芽吹く想い

 いくら精霊草を多く確保したいからと、栽培できないものの納品数を増やせとは横暴だ。わざわざ訪れて言うからには、数を確約しろということで、そんなことはできるはずがない。

 なぜ今ごろ、森に目を向けたのだろうか。レオは訝しむ。

 村長も気になったのだろう、遠回しながら意図を尋ねるが、魔法使いらの代表は嘲るように笑む。


「なんだ不満か? 高く売れるものがあれば、国力を高めるのに役立つ。この存在すればいいだけの村が、実際的な力になれるのだ。誇るべきだぞ」


 魔法使いどもが本性を表した。いや、背後にいる国だろうか。

 レオの懸念は、現実になろうとしている。


 魔法使いたちからもたらされた幾つかの言葉が、ふとレオの頭に浮かぶ。


 祖の力は失われた。

 だから精霊の存在が失われつつある。

 実際に、この森のほとんどにも、小さな小さな精霊たちが風にそよいでいるようなものだ。

 けれど、一度きりとはいえ大精霊は現れた。


 幾つかの矛盾。


 小さな小さな精霊は、人に頼まれれば喜んで手を貸す。

 なら、レオに与えられた罰はなんだというのか。


 あれほどの存在がどこに潜めるのか分からなくとも――元素の滝は生きているということだ。

 精霊たちの聖域に手を伸ばそうとすれば、災厄が降りかかるに違いない。


 しかし、それを魔法使いたちに納得させられるだろうか。

 ましてや、都の人々になど。




 なんと説得していいものやら。言葉を探す間に早速、場所の選定に付き合えと、連れ出された。


 やはりレオの懸念通り、魔法使いらは森深くへ向かえと村長に指示した。

 いつもは目を向けない周囲の気配へ、それとなく意識を向ける。

 まるでレオの不安が移ったかのように精霊たちの声は密やかで、刺々しい気配を撒き散らす人々の一行を遠巻きに伺っている。

 そんな様子には気付かないのか、代表がレオに向けて言った。


「それにしても小僧。祖の意匠とは、なんともありがたい魔法を得たものだな。この採取の仕事がなければ都へ連れて帰るところだ」


 ぞっとする話にレオの体が強張る。

 足元の黄色い草を、魔法使いは忌々しそうに見下しながら踏みにじった。


「こんな、そこらの雑草を配るだけで喜ばれるのだから、節約できて良い。民草とはよく言ったものだ」

「その節約分は、お主の腹に回っているようだがな」

「これも祖の心遣いよ。ガハハハッ!」


 精霊たちが、どよめいた。

 相も変わらずの魔法使いたちの態度に、レオ自身は呆れと諦めの溜息を人知れず吐くが、足元を流れる霧に乗せられた悲しげな声が責めたてるようで落ち着かないでいた。


「ここでいかがですか。上等の精霊草は、大体この辺りで採取しております」


 先導していた相談役が、振り返って魔法使いたちの足を止めた。

 相談役はレオの懸念に思い至っているようだ。これ以上進んで、大精霊の機嫌を損ねるべきではない。


「ほう、この先は、さらに良いものが採れるということだな。魔法の力が満ちているのは感じている。誤魔化そうと無駄だ」


 相談役を押しのけるようにして魔法使いの代表は脇を通り過ぎる。


 レオの胸の内で得体の知れない想いが芽吹く。


「精霊の声に、耳を傾けていますか」


 レオは問いかけていた。

 魔法使いたちは肩を怒らせて、ゆっくりと振り返った。

 怯まずにレオは続ける。


「このことで、何か言われませんでしたか。彼らは、はっきり嫌とは言わないでしょう。ですが助言することはあります」


 過去、レオは口を噤んだ。

 しかし今は、言うべき言葉を持っている。


 だが魔法使いたちは、きょとんとした後、弾かれたように笑い出した。


「せ、精霊の、声? クハハハハ!」

「いやはや、子供は夢があってよろしい。このような僻地で育てば、おとぎ話もさぞ楽しい娯楽なのだろうな」


 これには、さすがに村長らも困惑した様子を見せた。

 相談役が、恐る恐るレオを庇うように前に出る。


「僭越ながら、精霊の声を聞かずして、どのように魔法をお使いで?」


 途端に国の魔法使いは、面白がっていた様子を改めた。名誉を傷つけられたと言わんばかりに、強気な態度へと変わる。

 感情を隠したのだろうが、彼らの影が動揺を反映して揺らいだ。そこには、森の精霊と同じ悲しみも重なっている。


「己の体に備わったものを、自ら行使することは不思議でもなんでもなかろう。危急の際に、精霊に一々お伺いを立てる暇どない」


 まさか、これほどなのかと、レオはあまりの衝撃に面食らっていた。

 都の魔法使いは、自らの精霊の言葉さえ聞こえていないのだ。いつの間に、それほど精霊と人は隔てられてしまったのだろうか。


「いやはや、未だ迷信に傾倒している者がいるとは……いや、村の方針としては正しい。その方が民を導きやすかろうて」


 気を取り直したように、代表は厭味な笑みを張り付ける。使えない魔法を得た者は、ただの愚かな民と見下しているようだ。

 しかしそれは、ただ下に見ているといっただけの感情ではないらしい。


 ――違う。違うの。


 そう言っているかのように、今も必死に魔法使いたちの影は揺らめく。それは同情だ。複雑に絡み合った事情が、彼らを頑なにしてしまったとでも訴えたいのだろうか。


 ――違う。違うのに……。


 相談役の精霊も、懇願するように相手の影に語り掛けるが、彼らの精霊は言葉を失ったように揺らめくだけだ。


「ふん、所詮は遥か遠い過去のことだ……」


 代表は、低く吐き捨てると森の奥地へと向き直った。


 レオは、その表情と、彼の精霊が伝えてきた心情の欠片を見逃さなかった。


 心の臓を掴まれたような痛みがレオの胸に走り、目を見開く。

 その掻き毟りたくなる感情は、レオのよく知るものだ。

 都で選ばれた華やかなりし魔法使いが、なぜ、レオと同じ感情を滲ませるのか。


 あまりに、憐れだった。


 先ほどから沸々と、体の芯から沸き立つ想いが体から弾けそうに膨らむ。


 僕にできることをやらなければ……今声を上げなければ、僕は――。


 魔法がどうのではない。本物の役立たずになってしまうとレオは強く感じた。


 たとえ、精霊に拒絶されたのだとしても。

 すっかり精霊の加護から締め出されたのだとしても。

 周囲で声を震わせる小さな小さな存在を無視はできない。


 レオは、こうして苦しむほど、精霊を拒絶しきれないでいた。


「僕には、痛いほど、精霊の声が聞こえている。あなた方を憐れむ声が」

「レオ!」


 ぎょっとした相談役はレオを遮ろうとするが、レオは毅然として目を合わせた。

 これまでは目を背けてきた、相談役の真摯な目に、真正面から合わせた。

 相談役は息をのんで、レオに道を開ける。


「レオ……我らの邪魔をしていると受け取っていいのだな?」


 冷たい魔法使いらの眼差しを見ても、レオは真っ直ぐに向かい合う。

 意を決して、差し出した手のひらを天に向けて掲げた。

 魔法使いらは冷笑を漏らすが、魔法の準備に入っていた。

 しかし、レオにとって魔法は全く疲労を伴わないものだ。レオが間を置かずに生みだす速度に追いつけない。


 すっと浮かび上がったタンポポを見て、場は静かになる。


「そんな草っ花を、どうしようというんだ」


 険しく眇められた代表の目は、油断なくレオを見据える。


 レオの頭上の木々が、枝葉や霧を揺らして場を開け、木漏れ日を落とした。

 一筋の光がレオの手のひらを照らすと、花弁全体が輝く。

 日向の精霊らが、黄色い輝きに魅せられまとわりついた。

 タンポポは、輝きを増す。


 輝きだけではない、花そのものの存在感さえ増したようだ。


「力を、貸してくれるの?」


 驚いたレオの言葉に、きらめく葉露の精霊は跳ね、木漏れ日の精霊は揺れる。


 ――居心地がいいの。


 レオは、頼んでいた。


「なら、力を貸してくれる?」


 ――光? 輝く? みんな、もっと暖かくなるんだって!


 日向の精霊が辺りに呼びかけると、周囲が一斉に揺らいだ。精霊の反応の余りの強さに、レオは驚いていた。


「僕はずっと、君らを厭っていたのに……なぜ」


 ――呼んでくれた。それだけでいいの。


 今人々は、己の魔法を使うときにすら精霊の存在を意識することはない。

 それを悲しんでいたことを思い知らされるような言葉だった。


 役に立たない魔法だけれど、声が聞こえるからこそ、精霊のためにできることがあったのだとレオは知る。


 レオは両手を広げて、届かない想いを祖への言葉へ乗せた。


「祖の祝福を――」


 両の手のひらから、黄色の花吹雪が噴き上がった。

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