第10話
ダンジョンの最下層から、転送装置を使って地上へと戻る。
装置と言ってもその正体は魔法陣で、科学とは隔絶したファンタジーな代物だった。
ヘルプによる説明を聞いても俺にはチンプンカンプンだ。
まぁそういうのは彼? 彼女? に任せておく事にする。
使えさえすればいい。頭脳労働は嫌いではないが、今の俺にはそんな事にかまけている余裕はない。
見上げた空はオレンジがかってきていて、じきに日も暮れようとしている。
急いで街へ行かねば。東に30km程行ったところに街があるらしいのだが、夜には門が閉められてしまうのだ。
「大急ぎで街へ向かうぞ。ヘルプ、案内してくれ」
【お任せください】
俺はグレイブを剣へと戻すと、ヘルプの示す方角へと向けて地を蹴った――
「ふぉぉぉぉ!」
走ろうと踏み込んだ足が、地面に小さなクレーターを作り、目前の景色がぐにゃりと歪む。
そうして気が付いた時には――俺は雲の上に居た。
「何だこりゃぁあっ?!」
この世界にだって重力は存在する。となれば、後に待っているのは文字通り急転直下の大ピンチ。
溺れたように手足をバタつかせ、絶叫と共に落下していく――
【ストレス値の上昇を確認。マスター落ち着いてください!】
無理! こんな状況で冷静にものを考えられる訳がねぇだろ!
これは死ぬ。どう考えても無事で済むわけがない。
あーあ……痛いんだろうなぁ。やだなぁ。
【ストレス値が50%を超えたため、強制アシストを開始します】
絶望し、完全に死を受け入れた途端、ヘルプの声が頭に響く。
――刹那。俺の身体が引力に逆らうように飛び上がる。
「ちょ、どうなってんだこれ。ヘルプ、説明しろ!」
【落ち着いてくださいマスター。風魔法による空中姿勢制御を施しただけです。そもそも落下した所でマスターが死ぬことはありません】
「へ? 魔法? 死なない? なに、どう言うこと?」
【お忘れですか? マスターのステータスでは、この程度で死ねません。おそらく大した痛みすら感じないと思われます】
フワリと宙を漂いながら地面を見下ろす。見た感じ上空1000mはありそうな景色。
どうやら俺は空を飛べるらしい……。
「すまん、もう大丈夫だ。だいぶ落ち着いてきた」
【ストレス値の下降を確認しました。マスターご指示を】
これ以上俺を興奮させないよう気を利かせたのか、ヘルプは機械的なシステムボイスへと戻っていた。
そのおかげもあってか、俺は冷静さを取り戻し、事の原因を考える余裕も出てきた。
まさか自分の力がこれほどとは想像すらしていなかった。
これでは走ることすらままならない。参った。日常生活に支障が出そうだ。
何かしら力の制御方法を考えないといけない。
「ヘルプ、このまま魔法で空を飛べるか?」
【可能です】
「ならこのまま俺を街まで運んでくれ。その間に今後のことを相談したい」
【畏まりました。マスター、ご無事で何よりです】
「情け無いところを見せて済まなかったな」
【とんでもありません。私はマスターの全てを肯定します】
急に人間じみた声色に変化したヘルプが言い放つ。重い。忠誠心が半端ないよヘルプさん。
「お、おう、そうか……。っと、相談があるんだがいいか?」
【はい、なんなりとお申し付けください】
「どうにかして俺の力を制御する方法はないか? 具体的に言うと、ステータス値で言うところのSTRだな。このままだと日常生活もままならんし、街へ着いても厄介事になりそうなんだ」
【なるほど、でしたら魔法で付加を掛けると言うのはどうでしょうか? 他にも封印などの手段もありますが、こちらは解除に時間が掛かりますので、いざという時に行動を阻害されるおそれがありますので】
「重力を掛けるのか?」
【いえ、それですとマスターの力が強すぎて体重が重くなり過ぎてしまいます。例えるならば、全身に強力なバネを付けるようなものでしょうか】
大リ○グ養成ギブスみたいだな。でもまぁそれなら体重を増やして、重みで地面に埋まるような事は無さそうだ。
「いいね、それで行こう。そうだな……STRの値を99.9%抑えてくれ」
【畏まりました。制御を開始します――完了。マスター、お身体の調子は如何ですか?】
「なんか急に動きづらくなったが、何とかなるだろ」
取り敢えずの目処が立ち、ほっと肩をなで下ろす。
街に付く前に気付いて本当に良かった。
下手すると街に付いた途端、門番をうっかり殺しかねなかったからな。
その後は向かっている街についての情報収集にあたった。
街の名はアズリナ。総人口が5000人程度の商業都市で、人口の割に広く輸出入の盛んな街らしい。
周囲を高い塀で囲んだ丸い形で、中央に商業ギルドが建てられるようで、街での商人の力の強さが伺えた。
力が全てのモヒカンだらけの街よりは過ごしやすそうだ。
しかし問題もあった。どうやら街に入るには入場料が必要らしいのだ。
俺の手元には、金目のものはあるが肝心の金がない。
それで何とかならないかと聞いたところ、これはアズリナの街の通過儀礼のようなものだと言われた。
金を手に入れる力の無い者が街に来ても、スラム街の住人が増えるだけ。
徹底した拝金主義の元に成り立っているようだ。
「参ったな、どっかで魔石を金に換えるしかないか。このままこっそり入ってバレたら面倒そうだしな」
【そうでしょうか? マスターなら押し通っても許されると思いますが?】
「その心は?」
【街に入れない事がストレスとなり、世界が滅びるよりはましでしょう】
「なるほど……、どうやら俺はどえらい免罪符を手に入れたみたいだな。だがダメだ、俺の主義に反する。何とかして金を手に入れる方法を考えよう」
いざというとき以外は、出来る限り穏便に済ませた方が良いだろう。
俺は元々小市民だ。力を得た途端
それこそ罪悪感でストレスが溜まってしまう。
――さてどうしたものか……。
うーんと唸って頭を捻っていると、アイテムボックスに仕舞っていたグレイブから念話が届く。
『主殿、私に妙案があります』
「言って見ろ」
『はい、聞けばこれから向かうアズリナと言う街は輸出入の盛んな街。ならば探せば街の周辺に行商人の一人や二人は居るのではないでしょうか?』
「あぁ、考えてみればその通りだな。そいつらに魔石を売れば良いだけの話しだったんだ。でかしたグレイブ、助かったよ」
やるべき事は決まった。直ぐにでも行動に移そう。
まずはヘルプに一番近場を走る馬車を検索してもらう。
【検索を開始します――終了。北北東2km地点に走行中の馬車を発見しました】
「ありがとう、早速移動しようか」
閉門の時間も近い。焦り気味に移動急かした俺に、ヘルプの待ったがかかった。
【お待ちください、どうやら襲われているようです】
「襲われてる? 魔物か?」
【いえ、武装した人間のようです。おそらくは盗賊でしょう】
「商人の街の近くにはそれを狙う盗賊も居るって事か……。グレイブ、お前一人で対処は可能か?」
『無論です。たとえ全盛期には程遠くとも、盗賊相手に遅れは取りませぬ』
「分かった、なら行こう!」
【畏まりました】
『御意』
空を飛んで北北東へ移動を開始した。すると、およそ1分足らずで遠くの方に馬車が見えてくる。
馬車は横倒しにされその陰には一人の男が身を隠し、複数の男たちが応戦するように戦いを繰り広げている。
「護衛が居たのか。でもまぁそりゃそうか。襲われる可能性が高ければ護衛ぐらい雇うよな」
【あの護衛、おそらくは冒険者ですね。鑑定したところランクD程度かと思われます】
「そうか……で、勝てそうか?」
【無理でしょう。盗賊側に一人、レベル62の者がおります】
「ならグレイブを売り込む余地はありそうだな」
『主殿?! まさか私を売却するおつもりで?』
うわずったようにグレイブが慌てふためく。
神殺しの魔剣を入場料に変えるって? 無いない、流石にそんな馬鹿なことはしないよ。
「勘違いするな。売るのはお前じゃなく、恩の方さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます