3 祈り

 繰り返してきた、あなたと私の星の記憶。

 私はあなたを探して、あなたを見つけて、一緒にお茶を飲んで、二人で冒険して……。

 どれくらい同じことを繰り返したのか、自分でもわからなくなって。

 ウルタが死ぬたびに、流れる涙も減っていって。

 何度となく繰り返した朝と夜。

 ルーナは少しずつ、家から出ることが少なくなっていた。昔は景色が増えるたびに夢中で森を探検していたのに、今では外に出るのは、家の周りをほんの少し散歩するときだけ。新しい冒険を先延ばしにしていくうちに、ドンドンと見たことのない場所が増えていって、それでもいいかなって思えて……。

 新しいウルタも、ルーナの方から見つけるよりも、ウルタがルーナの家を見つけることの方がずっと多くなった。

 ウルタが星を探検をして、ルーナがそれを聞く。

 そういう日々が重なっていった。

 どうしてかな。

 体が動かなくなったわけじゃないし、体力がなくなったわけでもない。だってルーナは、ウルタの体を埋めに行くことだけは一度も欠かさなかったから。どれだけ星が広くなっても、その体を星の反対側に運んで土で包むのだけは絶対に忘れなかった。

 だけど……それでも。

 自分も、ウルタのように元気がなくなっていること、ルーナはわかっていた。

 動かなくなる前のウルタのように……。

 ルーナは一人きりの小屋の中で、ベッドの中、色んなことを思い出していた。

 ……私の心は、どんどん薄くなっていく。今、ウルタがいるのかどうかわからなくなったり、前のウルタがまだ生きているみたいな気がしたり……悲しさも、嬉しさも、何もかもがおぼろげにかすんでいる。

 あぁきっと……。

 そろそろ終わりなのかな。

 ねえウルタ……死んでしまうのって、どんな感じなの?

 あなたはそれを教えてくれない。あなたはそれを忘れてしまう。

 私も同じ。

 ウルタ……私が初めてあなたを埋めたのは、いつのこと?

 あのとき私は……どうしてあなたを埋めようって思ったのかな。

 でも、私はあなたを埋めた。

 大好きな人。

 星は、あなたのおかげで広くなった。

 この星はあなたの命。

 あなた、そのもの。

 その上で私はずっと生きてきた。

 あなたは……私がいなくなっても、この星に生まれてくるの?

 きっと、一人で冷たくなった私を、あなたは見つけるのでしょう。

 その時は、あなたは私を埋めてくれるかしら?

 あなたの星の中に。

 そうすれば、私はあなたに、ありがとうって伝えられる気がするの。

 きっと。

 きっと……。


 森の中の、小さな小屋。

 二人のためだけにある暖かな家に、ある日一人の少年がたどり着いた。

 吸い込まれるように小屋の中へと入っていった少年は、ベッドの中に、美しい女の子が眠っているのを見た。

 息を止めたまま動かない、自分によく似た女の子。

 少年はその頬を指先で撫でた。

 動かない彼女の顔に、おでこを寄せた。

 冷たい体を抱きしめた。

 長い時間、ずっと、ずっと……。

 ……ありがとう。

 おやすみなさい。

 少年は、小屋の外に置かれていた荷車に、黙って少女の体を運び込んだ。

 彼は歩いた。

 光の陰った森を抜け。

 色が沈んだ湖のほとりを歩き。

 丘を越え。

 山をまたぎ。

 汗で視界が霞んでも、構わず歩き続けた。

 二日、三日、一年、もっと……ずっとずっと長い時間、ひとりきりの星を歩いた。

 服は破れ、息は切れ、足は傷だらけで……。

 やがてたどり着く開けた地面。

 柔らかくて、温かくて、湿気っている土が広がっている。

 少年は運んできたスコップで、土を掘り返す。

 必死に、深く、穴を掘る。

 ひとりきりで。

 少年は少女の体を土に埋める。

 ルーナの体を星に埋める。

 白い顔に土をかけて。

 白い手でゆっくりと、優しく。

 彼女を埋めて。

 胸に手をあて、祈りを込めた。

 ルーナ……君は知らないよね。僕は……僕らは、この星に生まれるずっと前から、君のことを知ってるんだ。

 どのウルタも、みんな、みんな……。

 やがて少年は眠りについた。

 倒れるように、死んでしまったように、最初で最後の仕事を果たしてから、体ごと消えていくように目を閉じた。


 少年が眠り、星が、静まる。

 冷たい空。

 大きな星。

 夜が深まり。

 ゆっくりと、風が止む。

 ……やがて木々に満ちた緑の光が、燦々さんさんときらめき始める。

 枝葉が溶け出し、光へと形を変えて、土とともにほどけていく。

 巨大な星が消えていく。

 二人の生きてきた土地が、なくなって。

 思い出が、粒となって。

 たくさんの光の紐。

 命の種。

 ルーナが埋めてきた、ウルタへの気持ち。

 ウルタの体が実らせた、彼自身の優しい光。

 それは命のみなもと

 宇宙に生まれた、小さなたましい

 バラバラと崩れ始めて。

 やがて、暗闇の中に散っていく。

 音もなく。

 見る人もなく。

 ただ静かに、宇宙の塵となって。

 たとえ何万光年の先でも、いつかどこかに、新しい命が実りますようにと。

 ウルタを埋めるたび、そう祈ったルーナの気持ちだけを道しるべに。

 どこかへと、未来へと、散っていった。

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