杉三異世界編 紙風船

増田朋美

第一章

紙風船

第一章

公園を散歩している杉三と蘭。

杉三「いい天気だな。」

蘭「天気予報外れたね。」

杉三「あ、露天商が出てる。」

近くに、なん軒か露天商が立っていて、フランクフルトや、たい焼きなどを販売していた。

蘭「ちょうど花見のシーズンでもあるし、露天商が出て当たり前だよ。」

杉三「なんか買っていくか。」

蘭「杉ちゃんはすぐそれだ。まあ、でも、こういうときにしか露天商も来ないしね。じゃあ、何を食べようか。」

杉三「やっぱりカレーかな。」

と、一番はじにある、カレーライスと書かれた露天商を指さす。

杉三「読めなくても、においでわかる。」

蘭「必ずどこかで何か食べると、カレーを食べるよね、杉ちゃんは。わかったよ。」

と、カレーライスと書かれている看板のほうへ向かう。

声「こらあ、売り物の食べ物を勝手に食べるんじゃない!待てえ!」

二人の目の前を、一人の人物が走っていく。そのあとを露天商が追いかけていく。

杉三「あれ、なんだろう。」

蘭「子供が万引きでもしたのかなあ。」

杉三「万引き?カレーをか?」

蘭「そうみたいだね。まあ、最近はやりだからねえ。」

杉三「じゃあ、きっとかわいそうな子供だろうから、代わりに僕が作ってあげるよ。おじさん、ちょっと待って!」

蘭「ちょっと、杉ちゃん、そういう発想になんでなるんだ。万引きは悪いことなんだから、カレーを作ろうなんて、敵をかばうようなことはよしてよ。」

しかし、その言葉は杉三の耳には入っていないらしい。どんどん車いすを動かして、追いかけていく。

蘭「おーい杉ちゃん、どこへ行くんだ。待ってくれ!あーあ、なんで僕がいつもこんな目に合わなきゃならないんだろうか。」

と、大きなため息をつくと、

露天商「ほら、捕まえたぞ!ちゃんとカレー代、払ってもらうからな。子供だからって、甘えられると思うなよ!」

露天商は、「犯人」を捕まえて戻ってくる。しかし、その犯人はどこか異様な雰囲気があった。

杉三「おじさん、彼女は子供じゃないですよ。」

露天商「だって、身長がこんなに小さいじゃないか。」

杉三「でも、顔を見てよ。中年の女性だよ。」

露天商「はあ?」

と、犯人の顔を見る。

露天商「中年?」

確かにその顔は、中年の女性の顔であった。身長は150センチにみたないが、確かに大人の女性である。カールしていない黒髪を日本髪に近いような形で結っており、ピンクの木綿の着物を見につけ、黄色い半幅帯を文庫に結んでいる。

露天商「わ、なんだ!」

突然、犯人が振りほどこうとして、体をうごかすと、露天商は、そこが滑るような場所でもないのにかかわらず、突然尻もちをついて、犯人から手を離す。

露天商「な、なんだ!こんなところで尻もちをつくなんて。俺はどうしたんだろう。これはどういうことだ。化け物か、こいつ!」

杉三「どういうことって、聞きたいのはこっちです。なんで彼女を追いかけて捕まえたのか、説明してください。」

露天商「いや、売り台にあったカレーをかっぱらおうとしたので、、、。」

杉三「じゃあ、僕のうちでカレーを食べさせますから、もう許してあげてください。きっとよほど腹が減っているのだと思います。」

露天商「わかった。じゃあ、お前たちで頼む。俺、どうかしたらしい。いきなり、尻もちをついてしまうなんて。」

と、頭をかじりながら、しぶしぶ店に戻っていく。

杉三「こんにちは。僕は影山杉三です。何にも怖いことはありません。よろしく。」

と、右手を差し出す。女性が小さな右手を恐る恐る出すと、杉三は両手で静かに握る。

杉三「こっちは、親友の伊能蘭です。あなたのお名前は?」

女性「みわです。」

蘭「単にみわですか?漢字で書くとどうなるのですか?それに苗字があるはずでしょう。」

みわ「いえ、苗字がなければ、漢字名もありません。私は、文字を読めないので。」

蘭「読めない?読めないって、学校へ行かなかったのですか?」

みわ「学校って何ですか?そんなもの、私たちの世界では聞いたことない言葉です。」

蘭「私たちの世界?どこから来たんです?学校がないということは、ロシアとか、中国とかあるいは、北東のエスキモーとか、そういうところですか?」

杉三「違うよ。そんなところで、着物を身に着けるわけないでしょうが。」

蘭「そうだよね。でも、どこから来たのですか?」

みわ「松の国から参りました。」

蘭「い、一体どういうことだ、、、。どうして、捕まえたあのおじさんから離れることができたんだ?」

杉三「まあ、積もる話は食べてからにしよう。とりあえずは僕のうちへ来てください。カレーを作って差し上げます。」

みわ「いいんですか?」

杉三「ええ。いつでも大歓迎ですよ。だって、腹が減っては、戦はできないとも言いますし。」

蘭「杉ちゃん、なんで君は正体不明の人と、そうやって仲良くできるんだ。この人はもしかしたら、どこかおかしいのかもしれないぞ。」

杉三「そんなことないと思うよ。そうでなければ、カレーを盗み食いしようとはしないでしょ。きっと、お金の使い方を知らないんだ。それに、年齢だって、すでに40歳を超えてるじゃないか。もし、日本人であれば、よほどの事情がない限り、40歳以上でカレーを盗み食いする人はまずいないでしょう。それに、日本人でもなさそうだよ。」

蘭「まあ、それはそうだよな、、、。でも、杉ちゃん、」

杉三「とにかく家に連れて行こう。」

蘭「わかったよ。」

杉三「じゃあ、みわさん、僕のうちに来てカレーをたくさん食べてください。」

みわ「ありがとうございます。」

杉三「じゃあ、僕についてきて。」

と、車いすを移動し始める。

みわ「お二人は、失礼なことを言うようですけど、歩けないことが逆に良いことのように見えます。ここの皆さん、みんな体が大きくて、身長が高いから、私は、背伸びして話さなければならず、話しかけるのに肩が凝ってたまらなかったのです。」

杉三「そうか。馬鹿も少しは役に立つようになったか。」

みわ「ええ、とても助かります。」

杉三「よかった、歩けないのがたまには役に立つもんだねえ。」

みわ「私たちは、どんなに背が高くても、五尺を超えることはまずありませんから。」

杉三「そうかあ、背が低いんだね。」

みわ「ええ、肉を食することがほとんどないのです。動物は、大事な友達であり、道具です。食べてしまうわけにはいきません。私たちは、動物に畑を耕させたり、じかに乗ったり、物を運ばせなければ生活できませんから。それを食べて自分のものにするのは到底できない。」

杉三「それでは、こっちに来たばかりの時は、驚いたでしょ。みんな少なくとも五尺五寸はあるでしょうから。それに、ものを動物に運ばせる文化もないからねえ。」

みわ「ええ、初めて来たときは卒倒してしまいました。金のイノシシみたいな乗り物に、ぶつかりそうにもなりました。」

蘭「金のイノシシ?」

みわ「ええ、目が光って、ちかちかとして、その速さからイノシシに見えましたよ。」

杉三「自動車のことか。あれにぶつかったら、命はないです。僕らでも対抗はできないですよ。」

みわ「ええ、怖かったですよ。私もびっくりしました。」

杉三「でしょ。僕だって、追いつきはしないもの。」

みわ「ええ、でも使命を果たすまで帰ってくるなといわれていたので、非常に困っていたのです。」

杉三「それじゃあ、腹がすくだろうよ。ほらこれが僕の家だよ。」

と、自分の家の前で止まる。

みわ「こ、これですか?」

杉三「あがってよ。」

みわ「な、なんという豪華な、、、。」

蘭「豪華って、庶民でもこのくらいの家に住んでますよ。」

みわ「信じられません、大都督の屋敷の倍以上はありそう。」

蘭「大都督?誰ですか?」

みわ「はい。私たち橘族を統治されておはします方です、名前はてんといわれます。」

蘭「てん。」

杉三「僕はよくわからないけど、こちらで言うところの総理大臣のようなものか。とにかく中に入って、カレーを食べて。」

と、ドアを開ける。

みわ「は、はい、、、。」

恐る恐る杉三の家に入るみわ。脱いだ草履は、子供の草履より少し大きいだけのサイズだった。

みわ「おじゃまします。」

と、丁寧に礼をする。

杉三「食堂で待っててくれる?今からカレーを作るから。」

と、台所に行ってしまう。

蘭「じゃあ、食堂に行きましょうか。」

みわ「は、はい。」

杉三「緊張しないでいいんだよ。日本人は、こういう馬鹿もいるんだって、感じ取ってね。」

みわ「どうもご親切に。」

蘭「杉ちゃんは、そうやってすぐに手を出したがる。」

みわ「信じられません。いろんな人に尋ねましたが、もう、皆さん返答してくださることはなかった。私、来ることは来たけれど、もう、あきらめるしかないのかなって思ってましたから。」

蘭「あの、あなたは一体どこから来たのですか?そして、なんの目的でここに来ているのです?もしかしたら、この日本で生まれ育った種族ではないとでも?」

みわ「お話します。わたしたちは、松の国というところから来ました。松ばかり生えているので、そう呼んでいます。私たちは、言葉こそ話せますが、文字というものがありません。」

蘭「文字がない?例えば、ここに飾られている詩を読むことすらできないのですか?」

そういって、玄関先に飾られている、色紙を指さした。ある有名な詩人の詩が貼られていた。

みわ「お恥ずかしながら読めません。大都督が平仮名を少し知っている程度なので、、、。私は、文字というものは何も知らないんです。」

蘭「僕は夢を見ているのだろうか。それともここで現実に起きているのだろうか。」

と、ほほをたたいてみるが、確かにいたかった。

声「カレーができたよ!食べに来な!」

みわ「あの、その貼ってあるもの、お借りしてもよろしいですか?これが文字だとお伝えしなければなりませんから。」

蘭「ああ、どうしよう。僕は変な惑わしにかかってしまったらしいぞ。こうなったら、仲間を増やして、証人になってもらおう。」

と、スマートフォンをダイヤルする。

みわ「その四角いものは何ですか?」

蘭「少し黙ってて!」

みわ「ごめんなさい、、、。」

杉三「カレー食べないのか?」

と、台所から杉三がやってくる。

蘭「(スマートフォンを切って)いいか、この変な人の惑わしにかかってはいけないよ。今から、青柳教授と華岡に来てもらうから。ちょうどいい、万引きで捕まえてもらおう。」

みわがわっと泣き出す。

杉三「泣かすなよ。かわいそうじゃない。」

蘭「いや、きっとこの女は、詐欺とかそういうのだよ!」

杉三「悪い人じゃないよこの人は!さっき、露天商のおじさんが自動ですっころんだの見て、僕は確信した。ここの、日本の人じゃないなって。きっと、魔法をつかって、おじさんを突き飛ばしたんだ。その証拠に、この人の身長は五尺もないのに、おじさんは少なくとも五尺六寸の身長があった。それを突き飛ばすのは、女の人にはできるはずがないじゃないか。」

蘭「杉ちゃん、テレビゲームの世界が現実に起きるわけないでしょうが!しっかりしてよ。それに尺貫法理解しているの、杉ちゃんだけだよ。」

杉三「和裁やってれば、尺貫法はできるよ。」

みわ「杉三さんは、私の事わかってくれるんですね。でも、蘭さんの意見のほうがここでは通ってしまうんですよね。そうですね、私もここの人に、何回もお願いしたけど、全く信じてもらえなかったですし。もうあきらめて帰ろうかと。」

蘭「当り前だ!空想と現実を混同する馬鹿がどこにいる!さっさと出てけ!」

と、インターフォンが鳴る。

懍「誰が妄想を語っていると?」

ドアがガチャンと開いて、懍と水穂がやってくる。

蘭「ああ、教授、すみません、この女の語る被害妄想を何とか矯正してやってくれませんかね。きっと、精神科とかそういうところから逃げてきた女だと思うんです。露天商から、カレーを万引きしたんですよ。」

懍と水穂は泣いている彼女を見つめる。

水穂「そういう人には見えないけどね。僕は、精神科に慰問演奏に行ったことがあるが、このように真剣な表情はしないよ。そうじゃなくて能面のような、抜け殻のような表情をしてるからね、精神科の人は。でも、そういう感じではないし、、、。それよりも、何か逼迫しているような顔をしているんだけど。」

懍「まず、何か食べてもらいましょう。そうしたほうが彼女は落ち着いて話せるでしょう。」

蘭「わかりました。早く食べて捕まえてもらいましょう。」

全員、食堂に移動する。


食堂。がつがつとカレーを食べるみわ。

蘭「すごい食欲だな。」

みわ「ええ。この三日間なにも食べていなかったのです。」

杉三「なるほど、それでは、カレーを万引きしたくなるよな。」

みわ「ええ、もうどうしようもなかったんです。いくら、魔法ができると言っても何か食べなきゃいけないし。」

といい、だされたみずをぐっと飲み干す。

懍「じゃあ、少し自己紹介してください。」

みわ「はい、私は、名前をみわと申します。私の家系は、先祖代々から魔法使いであり、

わたしもその一人です。」

杉三「つまり、魔女ということか。」

みわ「まあ、この世界ではそう呼ぶみたいですね。私たちはそういういい方はしてきませんでしたけど。」

杉三「普段は何をしているの?」

みわ「大都督の補佐役というか、手伝い人のようなことをしています。私ができるのは、ものを目的地へ移動させる魔法程度なので、大都督が歩行不能でありますから、私が手伝ったというわけで。」

懍「で、あなたの出身地について、もう少し詳しく話してください。」

みわ「はい。松の国というところから来ました。国のほとんどに松の木が生えているのでそう名付けられた国家です。最も今は、どんどん切り倒されてしまっているので、はげ山になりつつあり、かろうじて残ったのは私たち橘族の村の周辺だけです。それではいけないと大都督が、松野族に忠告したのですが、全く聞く耳を持たないので、私たちはこっそり外部の人たちに援助を求めようと思っているのです。ですが、それを伝える文字というものが全くないのです。だから、文字を読み書きできる人がほしいのです。」

水穂「橘族とは、」

みわ「私たちは橘族です、身長が成人しても五尺に満たない種族のことをそう呼んでいます。」

懍「松野族、とは何でしょう。」

みわ「松の国の中心部に住んでいる種族です。私たちより、背が高くて体力もある者たちで、到底私たちはかなわないのです。」

懍「じゃあどうして、あなたたちの最高権力者が都督の称号を名乗っているのですか?」

みわ「松野族からもらった仮の称号です。先祖代々そう呼ばれています。その名をてんとおわします方で。」

蘭「すごい単純な名前。」

みわ「ええ。橘族の間では、名前さえいえば通じます。特に、私たち橘族は人口も少ないので、苗字ももっていないのですから。それに、記録する媒体である紙もないので。」

懍「ああ、なるほどね。つまり、こちらで言うところの異民族を懐柔させるための称号かな。つまり、多数派の松野族が、少数派である、あなたたちを統治するために、最高権力者に、都督の称号をあたえたということですね。そういうやり方は古代の中国にもありますから、理論的には間違ってはおりません。」

蘭「紙がないならどうやって記録するんだ?なんで紙を作ろうと思わなかったの?」

みわ「私たちは、発展しない民族なんですよ。発展すれば、損害が起きた時の衝撃に耐えられなくなるからって。だから、記録することもせず、また新しい文化を作ることもしないで暮らしてきました。そのおかげで災害があっても、すぐに立ち直ることもできますから。」

蘭「その感覚、僕らにはわからないよ。だって、記録しなかったら、教訓は得られないはずだし。」

みわ「いいえ、教訓をもっても何もならない、だってそれ以上の災害があれば、何の役にも立たないからって、私たちの言い伝えではそうなってます。誰かがそうしろといったわけではないけれど、災害が起きたらまたやり直せばいいからって。でも、今回その気持ちではととても対処できない時代に直面していて、、、。」

水穂「畢竟して、何を困っているのですか?」

みわ「松野族をどうしても止めなければいけないのです。さもないとたくさんの松の木が殺されて、松の国ではなくなってしまいます。松の国ではなく、はげ山の国になってしまう。ただでさえ雨が多い国なのに。はげ山になったら、土砂崩れもおこるかもしれません。私たちは、発展しないことでそれをふさいできましたが、松野に、開発を許してはなりません。それを何とかして止めたいのです!」

水穂「なるほど。そのために何が必要なんでしょう。」

みわ「大都督は、松野族が持っている最大の武器は、文字と鉄と車輪であるとおっしゃっていました。でも、その製造法も何も知らない私たちは、対等にやりあうことはできないとも言われました。私たちが、よく使う金属は金ではありますが、金ではとても互角にはならないと。でも、私たちはその、鉄の製造現場を見たわけではありませんから、全く知らないというわけで、教えてくれる外部の人に来てほしいのです!」

懍「確かに、金は鉄にはとてもかないませんね。装飾品としては使えますけど、武器として使うには、全く役にたちませんよ。」

水穂「僕らがいうところの、インカ帝国みたいですね。文字も、鉄も、車輪もないって。インカも、やっぱり、鉄の刀があったから簡単に滅んでしまいましたけど。」

みわ「えっ、私たちと同じ、文化を持った人が、ここにもいたというのですか?」

水穂「ええ、遠い昔の、遠い外国の事ですけれども、やはり文字がなく、鉄がなく、車輪もない文明がありました。僕たちはそれを目撃したわけではないのですが、やはり鉄を知っている人たちに、簡単に滅ぼされてしまったということは学びました。それと同じことがおころうとしているわけですね。」

みわ「そうなのです!そうなのです!どうかお願いできませんか。一緒にわたしたちのところへ来てくれませんか。お礼なら、何でもしますので。」

杉三「ああ、分かりました。行きますよ。そんなに危ない状況なら放置しておくわけないでしょう。すぐに支度しますから、僕を連れて行ってください。」

蘭「馬鹿、君がいってどうするの。読み書きできないくせに。」

杉三「じゃあ、蘭と水穂さんと青柳教授を連れていけばいい。蘭は文字が書けるし、絵もうまい。水穂さんは、書道の達人。青柳教授は、鉄作りの達人。三人とも大いに役に立つよ!」

蘭「杉ちゃん、でも、本当にそうなのか?そういう別世界ってあるのかな。こういうところにさ。僕は、テレビゲームの中だけだと思うけど。」

と、インターフォンが鳴る。

華岡「おーい蘭、来たぞ。万引きした女性って誰なんだ?なんだかかわいい草履がここに置いてあるけれど、、、。」

蘭「華岡だ!」

みわ「じゃあ、私についてきてください。特に乗り物は必要ありません。単についてきてくれればいいのです。そうすれば、こっちに来れますから、、、。」

杉三「わかった。連れて行ってくれ!なんぼでも役に立つから!」

と、椅子から立ち上がったみわの後をついて廊下を移動し始める。水穂も、何かに惑わされたように、懍の車いすを押しながら、歩き出してしまう。

蘭「おい、待てよ、三人ともどこへ行く!」

と、蘭も慌てて追いかけると、なぜか頭からすっと意識が飛んでしまい、自動的に杉三たちの後をついていく形になった。

華岡「おい、みんな一緒にどこへ行くんだ、万引きした女性って誰なんだようい!」

と、玄関先で発言した華岡も、強大な力に引っ張られていくように、なぜか廊下に向かって歩き出していった。


いつの間にか、廊下ではなく、芝生になっていた。そして、周りの風景も、住宅ではなく、松の木の森に変わった。

さらに歩いていくと、小さな集落のような場所に出た。とても小さな集落だった。確かに、文明の水準としては非常に低いもので、家はほとんど竹でできていた。周りには小さな水田と畑があるだけだった。その形は、非常に不規則で、日本で見られる大規模な水田ではなかった。

水穂「どうして、竹で住宅を?」

みわ「ええ。松を切り倒してはいけないとされていて、代わりに成長の早くて、伐採してもすぐに植えられて、成長の早い竹を使っているのです。」

懍「鉄がないのですから、木材をすぐに伐採できないという理由もあるでしょうね。」

みわ「はい、そういう理由もありますね。」

みわは、彼ら五人をその村の中心部に連れて行った。

みわ「ここです。」

懍「確かに松の国と言えますな。本当に松が大量に生えている。美しい林です。」

確かに、周りは松ばかりがはえていて、他の木も少しばかり生えているが、八割くらいは松の木であった。

住居よりも少し大きい、公会堂のような、公共の建物も、ほとんどが竹でできていた。日本では、当たり前のように見かける、電線も、電信柱も、水道管も、ガスボンベも何もない集落だった。

蘭「本当にあったんですね。ごめんなさい。疑ったりして。」

住民たちが、ぞろぞろ出てきて、彼らを眺めていた。身長は男性であっても150センチ、すはなち五尺くらいの本当に小さい人たちであった。

水穂「ドワーフ、でしょうか。」

懍「いや、ドワーフというより、ピグミーといったほうが正しいでしょう。あるいは、ネグリトの一種である、ケチュア族みたいな民族に近いかもしれません。」

杉三「やあ、今日は!僕、影山杉三だよ。杉ちゃんって呼んでね。」

と、住民たちに向かって手の甲を向けて手を振った。それを見て、住民たちも安心したのか、杉三たちに、笑顔を向け始めた。

みわ「皆さん来ましたよ。文字や、鉄や、車輪を知っている方が、こんなにたくさん!」

たちまち周囲から拍手が起こった。

華岡「俺はよくわからないが、こうして拍手をされるとなると、俺たちは、よほど必要だったんだなあ。でも、周りがこんなにきんきら金のものばかりだと、どうも照れくさい。」

その通り、ほとんどの家の縁側に、洗濯をするたらいや、調理する鍋が干されていたが、そのすべてが金でできていた。それらのものは、純金に近いものらしく、曇った空の下でもよく光った。それなのに、住民たちの着るものは、おそらく木綿と思われる着物に、これまた木綿の半幅帯で、非常に粗末な印象を与えている。

近くの建物より一回り大きな建物から、一人の男性が現れた。彼は、ながえを付けその先端をひもで繋いだリャマに引っ張らせた、こちらでいうところの、リヤカーのようなものに正座の姿勢で乗っていた。その乗り物には車輪はついておらず、じかに引きずっていたので、何とも不便そうであり、地面に引きずった跡がしっかりとついていた。それでもその顔は凜としていて、背筋もしゃんとしていた。黒く長い巻き毛をポニーテール様に束ねて白いひもで縛り、やはり木綿の着物を身に着けていたが、江戸小紋のような小さな花を染められた着物を身に着けていた。

彼を見て、住民たちはいっせいに敬礼した。

蘭「あ、歩けない人が本当にリーダーなんだ!」

男性「ええ、そうですとも。」

水穂「じゃあ、あなた様が、ここの最高権力者!」

男性「ええ。てんと申します。よろしくどうぞ。」

杉三「はい、僕の名前は、影山杉三です!こっちは、親友の伊能蘭で、」

懍「青柳と申します。彼は手伝い人の磯野水穂です。」

水穂「磯野です。よろしくお願いします。」

二人も敬礼した。

華岡「ああ、ああ、あの、、、。」

てん「なんですか?」

華岡「お、俺は、華岡保夫です。歩けない人間が権力を握るなんて、すごいところへ来たもんだ。」

水穂「そんなこというなよ、華岡さん。」

てん「ようこそ。」

そういって彼は一人一人に握手した。

てん「皆さん、お待ちしておりました。早速お伺いしますが、お三方の乗っているものが、車輪というものなのでしょうか。」

懍「ええ、そうです。僕たちは足が使えないので、こうして車輪付きの椅子に乗って移動しているのです。大都督も足が不自由なんですね。」

てん「ええ。まさしくその通りです。わたくしは、事情により歩行不能となりましたが、松が豊富なこの地域では、車輪というものを作動させるほどの段差のない道路を用意することができなかったのです。」

懍「そうですか。でも、車輪なしでは不便でしょう。」

てん「ええ、しかし、わたくしたちは、製造法も何も知りません。そのために皆さんを技術者として招待したいのです。」

杉三「僕らはなんぼでも役に立てたらそれだけでうれしいです。だって、あっちの世界では、僕たちは厄介者ですから。まあ、障碍者は出て行けって言われるのが落ちさ。」

住民「へえ、厄介者なのですか。」

住民「それだけ、文明化してるところからでも厄介者なのですか。車のついた椅子なんて見たことないよ。きっと天才の国家なんでしょう。」

住民「一体どれだけ文明化していたのですかな、みわ様?」

みわ「ええ。私たちは、とてもついていけないほど、文明化しておりました。金のイノシシもいましたし、私たちのように魔法に頼ることはなくても、自動で移動することができます。私たちはとてもかなわないでしょう。なんでも一人でできてしまうのではないでしょうかお話によりますと、歩けない方を助けるのが煩わしくなって、こういう欠陥のある人たちは不用品になってしまうほどだそうです。」

住民「それでは私たちは、暮らしていけませんな。」

住民「私どもは、できることと言ったら、芋の栽培と、金属加工くらいですが、それもすべていらないという世界って、考えられないですよ。」

住民「それでは、寂しい文明の種族ということになりますな。私たちは発展しなかったのが素晴らしいと思っていたんですけど。」

てん「静かに!こちらの方々は、わたくしたちがもっていない技術を持っているのです。そのような方々を、馬鹿にしてはなりません。わたくしたちは、わたくしたちの技術や文化を発展させなければ、生き残れないのです。それを伝授するために呼んだのですから、敬意を示すようにしてください!」

住民たちがもう一度拍手を送る。

てん「とりあえず、皆さんは、わたくしたちの住居にきていただきましょう。わたくしたちは、皆さんを心から歓迎いたします。皆さん、わたくしに続いてきてください。」

大拍手のなか、てんは、リャマに方向転換させ、大きな建物に向かわせる。杉三たちも時折手を振ったりしながら、それについていく。

その中で、一人、二人、この光景をみて、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、群衆に背を向け、走っていく者がいる。

松林の中にある、細い道を走っていってしばらく行くと、急に開けた街に出る。そこは、大きな建物も、高い塔もふんだんにあった。てんたちの住んでいる村とは大違いだった。周りでは、絶えず木を切り倒したり、材木に加工したり、家を建てたりする光景が、繰り広げられている。そして、町の中心部には、大きな石つくりの城がある。その周りには広い道路も整備されている。

しかし、その周りには、わらや土壁などで作った粗末な家が密集しており、城の周りの建物よりも、そのほうが数ははるかに多い。彼ら二人は、それの前を突っ切って、城の中へ飛び込んでいった。

それを、土壁の家の住民たちが見ていた。彼ら二人の着ている着物はやはり木綿だった。二人は、先ほどの使者たちが城へ向かって走っていったのを見て、ため息をついて語り始めた。

住民「橘のほうから来たな。」

住民「そうだな。」

住民「何を報告するんだろ。女帝寧々に。」

住民「まあ、橘が、また何か変化を起こしたんじゃないの?それを頑張って阻止しようとさせること。」

住民「俺たちのことは、また放置か。」

住民「今度こそ、いい報告を待っていたのにな。」

住民「橘に何かあったら、なんてどうでもいいんだよ。それよりも、こんなあばら家じゃなくて、もっといい家に住めるようにしてもらいたい。」

住民「俺たち、時々なんのために生きているのかわからなくならないか?」

住民「そうだなあ。ただ働いて、このあばら家に住んで。」

住民「全く、俺たちは金持ちの家を建てるだけで、あとは何にも必要のない奴らといわれている。回覧板を見たろ?死なぬように生きぬように生きろとな。あれ、どういう意味なんだか。」

住民「つまり俺たちは死んでもいけないし、生きてもいけない。ただ、女帝寧々が必要だと言ったら起用され、終わってしまえば虫けらさ。一体なんのために生きているんだろう。」

住民「まあ、俺たちのほうへ、寧々が向いてくれることは永遠にないだろう。」

住民「そうだな。」

二人は、大きなため息をついた。

住民「じゃあ、仕事行くか。」

住民「今日は夜勤か?」

住民「そうだよ。家を建てる現場に行って、交通整理さ。」

住民「夜に工事やるなんて、急ぎすぎだよな。それに、俺たちが寝る時間が無くなるぞ。」

住民「女帝寧々の命令には逆らえないよ。働かないと、俺たちは殺されちゃうわけだし。」

住民「怖がってうつ病になるなよ。そしたら一貫の終わりだぞ。」

住民「わかってるさ。」

住民「俺たちは、金を稼げないと、殺されちゃうんだから。」

住民「まあ、どっちにしろ、俺たちは女帝寧々の付属品に過ぎないし、俺たちに主権があるなんて大嘘に決まってる。国民主権なんて硬い言葉を言ってればついていくとでも思ってるんだろうが、俺は騙されないぜ。」

住民「本当だな。」

二人は、着替えをするために、あばら家の中に戻っていったのであった。















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