第3話 これからの事

 俺は一枚の紙を目の前に固まっていた。

 はい、コレ。と神様にゆる~く渡された一枚の紙。それを見て思わず俺は固まった。

 その紙は一言で言うと契約書である。ただし、書いている内容が問題だった。



≪契約書≫

・水無月 佳夜は五年の間<管理神の書斎>で下働きをする。

・その過程で水無月 佳夜の意識が保てなくなり消失した場合、その残分は伊咲いさき 美月が返す事となる。

・水無月 佳夜は下働き中に得たスキルや称号、その他諸々を転生時に持ち越す事が出来る。ただし、物質を持つ物は持ち越す事が出来ない事とする。

・●▲✖■✖◆は水無月 佳夜の生活を保障する。

・●▲✖■✖◆は水無月 佳夜の働きの出来に応じてボーナスを支払う。そのボーナスは転生時に持ち越せるモノのみとする。

・水無月 佳夜の仕事に必要な物は●▲✖■✖◆が用意する。




「そんな感じで如何かな?ああ、誠意条項とかは面倒くさいから書いてないよ。まあ、神の誇りにかけて抜け道とかは使わないから安心して」


 その誇りが信用出来ない……


「君、何気に失礼だよね」

「……」

「視線を逸らさない」


 俺は諦めて書類にサインした。もっとも、質問したい事はまだまだ山ほどあるのだが、無理矢理契約させられてないだけ良心的だ。と自己暗示をかけ素直に契約したのだ。

 ココは誠意の見せ時である。それに、これで嵌められたら俺の目が曇っていたというだけの話だ。というか俺を嵌める意味があるのかが分からない。本当に神様だったら俺一人くらい何時でも何処でもどうとでも出来るだろう。


「うんうん、よくわかってるじゃないか。今、無理した所で意味は無いからね」


 そして何より素直に契約を受けた理由が……


「転生時の持ち越しと美月ちゃんにとばっちりが及ばないようにする為だね」

「だから、人の思考を読むな」

「断ると言っているじゃないか」


 ニヤニヤしながらのその言葉にイラッと来た。


「くっ……今は耐えろ俺。この自称神はいつかぶっ飛ばす」

「自称って。あと、思考が漏れてるよー」

「どうせ読まれるってわかってるんだから態とに決まってるだろ」


 そうなのだ、どうせ読まれるとわかっているなら無理に隠す必要はない。ぶっちゃけこの男との駆け引きは無駄な所で高度過ぎて疲れる。


「高度ね。まあ、これでも神だからね。これくらい出来て当然さ」

「あー、ハイハイそうですね~」


 こいつさっきの自称神発言に意外と根に持ってるよな……使えるか?


「次言ったら下働きから荷物持ちに格下げするからね?」

「大して変わってねぇ。てか、それ、よく考えると下働きよりやる仕事減って楽でさえあるんじゃね?」


 ……。


「「ぷっ」」


 急に流れた沈黙に思わず二人揃って噴出した。


「さて、そろそろ仕事しようか」

「ええ、そうですね」


 切り替えの素早い二人であった。



     ◆  ◇  ◆



 魂が輪廻転生を行うには幾つかのプロセスがある。


 一つ目が魂の浄化地への移動だ。そこに向かうのだけで30年は掛かるらしく、その上で迷子の様な魂も出てきてしまうらしい。佳夜は正にその典型的な代表例である。

 死ぬ間際に神様と想いが同調した事で魂が声を聴いた方角へと向かってしまい、普段は来る事の出来ない筈の時空の狭間へと入り込み、さらにするりと入る事の出来ない筈の神の家に入り込んでしまったらしい。

 この話を聞いた時、佳夜はポツリと「神様の家ってもしかして警備ざるだったりするの?」と言ってしまった。それを聞いた●▲✖■✖◆が必死に言い訳を重ねたのはまた別の話だ。


 二つ目が魂の浄化。これは俗世での魂の穢れ祓うという文字通りの工程だ。ただこの工程はほぼリセットに近く、記憶や何やらを全て0にされてしまう。つまり記憶を残したまま転生を行おう思うのなら二番目の工程をスキップしてやればいいと言う訳だ。

 ただし、それを行った場合には当然、問題が発生する。逆に問題が起こらないのならばそんな工程を作る必要はないのだから。

 そして問題というのは魂の穢れが祓え無い事なのだが、佳夜と美月は良い意味でも悪い意味でも一途なので、余り魂の穢れが無いらしい。むしろそれだけしか穢れが無いのに狂っている部分があるのが不思議なくらいだと●▲✖■✖◆に言われた。


 そして三つ目が最後の工程になる。この工程は魂を世界に返還するというものだ。返還された魂は自ら世界を飛び回り魂と適応する個体(胎児)を見つけて入り込むらしい。

 ちなみに佳夜の場合、五年間しっかりと働けば●▲✖■✖◆が適応する個体に入れてくれるとの事。美月も佳夜と同じだ。ちなみに佳夜は堂々と「好条件の物件でよろしく!」と●▲✖■✖◆に強請っていた。同時に「出来れば美月も俺の目の届く所に転生させてね☆」とも言っていた。とんでもない厚顔無知さ加減である。




 そして時は過ぎていた。五年の歳月など忙しい<管理神の書斎>ではすぐなのだ。

 この五年間、佳夜はしっかりと働き続けた。それも、不眠不休で。

 そう、不眠不休なのだ。それはなぜか。もう一度、契約書を見て貰えれば分かると思うのだが『佳夜の意識が保てなくなり消失』という一文が記載されているのが分かるだろうか?そう、睡眠は一種の意識消失と同義なのだ。

 つまり、窓の無い<管理神の書斎>で佳夜は時間の感覚もわからないまま、不眠不休で五年間もの時を働き続けたのだ。これは佳夜が魂のみの存在だからこそ為せる業なのだが、今の意思の希薄な佳夜としてはそんな事はどうでもよかった。

 そう既に佳夜の精神は擦れ、限界が近づいており、そんな事も考えられないくらいに限界へと近づいていたのだ。


「佳夜、おめでとう」

「は、い?何が、です、か」


 本当に今の佳夜の状況はもういつ消失してもおかしく無い状況だった。その為、最近は偶に身体が実態を保てなくなっている。

 だから、突然●▲✖■✖◆シュレベレスに声を掛けられた佳夜は思わず持っていた書類を取り落してしまった。


「今日で約束の五年目だ」

「やく……そく? 五年目?」


 思考の定まらない頭で佳夜は何の事か考える。


「ああ、そう言えば、まだ第七世界の、管理報告書を、あげてま、せんでした」

「佳夜」

「あとは、ああ、落とした、書類を、拾わない、と」

「佳夜」

「そう言えば、第四世界の、勇者が起こ、した問題の、後始末が」

「佳夜、もういいんだ」


 そう言ってシュレベレスは佳夜の頭を撫でた。


「もういい、のですか?」

「ああ」

「僕、いや私?それとも俺?……まあいいや。それで、仕事は、終わった、の、ですか?」

「そうだ」

「そっ、か」


 そのまま佳夜はばたりと床に倒れた。

 限界が訪れたのだ。


「仕方ないな。これはサービスだよ。『魂≪Soul≫・復元≪restor≫』」


 そう言ってシュレベレスは倒れた佳夜に手を当てた。神術語は言葉そのものに力が宿っている。つまり詠唱のみで事象改変が出来るのだ。

 シュレベレスの手に金色の光が灯ると共に佳夜の身体に変化が訪れた。光りが佳夜の身体を包み込み、曖昧で不定形に近づいていた佳夜の体が安定させていったのだ。

 少しして、佳夜は目を覚ました。目の前にはシュレベレスの顔がある。


「やあ、気分は如何だい?」

「最悪ですね」

「うん、大丈夫そうだね」


 佳夜の減らず口を聞いてシュレベレスは微笑む。そんなシュレベレスの顔を見て佳夜はプイと顔を背けた。何となく気恥ずかしかったからだ。


「それじゃあ、五年分のボーナスを与えようか」

「あ、どうも」


 今の佳夜の状態は完全に疲労がリセットされている状態だ。近いモノを言えば寝起きの様な物だ。その為、珍しく素で生返事を返してしまったのだ。


「まずは一つ目。『汝に≪Te≫管理神≪Administratione≫の加護≪Benedictiones≫と≪et≫祝福を≪Benedictio≫』」


 シュレベレスが神術語で唱えるとシュレベレスの胸元から出た二つの光の玉が、上体を起こした態勢の佳夜の胸へと吸い込まれていった。


「次に二つ目。『汝に≪Te≫世界の≪Orbis≫祝福を≪Benedictio≫』」


 次は何処からともなく現れた七色の光の玉が佳夜の中に吸い込まれていった。


「三つ目。『汝に≪Te≫戦神≪Bellum≫・武神≪Artes≫・闘神≪Proelium≫の加護を≪Benedictiones≫』」

「四つ目。『汝に≪Te≫太陽神≪Sol≫・月光神≪Luna≫の加護を≪Benedictiones≫』」

「コレで最後だね。五つ目。『汝に≪Te≫契約≪Contrahant≫と≪et≫誓約≪Plegius≫の命運を≪Fata≫』」


 四つ目の呪文は一つ目と同じ様にシュレベレスの胸元から出た光が佳夜の中に入っていった。三つ目は二つ目と同様に何処からともなく現れた光の玉が佳夜の中に吸い込まれていった。

 しかし、五つ目だけは他と決定的に違った。


「なっ!?ガアああアアああぁァああアアああアアアァァアアアぁぁアあああアアァぁァアア!?」


 佳夜が気が付いた時には全身が鎖で縛られていた。直後、万力の様な力で鎖が佳夜を締め付ける。

 佳夜は理解不能な激痛に思わず咆哮を上げた。


「五年間お疲れ様。また会える日を楽しみにしているよ」


 佳夜の意識が落ちる少し前、楽しそうなシュレベレスのそんな声が聞こえた。



     ◆  ◇  ◆



 佳夜を自分の管理する第二世界に飛ばした後、シュレベレスは書斎で人を迎えていた。

 流れるような美しい銀髪を持った女性だ。その銀髪の女性は優し気な瞳で佳夜がいた場所を眺めている。


「佳夜さん。昔の貴方に本当にそっくりでしたね」

「うん、そうだねー。吃驚するぐらいそっくりだったよ」


 肩を竦めながらシュレベレスは言う。


「出だしから似すぎていて笑ったよ」

「人の魂で来れる筈の無い<神の領域>へと踏み込んだところが、ですか?」

「そうだね」

「ふふ、確かにそうですね。貴方の魂が私の庭に迷い込んで来た時の事とそっくりです」


 微笑みながら二人は懐かしい記憶と情景を思い浮かべていた。


「本当に不思議な話ですよね。<神の領域>では神の力を持たない者は存在できない筈なのに貴方も彼も神の保護無しで存在していたんですから」

「まあ、僕の時は三年で限界が来たけどね」

「はぁ……まず、それが異常なんですけどね」


 女性は溜息を吐き、頭を振る。

 そう、二人が話しているのは神になる前のシュレベレスの話だ。彼も元は人間だったのだ。

 しかも、佳夜と同じ様に<神の領域>に人の魂を剥き出しのまま、何の保護も無しに踏み込んだ過去を持つ者だった。普通なら一瞬で自我を保てなくなり消失する筈なのに、彼は多少の意識の混濁以外何の異常もなく活動できていたのである。

 まあ、それでも当然の様に少しずつ魂は摩耗していって三年で限界を迎えたのだが……

 そして、その時、シュレベレスを助けたのが、今来ている来訪者なのだ。

 つまり、シュレベレスが佳夜に行った事は、殆どがこの女性の真似事なのである。


「そう言えば、貴方が神に至ったのは下界に降りてから27年目でしたね。さて、佳夜さんは一体何年で神に至るのでしょうね」

「さあ、僕より二年も長く<神の領域ここ>に居られたんだ、20歳くらいで成るんじゃないかな?」

「ふむ。それでは、私は18歳以下での昇神に賭けましょうか」

「お、つまりは18以下で昇神すればレスペイアの勝ち。18以上で昇神した場合は僕の勝ちって事でいいのかな?」


 地味に自分の勝利範囲を広げたシュレベレスの発言に、ニコリと笑って銀髪の女神レスペイアは告げた。


「ええ、それでいいですよ」

「よし、賭け金は管理神の業務一年分だ」

「ふふ、いいでしょう。『水無月 佳夜さんの魂に≪Soul≫天界の≪caelestibus≫祝福を≪Benedictio≫』」

「え、それはズルくないか!?」

「ふふ、勝てばズルかろうと正義なのですよ。勝てば」


 佳夜の知らないところで新たな祝福が

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