第14話
聞こえてきた悲鳴を頼りに路地裏へと足を踏み入れる。
道中で目にした人々は、意に介した様子もなく平然としていた。
触らぬ神に何とやら、といった所なんだろうが、ちょっと冷た過ぎやしないだろうか?
せめて警備兵を呼んで来るとかしないものかね。
「ギャーギャー騒ぐな!」
「いやっ、離してよ」
「けっ、恨むんなら自分の父親を恨むんだな」
路地裏に入り飛び込んできたテンプレな光景。
大の男が三人、年端も行かない小さな少女にからんでいる。勧善懲悪の時代劇でも見てる気分だ。
「なだかなぁ……、もっとこう、大人の女性がからまれてるイメージだったんだけど……」
女性のピンチに颯爽と現れる俺。みたいな物を期待してたんだが、そうですか、違いましたか。
どう見ても十歳にも満たない子供です、はい。
「んだぁてめぇ。見せもんじゃねぇぞ、うせやがれ!」
男の一人が俺に気づき、威嚇しながら近づいてくる。ムッキムキのマッチョ野郎だ。
――さて、どうしようかな……。
普通、物語の主人公なら『彼女から手を離せ!』とか言うんだろうが、生憎と俺は大人だ。
理由も知らずに正義感ヅラをするほど間抜けではない。
しかしなぁ、聞いても答えてくれる雰囲気じゃないんだよなぁ……。
でも一応は聞かないとマズいよなぁ。
「えっと、悲鳴が聞こえたので何かあったのかと思いまして」
「お兄ちゃん助けて! 痛いっ、やめてよぉ離してよぉ。うぇーん……」
遂に少女が泣き出した。絵面的にはどうみてもからんでいる男共の方が悪役に見える。
とうする? おれ!
「おう兄ちゃん、悪いことはいわねぇとっとと回れ右しな」
と、どう見ても年下のチンピラに言われイラッとする。
「いやー、一応さ理由だけでも話してくんないかな? こんなものを見せられて見て見ぬ振りはちょっとできないかなぁなんて」
「あ? てめぇの都合なんか聞いてねぇよ。失せろっつってんだろうが!」
振り抜くように男の裏拳、ならぬビンタが飛んでくる。
遅い。この世界では目に見える筋肉よりもレベルやステータスがものを言う。
つまり――
「――ッ!」
「いきなり暴力に訴えるのはいかんだろう?」
男の手首をガッチリと掴む。振り払おうと身を捩るが動かない。
自分で言うのもなんだが、やっぱ俺つええわ。STR値を99.9%制限しててこれだ。
絶対本気は出せないな。そんな事をしたらここいら一帯が血の海になる気がする。
「ぐっ。離しやがれ!」
「離して欲しければ、話して貰おうか?」
「…………」
男は沈黙した。視線を泳がせ唇を噛み締めている。見れば耳元がほんのり赤い。
しまった! ドヤ顔で吐いた決め台詞がダジャレになってた!
「なんちゃっ……て?」
バカにされたと思ったのか、激昂した男の拳が飛んでくる。
「ふざけんなぁ!」
飛んできた拳をすんでの所で鷲掴みにし、ほんの少し力を入れる。
「いでででで、離せくそっ」
両手を締め上げられて、男は痛みで膝を着く。と、今度はそれを見ていた仲間の二人が一斉に殴りかかってきた。
「てめぇなにしやがる!」
顔が怖い。一瞬逃げようかと考えたぐらいだ。
そもそもいきなり殴りかかって来る人間になんてあったことがない。
日本人の喧嘩は何故か掴み合いから始まるからな。
こっちでは端っから殴り合いなんだな……、覚えておこう。
にしても、これはもうしょうがないよね。優しく説明を求めた相手に殴りかかって来たわけだから、正当防衛成立ってことで。
そんな法律があるか分からんが。
握っていた手を引き上げて、強引に立たせると蹴り飛ばす。
「「うおおっ」」
向かってきた二人のうちの一人は蹴り飛ばされた男の下敷きになり、もう一人は拳を掴んで動きを止めた後、一本背負いで投げ飛ばす。
「おらよっと」
「お兄ちゃん!」
男達から逃げるように、少女が駆け寄ってくる。
端から見れば俺が少女を助けたように見えるだろう。しかし俺はちょとだけ嫌な予感がしていた。
先程まで号泣していた少女が、満面の笑みを浮かべているのだ。
変わり身が早すぎやしないか? 女の子は早熟と言うけれど、もしかしたら一杯食わされたかもしれない。
ガバッと正面から抱きつかれ、俺は天を仰ぐ。妙な事にならなければいいが……。
………………。
…………。
……。
伸びている男達を後目に路地裏から宿屋へと向かう。
聞くと少女の家は、家族で宿屋を経営しているらしい。これは偶然だろうか?
少し出来過ぎなきもする。だとしたら世界の意志とやらの仕業かも知れない。
だからといってそんなものには抗いようもないのだが、出来ればそっとして置いて欲しいな……。
少女の名前はマリー。今年9歳になったばかりだという。
茶色い瞳にパッチリとした二重瞼で、頬に少しばかりそばかすを散らした活発そうな顔立ちをしている。
俺の手を引くと、茶色いお下げを揺らしながらスキップし、実家の宿屋がいかにオススメなのかを力説している。
なかなかに商魂逞しい少女だ。
「ただいまーお客さん連れてきたよー」
「おう、お帰り。でかしたぞマリー、よくやったな!」
案内された宿は木造三階建ての大きな宿屋。一階は酒場になっているらしく入り口が西部劇でよくみるウエスタンドアになっている。
実際に通るのは初めてだ。ちょっと感動。
マリーに促されて中に入ると、黒髪でヒゲっ面の大男が出迎えた。
話の流れからいって父親だろう。マリー曰く、現役の冒険者で強いらしい。自慢げに言っていたのが印象的だった。
「おう、いらっしゃい。泊まりかい? それとも食事かい?」
「泊まりで、シングルの部屋を二つか、ツインを一部屋頼みます」
「連れがいるのか? ならシングルを二部屋でいいな。マリー、カウンターに行ってロゼッタから鍵を貰ってきてくれ」
「はーい」
と、マリーが走り去っていく後ろ姿を眺めなていると、突然肩を掴まれた。
「おい、マリーに手を出すんじゃねぇぞ?」
――うぜぇ!
主人公が似たような事を言われる小説を読んだことがあるが、実際に言われるとすげぇうざい。
俺は盛大に顔をしかめると肩を掴んでいる手を払いのけた。
「やめろ、うざったい。ガキに手なんて出すわけねぇだろ。変態じゃあるまいし」
「そ、そうか、ならいいが……」
男の名前はガジル。驚いたことにこのヒゲ面は、二人の子持ちで32歳だそうだ。俺より年下かよ!
少し頭に来たので、尾ヒレを付けてマリーが絡まれていた時の事を話しておいた。
「あの野郎……、許さねえ」
拳を握る手がプルプルと震えている。ガジルさんマジ切れである。
「知り合いなのか?」
「あぁ、借金取りだ。しつこい連中だぜ……」
「そうか、宿屋の経営って大変なんだな」
「あ? 何言ってんだ、家はいつだって大繁盛だぜ?」
「えっ? じゃあ何で借金を払わないんだ?」
「バカやろう、借金なんて払ったら損するだろうが」
酷い言いぐさだ。こんなぶっ飛んだ債務者なんて見た事ないわ。ってまてよ? と言うことは、俺がしたことは相手から見れば営業妨害なのでは?
『ヘルプ、この街での借金回収について教えてくれ』
【かしこまりました――】
ヘルプ曰く、借金をしたものが踏み倒そうとした場合、債務者の持ち物を手続きせずとも債権者が差し押さえる事が出来るらしい。
しかも差し押さえ対象に、妻や娘を奪われるケースが多く、人間ですら売り買いの対象になるという。
もしも俺が通りかからなかったらマリーは人買いに売られていたって事か……。修羅の国かよ!
「ガジルさんや、借金は返した方がいいと思うぞ?」
「けっ、んなもんは弱い奴のやる事よ。心配ねぇさ、明日にでも連中の事務所に殴り込んでやらぁ!」
ダメだコイツ、もう手遅れだ。ジャイ○ンが借金したらこうなるのかな? それじゃあアイツらはの○太か、かわいそうにな……。
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