちはそこで十分です。それに、鉄なんて、一生お目にかかれることはないと思っていましたから、驚きですよ!俺たちは、鉄を作って、生活が便利になればそれでいいんだ。それ以上は望みません。」

てん「ええ、これで十分です。目からうろこが、、、。」

杉三「鱗?」

と地面を見ると、しずくが一滴落ちた。

住民「なんですか、大都督が泣いちゃだめでしょう。」

杉三「鉄が相当ほしかったみたいだな。」

住民「でも、こうして素直に喜んでくださることで、私たちも安心して働けるのではないですか。仮に横暴な君主であったら、こんな感動は、生まれないとおもいますよ。偉い人が、うれしい時には素直に泣いてくれたほうが、喜ばしいものです。」

と、そこへ住民の一人が走ってくる。手には、蘭が教えた「たらいをかしてくれ云々」と書かれた石板。

住民「大都督、これのおかげで、俺は耳の遠い母ちゃんから、やっとたらいをかしてもらうことができました!」

と、その石板を見せる。

てん「これのおかげで?」

住民「はい。俺の母ちゃんは、耳が酷く遠いのは知っていると思います。つまり俺の声も聞こえないわけです。だから、手伝いをしたくとも、言葉が通じなくて、いちいちせんたくをするしぐさをしなければなりませんでした。それが、この文字というものを見せたところ、一発で母ちゃんは、たらいを貸してくれたのです。文字でこんな風に、能率よく作業ができるとは、思ってもいませんでした。文字というものは、こんな感動的なものなのかと、初めて知りました!」

てん「蘭先生のおかげですね!」

住民「ええ!俺たちこれで、もう少し母ちゃんとの距離が縮まるかもしれません!」

住民「素晴らしい。文字というものは、耳の聞こえない人にも、使えるなんてまるで奇跡が起きたようですな。」

てん「本当に、めからうろこが。」

また、目を拭く。

住民「だから、泣かないでくださいよ!よし、今夜は村中でお祝いですな!さあ、準備に取り掛かろう!」

早速村中でお祝いの支度が始まる。あるものは野菜を切り、あるものは魚を焼き、またあるものは餅を作り、、、。

夜、住民たちが村の真ん中に集まって、輪になって座り、野菜とすいとん、切り餅を中心にした食事をしながら、歌を歌ったり、笛を吹いたり、いわゆるパーティーを開催する。餅や野菜の乗った皿はすべて金でできている。

華岡「お祝いの席だからこそ、餅が食べられるのか。」

住民「ええ、ここでは餅が何よりのごちそうよ。本当に何もないところだから。」

華岡「毎日すいとんと野菜とお茶ばっかりじゃなくて、うまいものを食べたいな。」

住民「いいえ、四つ足を食べてはいけないことになってます。例えば、死んだ牛だって、きちんと葬ってあげるのが私たちの使命ですよ。それに、ここでは、しっかり自分の役目を果たさないと、食べ物はもらえないんですから。」

華岡「それってきつくないか?」

住民「きついどころか。みんなやりたいことを自由にやれるから、たのしいよ!やりたいことを一生懸命やれば、こうして食べ物をくれるんだから。」

蘭「つまり適材適所がちゃんと行われているわけですね。」

住民「ええ。子供のころから何をやりたいか、はっきり示されているから、平和な生活ができるというわけで。」

蘭「僕みたいに歩けないとどうなるんだろ。」

住民「心配しなくていいのよ。歩けなかったら歩けない仕事をすればいいでしょ。田んぼの仕事ができないんだったら、家で鍼の仕事をしてもらうとか。そんなことで馬鹿にしたりなんかしないわよ。だってそれは必要なことなんだもの。」

蘭「そういう制度は誰が決めたのですか?」

住民「大都督のご先祖がそう決めたらしいけど、まあ、それはただ文章にしただけで、あとは、あたしたちが勝手に決めちゃっただけ。」

蘭「ご先祖か。ここは大体何年続いた国家なんですか?」

住民「知らない。だって、私たちは記録するものがないから、聞かされるしかないでしょう。聞かされるとしても、むかしむかしくらいしかないわよ。」

華岡「せめて酒ぐらい飲みたいな。」

住民「ああ、それはだめ!あれはね、あたしたちの頭をおかしくするだけだって。」

水穂「つまり、背が低い方々だから、すぐにアルコールが回ってしまうんだよ。」

華岡「そういうことか。文字のレッスンも真剣にやってくれるからいいとしよう。でも、文字を持たないで、こんなに長く続いてきたとは、不思議なもんだぜ。」

水穂「それが幸せというもんじゃないか。そのおかげでこの国はやってきたようなものじゃないかなあ。僕はそう思うけどね。」

華岡「そうか、俺もはやく、この国の文化に溶け込まなきゃな。」

宴会はまだ続いている。


翌日

てんの屋敷。

会議を終えて、自室に戻ってくるてん。と、杉三がやってくる。

杉三「お疲れ様でした。」

と、茶を渡す。

杉三「馬鹿な僕にまで役目をくれてありがとう。僕は馬鹿だから、何もできないけれど、こして、お茶を入れてやるくらいはできますから。」

てん「どうもありがとうございます。」

と、茶をグイッと飲み干す。

杉三「疲れているみたいだね。」

てん「ええ、まあ。いつもこんな感じですよ。会議の後は。」

杉三「じゃあ、散歩に行かない?」

てん「どこへですか?」

杉三「松林のなか。」

てん「いいですよ。行きましょう。わたくしは、背負ってもらっていきます。」

杉三「その必要はないと思うよ?」

てん「どういうことですか?」

杉三「水穂さんに設計図を書いてもらって、いいものを作ってもらったんだ。これに乗れば、一人でも移動できるよ。」

てん「よいもの?」

杉三「うん。こっちへきて。」

と、屋敷の玄関ドアを開ける。いつもリャマに引っ張らせてのっていた箱型の乗り物に、竹でできた大きな円形の車輪がついていて、まるで荷車のような形の乗り物に変貌していた。

てん「これは?」

杉三「これに乗れば、どこにでもいけるよ。いままでは、箱を地面に直接つけて移動していたでしょう。それかみわさんに背負ってもらうか。それでは、不便だし、まずいと思っていたので。」

てん「じゃあ、これにリャマをつなげば、手伝い人はいらないと?」

杉三「正解!すぐにつないでみてよ。」

てん「みわさん、リャマをここへ連れてきて。そして、荷台にわたくしを乗せて。」

みわ「はい、わかりました。」

と、一頭のリャマを連れてきて、荷車の先にリャマをつなげ、てんを持ち上げて箱にのせる。

杉三「じゃあ、僕たち、散歩に行ってきますので!」

と、どんどん出て行ってしまう、てんもつなげたリャマの尻を叩いて、

てん「前へ進め!」

と、いうとリャマは歩き始める。

みわ「私もついていきますよ。大都督、心配でなりませんから。」


松林の中を、杉三は車いすで、てんはリャマにひかせた荷車で移動していく。みわは、じかに歩いていく。

てん「これが車輪というものですか。乗ってはじめのうちは怖いと思っていたのですが、本当に便利なものだったんですね。」

杉三「そう。一度でいいから乗せてやりたかったの。車輪ってのは、こうして、素晴らしいものだって体験させてあげたかったの。」

てん「そうですか。ここまで便利だとは思いませんでしたよ。」

杉三「そうそう。こうして足の悪い人間が移動することもできるし、けが人や病人をはこぶことも一人で可能になるんですから。」

てん「青柳様のおかげで、鉄を作ることもできましたし、わたくしたちは、うれしい気持ちでいっぱいです。」

杉三「ねえ、てんさん。」

みわ「てんさん?親しいと言っても、礼儀は守っていただかねば。」

杉三「どうも、大都督という言葉は発音しにくいもんでね。それに僕は、称号で呼ぶのは嫌いなんだ。なんか、そう呼ぶと友達になれない気がするんだ。」

てん「ええ、それで構いませんよ。」

杉三「本当?じゃあ、そのほうが、いいからそう呼ばせてもらうね。」

みわ「いいんですか、大都督。」

てん「ええ、かまいません。彼に車輪の使い方を教えてもらいましたからね。」

杉三「僕のことは杉ちゃんでかまわないです。あのね、ここに生えてる松ってさ、なんていう松なんですか?もしかして、」

てん「赤松ですけど。」

杉三「それで、マツタケがこんなにたくさん。てんさん、これ取って食べようよ。」

てん「マツタケとはなんでしょう。」

杉三「きのこ。この根元に生えてる。」

と、地面を指さす。確かに大量のマツタケが生えている。日本では絶対見られない光景であり、もし、キノコが大好きなひとがいれば、大いに喜ぶことだろう。

てん「こ、これですか?これを食べるのですか?」

杉三「はい。」

てん「わかりました。じゃあ、みわさん、これを二、三本抜いてください。」

みわ「はい。」

恐る恐るマツタケを抜く。

みわ「これをどうするんです?」

杉三「そう。じゃあ、戻って焼いて食べよう。とってもおいしいよ。幸い毒キノコではないから、誰でも食べられる。」

てん「わかりました。じゃあ、食べてみます。」

屋敷に引き返す三人。


てんの部屋。テーブルの上に小さな七輪をおき、マツタケを焼いている杉三。

てん「いいにおいがしてきますね。」

杉三「だろ?これがマツタケの魅力なんだ。」

てん「独特の香りですね。たくさん生えていましたが、まさか食用だったとは初めて知りました。」

杉三「そうそう。日本ではキノコの王様だよ。年に一度か二度しか食べれないんだ。」

てん「そうですか。」

杉三「それが、こんなにたくさん生えているってすごいね。」

てん「ええ。この国の松は、赤松しか生えないのです。ほかの松はありません。」

杉三「それじゃあ、マツタケがたくさん食べられるわけだ。これもごちそうの一つに加えたら?」

てん「食べてみなければわかりませんよ。」

杉三「さあ、焼けた。食べようよ。」

みわが、箸を二膳持ってくる。

杉三「いただきまあす!」

と、箸を取り、マツタケを口にする。

杉三「うまい!」

てん「いただきます。」

と両手を合わせて敬礼し、箸を取って、マツタケを食べる。

てん「あ、、、。おいしいですね。」

杉三「ね、うまいでしょ。マツタケは最高!」

てん「こんなものがいただけるなんて知りませんでした。わたくしは、まだ33ですが、この国の事をまだまだ知らなすぎるのかもしれない。」

杉三「えっ、てんさん33歳?」

てん「ええ、そうです。」

杉三「見えないねえ。もっと大人かとおもった。」

てん「いえいえ、わたくしは、このとしですから、まだまだ若造です。政治家としては、まだまだ到達していません。それに欠陥者がこの称を得るケースは、初めてと聞かされましたから。」

杉三「僕は45になるの。見えないでしょ。」

みわ「へえ、杉三さんのほうが年上なんですか。全然見えませんでした。」

杉三「それだけ、僕が馬鹿ということだ。」

てん「いえいえ、マツタケを教えてくださったのですから、全く馬鹿ではないですよ。こんなおいしいもの、わたくしは全く知りませんでしたし。」

杉三「いや、本当に僕は馬鹿です、、、。」

てん「いえいえ、わたくしも、政治家としては、まだまだです。そうなれば、お互い馬鹿同士ということになりますね。」

みわ「大都督が、このように誰かと会話しながらマツタケを食べるなんて、生まれて初めてみた光景ですよ。そうやって笑いあうこともなかったじゃないですか。杉三さんに車輪を作ってもらって、移動もできるようになって、もう、私の魔法も要らなくなるかもしれませんね。なんだか私は、正直に言うと、不安です。」

杉三「きっといい方向に変わっていくさ!そう信じようよ。僕らはそのためにいるんだから。

だって、変わるっていうことは、悪いことじゃないもの。」

てん「そうですね。杉三さんのいう通りかもしれませんよ。」


翌日。

村の中心部。水穂が描いた設計図を見ながら、住民たちが竹車輪を使用した、荷車を作っている。

水穂「はい、そういう感じです。皆さんお上手ですね。作り方を覚えるのも早いですな。」

住民「ようし、完成だ!」

住民「これで歩けないうちの子も移動できるんですか?」

水穂「ええ。じゃあ、それを、箱につけてみましょうか。」

住民は、車軸を通して、車輪を箱に着ける。

水穂「じゃあ、先端の部分、つまりながえというのですが、そこにリャマをつないでください。」

住民がリャマを連れてきて、ながえにつなぐ。

水穂「荷台にお子さんを乗せてみて。」

住民「はい!」

と、息子を抱き上げて、荷車に乗せる。

水穂「リャマを動かせば、同時に車輪が回りますから、その原理で移動できますよ。」

息子「本当?」

水穂「はい。ためしに、リャマを前に進めてみてください。」

息子「進め!」

リャマが前へ歩き出すと、彼を乗せた荷車も一緒に前に進みだした。

息子「ほ、本当に動き出した!すごい、僕も手で這って行かないで、いろんなところに行けるんだ!」

周りにいた住民たちが拍手をする。

住民「よかったな!これでお前もほかの友達と遊びに行けるぞ!」

息子「あ、ありがとう!じゃあ、僕、行ってくる!」

と、友人の家に向かって、荷車を進めていく。

住民「これで、うちの子も少しは明るくなってくれるかな。」

住民「そうね。車輪ってこうしてすごい事ができるのねえ。」

住民「どうも先生、ありがとうございました。とてもうれしいです。」

水穂「いいえ、大したことありません。なんか、僕らが当たり前にやっていることが、ここでは大いに感謝されるなんて、信じられないですよ。」

住民「いえいえ、私たちは全く知らなかったのですから、感謝して当り前ですよ。」

水穂「また、設計図を書きますから、何か必要なものがあったら言ってくださいね。」

住民「はい!わかりました!よろしくお願いします、水穂先生!」

水穂「僕は、そんなに偉くないんだけどね。」


蘭たちの官舎。夕食を食べている蘭たち。

蘭「だいぶ住んでいる人たちも、文字を覚えてくれたかな。」

華岡「俺たちもやっと、疲れなくなってきたよ。」

蘭「はじめは覚えが悪くていらいらしてたもんね。」

華岡「それを言うな。」

水穂「今日は初めて車輪の作り方を教えてきた。障害のある子を移動させるためだってさ。でも、彼らは、決して、それ以上のものを作らせようとはしないんだ。」

懍「望みがかなえばそれで満足してしまうんだと思いますよ。」

水穂「そうだね。そこから発展して別の車輪を作ろうという発想はないようですね。」

懍「それが、この民族のアイディンティティなんですよ。」

蘭「発展しないって、すごいことかもしれないけど、僕らは何かつまらないよなあ、、、。」

と、ため息をつく。



















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