第21話 秋の神事 2
集められた七歳の子供達はまず最初に今日の予定を説明された。
次に短縮したリハーサルを行う。
あとは簡単な態勢の説明だけがなされた。祈りの
「それでは、そろそろ時間ですので皆さん移動をお願いします」
そう言ったのは春の神事で代表を務めていた神父のディゾートだ。
俺達は彼の指示に従い廊下を進む。
ちなみに先頭は当然の様に俺に決まった。あれよあれよという間に俺は半強制的に先頭扱いになっていた。如何やらコレは俺がノートネス伯爵家の一員だかららしい。
明らかに親に何か言われたであろう子供達が寄って来てそれはもう非常に……言い方が悪いけどウザかった。空き時間は以前買った本を読んでおくつもりだったのに……
そういう場面でも普段の評価からにこやかに対応しなければいけないという面倒くささ。俺は本日二度目の後悔に苛まれるのだった。
講堂の扉が開かれる。
俺たちはそこに静かに入場していく。
そこで、何故か感嘆の声が漏れた。
(え、何?)
俺は感情を表情に出さない様に気を付けつつ膝を着いて祈りの態勢を取る。初めの少しの間だが数分間この態勢で居るのは意外に辛い。
少しして声が静まると神父さんが入場してきた。
「これより、秋の神事を開始いたします。
ええ、本日のような良き日にお集まり頂き……」
長い……
そこからは、ただただその感情が募っていった。
態勢を崩していい時間が来るのは意外に早かったが、そこからの神父さんの話がひたすらに長い。マジで長かった。
時間にして約二時間。
終わりの頃にはお喋りをしている者、舟を漕いでいる者、焦点の合わない瞳で神父を見つめる者、完全に体育座りで寝入っている者と様々な反応だった。何れにしろほぼ全員が限界だった。
ちなみに俺が焦点の合わない瞳で神父を見つめる者だ。ずっと、拡張現実のディスプレイを見つめていた。
途中何度か首が痛くなって無詠唱で凝りを解したが、それ以外には殆ど微動だにしなかった自信がある。
もっとも、身じろぎを殆どしなかった事で人形姫などという新しい渾名が市街で広まったとか広まって無いとか……。本人は広まらない事を期待しています。
「――……です。これにて1229年秋の部の神事を終了いたします」
――パチパチパチパチ!!
拍手が鳴り響き、静まった所で神父さんは一礼して立ち去って行った。俺達も続く様に客席に一礼してから退場していく。
胸元に軽く手を添え無礼にならない様に気を付けつつ腰をほんの少し折る。
また何故か会場がわっと沸いた。背筋に冷たい感覚が走る。
さっと眼だけ動かして客席を探るとミラがうっとりした顔でこちらを見ていた。
――あいつ、覚えてろよ。
ミラの所為で危うく粗相しそうになった。
俺は顔を上げる時に微笑みを一つ客席に送って退場する。
その時にミラの頬が引き攣っていたのを視界の端に僅かに捉えた。他の見物人達は悪い意味で捉えていないのもその時に同時に確認済みである。
「ふぅ……」
扉を出てから誰もいないのを確認して息を吐いた。
緊張で張りつめていた訳では無いが、こういった式典の場ではどうしても肩が凝る。
「お待たせしました」
「――っ!?」
いきなり声を掛けられた事で驚きの余り肩が跳ねた。
「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫ですわ。ディゾート様」
「はは、私のような者に様なんていいですよ」
下手をすれば無礼な物言いだが、不思議と嫌な感じはしなかった。如何やらこの人は本気でそう思っているらしい。
「では、ディゾートさんとお呼びしても?」
「光栄です」
何処か芝居がかった雰囲気に懐かしさを感じ思わず笑みが溢れた。
「――あ!?」
頭に手を置かれた。撫でる為だろう。
だが、この場でそれはやってはいけない行為だ。
「あ!しまった!ご、ごめ……すみませんでした」
俺が声を上げた事で遅れて自らの失態に気が付いた神父さんことディゾートさん。
そのディゾートさんがやらかした事とはセットした髪を崩してしまった事だ。
「い、いえ、大丈夫ですので気にしないで下さいませ。ただ、手直しはしておきたいので一度化粧室もしくは更衣室、何方も無いなら御手洗いの場所を教えて頂けませんか?」
「あ、はい!そこの道をまっすぐ行って突き当りで右に――じゃない、左に曲がって頂ければ更衣室があります」
「分かりました。では、五分程で戻りますので」
俺はそう言って一礼するとすぐに更衣室へ向けて歩き出した。
突き当りで右側を確認してみると男性用の更衣室があった。ディゾートさんの言い間違えは日常的に利用していたからこそのモノなのだろう。
左に曲がった俺は更衣室へと入室する。
「≪ライト≫」
≪ライトボール≫の様に攻撃性を持たせたりしていないただの光の球を一つ作り出す。室内が暗かったのだ。
「スイッチは……コレかな?」
四つの内、右下のスイッチを押す。残念な事に換気扇のスイッチだった。
次に右上のスイッチを押す。片側の灯りが点いた。
左上のスイッチを押す。もう片側の灯りも点り完全に明るくなった。それにしても……
「部屋汚っ……」
思わず感想が口から漏れ出た。
そこかしこに私物が置かれている。撮影機のようなモノに眼鏡、タオルにハンカチあと下着。書類なんかもある。
「って、急がないと≪魔装:
≪反射鏡≫を呼び出した俺は早速、髪形を直しにかかる。
「うぅ、べたつく……」
俺の場合、どうしても髪がさらさら過ぎてストレートか止め髪以外の髪形が作れない。その為、特殊な髪形にしようと思うと如何しても粘度の高い整髪液を使わざる負えないのだ。
そして、この時に俺は誓った。……戻ったら革新的な整髪液を開発しよう、と。
結局、急いでも自己申告した制限時間の五分をオーバーしたのは言うまでもだろう。女性のお色直しが数分で終わる訳が無いのだ。
◆ ◇ ◆
ルナが遅れた事を責める者は誰もいなかった。
まず第一に原因となったのがディゾートだという理由が一つ。この場合、責められるべきはディゾートなのだ。
次に女性陣がルナの遅れた理由をポロリと漏らしたディゾートを糾弾した結果、その苛烈さに他の男子達は圧倒されて何も言えなかったのだ。
この時、ディゾートが遅れた理由を漏らしたのがわざとなのか、それとも素で漏らしたのかを知るものはディゾートだけだった。ルナは恐らく後者ではないかと思っている。
最後にルナが領主の娘だからという一番の理由が来る。これが一番の理由なのだがそれを口に出すものは一人もいなかった。
以上の事から誰もルナを責める者はいなかったのだ。
「そ、それでは行きましょうか」
ディゾートは逃げる様に子供達を急かす。様にではなく事実逃げる為の口上だったが。
ルナ達がディゾートに連れられてきたのは分厚い扉のある部屋だった。その扉の上には緑色の灯りが点っている。
「ここからは個人の秘密保持の為、一人ずつ入って頂く事になります。中に入れば指示がありますのでそれに従って下さい」
「「「「「はーい」」」」」
返事は子供達の大合唱である。ぶっちゃけ煩い。
ルナは内心で眉を顰めた。表情には出していないものの嫌な子供である。
「では、順番にどうぞ」
順番というのは入室時の順番の事だ。つまり一番はルナという事になる。
「皆様お先に失礼いたします」
面倒な事だがこういった地道な行動が味方を増やす行動となるのだ。ルナはなんだかんだ言ってもそういう事を理解しているので一か所一か所抑えて行っている。
ルナが扉の前に立つと自動的に扉は開いた。
「自動扉か……」
ルナは誰にも聞こえない程度の声で呟く。
転生してから一度も見ていなかった機構に思わず立ち止まってしまったルナだが、よくある事の様でディゾートには微笑まれた。寧ろ変な勘繰りを受けなくて済む分、立ち止まって良かったかもしれない。
ルナは再び足を動かし扉を潜る。ある程度まで進むと自動的に扉は閉まった。
「……もしかして、閉じ込められた?」
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