第5話

 拾い上げた魔石を宝箱へと放り込む。鞄の替わりに持ってきたが、かなり重宝している。

 ダンジョンを出た後、街に着いたら売って金にするつもりなので、出来る限り拾っておきたいところ。

 ヘルプさんが言うには、これだけでも一財産らしい。やったね。


 貧乏はストレスになるし、散財は発散になる。稼げる時に稼いだ方がいいのだ。世界平和の為にもね。


【マスター、隠し部屋を発見いたしましたが、どうしますか?】


「隠し部屋とな? それは素晴らしい。是非いこう」


 ダンジョンの隠し部屋。胸熱な単語だ。字面だけでもうワクワクする。

 一応罠の可能性もあるらしいが、それはそれで楽しそうだ。

 HPとDEXがぶっ飛んだ数値を叩き出している俺には、おそらくどんな罠も利かないだろう。

 懸念があるとすれば、グロ系の罠でストレス値が上がることぐらいか。

 だがそれもヘルプさんがどうにかしてくれる筈。多分だけど。


【この壁の向こうに空間があります。罠、及び生体反応はありません。おそらく宝物部屋かと】


「いいね! で、どうすれば入れるんだ?」


【足下付近にあります、壁の出っ張りを押し込んでください。それで壁の仕掛けが作動します】


「了解」


 ひょいっと爪先で出っ張りを押し込むと、ズズズッと石を引きずる音が響く。

 面白い。蝶番すら付いていない壁が、まるで意志を持つかのように観音開きに開いていく。


「すげぇな、リアルなダンジョンってこんなにダイナミックなのか」


 広さにして体育館程の大きな部屋が現れる。見るとその中央に、ポツンと宝箱が置かれていた。

 明らかに違和感のある部屋の作り。本当に罠がないのか疑わしく思える。


「入るのを躊躇っちまうんだが、本当に罠はないのか?」


【訂正。向かって三方向の壁から魔力反応を検知しました。ゴーレム、来ます!】


 ヘルプが発した警告の直後――壁がまるでねんどの様に盛り上がり始めた。

 小さな凹凸が、やがて四面体をつなぎ合わせた人型へと成長を続け、高さ3mもの巨大なゴーレムを形作っていく。


「ゴーレムって壁から産まれるのか……」


【申し訳ありません。扉の動きと共に罠を生成するタイプだったようです】


「まぁ、誰にでもミスはある。気にしなさんな」


 正直なところ、まさかヘルプさんがミスをするとは思わなかった。

 が、そう言うこともあると分かっただけ、良かったかも知れない。

 このまま信じ切って、後々取り返しの付かない事態を招くよりは遥かに……。


【お心遣い感謝します。それで、どうなさいますか?】


「そういやゴーレムは魔法が利かないんだったな? どうだ、俺でも勝てそうか?」


【当然です。マスターが負ける確率は万が一にも御座いません】


「おぉ、言い切ったね。なら、もう一度ヘルプさんを信じてみますか」


【はい、サポート致します!】


 心なしか気合いの乗った返事が返ってきた。思った通りヘルプには感情と言うものがあるらしい。

 初めて会話したときには無かったものだ。もしかすると少しずつ感情が芽生えつつあるのだろうか?

 ならば信じると言ったのは大正解だったかもしれない。部下を育てるときと同じ。

 失敗の後こそ信じて機会を与えてやるものだ。


「で、どうすりゃいい?」


【ゴーレムは完全に物理特化の魔物です。魔法などは使わず、主に両手を振り回して重量に頼った攻撃をしてきます】


「そうか、で、具体的にはどうすりゃいい?」


【殴ってください】


「……それでどうにかなるのか?」


【はい、ただしマスターの力では、加減をしていただかないと魔石も砕けてしまいます】


 なんという脳筋スタイル。分かりやすくて助かるが、本当に出来るのだろうか?


「分かった、やれるだけやってよう……」


 宝箱を下へ置くと、隠し部屋へと足を踏み入れた。

 直後――三体のゴーレムが同時に動き出す。

 取り敢えず様子見。入り口に立ったまま逃げる準備だけしておく。


 動きは……遅い。重量の所為か歩幅こそ大きいがいざとなったら逃げるのは問題なさそうだ。

 よしっ、と小さく気合いを入れ、覚悟きめて走り出す。

 初めての戦闘だ。出来る限り慎重にいこう。


 まずは正面にいるゴーレム向かって走り出す。三対一になる前にコイツを片付けたい。

 距離にして残り5m程で立ち止まる。怖い。ものっすごい怖い。


 デカ過ぎるんだよなぁ……。四角いダンボールをつなぎ合わせた様な巨体を見上げる。

 これ本当に殴ってどうにかなるのか? まったく勝てるイメージが沸かないんだが……。


【初撃、右手の叩き付け攻撃がきます! ください】


 ヘルプの指示に、考えるまもなく咄嗟に身体が動く。

 見るからに超重量の大きな石の塊が頭上へと迫ると、それを迎え撃つように俺の左手が天へと伸びた。


「ファッ!」


 間の抜けた声が漏れる。振り下ろされたゴーレムの拳を、掲げた俺の掌がガッチリと掴み、その動きを完全に止めた。


 唖然とする。数瞬前、俺は潰れたトマトの様になった自分自身を想像した。

 だがどうだ。あれ程の質量を受け止めて、大した衝撃すら感じなかった。

 小さな小指大ほどの軽石を、高さ10cmから落とした程度の感覚。まるで脅威を感じない。



「やっべ、俺超強いんじゃね?」


 拝啓お袋さん、あなたの息子はどうやら人間を辞めたようです……。


【次、左手の横薙攻撃、来ます!】


 唸るような音を立ててゴーレムの左フックが飛んでくる。

 目の端で捉えたを受け止めるべく右手を横へ突き出す。と、ただそれだけでゴーレムは動きを止めた。


【マスター、そのまま足を蹴り出してください】


「ほいきた!」


 ゴーレムの両手をガッシリと掴んだまま前蹴りを入れる。

 瞬間――ドゴンッと言う音と共に上半身を残したまま、ゴーレムの下半身が飛んでいく。


 ヤバいな。確かにこれは負ける気がしない……。

 このまま適当に殴っても勝てる気がする。でもそれでは意味がない。

 ヘルプさんに挽回の機会を与えなくては。


【ゴーレムを掴んだまま、その場で三回回ってください】


 俺は犬か! と、言いたいところをぐっと抑え、指示通りに回ってみる。

 すると、左右から接近してきた二体のゴーレムにぶち当たった。


 一回転目で三体のゴーレムを粉砕し、二回転目で飛び散った石の欠片を弾き飛ばし、三回転目で舞い上がった石粉を吹き飛ばす。

 完璧な指示。流石ですヘルプさん!


「良い指示だ、次からもよろしくな」


【はいっ、恐縮です!】


 上擦った声。喜んでいるのが分かる。目には見えないが、尻尾があったらブンブン振っていそうだ。

 ヘルプさんってこんな性格だったっけ? 成長途中だから扱い方で性格か形成されるのかもしれん。

 良く考えて対応した方がいいな。グレたら洒落にならん。


「他に罠はないか?」


【索敵中――終了。罠、及び敵影ありません】


「ご苦労、宝箱はどうだ?」


【宝箱内に罠の存在を確認。スプリング射出式トラップ、毒針です。解除しますか?】


「あぁ、頼むよ」


 身体から、魔力がほんの少し抜かれる感覚。魔法を使って罠を解除するのだろう。

 トントンっと微かに木を叩く音が耳に届くと、ヘルプの終了報告を受けた。

 どうやら箱の中で罠を起動させて解除したようだ。爆破処理的方法だな。


 宝箱を開けて中をのぞき込む。見えたのは深緑色で綺麗に折り畳まれた布。服か?!

 漸くかと拾い上げて広げると、なんと言っていいのかフード付きのマント? だった――がっかりだ。


【術式処理を確認。マスターこれは魔道具です】


「マジか! どんな道具なんだ?」


 服でないとがっかりしたが、魔道具と聞いて途端にテンションがあがる。

 魔道具って響きだけでワクワクする。夢があるよね。


【自動修復と温度調節機能付きの外套がいとうですね】


「外套って言うのか。初めて知ったな」


【現代日本ではまず見かけません。ご存知なくても仕方がないかと】


「確かに街で見かけたことは無いな。と言うかヘルプさんは日本を知ってるの?」


【はい、私はマスターと記憶を共有しておりますので】


「そうか、それは便利だな……」


 マジか! つまり俺の恥ずかしいアレやコレやも知られてるって事か?

 ヤバい、くっそ恥ずかしい。男の一人暮らしは秘密が盛り沢山なのだ。出来ればそこには触れないで欲しい……。


 と、俺の気持ちを察したのか、ヘルプがすかさず訂正を付け加えた。


【ご安心ください。マスターのプライベートの深い部分は覗いてはおりませんので】


「お、おう、そうか。それは助かる」


 よかった! この子は本当に良くできた子だよぅ……。


 

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