第6話

 ワークブーツに外套を纏ったフルチン姿の俺は、両肩に大きな宝箱を担ぎダンジョンを闊歩していた。

 ブラック・バットにブラック・ウルフ。ゴブリンにオークと、次々に襲い来る魔物を蹴散らし異常な速度で階層を降っていく。

 まぁ、実際に蹴散らしているのはヘルプさんなんだが。


【処理を完了しました】


「ご苦労さん。魔石を拾ったら先へ進もう」


 一つ目の宝箱が一杯になった為、ゴーレムの居た部屋に置いてあった宝箱を持ってきたのだが、既に半分ほどにまで貯まっていてとてもではないが全てを持ち帰れそうもない。

 今後は量より質。拾う魔石も選んだ方がよさそうだ。


【マスター、この先左側にボス部屋があります】


「あれ、もう20階層まで来てたのか。早すぎて実感が沸かないな……」


【マスターの膨大な魔力のなせる技ですね】


「いやいやヘルプのお陰だよ。ありがとな」


【は、はいっ!】


 鼻息荒く、ヘルプさんの返事が返ってくる。もはや完全に忠犬だ。崇拝の意志すら感じる。

 このまま成長したらヘルプさんの人格は一体どうなってしまうのだろうか?

 まぁ反抗的に育つよりはいいが。


「時にヘルプさんや」


【はい、何でしょう?】


「なんか声色変わってない? 最初は機械じみたシステムボイスだった気がするんだが」


【はいっ! 私も順調に成長しております。勿論マスター好みに!】


「そ、そうか。それは何よりだ……」


 怖い。ヘルプさんお願いだからヤンデレには育たないでくださいね。

 俺は女性の声色へと変貌を遂げたヘルプさんに若干引いた。


「じゃ、じゃあ入るぞ? 準備は良いか?」


【問題ありません。システム・オール・グリーンです!】


 そんなメタ語一体どこで覚えたの? と、言い掛けて飲み込んだ。

 そう言えばヘルプさんは俺の記憶を覗けるんだった。

 多分その辺には俺の黒歴史がしまってあるから程々にして欲しいな、うん。


「ほう……、まさかこの階層まで一人でやってくる馬鹿がいるとはな」


【マスターになんて事を……。殺しましょう、今すぐに!】


「待て!」


「なんだ?」


「いや、こっちの話だ。そんな事よりあんた人間だよな? 何故こんな場所にいる?」


 ボス部屋の扉を開けた先には、どう見ても人間にしか見えない一人の男が立っていた。

 革のパンツに革のジャケット。軽装ながらなかなかに質のの良さそうな出で立ち。

 デップでジョニーな海賊似の、黒髪黒目の優男。個人的にイラッとするレベルのイケメンだった。


「そうか、お前には俺が人間に見えるのか。クックックッ……」


「何が可笑しい?」


「いやなに、久し振りに活のいい獲物が現れたと思ったんだが。どうやら相手の力量も計れぬような間抜けだったようだ」


【マスター、殺害許可を……】


「まだだ……」


 やたらと口の悪い男の所為でヘルプさんが激オコだ。

 ディスられてんのは俺なのに、何で俺が取りなしてるんだろうな。

 しかし相手の力量ときたか。つまり彼奴は人間ではないという事か?

 あっ、あと偉そうに見下してやがるが、俺の方が強いかんな。

 恐怖の大王なめんなよ? 正確には黙示録の災厄だけど。


「ヘルプ、此奴は一体なんだ?」


 怪訝な顔で睨みつけてくる男を無視し、ヘルプに助言を求める。

 ヘルプの声は俺にしか聞こえていないので、男からすればブツブツと独り言を話しているように見えるのだろう。

 が、どうせこれから狩る相手だ。気にする必要はない。


【ウェアウルフ、または人狼と呼ばれる魔族です】


「ほうほう、もう少し詳しく頼む」


【畏まりました】


 この世界には大きく分けて三つの種族が存在する。魔族と人間と精霊種だ。

 人間が動物から進化した種なら、魔族は魔物から進化を遂げた種となる。

 そして、その二つは決して相容れることはない。

 理由は魔族の趣向にある。彼らにとって人間は補食対象であり、とるに足らない餌としての認識しかないという。

 確かに被食者と補食者が共に手を取り合う姿など想像もつかない。

 因みに精霊種とは、エルフや妖精の事を指すそうだ。


「へぇ、エルフや妖精もいるのか。獣人とかはいないのか?」


【おりますが、獣人も動物から進化した種のため、人間の括りに入ります。更に言えば、獣人と言う言葉は差別用語に分類されるため、使う際はお気を付けください】


「おぉ、マジか。それは予め聞いて置いてよかったな」


 良かった、知らずに使ってたら喧嘩になるとこだった。

 と言うかいるのかケモ耳! これは後々の楽しみが増えたな。


「チッ、気狂いか……」


 男の呟きが耳に届く。失礼な奴だ。確かに今の俺の格好はどう見ても変質者だが……。

 と、そこまで考えてふっと気付く。あぁ、そう言えば此奴、随分良い服を着ているな、っと。


 ニヤリと笑みがこぼれる。ハズレばかりを引いてきたが、遂に当たりを引いたようだ。


「ヘルプ、彼奴の身包みを剥がせるか?」


【なるほど、衣服を奪うのですね。お任せください】


 憐れむような目で此方を見ていた男が、シッシと手を振った。

 おかしいな、魔族にとって人間は補食対象じゃないのか?


「帰れ、気狂いなんぞ喰ったら腹を壊すわ!」


 カッチーン。コイツ本当、頭にくるな。


「ヘルプ、やれ!」


【御意!】


 遂にヘルプへ殺害許可を出す。出来る限りグロくないようにお願いします。

 随分とフラストレーションが貯まっていたのか、ヘルプはいつもの五倍増しで俺の魔力を抜き取っていく。

 見ると、俺の身体からは黒い靄状のものが溢れていた。

 魔力だろうか? どうやらヘルプさんはガチギレしてたらしい。


 ヘルプさんを怒らせるとは、あの魔族も馬鹿なことをしたもんだ。

 

「――っ! てめぇ、一体何者だ?!」


 俺の身体から溢れる魔力を見た途端、男は瞬時にバックステップで距離をとる。


「何者かだって? そうだな、補食者だよ。お前のな」


 カッコいい。我ながらクールな台詞が決まった気がする。

 普通の日常生活では絶対に使わない言葉だからな。ちょっとテンションあがる。


「野郎……上等だ! 喰ってやるよ。骨も残さずバリバリとなぁ!」


 コイツ分かってやがる……。中々にセンスのある厨二ワードを使ってくるじゃないか。

 俺はこのやり取りに気を良くして、次の台詞を考え始めた。

 が、男は本当に余裕が無いらしく、四つん這いになると歯を剥き出しにしてうなり声を上げた。


――瞬間。男の衣服が木っ端微塵に弾け飛ぶ。


「えっ?!」


 次に現れたのは、全身が真っ黒な毛皮に被われた二足歩行の狼。ウェアウルフだった。

 盛り上がった背中にやや前屈みの前傾姿勢。ダラリと両手を前に垂らし、鋭く伸びた爪は槍の穂先を思わせた。


「グルルルッ」


 うなり声を上げる口元から、ダラダラとよだれが垂れる。

 野生。全身から滲み出る殺気が突き刺すように牙を剥く。

 その姿からは、先程までは確かにあった筈の知性の色が掻き消えている。


 作り物とは違う本物の迫力。熱を持ち脈を打つ、どこまでも野蛮な暴力がそこにあった。


「ウェアウルフってのは変身すると馬鹿になるのか?」


「ガァァァッ」


 ウェアウルフが肩を怒り上げ、両手の平を目一杯開いて爪を剥く。


 どうやら気に障ったらしい。ガッカリだ……。足元を見てうなだれる。

 そこには元衣服だったボロ切れが散乱していた。


 これでは服は手には入らないし、厨二台詞の掛け合いも出来ない。

 変身する前に終わらせるべきだった。あんな物言いをしていたものだから、てっきり変身前には決め台詞を吐くものとばっかり思っていたのだ。


「まぁ、本物の狼男が見れただけで良しとするか……」


【申し訳ありません、マスター】


「うん、ヘルプらしくないミスだな。どうかしたのか?」


【はい、先程ウェアウルフとの会話を楽しんでおられたご様子だったものですから】


「あぁ……確かに楽しんでたね、うん。まぁやっちまったものはしょうがない。名誉挽回も兼ねてちゃちゃっとやっつけちゃって下さい」


【御意!】


――刹那。ヘルプの返事と共に、一瞬にしてウェアウルフが凍りついた。


 瞬殺。ヘルプは本当にいつでも殺せる準備を整えていたらしい。

 にしてもあっさりだなぁ……。出来れば少しぐらいは、ウェアウルフが動き回る所を見たかった気がするが、まぁしょうがない。


「しっかし見事に凍ってるな」


 コンコンと、氷像をつついてみる。死んでるのかな? 冬眠なんて事はないよな?


「これ死んでるんだよな?」


【はい、間違いなく……】


 返事に先程までの元気がない。ヘルプさんは落ち込んで居るようだ。

 どんどん人間くさくなってくるな……。


「気にすんなって。次から気を付ければいいさ。それより宝箱を開けよう、な?」


【はい!】


 機嫌治るの早いな、おいっ。でもそのカラッとしたところは嫌いじゃない。


【調べたところ、罠はありませんでした】


「ありがとう。それじゃあ開けるぞ」


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