第12話
「ぶわっはっはっは……。聞いたかお前ら、最強だってよ。あー、腹痛てぇ……」
男に煽られ、後ろにいた盗賊達も笑い出す。と、グレイブは特に気にした様子もなく前へ出た。
「はて、私は何かおかしな事でも言いましたでしょうか?」
グレイブの一人称が変わる。彼、グレイブはヘルプを通して主である後藤の記憶を覗き見ていた。
その中にあった主の記憶。後藤が黒歴史と称した数々のアングラ文化に興味を引かれていた。
グレイブはその中で垣間見た登場人物になりきっている。
こうして一人称がコロコロ変わるのもそのせい。主が気に入るような格好いい老騎士キャラを模索中なのだ。
ヘルプ曰く、主のストレスを上げない為には必須とのこと。
とは言え、実のところグレイブも満更ではないようす。
神殺しの魔剣として人格を持って以来、彼は退屈していた。
命に限りある人間とは違い彼は悠久の時を生きる。
だからだろうか、グレイブは今のこの状況が楽しくて仕方がなかった。
「ったく、とんだ見かけ倒しだったな。高レベルの騎士でも増援に来たかと思ったぜ」
「ふむ、確かに今の私は全盛期に比べれば十分の一以下の力まで落ちてはいますが……」
グレイブは両手を後ろに組み、余裕綽々で盗賊達を見渡す。
あくまでも此方の方が強者であると言わんばかりに。
「あなた方のような野良犬に負けるほど落ちぶれてはおりませんな」
「言ったな爺。いいだろう、相手してやるよ」
「それはよかった。久しぶりの対人戦、楽しませてもらうとしましょう」
――刹那。グレイブの姿が掻き消えた。
「――っ! どこいった?!」
突然の事に慌てた男が手にした剣を構えると、後方から盗賊達の叫び声が木霊した。
何事かと振り返る――飛び散る血飛沫、宙を舞う仲間の首。
手足を失いピクピクと痙攣を繰り返す者。そんな血みどろの地獄絵図がそこにはあった。
「参りましたねぇ……、私が眠っていた間に人類は随分と脆弱になったようだ。以前戦った者は、片手をもがれ、身体中を血塗れにされても立ち向かって来たものですが」
そんな化け物がいてたまるか! 男の頭にそんな言葉が浮かぶ。
だが声が出ない。それどころか憎しみすら沸いてこない。そこにあるはのは只々恐怖。
男は悟った、自分は今ここで死ぬのだと――だが……。
「くそったれがぁぁ!」
どうせ死ぬならせめて一太刀でも……。魔剣を握る手に力が入る。
それはとある農村を襲った際、偶然手に入れた魔剣だった。
鍔から柄にかけて彫金が施されたナックルガードに覆われ、鞘は白を貴重とした骨細工で出来ていた。
長さは1.2m程で両刃でありながら刺突に特化した形状、所謂レイピアである。
手に入れた当初はおよそ実践には不向きの調度品でしかないと思ったが、後にそれが強力な魔剣であることが分かった。
魔力を込めて振り抜けば、見えない斬撃が相手を襲い、どんな難敵にも勝利を収めることが出来たのだ。
――そうだ、この魔剣さえ有ればまだチャンスはあるはず。
男は半身になると腰を落とす――抜刀の構え。
その姿に気を良くしたのか、老騎士は盗賊の一人が所持していた片手剣を拾い上げると切っ先を向けた。
芸術品の如き美しさを誇る魔剣と、所々に刃の欠けた粗悪な片手剣。
距離にして5m、両者が向かい合いやがてその時が訪れる。
「殺してやるよ」
男が鍔口を切る。と、老騎士はニヤリと笑んだ。
「はたしてそれが、貴方の言うことを聞きますかな?」
男が遂に魔剣を抜刀した。己の魔力を注ぎ込み、抜くと同時になぎ払う。
大盾すらすり抜ける、不可視の飛ぶ斬撃が老騎士を襲う――筈だった。
「はっ? な、なんでだ!」
魔剣のスキルが発動しない。男は二度三度と振り回し、老騎士に向けて魔剣を振るう。
「やはり言うことを聞かないようですね」
「てめぇ、何をしやがった!」
「私は何もしていませんよ。ただその魔剣が私に屈しただけのことです」
訳がわからない。男はくしゃりと顔を歪め、手にした魔剣に魔力を注ぎ続けた。
「くそっくそっくそっくそっ……」
「メロデア・デ・ラ・マルテ」
「あ? 何だ? 何が言いてぇ?」
「死の旋律。それがその魔剣の名です」
「何でテメェがそれを知っている?」
血走った目をひん剥き、男が口角泡を飛ばす。
魔力欠乏症の特徴が現れている。思うように振るわず、ムキになって魔力を注ぎ続けた所為だろう。
「全ての魔剣は、所詮は私の複製品でしかない。偽物が本物に通用するはずが無いでしょう?」
「…………」
今いち状況が飲み込めず、キョトンとした男に老騎士は告げた。
「終幕です――」
◇――――――――◇
ミーナは仲間の治療の為に、限界ギリギリまで魔力を使い果たし、ぐったりとへたり込んだ。
間に合った――際どかったがこれで全員助かるはずだ。
ホッと胸をなで下ろし、魔力回復のための瞑想を始める。
まだ休むわけにはいかない。自分たちを救うために戦っている者がいるのだ。
「うぁぁぁっ!」
突如として絶叫が轟く。
ギョッとしたミーナは顔を上げると、飛び込んできた光景に目を疑った。
――盗賊達が全滅していた。
一人残らず地に伏せ、辺りが真っ赤に染まっている。
唯一その場で無事なのは、漆黒の鎧に身を包んだ老騎士のみ。
何をどうすればこんな事に……。
老騎士はミーナに気付くと微かに微笑んだ。見れば返り血はおろか、息切れ一つしていない。
本当にあの老人がこの光景を作り出したのだろうか?
英雄――ミーナの頭の中には、そんな言葉が浮かんでいた。
今自分が見ている光景を誰かに言って聞かせたとして、いったいどれだけの人が信じるだろうか?
「無事ですかな? お嬢さん」
「あ、はい……」
微笑む老騎士を前に、ミーナの頬が赤く染まる。
格好いい、超絶格好いい! この人は既に決まった人がいるのだろうか?
「そうですか、それは何よりです。では、主が待っておりますので、私はこれで」
「まっ、待ってください!」
思わず叫び声を上げて老騎士にしがみつく。
こんな出会いは二度と来ない。逃がしてなるものか。
きっと私たちは、親子どころか孫と祖父ほども年が離れている。
でも――。
「どうしましたお嬢さん。どこかお怪我でも?」
「いえ、そうじゃなくて……、その……」
「何でしょう? 言葉にしてもらわねば伝わりませんよ?」
そう言って微笑みかける老騎士に、ミーナの胸がドクンと高まる。
「けっ」
「けっ?」
「結婚してください!」
思わず口をついた。本当ならただ名前を聞きたいだけだったのだが、舞い上がったミーナは自分でも思いも寄らぬ告白をしてしまう。
目には涙が浮かび、頬は赤く顔が焼けるように熱い。
ミーナの初恋だった。どう対処していいのか分からなかったのだ。
それは15になったばかりのウブな少女の心の叫びだった。
「お断りします」
「しまったぁぁぁ先走ったぁぁ! うぉぉぉ!」
そしてミーナは意識を失った――。
「人間のメスの考える事は、よく分からんな……」
ミーナをその場に寝かせると、商人の元へと向かう。予定よりも時間が掛かってしまった。急いで帰らなくてはならない。
「では、約束のものを頂こうか」
「あ、あぁ、分かった。あんた凄い人だったんだな」
馬車の陰に隠れていた商人が顔を出す。どうやら一部始終を見ていたらしい。
商人はややビクついた様子で懐から小さな革袋を取り出すと、グレイブへと手渡した。
「約束のものだ。それと俺の名はメイビン、覚えておいてくれ」
「ふむ、覚えておこう。ではな」
「ちょっと待ってくれ!」
「何だ? 告白なら諦めろ。私はこの身すべてを主に捧げると誓いを立てたのでな」
「違うわっ! そうじゃなくて依頼をしたいんだ」
「依頼?」
「あぁ、護衛の連中があの様じゃこの先どうしようもない。頼むよ、報酬は弾むから、な?」
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