閑話 冒険者の少年少女 3


 佳夜は途中で挟んだ休憩の時に頼んだ安物の葡萄酒で喉を潤しながら、シャルルの話を反芻する。

 彼の話を要約するとこんな感じだ。


 いつもの様に家の庭で魔法の練習をしているといきなり襲われた。

 その時、シャルルの家族は外出中で、彼は一人善戦するも徐々に押されて森に逃げ込んだ。逃げ込んだ森の中で足をやられ、体力も底を尽き、殺される寸前のところで【女教皇】が止めに入った。

 そして【女教皇】が刺客に一言二言告げると刺客達は去っていった。

 シャルルはそこで緊張の糸が切れ気絶し、目が覚めると家のベッドの上で辺りには誰もいなかったと。


「……全く持って狙ったようなタイミングだな。流石≪未来予知≫」

「何か言いましたか?」

「いや、気にしなくていいぞ」


 それにしてもと佳夜は疑問を抱く。


「そんなに敵は強かったのか?見る限り君結構強いよな?」


 密かに<管理神の祝福>で調べてみても94とレベルはかなり高い。

 この世界でのレベルはあくまで経験をどれだけ積んだかの値なので能力値に直結はしないが、それでもレベルが高ければ何れかの能力値が伸びているのが常だ。


 ルナの場合は<管理神の書斎>で過ごした分の経験がボーナス値として初期ステータスに加算されている為、MPやMIND、INTなどの値が常識外な数値となってしまっているが、それを除いてみればそこそこ良好なあがり方程度となっている。


 別の例を挙げればフローリアなどは騎士として体を鍛え、魔法の鍛練を積み重ね続けてきた為に身体能力系、魔法系の能力値は異常な数値を叩き出している。ただ、勉強は余りせず、応用の練習を積まなかった為にINT等の知力系数値やTEC等の技術系数値はあまり高くない。

 逆にミラ等の転生者は科学的知識を有している為、INT値が高く、それらによってTEC等の応用力も強い。ただ、未知の技術である魔法に走り易く身体能力が低い事も多い。

 兎に角、ステータスを見る時にレベルは指針となるが絶対ではないという事だ。


 本題に戻るとして、シャルルの能力値は佳夜が見るに異様な程に高い数値を有しており、佳夜としては彼がそこらの暗殺者程度に負ける様には思えないのだ。


 まずHPの値が1,000を超えている。これが既に異常だ。

 運動もそこそこしていてLV200を超えているルナでも未だにHPは1,000を超えていない。LV261のフローリアで漸く1,700だ。LV100も超えていない内にHPが1,000を超えるというのがどれだけ異常か理解して貰えただろうか?


 次にST(スタミナ)がヤバい。

 こちらも1,000を超えているのだ。STの値は大体HPの値と同等と言われており、事実そのパターンが多い。ちなみにルナは920ST、フローリアは1,690ST、ミラは640STだ。シャルルは1,040STと化物級である。


 最後にDEFとMDEFが兎に角やばい。

 両方1,400を超えている。この値はDEFが物理攻撃を受けた時の減衰量、MDEFが魔法を受けた時のダメージ減衰量だ。

 ルナはまずあまり攻撃を喰らわない為にDEF1,040、MDEF820と低めだが、ルナとの特訓で鍛えられているフローリアでもDEF1,720、MDEF2,140だ。これが異常でなければなんだというのか。


 肉体面の能力値はルナよりも二、三段階高いとみて間違いないだろう。

 これで勝てない敵と戦わなければいけない可能性があるのだ。佳夜としては是が非でも敵の、暗殺者の情報を聞き出しておかなければならない。


「あー、その頃はそこまで強くなかったんですよ」

「ふーん。突然だけど誕生日は?」

「1月27日です」


 成程、この異常に高いステータスは大罪者スキルの影響っぽいな。

 <管理神の祝福>の結果に7歳と表示されているからほぼ間違いないだろう。


「うん、もういい。何となくわかったから」

「何を!?ですか……?」


 そこはかとない後付けの敬語に佳夜は苦笑いになる。


「めんどいから敬語じゃなくても良いぞ」

「えっと、そうかな?じゃあ、まあ。わかり……わかった」

「くくっ、敬語根づいてんなぁ。おい」


 完全に悪役の様な笑い方である。

 更に言えば敬語も女言葉も、女性的な身振りも全て佳夜の方がより深く根付いているだろう。上手く隠したり、誤魔化したりしているが≪演技≫や≪虚飾の仮面≫のスキルが無いとすぐにぼろが出るのは間違いない。


「と、まあ冗談はこの位にして俺の方もそろそろ話そうか」


 コロコロ変わる佳夜の態度にシャルルは佳夜という人物を上手くとらえきれない様だ。

 最も既に佳夜自身も昔の自分をよく思い出せなくなってきているのだが。その所為で尚の事よくわからない人物像になっているという裏事情がある。


「あ、はい。お願いします」

「敬語。また出てんぞ」


 文字通りのあっという顔だ。

 佳夜はその表情を楽しそうに眺めている。ちなみにだが流石に飲食店では理由が無い限りフードを取って気配を消している。今回は一度見せたしもういいかという思いで外したままでいる様だ。


「そうだなぁ……まあ、簡潔に話すと、秋の神事中に知り合いがとんでもない速度で神殿から飛び出してくるのを見かけて、声を掛けたら妹が攫われたと助けを求めて来たので先行して敵を撃破。そこから情報を聞き出した後に刺客は全員処分した。

 んで、知り合いとその妹を連れてそいつらの護衛の下まで送った」


 知り合いというのは言うまでも無くルナの事である。

 これで二人が存在しているところ――片方は≪虚構の現身≫――でも見せれば完全な別人として認識されるだろう。まあ、佳夜とルナは似ても似つかないので、それこそミラぐらいしか気づかないだろうが念には念を、という事だ。


「……処分ですか」

「情けなんか掛けんなよ。無差別に殺せばいいって訳じゃないが、殺さない方がいいという世界じゃないんだ。対象はちゃんと選定する様にした方がいいぞ。

 そして如何しても殺したくない時はその相手に姿も見せず、痕跡さえ残らない様にしてそこを離れるべきだな。つまり一切関わらない。まあ、これは人生の先輩からの忠告みたいなものだから頭の片隅に置いといて必要な時に思い出せる程度で覚えておくといいさ」


 人生の先輩と言ってもルナの年齢を考えれば2ヶ月ぐらいしか変わらないのだが、そこは突っ込んではいけないところだろう。


「冷酷ですね……」

「大事なモノを守るにはそれくらい必要なんだよ」

「そうですか」


 シャルルの態度が少し冷たくなったのに気づきながらも佳夜は意図的にそれを無視して話を続ける。


「後は最近の事だが王都にあった依頼を受けている暗殺者ギルドそのものを潰した。だから、まあ。もう暗殺者に怯える必要はないと思うぞ……と言いたい所なんだが、残念な事に依頼主は潰せてない」

「依頼主まで辿り着いたんですか!?」


 佳夜からすればノートネス家の方で辿り着けない事に同格の辺境伯爵家であるサウィス家が辿り着けないのかった事は別に不思議ではない。

 だが、その事を知らない彼からすれば佳夜はサウィス辺境伯爵家でも辿り着けなかった事に一人で辿り着いた事になったのだ。というか事実その通りなので間違いはない。

 最も佳夜はその事をその程度・・・・の事と切って捨てているので、何をそこまで驚いているのがよく分からない状況なのだが。


「ん。まあ。ちなみに依頼主は帝国だったぞ。個人だったら報復に走ったんだが、流石に国を亡ぼすのはめんどいからなぁ。特に後始末が」

「国を亡ぼすのがめんどいで済むって……。もう、この人やだあ」


 佳夜も流石に【カミルミ】にいる使役獣たちの戦力がおかしい事は理解しているので苦笑いを浮かべている。


「俺はそこそこ強いけどそこそこ程度だからな。ステータスも身体能力だけなら君にも負けてるしな。まあ、その分|技能(スキル)で補ってるんだけどね。なにより強い仲間がいるんだよ」

「仲間ですか?」

「ああ、数だけで帝国を一つ裕に潰せる程度の戦力は揃えられるぞ。まあ、何度も言うが俺本人はそこそこ強い程度なんだけどな」


 謙遜である。やろうと思えば佳夜一人でも帝国を崩壊させることは可能だろう。

 全力で城目掛けて魔法を放てばそれだけで国は亡ぶ。最も余波で帝都全体が滅ぶだろうが。佳夜も流石に罪のない一般市民の大量殺戮殺などしたくはないのでそんな事をするつもりは無い。

 そうすると如何しても数でのごり押しか潜入暗殺が確実で一番、被害を抑えられる案となるのだ。


「っと。いい時間だしそろそろ行くか」

「えっと、何処に?」

「おい。忘れたのかよ。今日の目的は依頼だろ」

「あ、そうでした」

「本当に忘れてたのかよ……。まあ、いいやここは俺が持ってやるからさっさと行くぞ」


 日本人らしく遠慮するシャルルを無視して佳夜は銀貨一枚(一万エル)を置いて店を出るのだった。

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