閑話 とある騎士の災難 1
「総員、魔法準備――撃てッ!!」
部隊長の声に合わせて私と騎士団の仲間たちは一斉に各々の得意な魔法を撃ち出す。
この時気をつけなければならない事は標的目掛けて
さて。もうお気づきだろうが、私たちノートネス辺境伯騎士団は現在訓練場で連携確認の為に演習を行っている。今は一斉総射の訓練だ。
「撃ち方止め!」
部隊長の指示に従い私は炎魔法≪ブレイズフレイム≫の制御を切る。
何とも味気ない訓練に文句の一つでもつけてやりたくなるが、私は雇われている側でなので文句をいう事は出来ない。
早く自主訓練の時間にならないだろうか、という退屈な気持で私は午前の騎士団演習を終えるのだった。
◆ ◇ ◆
昼時、私たちは訓練場の隣にある休憩所へと足を運ぶ。
ノートネス家は自領に闘技場を持っている事から如何しても荒事に対する防衛能力が必要となる。その結果、私たち騎士の扱いは非常に良いモノとなっている。
例えばここの休憩所にある食堂では、豪華な食事が利益度外視でほぼ食材原価と人件費のみで提供されている。街の食堂で食べる物よりも数段高価なのに値段はほとんど変わらないのだ。むしろ安いモノさえある。恐るべき事だな。
「はい、次の方どうぞ~」
「Bランチセットを頼む」
「Bランチセットをお一つですね?お飲み物は如何なさいますか?」
私の順番が回って来たので決めておいたセットを頼む。Bランチセットの内容はボアのステーキとパン、コーンポタージュだ。値段は800エルとリーズナブル。勿論、味も良く絶品だ。
あとはそれに飲み物がついてくるのだが……。
「……麦茶だ」
ここの食堂は美味しくて素晴らしいが一つだけよくないところがある。いや、良い点でもあるのだが、聊か品数が多いのだ。これでは迷ってしまう。
それは飲み物にも言える事で、流石に昼間から酒を飲む者は少ないが居ない訳でも無いのでワインや麦酒なども置いているし、炭酸飲料という如何やって作ったのかと聞きたくなるような謎の品物まである。
ただ、今日はやはり麦茶だ。ステーキを食べるのだからそれに合う、後味のさっぱりしたものを選ぶべきだろう。
「畏まりました。Bランチお一つです!飲み物は麦茶です!」
「あいよー!!」
「お待たせしました。合計で800エルになります」
私は支払いを終え。品が作り終わるのを待つ。
……そう言えば先程の売り子は見ない顔だったな。あまりにも丁寧な接客で違和感を殆ど感じなかったが新しいメイド見習いか何かだろうか?
ふむ、だが見た目からして人間ではないだろうな。あれが人間だとするならば明らかな子供であった。それこそ5、6歳くらいだ。その年であの接客が出来るなどありえん。となると長命種の何れかか、小人族やドワーフ族辺りだろうか?
謎だな。そう思って売り場を見てみると既にその売り子の姿は無く、見慣れた売り子が立っていたのだった。厨房を覗いて見ても少女の姿は無い。
本当にあの売り子が謎で終わった事に思わず私は噴き出しそうになるのだった。
◆ ◇ ◆
午後から行われる訓練には実践的なモノが多い。例えば模擬戦だが、集団戦闘、乱闘、個人戦闘と盛りだくさんだ。他にも障害走破訓練や護衛の模擬などもある。
どの訓練も身になる素晴らしいモノばかりなのだ。
……だからこそ、午前の対魔物訓練がつまらないのだが、まあそれは今愚痴っていても仕方ないな。
「――今日は見学者がいるが気張らず何時も通りの最高のパフォーマンスを発揮してくれ。ちなみに見学のお方の名前はある方の意思により明かせない事になっている。深くは聞くな」
ん?見学者?
思わずあり得ないという言葉が口から出そうになる。
ノートネス家の騎士団は規模が大きい故に機密も多いのだ。他家には明かせぬ様なユニークスキルを持つ者が幾人もいる。私もその一人だ。
だからこそ、それがどれだけ異常な事か分かる。という事はだ。今日見学に来ているのはノートネス家でも逆らえない王家の人間か身内の人間という事になる。
……まあ、身内という可能性が妥当だろうな。
「質問が!」
班長騎士の一人が手を挙げる。
よく、あの団長に質問しようと思うモノだな。
団長の怖さを身を持って知っている私は思わずその班長を凝視してしまう。
「何だ?」
「その方は何処にいらっしゃるのでしょうか?」
団長に対して恐れを知らぬその物言いに何人かの騎士の胃がキリキリ痛み始める。
「深くは聞くなといったはずだが?」
「ですが流れ弾が飛ぶ恐れが……」
「ふむ、そうだな」
団長は顎に手を当てる。
……あの、団長が部下の騎士の言葉を鵜呑みにする?……ないな。
それにあの顔は何か悪戯を企んでいる顔だな。
「よし、お前前に出ろ」
「はっ!」
「今から私がお前に向かって≪豪炎砲≫を放つ。止めてみせよ」
「はっ!……はっ?」
……はっ?団長の≪豪炎砲≫なんか受けたら死ぬぞ!?
突然言われた班長騎士なんてあまりの事態にあれは絶対に頭の中が真っ白になっている!!
「では
業火よ荒ぶれ、焼き尽くせ!≪豪炎砲≫!!」
「りゅ、隆起し壁と成せ!≪アースウォール≫」
火属性の上位属性にあたる炎属性の中級魔法を途轍もない速度で放つ団長。
あんなもの班長騎士によって辛うじて張られた程度の土属性中級魔法では防げるはずがない。
私は次の瞬間の惨事予期して今すぐにでも目を背けたくなった。だが、戦場で目を逸らすのは自殺行為という染みついた考えが離れず眼を瞑れずにいた。
「う、うわあああああああああ!!」
「……何やってるのですか。私は確かに適当に対処してくださいとは言いましたがコレは無いでしょう。コレは」
気がつけば班長騎士の前に一人の幼な子が立っていた。
「はっはっはっは!流石でございますな!ですが、貴女程のお方であれば姿を現さずとも止められたのではありませんか?」
「そんな事をしても貴方が途中で魔法を無効化したとしか捉えられませんわ……。全くどうしてこのような事に……」
……なんというか凄く不憫なのだが。
おや?そう言えばあの子はさっき食堂に居た子だろうか?
それにしても突如現れた様に見えたのだが如何やったのだろう?
「はぁ、もうバレてしまったのなら仕方ありません。初めまして皆様。今日は突然の見学の申し出を受けて頂きありがとうございます。私はルナルティア・ノートネスと申します。この度、辺境伯爵領から魔法学校の入学に際してこちらへ参りました。今日の見学の目的は辺境伯爵領と同じ様にこちらでも騎士団の方と訓練ができるかどうかの下見といった所です」
「そう言う訳だ。お前達。ルナ様は今見た様にかなりの実力者だ。体術は見せて貰った事が無いので如何とも言えんが魔法に関してならばお前達よりも優れた腕を持っておられるだろう。それだけでなくこのお歳で複数のユニークスキルを取得されている才能の塊のようなお方だ。お前達もルナ様に負けぬよう存分に励む様に。それと、ルナ様先程は申し訳ありませんでした」
あの、団長が頭を下げた、だと!?
少なくとも驚いたのは私だけではない筈だ。少し騎士団に滞在していれば団長の性格が完全な実力主義だという事が分かる。その団長が頭を下げるという事はあの少女の実力をそれだけ認めているという事だ。
というか、今までで団長が下手に出たのを見たのはノートネス辺境伯、リステル様、フローリア様位だぞ。つまり、それだけの実力者という事か。そうか……。
「いえいえ、構いませんよ。あ、でもどうしてもというなら最近武器を新しいものに換えたのでそれの練習に付き合っては頂けませんか」
うわ、遠回しな命令だな。
やはり貴族というモノは面倒くさいな。
勿論そんな事は思っても絶対に口に出すつもりはない。
「ええ、私で宜しければお付き合いいたしますとも」
「まあ、ありがとうございます♪それと、出来れば他にも何人かお付き合いして頂ければ嬉しいのですが……」
「分かりました。……そうだな。第二班はこのあと私とルナ様に付き合え」
「はっ、畏まりました!」
班長よ如何か断ってはくれないだろうか。
途轍もなく嫌な予感しかしないぞ。
今日が間違い無く厄日になると悟った私は空を見上げた。
……訓練場の天井が見えただけだった。
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