第11話

 ヘルプの誘導で、戦闘が行われている上空までやってくる。

 横倒しになった馬車を庇うように戦っている者が五人。彼らが護衛の冒険者だろう。

 対する盗賊は13人、内一人だけが後方で悠々と戦闘を眺めていた。


 コイツがレベル62って奴かな? 確かにこのままだと間違いなく盗賊側の勝利で終わりそうだ。


「流石に押されてるな……。よしグレイブ、今からお前をあの馬車に身を隠している商人の後ろに落とす。まずはそいつと話を付けろ。くたびれ損では意味がないからな」


『御意』


 魔剣の姿のグレイブを鞘に収まったまま上空から落とす。

 と、着地寸前で人化し音もなく地面に降りたった。

 ここから先は念話で指示をだす。交渉相手が商人である以上グレイブに任せっきりには出来ない。

 とくにグレイブはプライドの高いところがある。そこを商人に利用され、口八丁で丸め込まれては目も当てられない。


「おい、そこの商人」


「ひっひぃ、命だけは……」


 話しかけたグレイブを盗賊と勘違いしたのか、商人らしき男が腰を抜かしている。

 好都合だ。誤解を解くついでに交渉を済ませよう。

 極度の恐慌状態にある人間に、冷静な判断は下せない。

 悪いがそこをつかせてもらうとしよう。


「一度しか言わないからよく聞け。儂を雇えば、金貨30枚で盗賊達から護ってやろう。返答はいかに」


「へ? あ、あんた連中の仲間じゃないのか?」


「返答はいかに」


「な、何だビビらせやがって。あんた一人で本当にどうにかなるってのか?」


 男はへたり込んだまま考える様子をみせた。命の賭かった場面だというのに切り替えがはやい。

 流石と言うべきか、この世界の商人は胆力もあるらしい。


「時間切れだ、儂は行くぞ? 達者でな」


「待ってくれ! 分かった払おう。銀貨30枚だな?」


 上空から二人のやり取りを眺めて溜め息を吐く。この世界の商人、逞し過ぎだろ。

 値切る何てレベルじゃねぇ。聞き違えた振りまでしてきやがった。


30枚だ」


「いくら何でも高過ぎだ。金貨10枚!」


「気が変わった。金貨40枚だ」


「おい! 何で値が上がってんだ? 普通、値段交渉はどこまで下げるかの話しだろうが」


 グレイブは指示通りに交渉しながらも弾んだ声色に変わっていく。

 どうやら本人はノリノリのようだ。


「たった今、おぬしの護衛の一人が戦闘不能になったぞ。まぁ死んではおらぬが、これで難易度は確実に上がった。つまり料金も上がるという訳だな」


 グレイブは肩を竦めてヤレヤレと首を振る。


 そんな指示は出してないが、利いているようなので良しとする。

 たぶんグレイブは人を見下す事に快感を覚えるタイプなんだろう。

 こいつマジでろくでもないな。俺を見下してきたらへし折ってやろう。


「……分かった。金貨30枚は必ず払う。だからアイツらを何とかしてくれ」


 と、しれっと金貨10枚を値切る商人。

 凄いわ、ここまでくると尊敬する。よく商売に命を懸けると言うけど、これこそまさに命懸けの商談ってやつだ。

 良いものを見せてもらったし、手を打つとしよう。


「良かろう……」


 後は任せた。そう言い付け、俺はその場を離脱した。

 いくら盗賊とは言え人は人。人間が殺されるさまを眺めて、平然としていられる訳がない。

 ストレスが溜まるような事は極力さけるべきだろう。

 

 街までおよそ3kmの地点で降り立つと、街道の脇で座って待つことにした。

 その間にヘルプに色々教えてもらおう。さっきは金貨30枚を要求したが、実は価値についてはよく知らないのだ。


 この世界の貨幣は、日本円に換算すると――

 鉄貨一枚が百円

 銀貨一枚が一千円

 大銀貨一枚が一万円

 金貨一枚が十万円

 大金貨一枚が百万円

 精霊銀貨一枚が一千万円


 となっていて、更に各国発行の国閃貨と呼ばれるものがあり、これは何と一枚で一億円の価値らしい。

 何でそんなものを? と思ったが、この世界では国債や銀行などが発達しておらず、国家間の取引すら現金で行われるという。

 因みに国閃貨はオリハルコンと言う貴重なレアメタルで作られているとのこと。


「三百万も要求してたのか、そりゃ値切りたくもなるわな」





◇――――――――◇





 ミーナは負傷したパーティーの盾役、ガジルにヒールを掛けつつ戦況を眺めていた。


――もう、だめかも知れない……。


 今はまだギリギリもってはいるものの、どう考えても分が悪すぎる。こんな依頼は受けるべきではなかった。


 ミーナの所属するパーティー碧き双璧は、つい最近Dランクに上がったばかりだった。

 そんな漸く一人前になれたばかりの自分たちでは早かったのだ。


 目の前では三人のパーティーメンバーが、苦戦を強いられている。

 リーダーを勤める剣士のアキラに武道家のザック。そしてその後ろには魔法使いのライラ。

 今はライラの攻撃魔法で盗賊達を牽制できているが、盾役が居ない以上防ぎきれない。

 

「オラッ死ねや!」


「アキラ!」

 

 詠唱の隙を突いて、盗賊達がアキラへと襲いかかる。

 一人を斬り伏せ、二人目をいなし三人目の攻撃を剣で受ける。

 アキラは相手を睨みつけると、そのまま前蹴りを放ち盗賊を蹴り飛ばした。


――やっぱりアキラは強い。


 ミーナはホッと息を吐く。パーティー碧き双璧がDランクまで上がれたのは、偏にアキラの力に依るところが大きい。

 だが、それでも厳しい……。

 ミーナは盗賊達の後方で、ひとり腕を組んで眺めている男を睨んだ。


 あの男のもっている剣。あれは間違いなく魔剣だ。

 盾役であるガジルを斬り伏せたあの技。ガジルの構えた大盾をすり抜けるように斬撃が彼を切り裂いた。

 魔剣技。スキル型の魔剣に付与された強力なスキル。

 間違いない、あれは魔法ではなく魔剣技だった。


「ミーナ……もういい、大丈夫だ」


「ガジルだめよ、まだ傷が塞がってないのよ?」


 ミーナはガジルを押さえ込もうとするが、強引に振り払われる。


「どのみち負けたら皆殺しだ。やらないわけにはいかねぇだろ」


「だけど……」


「だけだもクソもあるか! お前も来い、ヒーラーとしての役割を果たせ。男の俺達は負けたって死ぬだけだが、お前に待ってるのは地獄だぞ? 分かったらとっとと立て!」


「ひゃいっ!」

 

 ガジルに一喝されて立ち上がる。


(そうだ、私やライラはきっと死ぬことすら……)


「うぉぉぉぉ!」


 盾を構えて走り出したガジルは、一気に最前線へと躍り出る。

 手にした大盾で体当たりをかまし、昏倒した盗賊の胸元を短槍で貫いた。


「「ガジル!」」


 アキラとザックが同時に叫ぶ。


「よう、待たせたな」


「おせーんだよ馬鹿」


「相変わらず頑丈な野郎だ」


「へっ、どって事ないっての。押し返すぞ!」


「「おう!」」


 諦め掛けていた彼らの瞳に闘志がよみがえる。


「おう、道をあけろ馬鹿共!」


 轟くような怒声が響く。ついに魔剣を手にした男が動き出したのだ。

 盗賊達は一斉に下がると、わらわらと男の元へと戻っていく。


「ったく、どう見てもひよっこじゃねぇか。どうすりゃあんなガキ共に圧されんだ? お?」


「すいやせん……」


「ちっ、もういいどけ! 俺がやる」


 盗賊達を押しのけて、男が前へ出る。


「気を付けて、アイツが持っているのは魔剣よ」


 ミーナの声に反応するように男がニタリと笑う。

 舐めるような視線をミーナに向けたままゆっくりと歩きだす。


「コイツはとんだ拾いものだ。なかなかにそそる女だぜ……」


「テメェにはやらねぇよ」


 男の前に立ち塞がるようにしてガジルが盾を構える。

 そのわき腹はいまだ赤く染まっていた。


 アキラとザックはガジルを挟むように陣形を組み。その後ろではライラが詠唱を始めている。


「けっ、せいぜい気張りな」


 男は吐き捨てるように吼えると、腰を落として身構えた。

 その口元は酷く歪み、その目は鋭くギラ付いている。


――来る!

 

 ライラの詠唱が終わり、男へ向けて無数の氷の槍が放たれた。


――瞬間。男が腰に差した魔剣を抜きざまに凪はらった。


 一閃。たった一撃のもとにすべての勝敗が決した。

 ミーナひとりを残し、四人ともが血濡れで倒れ伏している。


「そんな……」


 あり得ない、たった一振りで……。いやだ、こんなの――


「イヤァァァァ」


 ミーナが悲鳴を上げる。戦う意志は消え去り、絶望感だけが膨れ上がっていく。その時――


「これはこれは、また随分と派手にやられたものだ」


 ふらりと一人の老騎士が現れた。長い白髪を後ろでたばねて口髭を生やし、漆黒の鎧を身に纏っている。

 何者だ? そう皆の視線が老人に集まる。そんな中――


「お嬢さん、落ち着きなさい。まだあなたのお仲間は死んではおりませんよ? 今ならまだ間に合うでしょう、すぐにでも治療に取り掛かりなさい」


「へ?」


 ぽかんとした顔のミーナに優し気に微笑むと、魔剣を手にした男へ向き直る。

 と、老騎士は、男の手にした魔剣を見て目を細めた。


「ほぅ、野良犬にしては随分と良い獲物をもっているようですね」


「なんだ、テメェ何者だ?」


「儂かね? 儂の名はグレイブ、最強に遣える元最強だ」

 

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