第9話 魔導携帯

 俺は馬車の窓に肘を置いて外の景色を眺める。普段なら絶対やらない行為だが、誰も見ていない今なら問題ないだろう。窓には薄いカーテンが引かれているので外からは相当頑張って覗き込まないと中は見えない筈だ。

 まあ、そんな怪しい人がいればすぐに衛兵に連れていかれるだろうから居ないのと同じだな。


 はぁ、久しぶりに沢山の人と会ったからか疲れたな。騎士団とか執事とかメイドみたいな大人ならこうはならないのに……やっぱり子供は苦手だ。いや、俺も今は子供で、しかも女子なんだけどねぇ……。


「ルナ様。もう少しでお屋敷に着きますよ」

「分かりました」


 さてと、降りる準備をしますかね。というか気づいたらもう敷地内か。案外近いな。

 今のところ屋敷についたら自室に籠って、帰りの際に担任の先生からもらった魔導携帯の設定をするつもりだ。

 そんな事を考えていると馬車が緩やかに停止した。荷物を全てインベントリにしまっていると馬車の扉がノックされる。


「構いません」


 俺の言葉で了承を得た御者が扉を開けてくれる。

 うーん。やっぱり段差が高い。その為、一段一段飛び降りに近い感じで階段を下りる形になる。


「ご苦労でした」


 そう、御者に告げると御者は俺に一礼して馬車を置き場に戻しにいった。

 後は全て御者がやってくれる筈なので俺は先に屋敷に入っておく事にする。


「戻りました」


 普通ならここでメイドや執事たちが荷物を運んでくれるのだが、インベントリを持つ俺には必要ないので一礼で済まされる。

 そのまま階段を上り弐階の自室へと入る。そして鍵を閉めた。


「あー……、肩ひじ張ってて疲れるわぁ」


 ようやくプライベートな空間に入ったことで思わず愚痴が漏れる。そのままベッドにダイブインしてぐったりぃった!?


「っぅ……髪の毛巻き込んだー!!あー、もう!!本当に嫌になりますね!!」


 普段は絶対にしないミスや発言を繰り返している自分にも腹が立つ。これはなんとかしてストレスを発散しないといけない。

 このままじゃ間違いなく精神不安定で確実に途轍もないボロが出てしまう。


「と言ってもやりたい事なんて特にないですしね……」


 ああ、そうだ。魔導携帯の設定だ。設定。

 インベントリから魔導携帯の入った箱を2つ・・取り出して、さらにその中から魔導携帯を取り出す。勿論、取説も一緒に取り出した。

 なぜ俺が2つも魔導携帯を持っているかだが、1つは今日学校でもらったもの。もう一つはへルネスから配られた特務部隊用のものだ。風邪とかいろいろあった所為でまだ設定できてなかったんだよな。

 まあ、なによりインターネットを使わなくても<世界記録アカシックレコード>で検索をかければより正しい情報を知れるというのも設定を後回しにしてしまった理由だ。というか携帯でできることの大半は<管理神の加護>で何とかなったりするんだよなぁ。


「まずは付属のMEチップに魔力を込める。この時に注ぎすぎてチップを壊してしまわないように気を付けましょう」


 白いMEチップという部品を箱から取り出して魔力を注いでみる。

 注ぐというか纏わせるって感じだなこれ。正しい説明書けよ。チップに注ごうとしたら全然入らなくて魔力の方向を絞ってるうちに針レベルで鋭くなってたぞ。危ないな。

 で、もう一つの特務部隊用のMEチップには≪死夜の魔眼≫を使って佳夜の死属性の魔力を纏わせる。ん、これ、崩壊しないように慎重に扱うのが難しいな。


「いい具合にチップの色が染まったら携帯の横部にある機構にチップを差し込んでください」


 薄い鈍青色になったMEチップを学校用の魔導携帯に差し込むとカチッと小気味良い音が鳴った。

 続いてフォーンと音が鳴り画面が起動する。中央には0%という表示が浮かび、クルクルとその周囲を青色の光が回っている。


「へぇ、充電は必要なく完全に魔力だけで動くのか。私みたいに魔力を大量に持ってる人には便利だな」


 形態の周囲に魔力を纏わせると徐々に魔力を吸い取っていっているようで中央のパーセンテージが増えていく。


「1分で完充電っと。早いですね~」


 もう片方の特務用携帯にも真っ黒になったMEチップを突っ込んでじっと魔力を収束させる。うーん、魔眼で魔力を操るのってムズイな……


「92%……95%……97%……98%……99%……100%!!だっはぁ……眼いったい!」


 眼を閉じていても魔力を操るくらいはできるのだが、それでも時には開いて確認しないと分量配分を間違えるし、なにより常に目に力を籠め続けるのがつらい。乾燥はしなくとも筋肉痛になりそうだ。

 だが、まあこの充電ならぬ充魔速度なら魔眼で視ているだけで消費分を埋めれそうだな。


「後は言語の設定とかか……ん?へぇ、日本語まで登録されているのか」


 学校用は人族の公用語であるアルテタリア語を、特務用は日本語……いや、んー、まあそれで行くか。使わないと忘れそうだからなぁ。逆に一度頭に直接ダウンロードしたアルテタリア語ならどれだけ使わなくても忘れることはない。

 日本語もダウンロードすればと思うだろうが、別世界の情報は権限が高くないと閲覧できないのだ。ましてやダウンロードとなるとさらに権限が必要になるらしい。今が地球のニュースを閲覧できるくらいの権限なのでダウンロードはもう少し先になるだろう。

 それに最近は体が十分に動くような年になってきたから、日がな一日<世界記録アカシックレコード>を見て時間を潰すというのも減ったからな。権限が日本語をダウンロードできるくらいになるのは一体いつぐらいになるんだろうな……

 っと、次だ。


「て、初期設定もう終わりかよ!」


 はぁ、やること完全になくなったじゃねぇか。

 あー、こうなったら何かアプリでも入れるか。いや、幾つか電話番号を貰ってたしそれの登録を先にしてしまうか。

 まずはシャロちゃんのからいってみるか。


「2‐6569‐7194。へぇ、携帯番号とメールアドレスは共用なんですね。まあ、こちらの方が便利でいいです」


 んー。確認メールの内容は「こちらはシャロさんの魔導携帯で間違いありませんか?もし、間違いでなければ返信をお願い致します。」っと。送信者の欄には俺の番号が書かれている。ああ、これだと文の最後に俺の名前を打ち込んでおかないと誰からのメールか分からないな。

 編集が済んだあと全選択でメールの文を全てコピーしてシャロちゃんにメールを送信する。

 あとはシャルル君、ヴァイオレット、クライン君にもコピーした文をペーストし、名前の部分を削って書き換え送信した。


「後はこれか……0‐0035‐4444」


 俺の渡された最後の番号である。いつの間にか電源が消えてしまっていた特務用の携帯に1212というパスワードを打ち込み、魔力を流し込む。ちなみにだが魔導携帯はパスワードと魔力認識の2段構えのロックとなっている。

 そしてロックを解除した俺は紙に書かれた番号に電話を掛けた。


「≪虚飾の仮面:水無月 佳夜≫」


 【虚飾】スキルで声だけを佳夜のモノに変える。

 そして電話をかけ数秒が経ち、その目的の相手が出た。


『へー、旦那から電話なんて初めてっすね』

『ああ、ちゃんと繋がったか。取り敢えず護衛初日だからな今日くらいは成果報告でもしようかと思ってな』

『そういう事だったんすか~。で、如何でした?我が国の学校は』

『そうだな……魔法学校でも実技を教えてるのは個人的に評価が高いな。ただ、教師が脳筋すぎる。もう少し考えて選考しろ。まあ、実力と観察眼はある教師だからもう少し上の学年を持たせるといいと思うぞ。

 それとさ、うちのクラス変な奴多くないか?【神童】に伯爵令嬢2人に王族とその親族ってどうなってんの?さすがに全員の面倒見ろとは言わないよな?この属性過多なメンバー纏めろとか言われたら過労死するわ』

『あはは、そんなつもりありませんって。あわよくば、全員の面倒見てもらいたくて1ヶ所に固めたとかじゃないっすからね!』

『よし、そこから動くなよ。今からしばき倒すに行くわ。……あー、あー、コホン。それとも暗殺の方がお好みですか♪』

『すんませんでしたーーー!!!報酬倍にするんで面倒みてください!全員うちの国の未来を背負う大事な子供たちなんすよぉ!!』

『3倍』

『え、ちょ。それは……』

『4倍』

『まっ!』

『5倍』

『分かっ、分かりましたから!!5倍で勘弁してください!!』

『っち。それで手を打ってやる。払わなかったら覚悟しろ――で御座いますわ♪』

『ちょっ、旦那さっきから偶にぶち込んでくる幼女メイド声マジで怖いんでやめてくれません!?』


 その後もくだらない話でへルネスと盛り上がり電話はへルネスがマジ切れした王妃に連れていかれるまで続いたのだった。というかまた抜け出してたのかあいつ。懲りないなぁ……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る