天国ですか地獄ですかここはどこですか?

 ドスッ、と鈍い音がした。

 「ぐはっ」

 ハンマーで叩かれたかのような鋭く重い衝撃が腹部を貫いた。衝撃は身体中へ広がり、深淵の奥深くで眠っていた意識を揺さぶり起こした。

 目を覚ますと僕は白色のソファで横たわっていた。どうやら長い間眠っていたらしい。僕は事故のことを思い出した。確か、わけのわからない力に操られて、少女を助けたあとトラックに轢かれて……

 「あれっ? 僕は死んだのか?」

 だとするとここはどこなんだ。天国とか地獄といった死後の世界なのか。

 体を起こそうとすると腹部に何かが乗っかっているのを感じた。

 「おっ、やっと起きたか」

 すぐ横で女性の声がした。すると腹部に乗っかていた質量がすっ、と消えた。声の方へ顔を向けると女性の足が見えた。視線を上げていく途中で僕は目を背けた。その女性の格好は思春期の男子高校生にはあまりに眩い刺激的で、猛毒のようだった。

 「? おい、どうした。こっち向けよ」

 女性は僕に言う。

 僕は女性の言われたとおり体を起こした。ただし、徐々にゆっくりとだ。女性の言うことにわざわざ従わなくてもよかったのだが、男として刻み込まれている本能の奔流が理性の壁を崩した。

 やっとのことで体を起こし、女性と対峙する。

 女性は背筋を伸ばし、腕と脚を組んで堂々と座っていた。年齢は二十代前半くらい、顔は日本人に近く、凛々しく美しい。肌の色は少し日焼けした程度の褐色。腰までかかる丁寧に研磨された日本刀のように静かに光る銀色の髪。切れ味十分な鋭い目。一切の無駄が省かれ、鍛え抜かれ引き締まった筋肉質な体。そして、腕から溢れんばかりの胸のふくらみ。完璧なプロポーションだった。

 僕は再び女性から視線を外し、うつむく。

 「おい、何でうつむくんだよ、こっち向けよ」

 女性は不思議そうな声で言う。

 「いや…あの…その……」

 「あっ? 何つった」

 なぜ僕がこんなに詳しく女性の外見を詳細に捉えることができたのかと言うと決して僕の観察眼が素晴らしかったわけではなく

 「服を着てもらえるありがたいんですけど…」

 ただ単に女性は素っ裸だったからだ。

 


 「いやぁ、悪かった悪かった」

 「はぁ」

 女性は僕に言われた後、無言でその場で立ち上がり(無論、僕は何も見ていない)、向かいのソファの背後に隠れた。 

 数秒後、衣擦れの音が全くせず、黒地のジャージを着て現れた。どんなイリュージョンを使ったのだろう、と普通に驚いた。

 「あの、どちらさまでしょうか」

 「おいおい、人の名前を聞く前には、テメェの名前から名乗るのが常識ってもんじゃねぇのかい」

 「はぁ」

 そんなものなのだろうか。社会の常識を知らなすぎるから、正しく判断できないけど

 「僕は斑目斐って言います」

 「オレはバレナだ」

 名前からして外国人のようだが日本人のような流暢な日本語を話す。そして、男勝りな口調だ。

 「それで、歳はいくつだ」

 「17です」

 「そうか、歳の割に幼い顔してるな」

 「そうですか」

 さっきから、自然に話をしているが僕は見知らぬ外国人女性と二人きりで部屋にいる。

 冷静に考えてみると、異常かつ危険な状況だが、僕は不思議と安心していた。

 「ここって何処ですか。もしかして、バレナさんの家なんですか」

 部屋はフローリングと壁はアイボリーで、部屋の真ん中には安そうなガラステーブルが一つ。それ挟むように白色のソファが置かれている。僕の後ろには金色の取っ手のついたドアが一つ。僕の正面、バレナさんの背後には特大サイズのテレビとそれを挟むようにスピーカーが壁に埋め込まれている。それ以外には何もない。無機質で質素な生活感のない部屋って感じだ。 

 「ここは…えーっと」

 バレナさんは急に歯切れの悪い喋り方になった。

 「うーん」と考えてたバレナさんの目がカッと見開いた。その瞳には怒りの炎が猛々しく燃えていた。

 途端、バレナさんが座ってた状態から予備動作もなく僕に飛びかかってきた。それは恐るべき速さで僕は抵抗するどころか反応することすら出来なかった。

 目の前にきたバレナさんは僕の首を片手でつかみ、そのまま軽々と持ち上げた。あまりの力に僕は驚愕していると。

 「おい、テメェ何でオレの邪魔をした」

 怒気の混じった声で僕に問いかける。邪魔をするも何も、僕とバレナさんは初対面だ。

 「さっさと答えろ!」

 「いっ、いつどこで会いましたか」

 「あぁ? しらばっくれんな!テメェにはろ」

 僕は強調された“見えてた”という表現に引っかかった。僕以外の人はバレナさんを見ることができなかったということなのか。

 「ちっ、頭の回転がおせぇな。教えてやるよ。トラックに轢かれた時を思い出してみろ」

 そう言われて、頭の中で確かに思い当たることがあった。だがそれは僕を余計困惑させる。

 あの瞬間、僕の視界に入っていたのは少女と周りの大人と紫色のガス状のものだ。少女はありえない。大人たちの中にこんな人は居なかった。論理的に考えるとつまり、

 「バレナさんはあの紫色のガスだったんですか?」

 「やっぱり見えてんじゃねぇか」

 ぐっ、と首を絞める力が強くなる。

 「でっ、でも僕自身よくわからないんです。何が起きたか」

 バレナさんは強くまっすぐな眼で僕を見る。あまりの緊張と重圧に気おされてしまう。

 パッ、と首から手が離れ、地面に落ちる。僕は首を抑え確かに呼吸ができることを確認する。

 「ウソは言ってねぇみたいだな」

 そう言って、バレナさんは僕をぎろりと見おろす。

 「あの、いろいろ混乱しているんですけど説明していただけませんか」

 「うーん。説明か。難しいなぁ。でも、仕方ないのか。うーん」

 首を傾げ、ぶつぶつとひとり言を呟いている。何かためらっている様子だ。部屋をウロウロ歩き回る。

 「よしっ、決めた」

 バレナさんは足を止めて、こちらに勢いよく向き直った。

 「いいか、今からオレが言うことを変だと思わず、ありのままに受け取ってくれ」

 この前振りに嫌な予感がした。

 「改めていうがオレの名前はバレナ。約600年前に死んだ大魔女だ。魔女っていうのは魔法使いの女版だと思ってくれ」

 はっ? ちょっと何言ってんだこの人。

 「説明は後で詳しくするけど、とりあえずさっきの質問に答えとくわ」

 「ここは…」

 「カイ。お前の心の中だ」

 


 




 

 

 

 

 

  

 



 

 

 

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