行軍、砂嵐の後

第4話

 おさまりかけた砂嵐の中に井戸の囲いが見え隠れする。

 この位置から目だけでそれが分かったのは、視界に入るものなど一切なかったからだ。何もかも根こそぎなぎ倒してゆく大軍も村の水源だけは残して行く。それは砂漠の民への唯一の礼儀であるらしい。


 おさまりかけとはいえ依然巻き上がる砂の中、井戸に目を凝らしながら近づいていると、不意にその中に人影が現れこちらに声を掛けてきた。

「アカミソですか。眼鏡はどうしました」

「シヲタか?」

 砂に目が入らないように気をつけながら目元をこする。足早にもう数歩近づくと手に木桶と柄杓ひしゃくを持ったシヲタが井戸端にたたずんでいた。

 ある時からあまり容姿の変わることのない自分達だが、特にシヲタは変わらない。変わることなくここにいて、いつでも一人また一人と戻ってくる自分達を、変わらぬ姿で迎えてくれる。

「逃げる時に落としてしまったんだ、どさくさで拾う間もなかった。都まで出ようかとも思ったけど、稼ぐのが面倒だから」

「そうだったんですか、確か先代の眼鏡があった筈です、後で探してみましょう。古いものですけどしばらくしのぐくらいなら十分でしょうから」

「ありがとう助かるよ。他の者はまだ?」

 シヲタは汲み上げた水をおけに注ぎながらいつも通りやんわりとした口調で話す。

「誰も。サトコはついでに西の都まで行って、暫く働いて来るそうですよ、未醂みりんはニボシの寺でお世話になるようです」

「そうか、サトコの方は相変わらずだな、――こちらも相変わらずひどい有り様だけど」

 水源以外の家から家財道具に家畜まで、何もかも壊され持ち去られて跡形もない。彼らにとってこれは砂漠の内で、きっと村など見えてない。それでも自分達はシヲタの待つこの地に戻り、また一つ一つ、家を作り土をたがやし木を植えて、生活を立て直してゆくのだった。


 水の入った手桶に柄杓をひたしてシヲタは歩いて行く。アカミソは後を追った。村の広場だった場所まで歩き、そのまま中央まで歩いて行ってシヲタは漸く立ち止まった。

「その辺を探してやっとこれだけ集まりました」

 乾いた広場の土の上に荒縄の切れ端と、棒切れが数本転がしてあった。側に包まれた小さな苗木がある。

「隠しておいたんです。なに、すぐに大きくなりますよ」

 元々細い目をもう少し細くしてシヲタは笑った。

 それに笑顔で返し、二人は手早く作業を始めた。アカミソの持つ護身用の道具を代用して固い土を掘り、苗木を植え、柄杓で水を注ぐ。その周りを棒と荒縄で囲って風除けを作った。短い時間だが遮るものもない照りつける太陽の下での作業は骨が折れる。息をついて立ち上がり、かざした手の透き間から太陽を見上げると、シヲタも一緒に空を見上げた。

 また少し砂埃が舞い上がり、視界が途切れ始めている。

「皆、早く戻ってくるといいな」

「そうですね」

 掠れ始めた空の下、二人は暫くの間天そらを見上げていた。


 



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