第7話
集会所代わりの空き家で、サトコとコシヲは村の共同購入品を並べ、残りの売り上げをアカミソに渡した。
「どうだ?」
渡された硬貨を数え、アカミソは云った。
「次も同じ間隔でいいと思う」
「葉物はどうする、少し減らす?」
どれも不人気で、売れ残りはスシュのとこへ置いてきた。偶にはあるので誰も文句は云わない。
「そっちはコシヲ、に、」
形が合ってないので、声を出す拍子に一々眼鏡が下がる。見兼ねた未醂が口を挟んだ。
「あのサトコ、アカミソの眼鏡は…」
「そうだった。けど店の主人も店も、誰も覚えてなかったわよ。だから他へ行ったけど、合わなかったらタクリに磨いて調節してもらって、もうすぐ帰るって云ってたから」
袋から小さな包みを取り出して、サトコはアカミソに手渡し伝える。
「会ったのか」
「いいえスシュ」
イチミが首を
「あいつまだ診療所やってるの、そろそろ拙いだろ」
「ああ、じゃあシヲタ、伝えに行ったかな」
「それはニボシが引き受けた。縁があるそうだ」
未醂が白地の上衣に入った金の刺繍を
「壺の砂糖漬け…」
「ドレンチェリーにアンゼリカ」
「ああ、あの二人、ちゃんと護符貰えたかしら、別にもういらないと思うけど」
アカミソが訂正した。
「あの二人の名前はウェルダとティアムだろう」
栗を退治する旅をしていた二人連れだ。
実際はノノジメという妖怪が栗の木で村人を困らせていた。その姿が見え、本当のとこを知っていたウェルダとティアムが追っていたわけだが、どういう律儀か退治するのは栗だと云い張って、しかも遥か遠くまで、二度と村には来ないであろう妖怪を追う徒労をしていた。
その二人にシヲタは
「ドレンチェリー!」
「アンゼリカだ!」
「何?」
サトコは声を揃えた二人を
「桜桃と大石蕗の砂糖漬けです。そちらではそんな風に云うのですね」
「ああ」
そういえばこの会話の際、シヲタは『そちらでは』とウェルダ達に云っていた。彼らの地方に同じものがあると、分かっていたからそう聞いたのだ。
「村で作ってる。一番の収入源になるんだ」
懐かしかったのだろうが、高値で売れる高級品だと云いながら次々と遠慮なく手を伸ばすあたり、この二人、思ったよりか現金だ。
「あれ、でもこれアンゼリカですか?味が違う」
話を擦り合わせてみると、ティアム達の云う大石蕗は、別な植物のようだった。
「村のは酸味があって――、これはこれでうまいですが」
円筒になっている茎を薄く斜めに切ったそれをモゴモゴと食べながらウェルダが云う。
サトコは桜桃でも一欠け食べようものなら、口の中に広がる強烈な甘さと独特の歯ごたえが永久に残りそうなので
と、余程おいしそうに見えたのか、普段物を一切食べないシヲタが銀皿に手を伸ばし、緑に着色した桜桃を一粒、口の中に入れた。サトコはかなり驚いたのだが、当のシヲタは特に何を云うでもなくいつもと同じ、やんわりとほお笑みながら口を動かしていた。
「でも俺、時々シヲタが壺を下ろすの見るけどな」
「俺も。初めて来た人にはいつも出してる。ニボシの時も、――ウンカの時も。普段は食べなくてもその時だけは一緒に食べてるんじゃないか、相手が気兼ねしないように」
未醂とアカミソはめいめいに云うが、ニボシからウンカの間は随分と
都で頻繁に暮らすサトコやあちこち歩くタクリとかと異なり、ほとぼり冷めるまで村に居続けるこの二人などとは時の流れに大層なズレが生じる。最近や時々が数年かもっと前などしょっちゅうだ。
「ああそういえば、今ちょうど桜桃の時期だった」
コシヲが云った。大石蕗の方はとうに過ぎている。
「云ってくれれば買って来たのに」
「遠慮したんじゃないか、サトコはあれ、あまり好きじゃないだろ。大国の兵隊もあれは
未醂とイチミも
「いつももサトコの目には、触れないように気を利かせてたのかも」
「シヲタらしいな」
サトコは「かもね」と云い、「でももしそうならお客用に買いに行ったんじゃないと思うわ」と云った。
まだあるからとシヲタは壺の砂糖漬けを、残らずウェルダとティアムに持たせようとしていたが、さすがにそれは二人も断った。
空になったんだと未醂が気づいたように、サトコもあの壺が今朝、外に干してあるのを見た。
だけどあれ以来まだ、村には誰も訪れない。
無何有の郷 季早伽弥 @n_tugatsu18
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