第5話


 VRバイザーを外す。

 VR体験のノイズにならないように真っ暗にした部屋の中、バイザーから漏れる光を頼りに机の上のお菓子の山からチョコを取り、ひと噛りする。必要なのは脳と指先を動かすための糖分とカロリーだけだ。エナジードリンクを一口含み流し込む。戦闘中にトイレには行けない。水分は最低限度だけだ。

 再び椅子に座りポジションを整え、バイザーを被る。再出現位置は戦場。C4地区だ。


 自機のコックピット内にいる自分。

 モニター越しに周囲を確認する。すでに仲間が集まりそれぞれがウォーミングアップをしている。必要なムーブ、コンビネーション攻撃の確認。その彼らと挨拶をかわす。今、この戦場で頼れるのは彼らだけだ。彼らの視野外をカバーし、背後を守り、お互いに助け合う。

 まさに戦友だ。

 戦闘開始まであと10分。

 自機の最終確認をする。

 「ボーステン2改」

 大戦用のカスタマイズ機。通常のゲームではコストオーバーすぎて使えない特別仕様だ。

 エンジン、バッテリー共に最大の物を積み、背中はバズーカから長距離砲、ミサイルランチャー、マインランチャー、手投げのクナイ型爆弾。拡張バックパックまで取り付けて武装を積めるだけ積んである。

 両腕にも盾とライフルを装備。ライフルにもグレネードやら近接用ショットガンなどの追加装備。機体本体にも追加装甲を増設しまった結果、追加武装の重量だけで機体重量の3倍にも膨らんでしまった。低下した機動力確保のためにバーニアを脚部と背中に大量に追加という泥縄ぶり。

 完全な歩く武器庫、二足歩行の要塞、破壊願望の権化、戦場の徒花、コストオーバーなのも当然である。したがって再出撃にかかるコストも莫大であるため、そうやすやすと沈むわけにはいかないのである。一度でも沈めば自軍の敗北に大幅に寄与することになってしまう。

 周りを見渡しても、そんな頭がトリガーハッピーな連中ばかりである。山盛りの武装が祭りの山車のようにそこらじゅうを闊歩している。

 基本的にこのゲームの参加者に戦略的思考というものはない。それは「タガメ」自身もそうである。ほとんどが猟犬タイプのプレイヤーであり、ファーストパーソン・シューティングというゲームの性質上、前面にのみ意識が集中し全体をみるという発想に乏しい。

 そのため、この大軍事衝突「ザ・ウォー」という場において司令という職を賜った者は苦労するのである。とにかく放っておくと突撃しかしない連中を束ねて、戦争っぽい状況を作らねばならないのだ。仕方なく司令はチーム単位にまとめて防衛戦を作ったうえで「この場を死守せよ」と命令するしかない。

 「好きにやれ」と「敵を蹂躙せよ」と命令した日には、全軍が一気に突撃し泥仕合の潰し合いのうえ、自軍を守る守備兵が一人もいなくなるというのは目に見えている。

 忠誠心を伴った鉄の結束、というものが生まれにくいのはゲームシステム上仕方がないというのが、全員の一致した見解に近い。

 だからこそ小隊単位では鉄の結束が求められる。周囲全てを敵として戦うとき、頼れるのは小隊の味方だけなのだから。


 ザ・ウォー開戦5分前。

 小隊のロボットたちは急ごしらえの巨大な地下壕に潜っていく。全機の収容を確認の後、分厚い天盤が閉じる。全部で12機の巨人が地下の防空施設で開戦を待つ。

 「タガメ」にとって、何か大きなイベントを待つ時間というのは嫌いな時間だった。

 運動会、文化祭の出し物、知人に誘われたカラオケ。他人の楽しみのために待機させられる時間。決して望まない場所に送り込まれる待ち時間。どれも嫌いな時間だった。

 しかし今は違う。とにかく早く、この檻から飛び出して自分というものを世界に弾き出したい。そんな気持ち、高揚感が溢れ出てくる。それを抑えるのに苦労していた。

 武装のチェックを繰り返す。トリガーを引けば今すぐこの場を破壊し尽くせる弾薬量だ。

 しかし支配しているのは暗い破壊衝動ではない。己の技量に自信を持てる瞬間を求める気持ち。自身の存在価値を確認したいという欲求だ。

 このゲームに参加する人間は、全てその瞬間を求めて戦っている。

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