返礼編

第1話 プロローグ


 その日、俺はかつてない絶望を味わった。


「ぅっぷ……」


 今俺は部屋の隅っこにあるベッドの上で縮こまりプルプルと震えている。

 そして、護衛としてついて来てくれたゼノ達三人組も扉の前で青い顔をして小刻みに震えていた。


「もう、無理っす……」

「おい、諦めるな!」


 床に突っ伏したorz状態のリノスを叱咤するテーゼ。

 お願いします。お二人共、頭に響くので静かにしていてください。


「うぅ、何故私がこんな目にぃ……≪エクストラ・キュアヒーリング≫ぅ……」


 思わず泣き言が溢れてしまうのも仕方ないと思えるほどの最悪な状況下。

 それは今俺がいる場所に理由がある。

 そう。ここは、空の上なのである。


 この世界には風と火の魔石で空を飛ぶ事ができる魔導船などと言うとんでもな乗り物が存在しているのだ。

 そして俺はそれに乗船している訳だが。端的に言って酔う。激しく酔うのだ。

 それはもう、立っていられなくなるレベルで。移動速度は確かに早い。だが、この乗員への配慮の無さはいかがなモノか。


 今にして思う。何故こっちを選んだ!! と。過去の自分を殴りたい!


 事の発端は三週間前の事だ。

 お父様に呼び出された何も知らない俺は、このような質問を投げかけられた。


『おい、ルティア。学園入学に必要な手続きは済ませておいた。あとは移動方法だが、馬車と魔導船何方がいい?』

『魔導船ですか?あの物語などでよく出てくる空飛ぶ船ですよね?』

『ああ、そうだ』


 ここで、あの糞爺はニヤリと微笑んでサラッと嘘を吐いた。


『ああ、その空飛ぶ船だ。魔導船は良いぞ。王都にすぐつく』

『凄いですわ!私、魔導船に乗ってみたいです!』


 魔導船に猛烈な興味が沸いた俺はキャッキャッと喜びながらぶりっ子する。

 そして、あっさりと許可は出た。


『ああ、いいぞ。手配は俺の方でやっておいてやる。出発は三週間後くらいでいいな』

『はい!』


 結論から言おう。

 確かに早さは一級品だ。馬車で一か月かかる王都に一日で着くのは相当なものだろう。

 だが、しかーし!!こんなもん一日も耐えられるかっ!!死ぬわボケェええええええええ!!!

 状態異常継続治癒の魔法。≪エクストラ・キュアヒーリング≫使ってこれだぞ!?

 治った端から再度状態異常に掛かるって何の嫌がらせ!?ねぇ、これなんて拷問!?

 そろそろ耐性スキルゲットしてもいいんじゃありませんかねぇ!?ねえ!?ねえ!?



――ここから、数十分ほど口汚い心情が吐露され続けております。あまりにも辛辣過ぎてドン引きしたり、狂気に陥ったり、病んでしまったりする方が続出すると思われますので、しばらくお待ちください。――



 ……ふぅ、少し落ち着きましたわ。じゃない。こほん、落ち着いた。


「お嬢様、昼食らしいのですが、どうしますか?」

「無理です。今、食べたら悲惨な事になるのが目に見えます」

「ですね。そう言う訳ですから行くなら男二人で行ってきてください」


 テーゼの質問に断固とした拒否の意思を見せる。こんな状態で食べたらすぐにリバースするのは目に見えている。正直に言うと二人にも行かないで貰いたい。

 ああ、そして『男二人』と自分がその中にカウントされていない事に何の疑問も浮かばなくなってしまった自分が悲しい。

 ああ、やはり私はもう汚れてしまったのですね。しくしく。


 さて、冗談はこれくらいにして。


「テーゼ、私は三時間ほど船の中を見て回ってきます」

「分かりました。お付き合いします」

「いえ、一人で行かせて下さい」

「駄目です」


 ですよねー。仕方ない。


「では、勝手に抜け出させて貰います」

「え?」


 黒魔力で自分を包み。テーゼには作り出した≪虚構の現身≫を俺と勘違いしやすくなる≪幻術≫を掛ける。何方かと言うと暗示に近い使い方の為、≪催眠術≫も併用して効果を上げておいた。


「ごめんなさいね、テーゼ。貴女の犠牲は無駄にはしません」


 俺は≪虚構の現身≫で生み出した自分の影を置いてそっと部屋を抜け出した。

 テーゼに掛けた≪幻術≫は恐らく丸一日は持つだろう。あとは、食堂にいる二人にも≪幻術≫を掛ければ、今日はずっと自由時間にあてられる!

 ふっふっふっ、こんな所からはおさらばだ!俺は【カミルミ】に逃げる!


 こうして、俺の隠密作戦は始まった。



     ◆  ◇  ◆



 少ししてルナの姿は食堂にあった。


「ターゲット発見。両名ともに食堂で食事中。気を張っているようだが、私の前では塵に等しい!」


 とても、ノリノリであった。


 二人の姿を捉えたルナは早速≪幻術≫を発動する。


――掛かった。


 ルナは手応えを感じてほくそ笑む。そして、その場からスッと姿を消した。




 次にルナが現れたのは制御室だった。

 定番の監視カメラの様な物があれば確認しておきたかったからだ。理由は自分が同じ様なモノを作った時に配置場所などの参考になるかも知れないからだ。

 もっとも、気分が完全に物見雄山である事に違いはなかった。


「ほへー、意外と広いな」


 ルナは思っていたより物がなく、意外と活動スペースに余裕があった事に関心の声を上げる。注目点がずれているのはご愛敬だ。

 出した声は当然≪静寂空間サイレントフィールド≫の魔法で遮音しているので警備員に気付かれた様子は無い。

 ルナはこの様子なら黒魔力の隠蔽だけでどうにか出来たかもしれないと思ったものの、他の魔法やスキルを解くような事はしなかった。

 なんだかんだ言いつつも慎重なルナであった。




 次にルナは機関室に来ていた。

 目的は動力源と機構――つまりは魔法陣だ。

 機関室をうろちょろしていると何となくだが全体像が把握できて来る。それに伴いマップが表示された。

 機関室もルナが思っていたより広いらしい。一フロア丸々占領しているとは夢にも思わなかった。


「うーん、暑い」


 そんな台詞がルナの口から溢れる。

 どうやら辺りの機器が熱を発している様だ。実際、ルナは知らないが機関室の気温は35℃近くある。それで熱く無い訳が無い。

 ルナは着ているカーディガンを脱ぎ、青魔力で≪聖涼せいりょうのワンピース≫を形作る。


「これで、よしっと」


 青属性の≪聖涼せいりょうのワンピース≫には冷却効果がある。その為、夏場や機関室の様な暑い場所に適した装備なのだ。

 ついでに履いていた靴もインベントリへとしまい込み≪蒼きガラスの靴≫に履き替える。これで、さらに涼しさアップだ。

 そうして、ヒンヤリとした冷たさに全身を包まれたルナは満足そうに一度頷いた後、探索を再開した。



 ルナが歩くのを再開して十分ほど経った頃、ようやく心臓部と思わしき部屋を見つける事が出来た。

 そこには円柱状の機械があり、その中心部にある何かから魔力を汲み出している。やはりこれが動力源らしい。

 ルナは中の様子が見えない事に少し不満を覚え<管理神の祝福>を発動する。



<魔力炉>

・魔力の練成を行う機関。それと共に蓄積も行っている。長い間、整備が行われておらず劣化が見られる。

・総蓄積魔力残量:1,785,443

・未抽出魔力残量:145,812

・全体練成率:42%

レア度:12

品質:E



 新しく増えた評価値のレア度と品質だが、何方も文字通りの意味で捻りは無い。ただ、指標になる為、非常にありがたい機能である。

 ちなみにこの評価は魔法などにも発動できるのは確認済みだ。

 

 そして、レア度の値だが。大雑把に分けるとこんな感じになる。


 1~3が普通。何処にでもある。

 4~6がレア。偶に見かける。

 7~9が激レア。非情に珍しい。

 10~12がレジェンド。伝説に出てくるような物。

 13~15がゴッズ。神話に出てくるような物。

 

 これより上は未だに見た事が無い。

 ちなみにルナがレジェンドを見たのは今回で2回目だ。1度目はフローリアの持っている剣がそうであった。

 そして、気になるゴッズはルナの持つ[特一級ステータスカード]がそうであった。レア度13。まごう事無きゴッズである。


 品質は最低評価や最高評価をなど評価不可なモノを除いた規定内での評価で表され、Iから始まりSで完結する。それ以外となると全て『―』評価になる。これまた[特一級ステータスカード]は『―』表示であった。

 恐らく最高の方での評価不可だろう。


 まあ、そんな訳でこの魔力炉のレア度を見るに完成時の品質はAくらいだと予想される。

 それが、Eまで落ちているという事は相当な間、手入れせず放置してきたのだろう。寧ろ、未だ形を保ち続けているこの魔力炉が凄いのかもしれない。

 ルナは少し憐れむような視線を向けた後、その場を離れた。もう、用は無いからだ。

 本当なら少しでも手入れしていきたい所だが、下手に手入れして騒ぎになるのも困るのだ。だから、今回ルナは素直に自重する事にした。

 ただ、ほんの少し思う。


「落ちるなら今回以外にしてくれよ」


 何とも無責任な事を宣ってルナは完全にその場を辞した。

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