第20話 秋の神事 1

 

 ルナとミラの二人部屋からは上機嫌な鼻歌が響いていた。その発生源はルナである。


「ふんふふ~ん♪」

「お姉様、今日はやけに上機嫌ですね?」

「ええ、今日は神事の日ですからね!」


 舞い上がりそうな……と言うか舞い上がっているルナはその場でくるりと回転する。それに合わせて黒色のドレスがふわりと舞った。

 それはルナの灰色――銀に近い――に空色スカイブルーを混ぜた様な薄鈍色の髪と相まって美しさを引き立てていた。

 ルナは回った時に重力に引かれた髪の重みを感じてまた随分伸びたなぁと思う。一応は≪白絶のティアラ≫で抑えている為に多少の邪魔程度で済んでいるが、このまま伸び続ければ確実に戦闘に支障が出るだろう。

 膝下まで伸びたら切ろう。内心でそのような如何でも良い事を決心したルナであった。


「あ、そう言えば……ミラ、コレ如何かしら?」


 ルナはドレスの裾を持ち上げて言う。

 何に対象にしてかが抜けた言葉だったが、ソレに気付いていたミラは素直に感想を述べる事が出来た。


「ゴシックですか。以前のドレスも好きでしたがこちらもお姉様には似合いますね!お人形さんみたいです!」


 何故かお人形さんと言う言葉を聞いた瞬間ルナの背筋に冷たいものが走った。この話題を出すと蛇が出てくる気がしたルナは自分の危機感知に従って気付かなかった事にした。


 ちなみにこのドレスはフローリアとセリルが買ってきたもので、ゴシックとでも言うのが正しいようなドレスだ。ついでに言うと特に手を加えたい点などは見当たらなかった為、そのまま表面を黒と白の魔力で覆っている。


「あはは、お人形は言い過ぎじゃないかしら?」


 冗談めかしてルナは言う。


「いえ、大丈夫ですわお姉様!私はお人形さんプレイもいけます!」

「プレイって何です!?」


 藪をつつかなくても蛇が出て来た。


「イヤー、お姉様わざわざ私の口から言わせようなんてイケズですねー」

「口調が思いっきり棒読みですわ……」


 ルナは先程のハイテンションは何処へやら、気が付けばいつもの?げんなりした顔になっていた。


「流石にミラも分かっているでしょうが、神殿ではその恥ずかしい言動を抑えて下さいね」

「モチのロンですわ!」


 古い!と言う突っ込みを入れそうになるのを堪えながら、ルナは改めて自分の今の外見を確認チェックしなおす。


「≪魔装:反射鏡アンチフルレングスミラー≫」


 鏡に映った自分を見てルナは軽くポーズを決める。少しして無性に恥ずかしくなり止めた。

 改めてルナは鏡を覗き込む。鏡には黒いゴシック風のドレスを纏った自分の姿が浮かんでいた。


 薄鈍色で独特の光沢を持った髪と瞳。真っ白い粉雪の降り積もったような肌。薄い桜色の小さな唇。

 髪は櫛を通さなくても良いぐらい引っ掛かりが無く、瞳はおっとりと言った感じではないが何処か柔らかさを感じさせる。肌はきめ細かく、口は程よい大きさで膨らんでいた。

 そしてそれらの顔のパーツは何れも素晴らしい統合性がとれており、客観的に見て相当な美少女だろうとルナは自画自賛する。


 ある程度納得がいった後にルナはミラを見る。

 黒い髪に黒い瞳。スラリと細い輪郭に程よい色合いの肌色。可愛らしく沿っている睫毛。

 何処を取っても美少女だ。髪には艶があり、瞳には黒い筈なのに明るさがある。

 そして何より本人は万人を魅了する独特の雰囲気を持っていた。当然、ルナもそれに魅せられた中の一人だ。


 ルナはベットに座っているミラの隣に腰かける。

 そして目の前に≪反射鏡≫を移動させた。


「お姉様?」


 ミラは姉の不可解な行動に首を傾げる。


「んー……似てないわね」


 ミラが崩れ落ちた。


 ……。


「ミラ?」


 ……返事が無いただの屍の様だ。ルナの脳内にそんな一文が過った。


「お姉様と私が似てないなんて……そ、そうです!目元とかそっくりじゃないですか!?」


 ガタガタ震えながら起き上がったミラは咄嗟に鏡を見てそう叫ぶ。


「えっと、あんまり似てないかなぁ」


 あまりの本気具合に若干素が混じるルナ。


「な、なら、髪は……違いますし……そう、唇とかそっくりじゃありませんか!?」

「ごめんなさい。私には唇の似てる似てないが分からないです」


 目が血走ってるミラに対して引き気味に敬語で答えるルナ。


「そ、そうだ!身長!身長とかほぼ一緒じゃありませんか!?」

「ぐはっ!?」


 ルナが一番気にしている点をミラはド・ストライクで抉り抜いた。


「……」


 ミラは突っ伏したルナを見て反応を待つ。


「うぅ……いいんですよ。別に。

 えぇ、そうですよ。私は小さいですよ。だから何だっていうんですか。ええ、身長で人の価値が決まるとでも?そんな世界は滅びればいいんです」


 その後もぶつぶつと譫言を溢すルナの肩に手を置いたミラは――


「世の中には小さいほうが好きと言う人だっていますよお姉様!」

「カハッ……」


――ルナに完全に止めを刺したのだった。



     ◆  ◇  ◆



 神事は13時から開始となる。

 それに合わせて少し早めの昼食を取った後、俺は神殿に向かった。当然の事ながら移動は馬車である。一応道は魔法で固められているので揺れは少ない。

 衝撃を抑える為に座席も柔らかな素材のモノを使ってあった。ただ、如何にも俺はその柔らかさが苦手だ。


「うーん……」

「如何かなさいましたか?」


 御者の役目をしているゼノが不思議そうに聞いてくる。


「いえ、何でもありませんわ」


 チラリと隣のミラの様子を覗いた所、ミラはそこまで気にしていなかった。気にしているのは俺だけらしい。まあ、クッションの好み何て人それぞれだしな。

 俺は気にしても仕方ないと早々に考えるのを止めた。


「そう言えば、私が奥に行っている間ミラは如何するつもり?」


 奥に行っている間というのはステータスの確認やクラスの獲得などをしている間という事だ。以前にも何度か同じ様な言い方をしていた為、全員にしっかり意味が伝わったらしく、互いに目配せを始めた。


「大体一時間ほどでしょうから、その間は分かれて行動するつもりです。

 俺がルナお嬢様の警護を、リノスとテーゼの二人がミラお嬢様を担当する事となっています」


 相変わらず堅い喋り方をするゼノさんに俺は苦笑しながらも頷きを返した。


「ありがとうございます」

「いえ、仕事ですから」

「うわー、隊長素直じゃないっすね」


 あ、馬鹿な事を言ったリノスさんがゼノさんに思いっきり殴られた。まあ、自業自得かな。


「お嬢様そろそろ着きますよ」


 リノスさんを見てざまぁ見ろという顔をしたテーゼさんが馬を寄せて告げて来た。


「はーい!」

「ええ、分かりましたわ」


 ミラは外でも軽い喋り方をする。羨ましい。

 目覚めてから初めに丁寧な喋り方をしてしまった所為で、俺は気軽にそう言った喋り方は出来ないのだ。

 以前、一度だけミラの様な喋り方をした時に本気でお母様方――フローリアお母様とセリルお母様――に心配された。いやー……あの時は本気で傷付いたね……。いいじゃんか、別に俺が一般人な喋り方しても……


「――……ナお嬢様。ルナお嬢様!」

「はい!?」


 突然名前を呼ばれた俺は声が掛かった方向を急いで振り向く。そこには俺の顔を覗き込んだテーゼさんがいた。

 危うく額をぶつけかけたが、テーゼさんの方から避けてくれたので、ぶつかる事は無かった。


「着きましたよ。ルナお嬢様」

「え!あ、ホントですね。ごめんなさい少し考え事をしていましたわ」

「気にしなくていいですよ。ほら急いで行った行った!」

「リノス!お前はお嬢様に何て口の利き方をしているんだ!!」

「うお!?」


 テーゼさんがリノスさんの横顔目掛けて拳を振るった。結構えげつない速度が出てたな……

 二人の戯れを見ながら俺は手早く準備を纏める。


「では、行ってきますね二人共。ミラ行って来るわね」

「はい!頑張って下さいお姉様!」

「ゼノは関係者席の方で待っていてください」

「了解しました」


 俺は必要な指示を出すと神殿の奥へと向かった。

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