第9話
絶望感が半端ない。もういいや、とっとと終わらせて宝箱に期待しよう。
「ヘルプ、この変態をグレイブの経験値にしてやれ」
【り、了解しました】
腰に手を当てて、どうだと言わんばかりに胸を張るダンジョンマスターに、ヘルプの氷結魔法が放たれた。
「グレイブ」
「御意……」
振り返ると、グレイブは物凄くいやそうな顔をしていた。
気持ちは分かるよ、うん。胸を張って露出趣味を公言するような変態には近付きたくないよな。
でもあれ一応ダンジョンマスターなんで、経験値的には美味しいんだよね。
「貴様ら卑怯だぞ、堂々と戦え!」
変態が何か言ってるが無視だむし。俺達は聞こえない振りで淡々と事を進める。
グレイブは自らの胸元に手を当てると、鎧を剣へと変えた。
「済まぬな。これも主の命ゆえ、許されよ」
「ぐ……。仕方あるまい。見事であった同朋よ」
「…………」
ダンジョンマスターの視線が上から下へなめるようにグレイブを見回す。
――刹那。切っ先が弧を描き、あとに残ったのは首の無い氷の彫像。
何とも呆気ない幕引きとなった。
振り返ったグレイブは、酸っぱものを食べたような顔をしていた。
同朋と呼ばれたのがショックだったらしい。俺にそんな顔されても困るんだが。
「主殿、言っておきますが、私にはそう言った趣味はありません」
「わかったからそんな顔するな。俺がイジメてるみたいじゃないか。それよりレベルは上がったのか?」
「はい、遺憾ながら二つほど……」
本当に嫌だったんだな。神殺しの魔剣というだけあって、意外と気位が高いのかもしれん。
早めに予備の剣でも買い与えた方が良さそうだ。
「そうか、まぁあまり気に病むな。経験値に良いも悪いも無いだろ?」
「はぁ。それと新たに魔闘術のスキルが開眼しました。遺憾ですが」
魔闘術とは、付与魔法にある
ヘルプさんがこっそり教えてくれた。
「悪かったって、次からはコメディ枠の敵はヘルプに任せるからさ」
「いえ、お気遣い無く」
と、言葉とは裏腹に酸っぱい顔で遺憾の意を示す。だめだこれ、暫くあとを引くかもな。
一応分かったと頷いておく。プライドの高い部下ってのは扱いが面倒なんだよな。
気を取り直して宝箱を開けにかかる。ラスボス報酬だけあって、キンキラキンの箱が置いてある。
「こりゃ期待薄だな……」
言って幅20cm程の、宝石箱の様な箱を拾い上げた。
こんな小さな箱の中に衣服が入っているとは思えない。
はぁ……、中身を売って服を買えって事かねぇ。ツイてないわ。
と、開いてみて更にがっかり。中に収められていたのは、何の変哲もない木製の腕輪だった。
古い古木ででも作られているのか、艶もなければ装飾もない。ただの古めかしい民芸品にしか見えない品物だった。
「外れか」
【いえ、マスターこれは大当たりですよ】
「ん? 魔道具か何かなのか?」
【はい、マスターの記憶の中から分かりやすい言葉を選ぶとしますと、これはアイテムボックスです】
「アイテムボックス?! 魔法の鞄的なヤツか? もうちょい詳しく頼む」
この腕輪は、装備して魔力を流しながら念じることで、触れている物を亜空間に収納する事が出来るらしい。
更に、収納量は装備者の魔力に依存し、所有者登録をする際に膨大な魔力をそそぎ込むことが出来れば、亜空間内を流れる時間すら設定可能になるそうだ。
一つ懸念があるとすれば、登録者が死んだ時点で登録抹消が自動的に行われることぐらい。
殺して奪えば全部まるっと盗めるというわけか。
ただ、俺が死ぬときは世界も同時に滅ぶから関係ないかな。
とまぁ、ヘルプの言うとおり確かに当たりだ。本当に俺が求めていたものとは大分違うが。
「まぁいいか。外套で腰巻きでも作って、身ぐるみ剥がされたって事にでもすれば……」
遺憾だよ? グレイブじゃないけど遺憾の意だよ!
嘆いていても仕方ないと、改めて周囲を見渡すと、今までのボス部屋とは随分と作りが違うことに気が付いた。
四方50m程の大きな空間に、長い真っ赤な絨毯が敷かれ、その先には王でも腰掛けてそうな立派な椅子が置かれている。
見ると床全体は大理石の様な灰色の石が敷き詰められていて、等間隔に白い石柱が立ち並んでいた。
思わぬ変態の登場に気を取られて気が付かなかったが、もしかしたら居住スペースとかもあるのではないだろうか?
「ヘルプ、アイテムボックスの所有登録を頼む。それとこの部屋を調べてみてくれ。何か他に使えそうな物があるかもしれん」
【畏まりました。アイテムボックスに魔力を流します――登録を完了しました。続いて空間検索を開始します――完了。マスター、部屋の西側に扉があります。どうなさいますか?】
「もちろん行くさ。で、西ってどっち?」
………………。
…………。
……。
魔石の入った宝箱をアイテムボックスにしまい、木製の重厚感溢れる扉までやってくる。
ドアノブがない。どうやって開けるんだこれ?
【音声認識による施錠がなされているようです】
「いきなりハイテクだな。まぁいいや、うりゃ!」
どうせ主はもう居ないのだから関係ないだろうと、力任せに扉を蹴破った。
「おっ、当たりか? ヘルプ、服はないか?」
扉の先にあったのは、紛れもなく居住区。フカフカの絨毯が敷かれ、大きな天蓋付きのベットが鎮座し、オーク材らしき物で作られた執務机まで置かれていた。
更に四方の壁を見渡すと本棚が並び、ぎっしりと書籍が詰まっている。
だが、衣類は見当たらない。しょうがない、シーツでどうにかするか。
【マスター、向かって左手に衣装タンスを発見しました!】
「でかした!」
どう見てもただの壁にしか見えないが、隠し部屋があるらしい。とっとと開けるか。
と言うかぶち破る。と、八畳程の小部屋の中央に、木製の簡素なスタンドに掛けられた黒い服を発見した。
何でこんな事を? 変態の考える事は分からん。
「他には、無いか……」
【はい、残念ながら一着だけのようです】
「いやいい、十分だ。すげぇ助かった。こんな隠し部屋があるなんて、ヘルプがいなかったら絶対気付かなかったわ」
【お役に立てて良かったです!】
漸くお目当ての物が見つかり、俺もヘルプもご機嫌だ。
後ろに控えているグレイブだけが、少しいじけて見えるが。
コイツは引きずるタイプなのかな? 面倒くせぇ。
「かなり派手だけどまぁいいか」
フリルの付いたシルクのシャツに黒いタキシード。首元にはリボンタイプのネクタイを締め。その中央にブルーサファイアのはめ込まれたネクタイピンを付ける。
絵に描いたような貴族の格好だが大丈夫だろうか?
お前金持ってそうだな。とか言って絡まれたら面倒なんだが。
「まぁいいか。そのためにグレイブが居るんだし。よし、急いで街へ行こう。あとの事はその時考えりゃいい」
【了解しました。ご案内いたします】
ヘルプの案内で出口へと向かう。どうやらボス部屋の奥には地上への転送装置なるものがあるらしい。
それを使えば一気にダンジョンを出られるはずだ。
部屋中の物をあらかたアイテムボックスに収める。
これは凄いベットも机も本棚も全部入ったぞ。流石にヘルプが大当たりと言うだけはある。
ただ、俺の覚束ない魔力操作では、出し入れに時間が掛かるのが難点だ。
ヘルプ曰く、使えば使うほど魔力操作の練習にもなるし、一石二鳥らしいが。
ボス部屋の奥に置かれた椅子。その更に奥に出口はあった。
ダンジョンマスターが死ぬと、自動的に開く仕掛けになっているようで、扉などはなく通路がぽっかりと口を開いている。
さて、地上へ帰ろうかと足を進めたところ、ヘルプが興味深い話を聞かせてくれた。
「ダンジョン・コア?」
【はい、ダンジョン・コアとは、ダンジョン全体を司る制御システムにあたるものです。このコアを破壊するか持ち出すかする事で、ダンジョンは完全に消滅します】
「へぇ、それはなんかの役に立つのか?」
【はい、まずは高値で売れます。それにダンジョン・コアは街などのインフラ設備を動かすためのエネルギー源として使われる事が多いですね】
「ふむ、因みに放置するとどうなるんだ?」
「暫くしますと、全ての魔物が復活します」
「あの
【はい、寸分違わず復活します】
「よし、ダンジョン・コアを頂いていこう」
あんな悍ましいものを復活させる訳にはいかない。
こうして俺達はダンジョンを踏破し、転送装置で地上へと戻った。
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