第四話 「イメージと違うんだけど」

 昨晩、アレフィオスはリュースたちに、自分が〈東の魔王〉であると語った。それを聞いて固まるリュースとは対照的に、「えーっ!?」と大声を上げたのはエリシアだった。


「魔王って……魔王って、あの?」

「えっと……たぶん、あの、です」


 エリシアの勢いに一歩と言わず数歩後退り、アレフィオスはこくこく頷いた。


「えー……なんか、イメージと違うんだけど」

「それは、その……すみません……」


 心底申し訳なさそうに頭を下げるアレフィオスを、どういう目で見るべきなのか。取り敢えず、リュースは息を深く吸い込み――ぎろりと、アレフィオスをにらみつけた。


「っなんでテメェは、のうのうとこんなとこにいやがるんだよッ!」


 おそらく、他の二人も同じ思いだったのだろう。それぞれこくこくと頷いている。

 真正面から怒鳴りつけられたアレフィオスは涙目になりつつ、「ええっとぉ」ともたもた口を開いた。


「それは、リュースさんが引っ張ってきたからでぇ……」


 怖じ気づいている割りに、意外と図太いことを言う。リュースは苛立ちをつのらせつつ「そういう意味じゃねぇ」と低い声で呟いた。もう一度息を吸い、今度は肺を空にするまで深く吐ききると、じっとアレフィオスを見た。ただでさえ悪い目つきが、三割増しで鋭くなるが、どうしようもない。リュースは半ば自分に言い聞かせるような心地で、言葉を続けた。


「まぁ、なんだ。そもそもおまえが魔王だっていうの自体、どう考えてもおかしいだろ」

「魔王を騙ったところで、利点もない気がするけどね」


 のんびりとした口調で、アーティエが茶々を入れてくる。


「なら、妄想癖があるかだな。自分を魔王だって思い込んでる可哀想な奴ってことだ」

「それは……確かに可哀想ね」


 どうでも良いところでエリシアは頷くと、少し首を傾げてアレフィオスに近づいた。顔を赤くし、アレフィオスが肩を竦める。


「見た目は、何て言うか……美形よねー。女の子と間違えられるのも分かるくらい。でも、目がちょっと不思議。珍しいけど、綺麗な色ね」


 そう言って示したのは、アレフィオスの金色の両眼だった。アレフィオスはますます紅潮し、自分の頬にそっと両手を添える。


「これは……その。この目が、魔王の印と言いますか……。魔王特有の瞳なんです」

「そういうな」


 棘を含めつつリュースが呟く。


「そんなもん、色ガラスでもはめ込めばどうにでもなるだろ」

「そ、そんな痛いことしません」


 精一杯の反論なのだろう。アレフィオスの言葉に、リュースは溜め息をついた。


「耳、尖ってるけど」

「魔物だってのは、百歩譲って認めてやっても良いさ。こんな場所にある村だしな。だが、魔王だってのはできすぎだろ」


 エリシアの指摘を、手を払うような仕草をして一蹴すると、そのままじろりと剣呑な眼差しをアレフィオスに向ける。


「そんなに自分が魔王だってことにしたいなら、だ。俺は〈東の魔王〉の城まで行ったんだが、そこに何があったか分かるか?」


 途端、アレフィオスの目がきょどきょどと泳ぎ始めた。


(ほれ、見ろ)


 誰に、というわけでもなく、リュースは心の中だけで呻いた。


(大体、あの手紙の魔王もたいがいだったけどよ。さすがにが魔物を束ねる魔王の正体だとしたら、救いようがねぇってんだよ)


「……その」


 がくりと項垂れて、アレフィオスがぼそぼそと口を開く。両手の指を忙しなく組み変えながら、やがて意を決したように――ただし視線はリュースに合わせないまま、「すみませんでした……!」と声を張り上げた。


「わたし、その。リュースさんに、倒されちゃいけないと思って。それで、急いであれを書いて、城を離れたんです……っ」

「――は?」


 思わぬ言葉に、リュースは思いきり声を裏返した。視界の端に映るアーティエが、面白がるような表情へと変わる。エリシアは、訳が分からず首を傾げながら、他の三人をキョロキョロと見回した。


「え? なに? どういうこと?」

「ごごごごめんなさいぃぃッ」


 耐えきれず、アレフィオスが悲鳴じみた声を上げながら、深々と頭を下げた。


「悪気はなかったって言うかぁっ、リュースさん、一人で乗り込んできたと思ったらがんがん進んでくるしぃ、負けたらと思うともぉ怖くって怖くって……!」


「待て待て待て」


 捲し立てるように自白するアレフィオスを慌てて遮り、リュースは頭の中を整理しようと、自分の頭を軽く小突いた。


「書いた、だと?」

「え? は、はい……あれ? 見たんじゃないんですか? 手紙……」


 不思議そうに首を傾げるアレフィオスを見て、リュースは今度こそ気が遠くなるような感覚を覚えた。


(マジかよ)


 手紙の存在まで知っているとなれば、「魔王」であると信じるしかなくなってしまうではないか。


(城にいた魔物なら、知っててもおかしくないのか? いや……さすがにあんな手紙の内容が知れわたってたら、それはそれでおかしいだろ。急いで書かれたのは、違いねぇみたいだったし)


 こうなると、認めない方がかえって不自然ということになるのか。


「本当に……救いようがねぇな」

「え? え? なにがです?」


 怖々と伺うように、背中を丸めながら訊ねてくるアレフィオスに、リュースは深く――これ以上ない程に深く、息をついた。


「……馬鹿馬鹿しすぎて、相手にもできないってんだよ」


 〈東の魔王〉を見つけ出したら、討伐するつもりだった。もちろん、莫大な賞金のためにだ。例え逃げ出すようなへたれた魔王であったとしても、さすがに限度があると思っていた。


 しかし。


「置き手紙して敵前逃亡するだけじゃ飽きたらず、酒場で女に間違えられてナンパされて、しかもそれを本物の女に助けられ。更にはビクビク震えながらごめんなさいときた……。おまえも魔王だってんなら、少しくらいプライドをもてよっ」


 堪えきれず怒鳴るリュースに、アレフィオスは「でもぉ」と指を組む。視線は外しつつ、しかしやけにきっぱりと呟いた。


「別に、望んで魔王になったわけじゃないですし……」

「――っテメェ、そういうことばっかり口ごたえしやがって」


「止しなさいよ、リュース」


 悲鳴を上げるアレフィオスと、彼に詰め寄ろうとするリュースとの間に、慌ててエリシアが割り込む。リュースよりも随分下に顔があるにも関わらず、不機嫌を前に怯えることもなく、きりっとした表情で見つめてきた。


「別に、アレフさんはなにもしてないじゃない」

「なにもしてねぇんじゃなくて、なにもできねぇんだよ、こいつは」


 吐き棄てるようにリュースが言うと、アレフィオスは目を大きくした。その瞳が微かに揺れているのに気づき、リュースは少しばかりスッとするような、余計に苛立つような、そんな相反する気持ちをつのらせる。


「そもそも、魔王殿がどうして人間の村の酒場に?」


 一人冷静な面持ちで訊ねたのは、アーティエだった。アレフィオスはまたそれにびくりと肩を跳ねさせると、エリシアが防護壁になるように、彼女を間に置く位置へと移動した。エリシアは頓着した様子もなく「そうそう」と頷く。


「それに、アレフさんてばリュースから逃げたんでしょう? それなのに、自分から魔王だなんて言い出すし」

「それは」


 アレフィオスは口をつぐみ、それからそわそわと三人を見回した。何度か口をぱくぱくとさせると、ようやく意を決したように、唾を飲み込む。


「実は……その。リュースさんに、お願いがありまして……」

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