廃墟集会

 斐とバレナがキュビックの往来修行をしているころ、郊外のとある廃墟ビルのワンフロアにて集会が行われていた。ただ、集会と言っても女性が一人、男性が一人のたった二人だけしかいないものだった。互いに顔も姿も見えていない。灯りはなく唯一月の光が弱々しく崩れ、半壊した窓から差し込んでいる。

 

 「で、今日はいったい何の用なのよ」

  

 女性は不機嫌そうに言った。女性はファッションに無頓着なのか職業上の理由なのか女性は真っ黒のつなぎを着ていた。その部屋にうまく溶け込んでいた。

 

 「今日の夕方の件についてだよ『スーサイド』くん」一方の男性は穏やかに答えた。

 

 「私が何をしたっていうのよ」


 「事故についてのことですよ。あなたの仕業でしょ」


 「は?何のことよ。夕方はいつも通り水道工事の仕事をしてたわ」


 「じゃあ、これは何なんですか」

 

 部屋の片隅から『スーサイド』の元へと一台のスマートフォンが投げ込まれた。『スーサイド』は受け取ると、そこには事故現場が真上から俯瞰で映し出されていた。動画は少女が車道の真ん中にいる場面から始める。『スーサイド』は再生ボタン押すと、スローで再生された。


 魔術によって硬直を余儀無くされる少女、運転手の操作を失い暴走するトラック。そして、少女を助けに走ってくる一人の青年。その青年も少女と同様に魔術で硬直させる。二人を激突寸前まで身動きの取れない恐怖で煽り、体が動くと思った時には激突そして轢死というシナリオにいつ見ても体を貫く興奮と恍惚とした甘い至福を感じる。


 その時、画面の左隅から突如として新緑色のガス状のものが現れ、青年の体に吸い込まれるように入っていった。その瞬間、青年は人ならざる体捌きを見せた。


 青年は全速力で走ってきた前方向の推進力を右足を屈曲させることでそこに収束させた。間髪入れず、右足を伸展させ、後方への推進力へと変えた。その力を利用し、少女の後襟を掴み、トラックの衝突面の外へと優しく放り投げた。コンマ数秒の出来事とは思えない神業だった。


 『スーサイド』は動画から少女を殺せなかった理由は腹立たしいが理解できた。しかし、青年の死体がなかったのはなぜか。約2トンの鉄塊が速度80キロで直撃すれば骨身は無言の慟哭をあげ、意識は遥か彼方へと追いやられ、青年は無自覚な肉片へと鮮やかに変貌するだろう。


 トラックは青年に激突した。が、吹き飛ばされた青年は明らかな意思を持って、コンマ数秒の空中で体を捻り、落下時に向けて地面と向き合う体勢を整えた。落下時には模範通りの華麗な五点着地を決め、勢いそのまま何事もなかったように立ち上がり、路地裏へと消えていった。映像はそこで切れた。


 「こんな目立つようなことをして、勝手なことはするなと再三注意したはずですが」男は半ば諦めて『スーサイド』を咎めた。が、『スーサイド』の耳には入っていない。

 

 何が起きたか分からなかった。そう感じた『スーサイド』はスマホを持つ手が細かく震えていることに気づいた。それは目に見えるあらゆる風景が汚れた鼠色に染まり、街ゆく誰とも知らない人々のざわめきすら全て自分に向けられた悪意と聞こえたあの時に味わったものと同じ—


 「ウワァァーーーーー」


 タイヤが路面で擦れるような叫び声をあげ、スマホを床に叩きつけた。液晶にはひびが入り、中の電子基板が見えた。乱れた呼吸を整えようともせず、『スーサイド』はスマホが放られた暗がりを睨みつける。


 「こいつは誰だ、どこにいる」


 「聞いてましたか、僕の忠告は」

 

 「うるせぇ、さっさと教えろ」

 

 「はぁ、映像の彼は斑目斐といいます。彼自体は一般人なんでさほど重要ではありません。問題なのは彼の体に入ったガス状の物体です」


 「何?」先ほどは気にも留めなかったガスみたいなのが重要だということに『スーサイド』は驚いた。


 「もしかすると、あのガス状の物体は我々が探している六百年前に行方不明となった大魔女の一人ではないかと思われます」大魔女がなんたるかを知らない『スーサイド』には男の問題の重大さの意味が分からなかった。そもそも、『スーサイド』にはそんなことはどうでも良かった。斑目斐と呼ばれる青年を殺せればいい、それだけだった。


 「だったらそいつごと殺してやるよ」『スーサイド』が息巻くと、暗がりの方から男の高らかな笑い声が聞こえた。


 「今なんておっしゃいましたか、大魔女を殺すですって、笑わせないでくださいよ。体は一般人でも大魔女は大魔女。たとえ宇宙がよじれても、あなた如きの雑魚が勝てる相手ではありませんよ」聞いた瞬間、『スーサイド』の脳内は男への激しい殺意で満たされた。つなぎのポッケにしまっていた手袋を取り出そうと手を伸ばすが、その試みはすぐに潰えた。


 「図に乗るなよ、雑魚が」今までとは打って変わって、男の声は血の通った生物特有の温もりを一切を感じさせないものだった。『スーサイド』の首には草刈り用ほどの大きさの漆黒の鎌がかかっていた。鎌は刃の部分しか見えず、柄のようなものがあるか分からない。ただ、血に飢え生々しく輝いている刃はこれ以上動いたら命はないことをありありと警告している。


 「惨めで臆病で生きる価値もない弱者のお前に力をくれてやったのは誰か分かってんのか」


 「……はい」


 「生きる意味とこの世での役割を与えたやったの誰か分かってんのか」


 「……はい」 『スーサイド』は弱々しく答えた。すると、寸前まで首にかけられていた漆黒の鎌は細かやな粒子となって消えた。鎌が消えると『スーサイド』はすとんとその場にへたり込んだ。


 「私だから許されているものの目上や上司への言動や態度は気をつけてくださいよ。今は会う機会はありませんけど、いずれ会うことになるかもしれませんから。上の方々は私のように甘ちゃんではありませんから」男は悪いことをした子供をたしなめるような声で言った。『スーサイド』は無気力に黙って頷く。


 「今日はこのくらいですかね。くれぐれも一人で身勝手な行動を起こさないように。では解散です」と男は言ったものの一度も姿を現さなかったので、解散したかどうかは分からなかった。だが、さっきより空気が軽くなったの感じたので男は本当にこの場から消えたのだろうと思った。


 しばらくの間、『スーサイド』は生まれたての子鹿のように体を小刻みに震わせながらへたり込んでいた。

 この時『スーサイド』はあることを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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デュアル 僕と魔女との同居生活!? 並白 スズネ @44ru1sei46

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