第4話


 開戦30分前、作戦室には戦団「ポルノちから研究所」の主要戦士たちが集まり、熱も空気も伝えないはずのVRが戦意の高さを伝えてきた。普段ほとんど顔を合わすこともない連中で、同じ軍団に入っている、お互いに敵になることはない、程度の認識の「仲間」である。しかし今はわずか数時間ではあるが全力で共闘し助け合う「戦友」といえるプレイヤーたちだ。

 普段なら他のプレイヤーの中ではコソコソと動く「タガメ」であったが、今日は違う。昨日の戦果として幾つものゴールドメダルを獲得し、一地域確保を達成したエースプレイヤーなのだ。胸を張りプレイヤーたちの間を堂々と歩く、つもりであるのだが、人間のアバターにできる動作はゆっくり歩くと走るの2パターンしかないので、その彼の心意気の違いを見抜けるプレイヤーはいなかった。


 「よ、エース!」

 この軍団の司令「ポルノくん」が司令長官の椅子から声をかけてきた。「タガメ」は彼との面識はそれほどない。軍団の長といえど、一人ひとりのプレイヤーに会って命令するような事はほとんどなく、グループで活動しているプレイヤー達に軍団としてのミッション、仕事を頼む、というのが基本だ。昨日の敵地区奪取はそのミッションの一つであり、今回のザ・ウォーの下準備としてこの戦域全体で行われた草刈り作業のような仕事だったのだ。

 「タガメ」はポルノ司令にアバターを近づける。司令は昨日の戦果マップを表示する。

 そのマップ、北側が今回の敵となる「第三帝国」軍団の領地が、南側が我が「ポルノ」軍団の領地がある。

 ザ・ウォーの前にできるかぎる優位な状況を作るために、領地拡大を狙った結果が、今表示されている戦果マップだ。

 「ほとんど変わらず、取って取られてだ」

 司令が指すとおり、昨日の激戦の結果でも領土の数はほぼ変わっていなかった。しかし新規に獲得した領地も結構ある。「タガメ」が活躍したC4地区などその筆頭だろう。敵味方によって南北にほぼ拮抗して分断されている戦果マップ。その左側一点に敵側に深く突出した部分がある。それがC4地区だ。その地図を見ながら、

「どおりで敵の反撃が厳しかったわけだ」

と思う「タガメ」。一箇所だけ異様に敵陣深く切り込んでいたのだ。戦っていた当人にその戦術的感覚はなかった。

 しかし、そうしてブン捕った土地の分を、しっかり敵も取り返していた。「タガメ」達の戦場の反対側、マップ右側の味方陣地が深く削れている。

 「タガメちゃんたちが頑張ってくれたんだけど、右翼がちょっと弱かったね…」

 司令が申し訳なげに言う。たしかに「ザ・ウォーの本戦前の予選はほぼ引き分けという形だ。

 「でも今回はこっちが圧倒的に有利、それは変わらないから。領土が五分なら時差の分でこっちの勝ちだ」

 優位。時差的優位がこちらにはある。

 我が軍団は基本的にロボット軍団である。 このゲームは世界規模のゲームであるが、極めて特殊な操作性と特殊な趣味性を持つロボット兵器の操縦者は、その殆どがアジア系であるという資料がメーカー側から出ている。

 アジア系がメインのロボット軍団の中でも特に我がポルノ軍団は日本人プレイヤーが集結して作られた軍団である。

 今回のザ・ウォーは開始時刻が日本時間で夜中の10時から翌0時まで。これは日本人プレイヤー達がもっとも活発的になる時間帯であるため、我が軍団が非常に有利なのである。この戦争の時間割りは世界規模でローテーションが組まれているために、今回は非常にラッキーな戦争である。


 対する敵軍「第三帝国」はその名が示すように旧ドイツ軍兵器が主体であり、その構成員の趣向はあまり褒められたものでない、というのがもっぱらの噂である。兵器の趣向が人間性を示すものではないが、「第三帝国」というグループに関してはある種の政治的趣向者の集団が特定の兵器趣味を使ってネット内で自己実現をしている。正直に言えば人種差別主義者たちが集ってオンラインゲーム上に過去の軍事国家をヴァーチャルに復活させてしまったようなものなのだ。

 したがってゲーム世界内でも非常に嫌われた集団であり、純粋敵役としてこれほど相応しい連中もいない。

 そのためポルノ軍の士気も高まっているのだが。

 さらに敵軍はさまざまな国の人間が構成員であるためプレイ環境にそれぞれ時差がある。プライムタイムに一丸となって戦える我が軍団の優位は相当なものである。

 「とはいえ兵力は互角、ゲームバランスのための時差ボーナスとかも向こうには入るから、気を抜いてやれる相手じゃない。ここはエース君にがんばってもらわないとね」

 軍団トップとこういう事前の会話ができる。自分のランクが如実に上がったことを感じる。周囲にいるプレイヤーたちが聞き耳を立てているのを感じ、優越感がまた増す。

 「我軍はロボット兵器ばかりだから、一騎ごとのコストが高い。下手に総崩れとかが起こると復帰できる数に限りがあるから、一気にコストオーバーで負けてしまうこともありえる」

 このザ・ウォーの勝利条件は、互いの陣営のもつ資源をゼロにする事。つまり敵を倒して倒して倒しまくってコストを消費させ、敵が兵器を生産できない状態にする。そうすれば勝利である。

 ロボット兵器は通常の兵器に比べて高機能多機能である分、コストは数倍である。下手にやられると敵を数台やっつけていたとしてもコストはマイナスになる可能性もある。

 「司令、旗は狙わなくていいんですか?」

 「やめといたほうがいい。猪突して賭けに勝った例は少ない」

 勝利条件はもう一つある。敵陣の司令部にあるフラッグに触ること。触るだけで勝利が決定する。一発逆転の要素だ。自軍のフラッグもこの司令室の入った要塞のてっぺんに立っている。

 敵の一人でもここにたどり着いたら負けてしまうのだ。

 「もしも司令のボクが”旗狙っていいよ”って言ったらどうなると思う?」

 「全員突撃してメチャクチャになって討ち死に」

 「そうだろ?時間切れまで削り合いをするのが一番勝率が高い戦法なんだ。みんなを鎖につなぐのがベストってことさ。ただ、エースくんが言ってくれるんなら作戦考えるけど?」

 甘い誘惑であるが、一人だけ突撃して敵集団にボコ殴りにされるに決まっている。

 「やめときます。僕も持ち場を死守しますよ。時間まで…エースって言っても昨日たまたま勝っただけですよ。

 「戦域でベストスコアだったんだから、もっとえばってもいいんだぜ」


 司令との話を終えその場を離れながら、回りにいる幾多のプレイヤーを見る。

 自分はこの中の最強だった。たった一度のことではあるが、それを初めて知った。

 全員の戦績を確認できるのは地区司令官のみの特権であるため、そんなことを知ることはできなかったのだ。

 「僕がこの中で、最強…」

 初めて感じた、自分自身の強さという感覚。

 明日にはその名誉も消えるだろう、だがこの瞬間の気持ちを一生忘れることはないだろうと思った。

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