第8話 フローリアお母様だけでなく、ミラもチートだった件


 訓練場の端でルナとフローリアは向かい合っていた。

 互いに手には木剣を握っている。


「ルナ、準備は良いか?」

「はい、お母様」

「そうか。こちらも準備は万端だ。いつでも良いぞ」


 フローリアが剣を正眼に構える姿は胴に入っていた。

 ルナは思わずその姿に見入りそうになったが、すぐに気を持ち直した。


「では、行きます」


 ルナは下段に剣を構えた。

 そこから足をグッと曲げ力を籠めるとフローリア目掛けて走り込む。


「ハッ!」


 ルナは勢いよく木剣で切り上げる。


「ふむ」


 そのルナの一撃をフローリアはいとも容易く打ち払った。

 結果、ルナの身体が泳ぐ。フローリアはルナの空いた胴を木剣で軽く打ち据えた。


「あっ――うグッ!」

「身体能力は高いな。だが、技術は……まあ、これからか」


 フローリアは倒れたルナを見ながら黙々と考察する。


「うぅ……」


 ルナは木剣を杖代わりにして立ち上がる。


「どうした?来ないのか?」

「……いえ、もう一度お願いします」


 ルナは剣を正面に構えるとフローリア目掛けて走り出した。



     ◆  ◇  ◆



「はぁはぁ……うぅ……」


 あれから30分間。ルナの攻撃がフローリアに届く事は一度も無かった。

 幾らフローリアが手加減しているといっても木剣で叩かれ、床に転がされれば怪我もする。その為、ルナの体は打ち身で作った青痣と床に転んで出来た擦過傷だらけだった。


「ルナ、そろそろ時間の様だ」


 フローリアが訓練場の時計を見ながら言う。

 時間とはフローリアが貰った休憩の時間の事だ。


「……はい」


 何となくこうなるであろう事は予想していたルナだが、改めてその身で体験してみると想像以上に辛い体験だった。


「ほら、治癒魔法を掛けて貰いに行くぞ」


 兵士の訓練場には常に一人以上の治癒魔法師が常駐している。

 理由は簡単で、怪我もしないような甘い訓練をしても兵士が育たないからだ。逆に言えば治癒魔法師を雇う事が出来るからこそ領主の私兵は強い者が多いのだ。

 フローリアは座り込んでいるルナの手を引き立ち上がらせようとした。


「大丈夫です。お母様」


 だが、ルナはそれを断った。

 それは何故か。


「光よ我が身に癒しを与え給え≪ヒーリング≫。水よ我が身に癒しを与え給え≪ウォーターヒーリング≫」


 ルナは自分で回復魔法を掛ける事が出来るからだ。

 何故、他人に頼まず自分で行うのかというと≪水魔法≫と≪光魔法≫のレベルを上げる目的が一つ。もう一つは自分の都合で回復魔法師に魔力を使わせたくなかったからだ。

 ちなみに今回ルナが使った≪ヒーリング≫≪ウォーターヒーリング≫の魔法は共に自然治癒力を上げるというものだ。この二つは相乗効果がある為、重ね掛けしていれば数十倍の速度で自然と傷が塞がるのだ。当然、損傷のようなダメージには効かない為、余り注目されてはいない魔法だ。

 だが、この魔法は隠れた利点があった。この魔法で塞いだ傷は自然治癒の為、HPの基礎能力値に経験値扱いで蓄積されるという点だ。

 つまり、怪我をする→治癒活性の魔法で怪我を治す→HPの基礎値に経験値が入りHPの最大値が上昇する。という裏設定の様なものがあるのだ。ルナはこれを使ってHPの基礎値の底上げを狙っているのである。

 余談だが、これは昨日、暇つぶしに<世界記録アカシックレコード>の魔法一覧を見ていた時に見つけたものである。


「そう言えば、ルナは支援や回復の魔法が得意と言っていたな。確かに見事な手際だな」

「はい、ありがとうございます。お母様」


 そう言ってルナはフローリアに差し出されていた手を取った。

 引っ張り起こして貰った後、ルナはその場でフローリアと別れ、セリルとミラの魔法特訓を見に行く事にしたのだった。



     ◆  ◇  ◆



「お姉さま?」

「ごめんなさい、邪魔だったかしら?」


 俺は集中を途切れさせて光の球を消してしまったミラに聞く。


「いえ、私は・・大丈夫ですが……」


 ミラはチラリとセリルお母様を見る。

 セリルお母様は少し考えた後、頷きを返した。


「ルナちゃん良かったら一緒に魔法の練習してみる?」

「え!?」


 セリルお母様の思わぬ提案に俺は少し固まった。

 俺はなんだかんだ言って自分のステータスがおかしい事を理解している。だから躊躇してしまった。


「その、すみません。今日は見学だけでもいいですか?」

「ええ、それでも構わないわよ」


 ふぅ、よかった。

 俺は隅に寄り、立って見学する。


「ミラ続きを始めるわね」

「はい、セリルお母様!」

「宜しい。では、まず≪ファイアバレット≫からね」


 ミラが詠唱を始める前にセリルお母様が詠唱を開始した。


「我に従順たる土塊の下僕よ。我が意に沿いし形成を。出でよ≪サンドゴーレム≫」


 ゴーレム生成の魔法。今回使うのは土属性の土僕サンドゴーレムらしい。

 ちなみにセリルお母様は風と土の二属性、それに土の上位属性である地属性を所持している。


「すーはー……行きます!」


 どうやらミラ流の精神統一方法は深呼吸らしい。

 俺はミラをじっと見つめた。


「火弾よ我が意に従い敵を撃て≪ファイアバレット≫!」


 ミラが持つ短杖ワンドの先から火弾が飛ぶ。

 かなりの速度で撃ち出されたそれは、土のゴーレムに当たり爆ぜた・・・


「……」


 え、何?今の何!?

 何だろう。思ってたのと違う!


「ふふ、驚いた?あの子が自分でアレンジしたのよ」

「はい……何と言いますか……凄く驚きました」

「身贔屓に聴こえるかも知れないけれどね。あの子は天才なの。少し教えただけでアレだけの事が出来るのよ?」

「少しでアレなのですね……」


 やっぱり、美月ミラはチートだったらしい。

 六属性……羨ましい。うぅ……俺も攻撃魔法使ってみたかった……


「そう言えばルナちゃんはどんな魔法が使えるの?」

「水、闇、光の三属性が使えます」


 俺は先程のミラと同じ返しで誤魔化した。


「ああ、ごめんなさい。そういう事じゃなくてどんな魔法が使えるのか……ええっと例えば≪ファイアバレット≫などね。そういう感じの事が聞きたかったの」


 うぐ、冷静に返された……まあ、適度に誤魔化しておくか。


「えっと、≪水魔法≫なら≪ウォーターヒーリング≫、≪闇魔法≫なら≪ダークスモッグ≫、≪光魔法≫なら≪ヒーリング≫が使えます」

「ルナちゃん……思ってた以上に優秀なのね」

「え!?」


 あ、あれ?何かミスった?


「気づいてなかったの?」


 何故か呆れた様に言われた。ショックだ。


「五歳半で言葉も喋れて礼儀正しい、その上に魔法も中級まで使えるのよ?コレの何処が優秀じゃないの?」

「優秀デスネ……」


 言われてみたら超優秀である。あれ?俺の地味に過ごす計画は?何処行った?

 これも全て、3年半前のあの事件が全て悪い。つまり俺に神術語を覚えるきっかけを作った神様が悪い。乙。


――ぴこーん。


 ん?メールが来た。



<メール>

題名:ふざけるな。

本文:全てお前が悪いに決まっているだろう!

追伸:(無し)



 ……神様、暇なのか?


「ルナちゃん?」

「え?あ、すみません。惚けていました……」

「褒められ慣れてないのね……」


 どうしよう、勘違いされた上に不憫な子を見る目で頭を撫でられてしまった。何コレ、俺に精神的ダメージを追わせる作戦ですか?


「あの、セリルお母様。そろそろ次に……」

「あ、そ、そうでしたね。ごめんなさい」


 うぅ……ミラにフォローされてしまった。

 頼りないお姉さまでゴメンね……


「我に従順たる土塊の下僕よ。我が意に沿いし形成を。出でよ≪サンドゴーレム≫」


 セリルお母様が新しい土僕を作り出した。


「セリルお母様、次は≪サンドバレット≫ですか?」

「ええ、そうですね」

「分かりました!行きます!土弾よ我が意に従い敵を撃て≪サンドバレット≫!!」


 ミラが短杖で地面を叩くと地面から30㎝程の土弾が放たれた。


――ゴスっ


「……」


 ゴーレムの腹部に風穴が開いた。


「土?」

「私も初めて見た時は同じ事を思ったわ」


 土と言うには威力が極悪すぎる気がする。


「アレは……どうなってるのですか……」

「さあ、私にも分からないの」

「そうなのですね……」


 何と言うか……魔法で服とか武器を作る俺も相当にアレだけど、美月は美月で別の意味で頭がおかしいな。


「我に従順たる土塊の下僕よ。我が意に沿いし形成を。出でよ≪サンドゴーレム≫」


 本日三回目の土僕生成だ。


「次は≪ウィンドカッター≫で良いですよね?」


 ミラの質問にセリルお母様は頷きで返した。


「それでは行きます!風よ裂け!≪ウィンドカッター≫!!」


 短っ!


「詠唱破棄……この子は……本当にとんでもない子ですね」


 え、詠唱破棄ってそんなに簡単にできるモノなの?

 俺は余りの出来事にその場で固まってしまったのだった。

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