第5話 ≪詐欺術≫

 

 ……は?ちょっと待て。三年?


 ……。


 俺は無言で≪カレンダー≫機能を使用する。確かに5年半前が最初の誕生日になっている。

 ……あ、コレ。マジなパターンだ。その時、俺は状況を悟り顔色を真っ青に変えた。


――お、落ち着け。

――大丈夫。きっと神様がフォローしてくれている筈。

――そうだ。水無月 佳夜……じゃなかった。ルナルティア・ノートネス。お前なら、この状況を乗り越えられる筈だ。

――今はこれからの事だけを考えろ。


 ……。ふぅ。

 まあ、表面上は落ち着けたな。とりあえず、今はメールの確認だ。

 あの神様の事だから俺の眠っていた時間の事を書いてくれている筈だ。



――ああ、それから、魔法を使う時に危険なラインが分かる様に新しいステータスを追加しておいたから後で確認しておいてくれ。感謝とかはいいぞコレは間違いなく俺の為だからな。

追伸:美月ちゃんが2歳になってから、ほぼ毎日お見舞いに来てくれてたぞ。しっかり感謝するんだな。



 うっ。全く別の部分のフォローとダメ出しだった……

 はぁ、やっぱり美月は生まれているのか。うーん、やらかした感が半端ない。

 まあ、考えてても仕方ないし部屋を出るか。


「よ、っと」


 俺は寝台から起き上がろうとする。体が動かない。


 ……。


 三年間も動かなかった所為で体が固まってるな。少しずつ動かしていくか。

 まずは指先から。

 ……うん、コレは何とかいける。俺は指の運動を動きが滑らかになるまで続けた。

 次は足の指だ。

 親指を曲げ――


「いうっ!?」


 声にならない悲鳴が出た。うう、涙出そうなぐらい痺れてるな。……ん?


「我がっ、求め、に答えた、まえ≪キュ、ア≫」


 掠れた声で俺は詠唱する。

 何をしたかというと、体が痺れ・・ているのなら状態異常回復の魔法でどうにか出来ないかと思って試してみたのだ。


「よし!予想通り痺れが取れた!」


 元気になった俺は寝台を飛び降りる。 

 そして、そのときに成ってようやく二つの事に気が付いた。


「服は!?」


 そう、今の俺はパンツだけのほぼ全裸に近いスタイルだったのだ。ちなみにもう一つは当然と言うべきかかなり身長が伸びていた事だ。

 まあ、それは良いとして。問題は服だよ。服。

 周りを見回してみるが流石に都合よく服があるという事は無かった。うーん、どうするか。


1.全裸で屋敷を歩いて回る。

2.この部屋で誰かが来るのを素直に待つ。

3.魔法で服を作って代用する。


 うん、3だな。1に関しては完全に痴女だろ。いや、まあ、たかが5歳だけどさ。

 この世界にロリコンがいない事を願おう。


 ……


 さて、服を作る為に早速、意識の切り替えを行った。

 服が無いのは……まあ、かろうじて緊急事態だろうと判断した為に≪精神制御≫と≪催眠術≫を自分に使う。


――今から行うのは難度の高い新たな、いわば俺のオリジナル魔法。

――大丈夫。似たような事は前にやった。あの時は≪消失≫を使ったのが不味かっただけだ。

――服のイメージを固める事にだけ集中しろ。


 作るのはドレス。使える色は所持している属性の色である青・黒・白。

 決めた。色は黒を基調としたドレスにしよう。袖と裾を黒と白のフリルで多重層にするとして……

 よし、四肢はそれで良いとして、本体は青と黒を織り交ぜた夜を連想させるドレスに白の粒で星屑を表現しよう。

 イメージは定まった。あとは、具現化させるだけだ。


「『構成』」


 ≪神術語≫でのフォローは最低限であとは全て自分の≪魔力制御≫で何とかする。


 ……。


 よし、出来た!

 俺が目を開けて見下ろすとそこには確かにイメージした通りのドレスが存在していた。動きに合わせてちゃんと動いている。間違いない、成功だ!


「よし!」


 ついでに衣装に合わせて白の手袋とソックス、青のガラスの靴も具現化してみた。その三つ程度の大きさの物なら≪神術語≫の補助なしでも具現化できるようになっていた。一歩前進である。

 個人的には抜群の出来だと思っているが、周りからはどう見えるのかが気になったので、俺は鏡を探す。うん、ない。と言うか改めて見ると俺が寝ていた寝台以外何もないなこの部屋。

 まあ、いいや。三年間も動いてなかったから今は凄く体を動かしたい。そんな軽い気持ちで俺は部屋を飛び出した。



     ◆  ◇  ◆



 廊下に出た俺の意識は完全に子供モードに切り替わっていた。

 それにしても三年ぶりか……全然実感がわかないな。


「それにしても、ココ何処?」


 まず起きてた頃の二年間で部屋から出たのが二ケタ行かないくらいの数だったからな。

 あれ?よく考えてみたら俺ってもしかして超箱入り娘?

 うん、思い返せばまず屋敷から出た事が無いな。仕方ない、魔力を広げて屋敷の全体を把握してみるか。

 俺は屋敷に行き渡らせるように魔力を開放した。


 ……。


 ……。


「――っはあ……はぁはぁ……」


 入って来る情報量が多すぎて一瞬、脳が処理落ちしかけた。ただ、コレでこの屋敷の地形はほぼすべて把握した。人の位置もだ。

 あとは、マップを見ながら人がいるところまで向かえばいいだろう。


 俺は一番反応が多かった部屋へと向かう。ここは恐らく子供部屋だろう。

 何となく俺はそこに美月がいるような気がして、意識せず早足になっていた。


「ココか」


 俺は部屋の前で立ち止まる。護衛は全員中にいる様だ。

 深呼吸を一つ。扉を開け――


「きゃっ!」


 取っ手に手を伸ばそうとした瞬間にドアが開いた。俺は驚いて思わず手を引く。その時、思った以上に女子らしい声が出て驚いたのはまた別の話だ。


「ルナお姉さま?」


 現れたのは黒い髪に黒い目を持つ美幼女だった。……美幼女って何だ。美幼女て。

 それはまあ置いておくとして、本当に目の前の子供は思わず吸い込まれそうになるような美しさを持っていた。それこそ、将来は傾国の美女と呼ばれるような存在になるであろう美しさだ。

 そして、それと同時に俺はもう一つの事を感じ取っていた。


――間違いないこの子は美月だ。


 直感的に分かった。

 直後、俺はなぜ分かったのかを知る事になる。全身に不可視の鎖が現れたのだ。

 目には見えないがただ漠然とそこに存在するのが分かった。


《≪守護の誓約≫が解放されました》


 脳内にアナウンスが流れる。同時に俺はこの誓約のメリットとデメリットを理解した。いや、正確には理解させられただろう。情報が無理矢理脳内に流れて来たのだから。


「ぐぅッ……」

「お姉さま!?」


 鎖の圧迫感と脳の処理力不足に俺は思わず膝を着いた。

 手で肩を抱く。辛い。痛い。苦しい。

 数秒するとその感覚は全て消え去っていた。どうやら無事に誓約は結ばれたらしい。

 気が付くと美月が俺を心配して駆け寄ってくれていた。


「ありがとう……ミラ」

「え?お姉さま今、私の名前?」


 微笑んで誤魔化す。今の一瞬で美月いや、ミラルディナ・ノートネスのステータスは確認した。

 まあ、残念な事にほとんどが偽情報だと思われるものだったが、流石に名前までは変えてないだろう。

 美月――ミラの今の表情を見るに名前は間違っていない様だ。


「ミラ、どうし、た、の…………ルナ!」


 少し年を取った――と言っても老けた訳では無い――フローリアお母様が驚いた顔でこちらを見ていた。俺は思わず苦笑いする。

 次の瞬間、体に衝撃が走った。気が付けば接近していたフローリアお母様に抱き着かれたのだ。


「ルナ、ルナ、ルナ!」


 表情は見えないがフローリアお母様が泣いているのが分かった。それと同時に思わぬ罪悪感が沸いて来た。

 はぁ……たく、俺は何をしょうもない事で三年間も気絶してんだか。

 思わず頭を抱えそうになる。そして、これからフローリアお母様に嘘を吐かなければいけないという事でさらに憂鬱になった。


「はい、お母様。三年間と半年も眠っていてごめんなさい」

「うぅぅううううう……」


 あぁ、泣いちゃった。

 結局、俺はフローリアお母様が落ち着くまでずっと抱きしめられ続けていた。その間ずっと、フローリアお母様の強すぎる力で身体が軋んでいたのは秘密だ。かなり、痛かった。




 フローリアお母様が落ち着いたのを確認して改めて家族全員での話し合いの場が持たれた。既に俺の中での言い訳は出来上っている。


「改めましてお母様。お久しぶりです」


 ドレスの端をつまんでお辞儀をする。所謂、カーテシーだ。


「うぅ、ルナちゃん」


 フローリアお母様が俺の成長ぶりを見て親馬鹿を発揮していた。まあ、今それはいい。


「さて、ルティナ。こうして私達を呼び出したという事はあの日お前に何があったのか、当然教えて貰えるのだろうな?」


 いつもの駄目親父っぷりは何処へ行ったのか、お父様の目が真剣だった。

 これは……少し拙いかもしれないな。こんな所でお父様の貴族としての一面を見る羽目になるとは思わなかった。

 俺は改めて自分に≪催眠術≫を掛けなおす。

 ……よし、コレで大丈夫だ。


「ええ、勿論です。お父様」

「そうか」


 それ以降、お父様は口と目を閉じてしまった。恐らく黙って聞くという意思表示なのだろう。


「それでは皆様、短いお話ですがご清聴下さい。この三年間、私が何処で何をしていたかを」


 俺はこの場の全員を見回し、劇の始まりを告げる様にニコリと微笑んだ。



     ◆  ◇  ◆



 気が付くと本と紙が舞う書斎にいた。目の前には一人の男性がいる。

 そこが何処かもわからず、その男性が誰かもわからない。そんな状況で私は思わず首を傾げた。


「?」


 それでも、何も知らないその頃の私は目の前の人物が誰かもわからないのに手を伸ばした。

 その人物は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたもののすぐにその手を握ってくれました。


「初めまして。僕は●▲✖■✖◆だよ。よろしくね」

「うー?」


 結局、私はその人物に保護されて三年間の間、面倒を見て貰う事になったのです。

 私はその三年間で言葉と魔法をその人物に教えて貰いました。

 本当にそれだけの三年間でしたが……その、お母様達に心配をかけておいて言うのも失礼な事なのですが、幸せな三年間でした。

 そして私がのんびり生活している間に、彼は私が元の場所に戻る方法を探していてくれたようで、先日その方法が判明しました。

 結果はこの通り、無事に戻って来る事が出来ました。



     ◆  ◇  ◆



「これが事の顛末です」

「ふむ、そうか……」


 内容は下手に長くして矛盾が出ない様に簡潔に作ったつもりだ。足りなければ補足するように言い訳と言う名の嘘を述べるつもりである。

 そして、お父様が閉じていた目を開いた。


「嘘だな」


 そう言われて俺は首を傾げた。ここで驚けば嘘を吐いたのがばれるからだ。逆に無表情でも駄目だ。だから、よく分かってないと思わせるぐらいが一番俺にとって都合がいい。


「ええっと……」

「何故バレたのかが分からないか?お前ら、よく考えてみろ三年間こいつは何処にいた?」

「あ……」


 声を上げたのは俺ではないフローリアお母様だ。

 俺は顔に何故そう思われたのかが分からないという表情を張り付ける。


「どういう事ですか?」


 俺は訝し気にお父様へと尋ねた。


「そうか、お前は知らないのか。お前は三年間ずっと屋敷の一室で眠っていたんだ。つまり、そのような場所には行ける訳がないと言っているんだ」


 ああ、知ってますよ。実際寝てたのでその通りですし。

 さて、どう誤魔化すか。


「ああ、そういう事ですか。えーと、あの人が言うには幽体離脱?とかいうのだそうです。魂だけの状態で迷い込んで来たって言ってました」

「そうかそうか。それで、その荒唐無稽な話を信じろと?」


 そうお父様に言われた俺はニコリと笑ってこう言った。


「いえ、別に信じて貰わなくても結構です」


 その時の少し驚いたお父様の顔に少しだけ、してやったりな気分になった。

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