第8話 懐かしの……


 さてと、買う物買ったし次に行くか。

 思いの外、時間食ったしさっさとその疾風ってお店に行ってしまおう。


「いざ、出発です!」

「おー!」


 となりから快活なスフィアさんの声が聞こえてくる。

 ……あの、何で居るんですか?

 俺はジトッとした視線で問いかける。


「うっ、そんなに睨まないでください。ただ私は見つけにくい場所にあるから折角なら一緒に行こうと思っただけなんです」

「本音は?」


 少し低い声音で問いかける。


「折角、若い子には珍しい裁縫談議が出来そうなルナちゃんと仲良く食事がしたかったんです……」


 まあ、確かにスフィアさんの年齢――15歳くらいかな?――で裁縫が趣味の子は少ないだろう。理由としてはもっともらしいモノに感じる。

 それでも俺は、スフィアさんが言い終わって黙っても、じっと見つめ続ける。


「ううっ、あわよくばお得意様になってくれればいいなって思いました!ごめんなさい!」

「ふふ、ようやく本音の中の本音まで語ってくれましたね。ありがとうございます。私もスフィアさんと仲良くなりたいと思っていたので一緒に食事に行きましょうか」


 俺の言葉にスフィアさんは驚いた顔を浮かべる。軽蔑するとでも思ったのだろうか?

 むしろ俺は商売根性旺盛で良い事だと思ったけどな。

 しょうがないと苦笑しながら俺は、今度は自分から仕掛ける事にする。


「仲良くしてくれますよね?」

「はい!」


 スフィアさんは元気に返事する。

 そして、俺の手を取った。突然の行動に俺は一瞬硬直する。


「じゃあ、行きましょう!」


 やっべ、こんな所ミラに見られたら間違いなく殺されるわぁ。

 幸いミラは王都に居ないので見られる可能性は0なのだが人伝に伝わったりしかね無くて怖い。近所付き合いはミラの得意技だからな。正直、奥さんネットワークほど怖いモノは無い。浮気とか絶対にバレる。そう言えば、斜向かいのおじさんがよく奥さんに干されてたなー。物理的に、物干し竿で。懐かしい。

 そんな訳で、俺はどうにかしてスフィアさんの手から抜け出さないといけない。物理的に払うのが一番楽なんだろうが……ただなぁ、ココで手を払ったらさっきの友達宣言何処行った?って話だからなぁ。よし、諦めるか。



 仲良く手を繋ぎながら辿り着いたのは例の『疾風』というお店。

 何のお店なのかを道中でスフィアさんに聞いてみた所、何とラーメン屋と判明した。と言うかスフィアさん!?何、お嬢様相手にこんなお店紹介してるの!?

 頬の引き攣りを感じながらも俺は暖簾を潜る。


 お客さんは予想より少なく、内装は小奇麗だった。新築かな?


「らっしゃっせー!」


 厨房から気合が入っているのか入っていないのかよく分からない声が聞こえる。恐らく気合は入っている……と思う。

 スフィアさんと二人で適当に奥の方のテーブル席を選んで座る。

 そこで俺は目を疑った。


 箸だ!箸がある!


「あの、スフィアさんコチラは?」

「ん?ああ、これはですねー!オハシと言って食器の一つなんです」

「これが、食器ですか……」


 いや、知ってるんだけどね。

 一応、確認の為にも聞いておいた。転生者か転移者辺りから広まったんだろうなー。


「ご注文は決まりましたかー?」


 店員さんがこっちに来て注文を取ろうとするが、当然まだ決まっていないので少し待って貰う。

 俺はメニューを手に取り軽く流し読みした後、店員さんに声を掛けた。


「あの、コチラは如何いったモノなのでしょうか?」

「はいはい、こちらですねー。えー、こちらはらーめんといってスープに細い麺を入れたものですね。面にスープが絡まってすげー美味いんですよ。自信を持ってお勧めできる一品っすね」


 相当ラーメンに思い入れがあるのか、最後の方は素が出ていた。まあ、ラーメンって美味しいからやみつきになるのも仕方ないか。

 さてと、味はどうするかな……。スタンダードに塩か、個人的に一番好きな醤油。あとはコッテリ系で豚骨、白湯辺りか?

 ただなぁ、豚骨ラーメンを食べるルナ。無いな。絵面が悪すぎる。あと、太りそうで怖いし。ダイエットは絶対に嫌だ。こっちはココがあたりの店だった場合、佳夜の姿で改めて訪問しよう。

 ああ、野菜たっぷりラーメンなんてのもあるのか……悩むなー。


「決めました!私、今日は豚骨らーめんにします!」


 スフィアさんは豚骨ラーメンにした様だ。くっそ、羨ましくなんかないんだからね!

 うーむ、俺の思うルナ像にツンデレは合わない気がする。今のやっぱ無しで。


 俺は再びメニューとにらめっこを始める。うーん、悩むなぁ。


 ……。


 よし、決めた。


「私はしょうゆらーめん?に致します」


 塩も良いけどやっぱり好物には敵わなかったよ。


 少しの間、俺達は他愛も無い話をしながらラーメンが来るのを待つ。

 話の内容は今俺の着ているロングコートの話や、着けている小物――黒百合と青薔薇のコサージュや黒薔薇と白百合のカチューシャ、白雪の結晶型ネックレスなど――の話だ。

 特にこの小物三点を俺は気に入っているのでよくつけている。ロングコートは黒を基調に白と灰のラインを入れたモノが現在のお気に入りだ。大きめの白いボタンが特徴的で耐熱性は当然の様に抜群である。中には赤魔力で作り上げたシャツを着ているので保温性もある。


「ねぇねぇルナちゃん。そのフード被ってみてください!」


 確かにコートにはフードが付いている。

 だが、これには実は問題があったりするのだ。

 それが何かと言うと、髪である。長い青髪を俺は外に出しているので、フードを被ろうと思うと、わざわざ髪を纏めてポニーテイル状にしてからでないと被る事ができないのだ。

 仕方が無いので私はクルクルっと髪を巻きフードに入れる。そしてそのフードを自分で被った。


「こう、でしょうか?」

「うーん……やっぱりフードがボコッとしてるとなんかなぁ……」

「分かります。何か違和感がありますよね」

「うんうん」


 面倒だが、仕方ないので髪を解いて服の中にしまう。

 あとは首を左右に振り丁度良い量の髪を首元から出せば完璧だ。コレをしないと肌に髪が張り付いてやな感じになるんだよなぁ。髪が長いのも考え物だな。

 俺はもう一度フードを被りスフィアさんに向き直る。


「うん、バッチリ!顔もいい具合に隠れてます」

「ふふ、良かったです。ちなみにこちらからはしっかりとフード越しに姿が見えてるので、人とぶつかったりという問題はありませんよ」

「ほえー、すごいですねー」


 まあ、コート全部が魔力で出来てるからこそ出来る応用技だな。

 他にも色々と小技はあるが今は置いておく事にする。その時、その時で小出しすれば問題ないしね。


 丁度、話のキリが付いた所で、ラーメン皿を二つ乗っけたトレーを持ってこちらに来る店員さんが目に入った。


「おまたせしましたー。こちら醤油らーめんと、豚骨らーめんになりまーす」

「あ、来ましたね」

「みたいですね」

「全部でお会計2,600エルです」


 料金は割とお高めである。

 ちなみに金額は醤油1,250エルの豚骨1,350エルだ。ここは貴族らしいところを見せる為に俺がさっと払う。スフィアさんがもたついて財布を出すよりも俺が<ステータス>の所持金欄から取り出した方がはるかに早い。

 自分が払うと言い張るスフィアさんを手で制して強引に俺が払った。少しぐらいは格好つけさせてほしい。こんなのでも一応貴族なのだ。しかも、辺境伯爵。地位だけでいえば侯爵と同等である。


「それじゃ、食べましょうか」

「はい、そうですね!」


 元の世界を思い出すような場所に来た所為か、つい手を合わせそうになったり、いただきますと言いそうになったりしたが、根性で押さえつけた。

 あと余談だが、自分が払うと言い張るスフィアさんを抑える時に「早くしないと麺が伸びますよ」と言いかけたのは気が緩んでいる証拠だ。初めてラーメンという食べ物を見る俺がそんな特徴知ってる訳無いのだからそれは失言以外の何物でもない。


 先にラーメンに手を着けたのはスフィアさん。俺は箸を持つスフィアさんの手をじっと見つめている。ちなみに箸の持ち方は壁にマニュアルが貼ってあった。

 俺はそれを見てようやく持ち方を理解したかのように振る舞う。そして、若干持ち慣れていない感を出しながら箸で麺を持ち上げた。


――はむはむ。

――ずずずずず

――はむはむはむ。

――ずずずずずずー

――はむはむはむはむ。

――ずずずずずずずずーー


 麺とスープを啜っているのは俺では無くスフィアさんである。

 途中敢えてそれに突っ込んでみると、「この食べ物らーめんはこの食べ方が正しいのだ」と講釈を垂れられた。思わず「知ったかぶりの外国人かっ!」と突っ込みかけたのは秘密である。

 当然、淑女(笑)である俺としてはその様な作法は看過できないので丁重にお断りした。レンゲでスープを飲む時に音が出そうになって焦ったのも秘密だ。

 あと、わざわざ拙い感じで箸を操っていたので、汁が跳ねない様に注意するのが一苦労だった。


「ぷっはー。美味しかったです!」

「ふふ、そうですね。ホントに美味しかったです。よかったらまた一緒に行きましょうか?」


 折角できた友達なのでこの関係を是非ともキープしていきたいと思う。

 人脈は枷にもなるが、力にもなるのだ。ある程度纏まったお金が手に入ったら、スフィアさんに高品質の布を何処かから探してきて貰うってのもいいかもしれないな。


「はい、是非!」


 俺はそのままスフィアさんを服屋まで送って帰り、もう一度再会の約束をして別れたのだった。

 その様子を見ていたご近所さんが、「これじゃどっちが年上か分からないねぇ」と呟いていたのを聞いていた者はいない。と思いたい。スフィアさんの名誉の為にも。ちなみに俺の耳にはしっかり届いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る