第1話 <管理神の書斎>


 気が付くと知らない部屋にいた。そこには大量の本や紙がそこら中に散らばっており、いかにもthe書斎といった感じの部屋だった。ただ、その本や書類の散らばり方が異常だった。


「は?」


 その時の俺の呟きが何に対してなのかは自分でもわからない。もしかしたら、死んだ筈なのに気がついたらこんな所にいた事に対してかもしれないし、散らばってると表現した本や書類が空中にも・・・・散らばっている事に対してかもしれない。それとも、もしかしたら書斎のデスクに死人の様な形相で突っ伏している男が目に入ったからかもしれない。

 とりあえず現在の状況が一切理解できてない俺は口を半開きにして阿保面を晒していた事だろう。


「ん?……おお!」


 俺に気が付いた男が飛び起きてこちらを向いた。あまりに俊敏な動きに俺は一瞬ビクッと揺れる。


「丁度、良かった!誰かは知らんが手伝ってくれ」

「え?あ、はい」


 状況はまったく理解出来ていないが、俺は思わず返事をした。その時、何故か郷に入れば郷に従えという言葉が浮かんだ。全く意味が分からない。

 自分の思考さえまともに出来ていない状況でも、俺はとりあえず男に言われた通りに動き始めた。


「そこの書類取って!」

「あ、はい」

「次はそれ!」

「はい」

「今度はそれとそれとそれとそれと……」

「はい、はい、はい、はい、はい!」


 とにかく俺は動きを止めてはいけない、止まったらそこで試合終了だ。という意味の分からない言葉を頭に思い浮かべてせっせと働いた。




 相変わらず意味の分からない思考と共に俺は男の指示に従って動き続けた。既に男の周囲には男を守る防壁の様な量の書類が積まれている。それでも何故か書類をループ状に投げればすべて男の元へと飛んで行った。意味が分からない。

 俺は最後の一枚となった書類を紙の壁の向こうにいる男目掛けて投げつける。


「へべぁ!?」


 何となく男の顔面に当たった気がする。


「お、終わったぁ……」


 俺は思わずその場にへたり込んだ。本当に激務だった。きっと日本ではこういう環境で働く人の事を社畜というのだろう。


――パン!


 紙の壁の向こう側から手を叩く音が聞こえた。それと同時に処理済みの書類が全て消える。

 すると書斎は本が数冊浮かんでいるだけの綺麗な部屋になった。探してみたがホコリ一つ無い。


「いやー、終わった終わった。お疲れ様ー」

「はぁ。お疲れ様です」

「ところで君、誰?」


 イラッとした。アレだけ手伝わせておいて今更それかよ……


「あははー。ごめんごめん」


 ごめんじゃないだ、ろ……勝手に人の思考を読んでんじゃねぇ!


「うお。凄いね君、もう思考制御を覚えたのかい?」


 こちとらさっきから纏まんない思考を纏めようと頑張ってたんだよ!……と、言うか。そんな事よりココ何処だよ!あんた誰だよ!俺はどうしてこんな所にいるんだよ!


「ああ、はいはい。まず、ココは僕の書斎だね。そして僕は数々の世界を管理している管理神だね。名前は●▲✖■✖◆だね」

「え、何て?」

「おや、聞き取れなかったかい?」


「●▲✖■✖◆だよ」


 ……何語だよ。


「ああ、神術語だよ」


 ……。


「神っていう所には突っ込まないんだね?」

「まあ、何となくそうだろうとは思ってたからな。死んだ後に会う人物って神様か閻魔大王ぐらいしかいないだろ」

「気が付いたら異世界の可能性もあるんじゃないのかな?」


 それは考え付かなかった。まあそれでも、何となく状況は理解できた。


「おお、少ししか話をしていないのに優秀だね」


 だから思考を読むな……


「嫌かな」

「ハァ……」


 俺は目の前の自由奔放な神様に対して頭を抱えた。


「それで、死んだ後どうなったかとか、これから俺がどうなるかとか教えて貰ってもいいですか?」

「うんうん、お兄さんそういう切り替えの早い子は好きだよ」

「あーはいはい。そういうのはいいですから」


 俺は手をプラプラと振って先を促す。もう、こうなったらどうにでもなれだ。


「自棄はよくないね」

「お願いしますので思考を読まないでください」

「だから、却下」

「ぐぅ」

「君、意外と余裕あるよね」

「どうでしょうねー」

「もしかしてさっきの如何にでもなれ。も如何なっても対処可能という事かい?」

「んな訳ねー」


 なんだかんだ言いながら短時間で神様とやたらフレンドリーになっている俺であった。


「一人で自己完結するのは止めようね」

「チッ……」


 舌打ちの演技をした俺に苦笑いで返す神様。


「そろそろ、真面目な話をしようか」

「そうですね」


 二人そろって顔の表情を引き締めた。


「少し調べてみた所、君は確かに死んだようだね」

「やっぱりそうですか……という事は元の世界に戻っても死が確定するとかそんなパターンですか」

「うん、そういう事だね」

「で、転生とかさせて貰えるんですか?」

「僕の管理している世界でよければさせてあげるよ。どうする?」

「是非お願いします!」


 俺は速攻で食いついた。当然、この可能性は考えていた。更に言うと一番期待していたパターンだった。目の前の人物が神様だと分かってからはさらにその期待が膨らんでいた。

 恐らく目の前のこの神様は俺のそんな奥底の希望まで読み取っていたのだろう。その願い通り希望を通してくれる理由が同情なのかただの善意なのか、それとも何か思惑があるのかは知らない。まあ、それがどうであれ願いを叶えてくれると言うのなら断る理由も無い。


「うん、流石だね。あえて言うのなら、その考え方が気に入ったというのと君が昔の僕に似ていたからというのと僕の業務を手伝ってくれたからの三つかな。いや、同情も含まれているから四つだね」

「わざわざ答えてくれるんですね」

「今は気分がいいからね。それで君が殺されてからどうなったかだけど見るかい?」


 神様が指をパチンと弾くと空中に半透明のモニターが浮かんだ。拡張現実という奴かな?


「良いんですか?」

「ああ、いいよ。ただし、君にはかなり辛い事があるよ?」

「……なんでそういう事言うんですか。猶更見るしかなくなったじゃないですか」

「だろうね。でも、これは君のこれからに関わる事だから見るべきだと思ったんだ。いや、見なければ関わる事は無いかな?」

「はいはい。しっかりと見ますんでもう煽りは良いですよ」

「そうかい?」

「ええ」


 俺が一つ頷くと神様がニコリと笑った気がした。何故気がした、なのかというとその顔を見た瞬間に遮る様にモニターが目の前に移動したからだ。


「それじゃあ始めるよ」


 神様のその一言共に映像は始まった。



     ◆  ◇  ◆



――ぴちゃり


 俺の血が美月の足元まで流れ出ていた。一歩動いた美月がそれを踏んだ。


『え?』

『どうかなさいましたかリーシャ姫?』


 演技中に別の事へと気を向けるのはご法度だ。あいつがそれをフォローする素振りを見せる。あまりの白々しさに少し怒りが湧いた。殺意は既に沸いている。


『いえ、なんでもありませんわ。それよりも、助けてに来て頂きありがとうございます。レスタ様』

『はっ!』


 あいつは片膝を着き胸に手を置く。それを見た美月はあいつに片手を差し出した。あいつはそれに合わせて捧げ剣の姿勢を取った。


『私は永遠にリーシャ姫をお守りいたします』

『はい、レスタ様。いえ、わたくしの騎士様』


 最後にあいつが美月の手に口づけをして舞台の幕は下がった。


――パチパチパチパチパチパチ!


 体育館に拍手の音が響く。そう、あの時は月一回の演劇部の舞台披露会だった。思い返せば確かに今回の公演は幾つかおかしな事があった。

 俺が白騎士、あいつが悪の貴族で決まりそうだった所を自分が白騎士をやりたいと名乗り出た事や、いつもは自分がやる筈の道具の管理を他の者に任せたり、脚本に口を出したりした事などだ。思い返せば他にも沢山ある。


「コレで気づかないって馬鹿じゃねぇの俺」


 思わず俺は嘆息した。そこで何時まで経っても動かない俺に気が付いた美月が寄って来た。


『おーい、佳夜かよ君。ほら、終わったよ、起きてー』


 美月が俺の名前を呼びながら肩を揺する。

 先程の言葉でわかる様に俺の名前は佳夜だ。|水無月(みなずき) |佳夜(かよ)。それが死ぬ前の俺名前である。


『ほ、ほら、ふざけてないで早く移動しないと先輩たちに怒られるよ』


 そう言いながら美月が先程より強く俺の事を揺する。だが既に意識の無い俺にはどうする事も出来ない。


『ねえ! 佳夜君起きてってば!』


 美月はそう叫びながら剣に被さる様に倒れている俺の体を抱き起した。


『ひっ』


 美月の口から小さな悲鳴が上がった。

 美月の抱き起した俺は口の端から血を垂らし、胸を真っ赤に染めていた。目の瞳孔は開ききっており、怒りで食いしばった歯は痛みで食いしばっている様に見える。自分のあまりな死に様に少し嫌な気分になった。


『あ、あぁ……う……そ……』


 美月は俺の手を取り、脈を確認する。そしてすぐに心臓が止まっているのにが付いた美月は震えた声で現実を否定する。そんな美月の姿が痛ましい。俺は映像を見ながら無意識に拳を握り込んでいた。


『佳夜君!佳夜君!佳夜君!佳夜君!いやぁあああ!!!』


 美月はひたすら冷たくなり始めている俺の体を揺らす。それでも既に死んでいる俺に美月の声が届く事は無い。映像を見ている俺は既に死んでいる筈なのに動悸が早まるの感じた。


『あの、美月先輩!佳夜先輩に何があったんですか!?』

『佳夜君!佳夜君!佳夜君!佳夜君!!!!』

『しっかりしてください美月先輩!』

『落ち着いて美月さん!』

『いやあ!やめて佳夜君、佳夜君があ!!』

『美月さん!』


 必死に俺の名を呼びながら俺の体を揺らす美月を部長と後輩の女の子が止める。確かあの女の子は美月が目を掛けていた子だ。ダメだ、思考が纏まらない。


『佳夜君!佳夜君!……うわぁぁあああああああぁぁぁああああぁぁああああああ!!』


 美月は俺の胸に顔を埋めながら涙を流している。

 その後はもう見ていられなかった。美月は警察が来ても泣き続け、俺の体を離さなかった。その様子をあいつが嗤いながら見ていた。殺意が膨れ上がったが、死んでいる俺にはどうする事も出来ない。

 その後、結局すぐにあいつはやった事がばれて警察に連れていかれた。美月も死体の検分の為に俺の身体から引き剥がされ、事情聴取に連れていかれた。

 そこで映像は停止した。


「まだ、続きがあるけど見る覚悟はあるかい?」


 今まで口を閉ざしていた神様が口を開いた。

 こんなものの続きだ、更に胸糞悪い話が続いているのだろう。


「そうだね。でも、君は見るんだろ?」

「ああ。美月がどうなったかしっかりと見届ける義務が俺にはあると思う」

「うん、やっぱり君は僕に似ているよ。特に苦労人な気質がね」

「嬉しくねぇよ」


 神様が冗談で気を紛わせようとしてくれているのが分かった。実際、少しだけ気分が楽になった。そんな安直な自分に少し苦笑いが漏れた。

 俺は軽くを深呼吸をして乱れていた息を整える。それを見届けた神様は一つ頷いて言った。


「さあ、続きを見届けようか」

「ああ」


 そして悲劇の続きが始まった。

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