第8話はぐれてる刑事純情派

< 33 >


「この事件の被害者と乗客の共通点は、

【マッスルドッキング】つまり、名東線の列車事故なんですよ」


「林麻理子、川下龍二共に親族が死んでるわ。死体は原型をとどめてなく本人かわからなかったそうよ」

安帆がそう言いながら部屋へ入って来た。


「探偵さん、言われた通りに調べてもらったわよ」


そう言うと束になった紙を清野に手渡した。清野は軽く頭を下げそれをペラペラとめくり更にニヤ付いた。

「わっ、私が!」

青ざめ声を震わせて叫ぶ林に一同が振り返る。


「私がやった証拠がないです‥‥」


「林さん、あなた衣装部屋の鍵持っていますね?」


「もっ、持っている訳ないですよ!」


「じゃあ、これな~ん~だ~?」


清野はポケットから鍵の様な物を取り出し、目の前で振って見せた。


「田中さんの遺体は見つけましたよ、その中に入ってました」


「たっ、探偵さん。それは鍵じゃないでしょ。私を騙そうとしても無駄です。田中さんの遺体は消えて見つからなかったし、鍵はちゃんと入ってましたから‥‥」


林は怯えながら答えた。しかし、清野は口元をより一層歪ませて笑った。


「確かにこれは鍵じゃありませんし、遺体も見つかっていません。しかし、消えた遺体に鍵が入っていたとよくわかりましたよね?」

「!?」

驚いた顔の林は唇を震わせて下を向いてしまった。


< 34 >


「あはは!そうよ、私があいつらを殺したんだ!」


「麻理子‥‥」


顔を上げた林は先程の表情とは変り清野を睨み付けていた。川下はバックをかかえながら林を見つめる。


「小田や峰は車掌の小沢の証人になって裁判の時、平然と嘘を言って私達遺族に向かって笑った」


林は怒りと苦痛の表情で叫んでいた。


「佐原は事故で注目された劇団に目を付け、このミステリーツアーを作った。あいつらは知らないんだ、私の元に帰ってきた遺体は本人かも分からないくらいになっていたことなんて!」

「神田さんは当時の車掌、小沢さんの元奥さんですね?」


林は拳を握り肩を震わせて「私達が味わった思いを味合わせやったんだ、小沢に復讐する前に自殺したからな!」


林は唇を噛み締め、清野を睨み付けた。


「川下!なぜ三浦さんを殺そうとしたんだ?」


佐藤がうずくまる川下に怒鳴る。


「あの日、現場に行ったんだ‥‥。恋人が事故に巻き込まれていて丸焦げだった。しかし、助かった人達の中で一人、恋人が身に着けペンダントを身に着けている女がいたんだ。恋人は丸焦げの遺体になっているのになぜ!。三浦はあの時に恋人に駆け寄って泣いていた、俺の事を覚えてなかったよ」

川下は三浦を睨み付け掃き捨てた。


「復讐ですか‥‥」

清野はやれやれと言った感じで溜息を吐いた。


< 35 >


「林麻理子、川下龍二。ミステリー列車における連続殺人の罪で逮捕する!」


佐藤の声が館内に響き渡った。


カシャッ!


林と川下の手には手錠がかけられ、そのまま二人は連行されて行く。その間、川下と林は一度も目を合わせなかった。


「龍二!」


終始うつむき、体を震わせていた三浦は、その顔を上げ川下に声をかけた。


「ご…、ごめんなさい…。わっ…、私…。」


その声を聞いた川下は足を止め振り返った。そして満面の笑みでこう言った。




「ごきげんよう」




川下は最後にその言葉を残し林と共に連行されて行った。


「ごきげんよう?ってなんなんだあいつは!」

興奮気味な佐藤ブタ警部補に清野とメイがそっと答えた。


「あれは悪魔将軍の口癖なんですよ警部補」


「愛するものを失った悲しみが生んだ言葉なんです」


えも言えぬ空気が現場を包みこんでいた。それは、悲しみのやり場を狂喜へと変える事にしかできなかった、二人の犯罪者への哀れみと、愛した者から瞬時に引き離された悲劇の女性への哀れみとが複雑に混ざりあい出来たものであった。


< 36 >


「警部補!ちょっといいですか?」

川下のバッグを調べていた鑑識の小杉君が佐藤に声をかけた。


「あったか!峰の首?」


「いえ…あるのは衣服とチケット?ですね。」


「ん!どういう事だ?」


川下のバッグには国際線の飛行機のチケットが2枚入っていたのであった。


「うむ。川下の奴、林と外国に高飛びするつもりだったんだな」


「あっ、ちょっといいですか?」


佐藤の持つチケットを清野が手にし、それをまじまじと見つめた。

そして少しの沈黙の後…


「美香さん?ひとつ聞いてもいいですか?」


「はい…」


「あなたはずっとこの部屋にいたんですか?」


「えっ…?そっ…そういえば…、林さんに部屋を変わってほしいと言われ…」


「んー、という事は…。川下さんが襲おうとしたのはあなたでは無かったようですね。どうりであの二人に険悪な雰囲気が流れていた訳ですね」


「どういう事だ探偵?」


「林さんは自分が襲われる事に感づき、三浦さんと部屋を変えたんです。」


清野はそういうと手にしていたチケットを三浦に差し出した。チケットには、川下の名前が入った物が一枚。そしてもう一枚には林ではなく、三浦美香の名前が入っていた。


「川下さんのあなたへの想いは、あなたへの復讐を書き消したのでしょう。全てを悪魔に支配された訳ではなかったようです。」


チケットを手に三浦はその場に泣き崩れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る