第7話

 今までとは毛色の違う宝箱をスッと撫でてみる。

 それはやけに横幅が広く、高さの浅い長方形の箱。電子ピアノでも入っていそうな形をしていた。

 表面には薔薇と棘をあしらった見事な彫刻が施してあり、納められているであろう品物に、俄然期待値が高まっていく。


「なぁヘルプ。この箱だけでも値打ちがあるんじゃないか?」


【施された彫刻は見事なものですが、使われている素材はありきたりなものです。残念ながら大した価値はないかと】


「そうか、期待してたんだがな……」


 価値が無いと分かった途端、期待値がぐっと下がる。

 仕方がない、せめて衣服であってくれ。


「なんかすげぇ雰囲気のある剣だな」


 開いた箱の中には、一振りのバスタード・ソードが収められていた。

 黒を基調とした鞘には金の装飾が施されており、鍔と柄の間には真っ赤な宝石がはめ込まれていた。

 名のある名工による巧みの技なのか。素人目にも分かる程の存在感を放っている。

 今度こそ間違いなく値打ちものだろう。


「ヘルプ」


 打てば響くヘルプさんは、俺の言いたい事を察したのか、呼ばれただけで剣の鑑定を始めた。


【おめでとうございます、マスター。これは魔剣です】


「魔剣?! うおぉぉ、遂に来たか魔剣! 詳しい説明を頼む」


【畏まりました。鑑定を開始します――終了。銘は魔剣ディアグレイブ。ランクS、スキル使用の契約型です】


「グレイブ? 墓? ディアさんの墓? なんだそりゃ」


【oh dearに近い意味かと】


「イギリス人がよく使うあれか。確かoh my god的な使われ方するよな……てことは……」


【お察しの通り、恐らくは神殺しの魔剣だと思われます】


「えぇ……。これ本当に触っても大丈夫なのか? 神を殺せるんだろ、これ」


 伸ばしていた手を慌てて引っ込める。

 俺のステータス上、余程の事が無い限り問題はないとは思うが、神殺しと聞くと流石に躊躇してしまう。

 触れた瞬間に資格無しと見なされて、呪いとか受けそうで怖い。


【手に取るだけなら問題はありません。ただし契約の際には魔力を抜き取られることになります。ですがマスターの魔力ならば、然したる量では無いでしょう】


「なるほど、意外とありがちな契約方法なんだな。でもまぁ、それならやってみるか」


 恐る恐る手に取ってみる。思っていたよりも軽い。

 と、思ったが俺の力が強いだけだった。これだけの大きさなら優に15kg以上はあるはずだ。

 鞘と柄頭までの長さが俺の身長より10cm程度低いぐらい。

 俺の身長が175cmだから凡そ160cmから165cmといったところ。


 普通の人間はこのなもの振り回せないだろ……。

 この剣を鍛えた鍛冶師は何を考えて作ったんだろうな。


「で、どうすりゃいい?」


【はい、マスターの魔力を流してください。一度流せば、後は魔剣の方から勝手に吸い続けます】


「えっと、魔力操作がまだ出来ないんだけど……」


【失礼しました。私が代わりに魔力をお流ししてもよろしいでしょうか?】


「頼む」


 言うと早速、魔剣に魔力が流された。


――ドクッ……。


 手にした魔剣が脈を打つと、猛烈な速度で魔力を吸い取っていく。

 俺からすれば大した量出はないが、大抵の人間なら簡単に吸い尽くされてしまいそうな勢いだ。


「なぁヘルプさんや、魔力って完全に枯渇するとどうなるんだ?」


【通常は気絶するだけで済みます。ですが、魔剣などの契約時に枯渇すると命取りになります】


「その心は?」


【例えMPが0になったとしても魔剣の契約は止まりません。その場合は代わりに生命力であるHPを吸われてしまうからです】


「恐っ! でもそうか、そう言う事ならこの魔剣ディアグレイブと契約出来る奴は早々いないだろうな」


 ヘルプと話している間も魔剣の食欲は止まることを知らず、底の抜けたバケツの様に俺の魔力を奪っていく。


 その間、一応念の為にとステータスを確認してみたが、相変わらずunknownの文字は変わらなかった。

 実際の数字に直すとどれぐらい吸われたのかは分からないが、凡そ一時間もの間吸引は続いた。


「おい、ヘルプ! なんかプルプル震えだしたんだが、どうなってるんだ?」


【あぁ……、どうやら調子に乗った魔剣が、マスターの魔力を吸い過ぎたようです】


「馬鹿なのか此奴は……」


 ヘルプさんが言うにはこれと言って問題は無さそうだが、随分と癖の強そうな剣だ。


「こいつはスキル型なんだよな? どんなスキルを持ってるんだ?」


【人化のスキルを所持しているようです】


「ほう、人化と来たか。ステータスはあるのか? あるなら見せて欲しいんだが」


【魔剣はあくまでもアイテムですので残念ながらステータスはございません。ですがランクSともなれば、人化した際にステータスが現れる可能性はあります】


「そのランクってのも含めて詳しく頼む」


 ヘルプの説明によると、マジックアイテムにはランクと言うものがあり、下からE、D、C、B、A、S、とレア度が上がる。

 特にランクSともなればその価値は計りしれず、奪い合いで戦争が起こることすらあるらしい。


 俺が魔剣を所持している事がバレたら拙いんじゃないだろうか?

 と、ヘルプさんに質問したところ、人化すれば何とかなるかもしれないとのこと。

 理由は先の契約時に見せた魔剣の挙動にある。

 魔力を吸い過ぎて食い倒れるなど普通は有り得ない。

 そんな人間臭さがあるのはインテリジェンス・ウエポン知性を持った武具ぐらいだと言う。


 良いね! そう言う設定は大好物です。

 特に名前の響きが素晴らしい。グレイブはともかくディアなんてもろに女性っぽい響きだ。

 人化したら美少女になったりしてな。夢が広がるわぁ。


 それに正直なところ俺には武器はあまり必要ないのだ。

 殴れば解決しちゃうからね。


「よし、人化させよう。やり方を教えてえてくれ」

 

【魔剣の名を呼んで、御命令ください。それだけで魔剣は主たるマスターに応えます】


「分かった」


 と、それっぽく頷く。簡単で助かった。仰々しい儀式とか必要だったら面倒くさいしね。

 生け贄がいるとか言われたら人化を諦めるとこだった。

 そんなもんを見せられたら、ストレスで爆発してしまうわ。


 シャリンと音を立てて剣を引き抜く。

 掲げた刀身は刃こぼれ一つ無い美しい薄紫色をしている。

 ミスリルと呼ばれる特殊な素材で出来ているらしい。


「…………」


 引き抜いたはいいが言葉に詰まる。どう命令したものか……。

 結構な一大イベントっぽいし、イケてる台詞が欲しい。うーむ。


「我は破壊者にして万物の護り手。終わりにして始まりの創り手。世の理を踏みにじり、世界の理りに愛されし者。苗は後藤、名は修治。我に付き従う者、魔剣ディアグレイブよ。今こそその姿を我が前に現し、神殺したるその力を捧げよ。最強の名において命じる、顕現せよ神殺ディアグレイブ!」


 決まった……。途中で舌を噛みそうになったけど。

 なんかスゲェ気分いいなこれ。ちょくちょくやりたいぐらいだ。


 掲げた剣が眩いほどの光を放ち、輝く粒子となって剣先から崩れ落ちる。

 やがてそれらが一塊となり人を形作っていくと――現れたのは素っ裸の老人だった。


「何故だぁぁぁぁ!」


 俺は絶叫と共に崩れ落ちた。ディアっていったら女だろ?

 強くて忠実で、それでいて食いしん坊でおっちょこちょいな!

 俺の夢が……、何て事だ……。


「お初にお目にかかる、主どの。私の名はディアグレイブ、グレイブとお呼びください」


 低く地を這うような渋いバリトンボイス。さっと頭を下げた所作は貴族のように堂に入っている。

 だがフルチンだ。あと爺だ。しかもマッチョ……。


――なんだこれ!


 ガックリとうなだれる俺にグレイブが申し訳無さそうに口を開く。


「すみません主どの。鞘を返しては頂けないでしょうか?」


「え? あっこれね」


 言われて鞘を渡すと、グレイブは胸元に当てる。

 刹那。閃光と共に鞘が消え去り、そこには漆黒の甲冑に身を包んだ屈強な老騎士が立っていた。


「お恥ずかしい所をお見せして申し訳ありま……」


 グレイブは言い掛けて口を噤んだ。


 なんだ? スゲェジロジロ見てくるんだけど?


「主どの……」


「なんだ?」


「あの……一応お伺いいたしますが、私もお付き合いした方が宜しいでしょうか?」


「何がだ?」


「その……、主殿の露出趣味に……」


「趣味じゃねぇから!」




 

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