第2話

「ノノジメ?」

 ウェルダとティアムは揃って鸚鵡おうむ返しに返した。

「半年程前にやって来て、村の家の戸口にロウを塗って逃げるので皆、戸に手を挟んだり戸を壊してしまったりと大変でした」

「引き戸の溝なんかに塗って滑りを良くするの。立てつけが悪いと思って開けたら大変よ」

「ノノジメは西から来たと云っていましたから、途中、方々で悪戯くらいして行ったかもしれません」

 そういえばその時お寺の護符を持って来たのがニボシだった。

 事情の飲み込めない二人にシヲタは云った。

「栗の木と同じだろうと思うのです」

「そいつがうちの村も襲ったというんですね、」

 ウェルダが尋ねた。

「栗の木がやったと見せかけて、ノノジメが実をもいで投げたり火にくべたりしたのでしょう」

「栗は妖力で増やしたんじゃない?」

「他の色んな木から少しづつ実を採って、偽物の栗に変えたのだと思います」

 シヲタは云ったが、ウェルダもティアムもにわかには信じ難い顔だ。

 構わずサトコは別のことを尋ねた。

「栗拾いに出たのはいつ?」

「栗退治、」

 ウェルダが云い直す。ティアムが答えた。

「丁度一年前ですよ。栗で転んで腰を折った人がいて、村で抽選会が開かれたんです」

「会議だティアムっ」

 今度は乱暴にも火箸で突っ込んだウェルダだが、ティアムは手荷物から頭に被るのに具合の良さそうな鍋を取り、素早く阻止した。

 力関係が垣間見える、とサトコはこっそりと思った、前に出て喋るのはウェルダだが、後ろで糸を引くのはティアムだ。

「僕達二人ともくじ運悪くって」

「厳正な会議で俺達二人が選ばれたんだ!」

「見解の齟齬そごがあるようです」

 シヲタがのんびりと状況を指摘した。


「寺院で護符が戴けるよう私がお手紙を書きましょう。行って誰かに渡せば住職につないで貰えます。それを村の表門と裏門に貼っておけば大丈夫ですよ」

 硯箱を持って来てシヲタは寺院宛ての手紙をしたため始めた。

「ですが、何故私達の村を襲ったのもノノジメだと断定出来るのですか?ここからは遥かにへだたった場所ですよ」

 やはりウェルダは気になるようだ。

「栗をひとつ落としていきましたから。それに一つ目の目玉がぐるぐるとしていませんでしたか。ノノジメは人目に触れることをいとわない妖ですが、だからと云って全ての人が見えるわけではありません。

 村でウェルダさんとティアムさんだけが、ノノジメの姿を見ていたのでしょう。それでお二人はくじに細工をなさったのです」

 二人はまた顔を見合わせて、今度は静かにですがと云った。

「俺が見たのは顔だけで」

「僕が見たのは胴体でした」

 肝心の手は見えず、最初は確証が持てなかった。姿もぼやけてはっきりせず、もしや二体いるのかと右往左往した。逃げ足も速くて退治しようにも棲処すみかさえつかめない。だから栗退治を村から出す話は好都合だった。

「にしても長滞在ね」

「きっと気に入ってたのでしょう」

「迷惑な」

 うんざりした様子でウェルダがため息をいた。

「腹を壊すかもしれないからって、栗を何年も食べられなかったのは残念だったな」

 ティアムは控え目に感想を述べる。

 シヲタが手紙を折り畳みながら云った。

「妖力で変えた栗はしぼみ本物であればただの実に、ですが一度でも妖気に触れれば食べるのには向きません」

「スカスカしてきっと栗の味なんかしないでしょ」

 ニヤニヤとしたサトコに、ウェルダが顔を向けた。

「でも茹でると少しはましなんだ」


 出立間近の夕暮れ、丘から気配がしたので二人は急いでそこに走った。だがなぜか急に妖気が薄まると、勢いをつけて丘を転がり下っていた栗が、次々と普通の実に戻り、惰性で村まで届いた。村の人々はそれと知らず、天から祝福だと拾い集めて全部を餞別せんべつにと二人にくれた。今思えばどれも艶々した大栗で、ノノジメの別れの挨拶だったのかもしれない。


 翌々朝、二人も出立した。新調された鉄板てついた入りのブーツを履くと、会議で栗相手にはこれが良いと、火箸に栗籠、両手鍋を持たせてくれた。

「どうして鍋なの」

「頭を守れて煮炊にたきも出来るんです」

 サトコが聞くと、鍋を頭に被ったままのティアムが笑顔で答えた。







 

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