閑話 とある騎士の災難 2
「とりあえず初めは剣術指南をして頂いてもよろしいですか?」
「はて?私たちが剣術指南でございますか?」
「ええ、私は如何にも≪剣術≫の才が無い様で……あまり向上がみえないのですよ」
うん?噂で聞いていた話とは違うぞ?
私が聞いた噂ではフローリア様とルナルティア嬢の二人掛かりで訓練中の騎士団を半壊させたと聞いたのだが……
「ふむ……とりあえず軽く振ってみて貰えますかな?」
団長がルナルティア嬢に木剣を渡す。
ルナルティア嬢はそれを正眼に構え、振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げる。
ううむ……。確かに型は綺麗で、剣筋も鋭いが……悪く言えばそれだけだな。
「あの、如何でしょうか?」
「そうですな。悪くは無いです。ウチの若手の騎士とならそれでも十分打ち合えるでしょう。ですが……」
「それより優れた強さを持つ人には勝てませんか……」
「そうなりますな。他に何かできるのなら別なのですが」
団長がむむむ……と唸る。
というか、おいおい。あの団長がまともに会話してるぞ。
この人はてっきり本能のままに行動していると思っていたが考えを改めた方がいいかもしれない。
「そうですね。敢えて言うのならば防御が得意でしょうか。あとは、結構な種類の武器が使えますが……今は剣術の話ですのでコレはあまり関係がありませんでしたね」
それにしてもルナルティア嬢しっかりしてるな。
ウチの11歳の妹なんかは騎士学校で無茶苦茶しているらしいからな……。あれもルナルティア嬢程とは言わないが少しは落ち着いてくれればなぁ。
はー、と私の口からため息が漏れる。
「む、そこの。確かアルデバンドといったか?」
「はっ、僭越ながら私はアルデハンドであります!」
「そうか。ところで訓練中にあくびとは少し気が抜けておるのではないか?」
「は?はっ、申し訳ありません!深く反省いたします!」
まさか団長殿に見られるとは。不運だ。
しかも溜息の後の息の吸いをあくびと勘違いされるとはっ……!
だがこの時、もう既にそんな不運が如何でもよくなるほどの不吉が私の目の前に迫っていたのだった。
「そうか。ふむ、丁度いいアルデハンド、ルナ様と一度打ち合ってみないか?」
「はっ、私がでありますか?」
「うむ」
絶対に嫌ですという言葉が口から出かけるが、それを口にした瞬間団長から何をされるか分かったものではない。私は仕方なく本当に仕方なく、渋々その話に従う事にした。
訓練中とはいえ騎士団の職務中に溜息をしたのは確かなのだ。ココは諦めてルナルティア嬢の模擬戦相手に付き合うとしよう。
それにしてもコレは如何するのが正解なのだろうか……やはり、ノートネス家に仕えている身としてはルナルティア嬢を立てるべきなのであろうか?
だが、武勲を尊ぶノートネス家のご令嬢に
さて、本当に如何したものか……
「打ち合いはこの木剣で行うものとする。殺傷能力はそこまで高く無いが重さは鉄の剣に合わせているので気をつける様に。通常の剣で考えて致命傷になると判断される攻撃を受けた時敗北とみなす。以上だ。ルナ様質問はありますか?」
「大丈夫ですよ。問題ありません」
私の意思を無視してドンドン状況が進んでいく。
だが悲しいかな。今の私はそれに文句を言えるほどの力も立場も持ち合わせてはいないのだ。
仕方なく10mほど距離を取りルナルティア嬢と向かい合う。
「これよりルナルティア・ノートネス様と騎士アルデハンドの模擬戦を始める。両者武器を構えて。始め!」
私は武器を構えてルナルティア嬢に意識を向け――
「遅いです、よ!」
「ぐっ」
手に鈍い痛みが走る。
今のは、気がつくと接近されていた?
「もう一撃」
背後から聞こえた声に反応して咄嗟に剣を盾にする。
ガンという音共に私の腰に盾にした木剣の腹がぶつかる。
「っ!」
ぎりぎり防いだが一撃が中々に重い。
私は力任せにルナルティア嬢を吹き飛ばし一度距離を取る。
ルナルティア嬢が体の軽い女性のそれも子供でよかった。でなければ今の振り払いでは逃げ切れなかっただろう。
「気は引き締まりましたか?」
私は背筋が寒くなる感覚を覚えた。
ルナルティア嬢の一言が私の慢心した考えを見抜いていたからだ。
彼女は間違いなく私が手加減するかどうかといった、浅はかな考えや迷いを抱いた事に気がついていた。だからこそ、わざわざ背後からの攻撃の際、反応させるために私へ声を掛けたのだろう。
そしてコレは遠回しに私へ発破をかけて頂いたのだろう。お前はこの程度じゃないだろう、もっとやれるだろう?そういった強い思いを私は彼女から感じた。
「ふぅ、申し訳ありませんでした。私も本気で征かせて頂きます」
ルナルティア嬢は私から10m程距離を取り構え直す。
「ふふ、ええ。お次はそちらからどうぞ?」
「征きます!」
私は素早く接近し、速度を乗せて上段から振り下ろしを放つ。
「――!」
私の振り下ろしは短い呼気と共に軽やかに往なされる。
「――!!」
そして私が手元に剣を引き戻すその一瞬の隙にルナルティア嬢は私に向いていた柄頭を振るい。
「――ぁがっ!!」
次の瞬間には顎に凄まじい衝撃が走り、視界が歪んで、私の意識は沈んでいったのだった。
◆ ◇ ◆
「うぐっ、っう」
「おう、起きたか」
ココは……ああ、訓練場付属の診療所か。
「どうだ?意識はハッキリしてっか?」
「はい、大丈夫です」
私はあの後、どうなったのか気になり飛び起きようとした。
「うっあっ」
「ほれ、あんま動くなよ。お優しいお嬢様が傷だけはしっかり治してくれたんだから大人しくしとけ」
「どうい、痛った!」
頭をグラグラして動こうとすると鈍い痛みが走る。
打ちすえられた顎は痛くないのにコレは如何いう事だろうか?
医師を睨み付けると呆れた様に首を振られた。
「どうやったかは知らないが傷だけ治して脳を揺らされた時に感じる酩酊感だけを残したらしいぜ」
「何でそんな、事を」
「さーね、自分で考えな」
また呆れた様に手を広げ、首を振られた。無性に腹が立つな。そのポーズ。
それにしてもルナルティア嬢が酩酊感だけを直さなかった理由……。
つまり、今日の事をしっかり戒めてこれからを過ごすようにという訓示だろうか?成程、流石だ。私がまた慢心しない為に必要と感じられたのだろう。何もかもお見通しと言う訳か。
「ふむ、やはりルナルティア嬢は流石だ」
「おい、何考えてるか知らんが気持ち悪いからその顔は他所ですんなよ」
恐らく私が≪炎魔法≫だけでなく≪聖魔法≫まで使える事も知っていた上で状態異常だけを残していったのだろう。無論、戒めの為に≪キュア≫を掛けるつもりは無い。
「そうか!」
「んだよ。急に大きい声を出すな」
酩酊により起き上がれない→ベットから出られない→大人しくしておくしかない。
つまりこれはルナルティア嬢の今日はもうゆっくり休みなさいという優しさでもあるのか!そう言えば先程医師もそのような事をいっていたような気がする!
「やはり――」
「あーったく。俺はもう行くからな。今日は眩暈が消えるまでそこで大人しくしとけよ。じゃーな」
「む、分かっているとも。今日一日はココで安静にしておくとも」
それこそがルナルティア嬢の望みであるしな。
「……絶対分かってねーな」
「む、何か言ったか?」
「いや、何でもねーよ。じゃな」
そう言って医師はそそくさと出て行った。
さて、忘れる前に今日のルナルティア嬢の動きを思い出して次に対策しなくては!
こうして騎士の一人にルナルティア信者が生まれた。
ルナ教信者は彼――アルデハンドの地道な布教活動により徐々に騎士団の一部に浸透し、気がつくと騎士団の中でルナが大きな影響力を手に入れていたりするのだが、本人は全く気付いていなかったりする。
主にルナが訓練感覚でよく騎士団の訓練場に訪れる様になった事でさらに派閥が拡大したのだが、やはり本人は気付いていなかったりする。
あと差し入れといってちょくちょく持ち込まれる料理によってさらに派閥が拡大したりもしたのだった。それだけ≪料理・Ⅲ≫レベル47の威力は偉大だったのだ……
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