第2話 事の顛末
俺の葬儀は事件から三日目に行われた。自分の葬儀というのはあまり見ていて気持ちのいいものでは無かった。ここでも美月が泣きじゃくっていて、それが俺の胸を締め付けた。
葬儀から一週間が経った。美月はその間、一度も家から出なかった。当然、学校にも行っていない。
その日も美月はベットの上に寝転び、ぼーと天井を見上げていた。眠れていないのか隈が出来ている。少しして誰かが階段を上って来る音が聞こえた。
『美月、ご飯ココに置いておくからね』
部屋に引き篭ったままの美月に、美月の母親の瑠璃子さんは心配そうな声で告げていた。扉の前にはトレーに乗せられた夕食が置かれている。
時間はさらに過ぎて三日が経った。
その日も美月はベットの上に寝転んでいる。変わった事は三日前の夕食から一切食事を摂っていない点だ。
健康的でスラッとした美人だった頃と比べて今の美月はすっかり痩せ細れていた。それに暗い表情が重なってやや不気味に見える。そんな状態で彼女はぼそりと呟いた。
『このまま何も食べずに死ねば、佳夜君と同じ場所に行けるのかな』
その時、俺は寒気を覚えた。その言葉の意味を、そしてそれを聞いた時に自分自身が感じた感情を、脳が理解するのを拒んだ。
「佳夜君、自己をしっかり持たないとこの場所に存在できなくなるよ」
神様にそう言われた俺は目を閉じ胸に手を当て、深呼吸を行う事で少しずつ意識を落ち着けていった。
――大丈夫、俺なら必ず最後までこの映像を見終える事が出来る筈だ。
――ココは美月の為の舞台上だ。俺が彼女の邪魔をしてはいけない。
――感情の波を鎮めろ、ただ鼓動だけを意識しろ。
数秒後、自分に暗示をかけた俺は目を開いた。
「流石だね。思考をすぐに制御できただけあって感情の制御もお手の物って事かい?」
「それくらい出来ないと舞台には立てませんからね」
自分でも驚くくらい冷静な声音だ。死んで尚、俺の役者としての誇りは残っているらしい。
「それじゃあ、続きを流そうか」
どうやら神様は映像を止めていてくれたらしい。俺は神様の配慮に感謝する。俺には全てを知る義務と責任があるのだから。
◆ ◇ ◆
何故、そんな行動を起こしたのかは分からない。ただ、何となく私は
テレビの電源を点ける。
「違うこれじゃない」
チャンネルを変える。映ったのはいつも学校に行く前に見るニュース番組だった。
当たり前だ。私がそのチャンネルに変えたのだから。
映像の中ではアナウンサーがどうでもいい事を話している。違う、私が知りたいのはそんな事じゃない。
他の出演者達もそのつまらない話を聞いて笑っている。残念な事にいまの私には何が面白いのか全く理解できなかった。
20分以上もどうでもいい話が続いた。そして、やっと目的のものが流れた。
『次のニュースです。十日前の高校生(17)殺人事件の犯人の動機と模造剣の出所が発覚しました』
これだ。私は求めていたそのニュースを食い入るように聞いた。
『犯行の動機は痴情の縺れが原因となっているそうで、犯人は「あいつが悪いんだ。あいつが俺から彼女を奪ったんだ!」と供述しているようです。現在警察は事実確認の為に捜査中との事です』
『三角関係ですか。色恋というのはやはり怖いですね』
私は思わず「何を勝手な事を!」と叫びだしそうになった。確かにあの先輩には言い寄られていたし、告白もされていたが好きな人がいると言ってしっかり断った。こんなのは完全な逆恨みだ。
許せない。私はそう思った。
そして気が付くと、いつの間にかそんな考えは全く別のものへと変わっていた。
それからの行動はすぐだった。
栄養バランスを考えた食事を摂り、ほんの二日で元の体形を取り戻した。
再び学校にも通いだした。ただそれでも、演劇部に戻る気にはなれなかった。佳夜君をあんな目に合わせた演劇部を続ける何て選択肢は私には無い。
代わりアルバイトを始めた。周りから見れば私の姿は立ち直ったように見えていただろう。
実際そう見える様に
後日、裁判であいつの判決が出た。
判決は懲役七年。
微妙な年数だと思った。いっその事、死刑にでもなればよかったのに。
あれから二年が過ぎた。あっという間だった。
私は高校から大学へと進学した。
そこそこ優秀な方の大学だと思う。まあ、そんな事はどうでも良い。
事件から六年が経った。今年で大学も卒業だ。佳夜君がいない生活に価値などない。
佳夜君は
ずっと、そんな事を考えて過ごしていた。
事件から七年と少しが経った。私は学生時代に稼いだお金で
私の目的の日は刻一刻と近づいてきていた。
そして……目的の日がやって来た。今日はあいつの釈放日だ。
私はリュックサックを持ち、コートを羽織って街へとくり出した。
電車に揺られる。昼過ぎで人は少なかった。
目的地へと着いた。まだ、目的の時間まではあと一時間だ。目的の場所が見えるカフェに入り、カフェラテのホットを頼む。
少しすると雪が降って来た。視界が悪くなってきた事に対して私は思わず舌打ちした。私の舌打ちを聞いたウェイトレスがビクッと震えたがどうでもいい。
一分前になったので私はカフェを出た。ゆっくりとゆっくりと目的地に向かう。私は突如立ち止まった。あるものが目に映ったからだ。
――あいつが出て来た。
その後の私の行動はすぐだった。無表情であいつを追う。私は背負っていたリュックサックに手を入れた。
そして、あいつが道に逸れた瞬間に行動に移った。
速足であいつに近づき私は後ろから……
「死ね」
短く呟いた言葉はあいつにも聞き取れた様で、あいつは後ろを振り向こうとして苦痛に顔を染めた。私があいつの心臓を後ろからショットガンで撃ち抜いたからだ。
そう、私の気持ちは怒りから復讐心へと変わっていた。だから七年間この男を殺す為だけに行動したのだ。
例えばこの七年間の間に猟銃を所持する為に免許を取った。体を鍛えるためにジムに通ったりもした。一番骨を折ったのは出所の時間を調べる事だった。計画を周りに悟られず調べ上げるのは非常に骨だった。それでも私は全てをこなした。それも全てはこの時の為に。
私は倒れ込んだあいつの肩を踏みつけ、心臓にもう一発ショットガンを撃った。
「ぎゃあああああああぁぁぁあああああああああああ」
痛みに喚き散らすあいつを、私はゴミでも見るような目で見ていた。というかこいつの価値などゴミ以下だ。佳夜君を殺した時点で私の中のこいつの価値はマイナス値に振り切れている。
存在している事が気に食わない。言わば害虫だ。
「死ね」
――パァン!パアン!
私は瀕死の害虫目掛けてトリガーを引いた。まずは両足の付け根に二発。
「ああああぁぁあああああああああああぁぁあああああぁぁああぁあああああ」
「煩い。苦しんで死ね」
――パアン!パアン!
次に両腕に二発。これで残りの残弾は一発。撃つ場所は決まっている。私は肩を抑えている足を除けた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「死ね!」
――パアン!
私は銃口を足元に転がる男の頭にギリギリまで近づけて止めを刺した。
「……終わった。やったよ、佳夜君。仇は取ったからね」
私は懐から取り出した赤い布切れを抱きしめる。これは佳夜君が屑に殺された時に着ていた衣装の切れ端だ。ああ、佳夜君待っててね。今そっちに向かうからね。
今になってやっと警察官と思わしき人物達が数人が走って来るのが視界に入った。普通なら事件が起こって3分も経っていない内にやって来られれば優秀だろう。
だが、この場所ではむしろそれより早く来れてもおかしくなかったのだ。当前だろう出所してすぐという事は刑務所の近くで私は今回の犯行を起こしたのだから。
そして来るのを予想していたという事は、つまりその対策も取っていたという事だ。まあ全て終わった今となってはもうそんな事は関係ないのだが。
私はすぐにショットガンの弾丸を再装填する。ただし、装填するのは一発だけだ。いや、違うかな?必要なのは一発だけなのだ。
私は静かにショットガンの銃口を自分の頭へと向けた。今から打ち出す弾の威力は通常弾の3倍。間違いなく死ねる様に作られた特殊弾だ。さらにダメ押しで鉄鉛だけでなく鉄片まで混ぜ込んで殺傷力を上げている。この弾丸が暴発または不発する確率を99%以下まで下げるのには苦労したものだ。
「あぁ、佳夜君……今からそっちに向かうね」
私は口の端を釣り上げた。次の瞬間、私の新しい人生へと向かう為のトリガーは引かれた。
◆ ◇ ◆
「これは……思ってた100倍キツイな」
映像の中の美月は間違いなくどこかのねじが外れていた。いや、迂遠に言っても意味は無いだろう。
イカレテイタ。それが映像を見た俺の感想だ。
「ふぅ……」
俺は詰まっていた息をゆっくり吐きだす。俺の聞くべき事は決まった。
「出来るよ」
「いや、良い所で被せてくるなよ。折角、溜めたんだから」
「おや、突っ込みにキレが無いね。やっぱりきつかったかい?」
「ああ、それはもう……ね。でも、見てよかったよ」
「へぇ、それは良かった。準備した甲斐があったよ」
うんうんと頷く神様に、俺は微笑みはっきりと言い放った。
「今の映像を見てわかったよ。俺はどうしようも無く美月の事が好きらしい。狂った美月を見て思う感情が『そこまで俺の事を愛してくれていたのか』なんだから。いやぁ、我ながら狂ってると思うよ。
あの、映像を見てショックで震えながら内心で歓喜してたんだぜ?美月と同じくらい俺も狂ってるよ。その上で神様。頼む美月も俺と一緒に転生させてくれ。今度こそ、今度の人生でこそ俺は美月を幸せにしてみせる。
俺はしっかり頭を下げた。コレで美月が転生できないと言われたら間違いなく俺はそのまま輪廻の輪に戻る事を選ぶだろう。転生を許可してくれた神様には悪いが
「君は本当に凄いね。そうやって思考を動かして僕に同情させようとするんだから」
「あっちゃー、バレてるし……」
俺はペロッと舌を出し片目を閉じる。所謂、ぶりっ子のポーズだ。
「しかも、僕が許可するとわかっていて、そのうえでそんな演技までしてくるんだから本当に質が悪い」
俺は肩を竦めた。演技しているのは事実だが、それでも全てが嘘ではない。美月に対しての事は全て事実だ。
「だから君は、猶更
神様はそう言ってフッと笑った。
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