栗退治

第1話

「実は栗拾いの旅をしているのです」 

 神妙な顔をして云う男に、かたわらの線の細かそうな男は手にしたかごで、彼の頭をはたいた。

「栗退治だろ!」

 栗退治と云いながら栗の扱いに最適そうな火箸が籠から転がり落ちる。


 平素あまり人の訪れることのないゝ味村に、久々に訪問者が現れたと聞いたから、サトコは自分の店をおっぽりだしてシヲタの家に押し掛けたのだ。

 シヲタは村の裏門の掃き掃除をしていて会ったのだという。

 それにしても、

「何なのこのおかしな二人連れは」 

「サトコ」

 たしなめるようにシヲタが見た。

「いいんです。僕達は西の都よりもっと西方から来ましたから、見馴れない格好でしょう」

 額に白いバンダナを巻き、洋刀を帯刀したティアムという男が穏和な表情で云う。

「服のことじゃなくて、言動のことを云ってるの」

「サトコ、指摘は正しいですけど、お話しはこれから聞くところですよ」

 叩かれた方だ。湯呑の絵柄がサトコの目の前に来るようにテーブルに据えてから、シヲタも卓についた。

「こちらはウェルダさんです」

 サトコの遠慮のない物云いに少し気分を害していたようだったが、先に紹介されたティアムの隣に座るウェルダは、それでも丁寧にお辞儀した。

「栗退治の旅をしているウェルダです」

 正したところでおかしなことに変わりない。

 シヲタが云った。

「この辺りでは栗は食べる物で、動かないので何もしません」

「ええ、私達の村もそうです」

 ところがここ数年、二人の村では秋の栗がる時期になると、どこかの栗の木から栗の実が大量に村を襲って苦しめるのだという。 

「どういうこと」

 サトコの問いに、これはもっともだという顔でウェルダがうなずいた。

「転がるんだ」

「転ばすんです」

「転がって村の方々を転ばせるということですね」

毬々いがいががついたままもあって」

 シヲタはそれは大変ですと眉根を寄せた。

たたき出そうとすると、あいつら火の中に飛び込んでしまう」

「焼き栗だもの、弾けるでしょ」

「そうなんです。弾け方も並じゃあなくって、」

 あれこれ聞いてサトコとシヲタは顔を見合わせた、少しばかり心当たりを思いついたのだ。

「栗の木はまだ見つからないのですね」

 二人も顔を見合わせて、今度もウェルダから話し始めた。

「村の中にも近辺の丘にも、栗の木はそれ程たくさんはなくて、そのどれでもなかったのです」

 ゴロゴロとあれだけたくさん転げまわるのだ、一本の木から実をすべて落としても足りない。それで二人が旅に出ることになった。

「でも変なんです。旅していてそれらしい噂や木を見つけられかけたと思ったら、途端に噂が消えたり栗の木じゃなかったり」

「何度も何度も、逃げ水のように去って行く」

 シヲタの入れ替えたお茶を礼を云って受け取りながら、ウェルダは渋面を作って云うが、対照的にティアムは平静そうに笑った。

「おかしいおかしいと思いながら旅を続けて、気がついたらこんなに遠くまで来ていた訳です」

 シヲタはそれはさぞお困りでしょうと相槌を打ちサトコを見た。

「サトコ、どう思いますか」

「どうもこうもない、それノノジメでしょう」

「私もそのように思います」



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