真夜中


 ミズヲは届いていた注文書を受け取ると、作業する小屋へ向かった。警邏けいらする体格のいい男たちと、何度かすれ違う。さほどの緊張感もなく、長い棒をもってうろうろしているだけにもみえるが、彼らには怪しい者の区別はつくのだろう。

 作業小屋の重い鍵を開け、小さい明かりを灯した。石たちは静かにひしめきあい、あるいは口をあけた巾着袋のなかにただ詰め込まれ、ぼろ切れにくるまれて積み重なりうずくまっている。傍らにいる人間には興味を示さない。

 ミズヲは注文内容を再度ながめ、候補になりそうな石をおおまかにえらびだし、卓上に集めて椅子に腰を下ろした。一つずつ、つまみ上げ、灯りにかざし、色と輝きを確かめ、大きさが合うものを選り分ける。翌朝にはマニュがもう一度見極めるが、彼の負担はなるべく少なくしておきたい。かちりと石をおく音、覚え書きを書き付ける音。小さな小屋が無音にくるまれ、全身が夜のしじまの底に沈んでいく。たとえすぐ外の闇の中に、悪霊悪鬼がひそんでいるとしても、自堕落な甘やかな感覚でもある。

 だが声が響いた。

「ミズヲ」

 書きつける指先がこわばってはねた。配慮はされた声だったが、よく通る声で、ぷつりと小さく穴を開けたらそのまま入ってくる。ミズヲは呼吸を整えて顔をあげた。扉の小窓の格子越しに、大きな目がこちらをみていた。ベニエは両手を格子にそえ、鉄格子のなかにいるようである。

「厳重な小屋ね」

 ベニエは、開いている扉に気付いた。戸口から中をのぞき込む。部屋着に、丈の長い上着を羽織っている。長い豊かな髪を下ろして、片方に束ねている。箱や包みが無秩序に並んでいるあいだを、用心深く、足場を探して、ベニエは近づいてきた。

「夜は危険よ」

 危険ならば、自分の敷地とはいえ、なぜ軽装で軽率に忍び歩いているのか。ミズヲはいらだちのそぶりにも見せず、丁寧に言い返した。

「外には夜警がいるし、ザルト商会でそんな無茶をする者はいないでしょう」

「あら。夜更かししていると、ヘビがお前を食べに来るのよ」

 子どもを脅かす決まり文句をいいながら、ベニエはきょろきょろと周囲をみまわす。手近な箱を覗き込む。升目に仕切られたなかに、弱い灯の中では、ただの石ころにしかみえない石が並んでいる。

「それは魔法に使う石です」

 ミズヲは言った。

「ごらんになっているものは、使い方を詳しく知っている人間にしか、価値がないものです」

「ふうん。たくさんあるのね」

「祭りが終わるころに、ほとんどの品がなくなるそうです。マニュが今年はとくに多く仕入れたといっていました」

「景気がいい話」

 卓上の明かりに近づいてくると、輪郭のくっきりとした唇や、形の良い目や鼻梁の線が、灯火にはっきりと照らされる。

「どうして、こんな時間にここにいるの?」

「急な注文が入ったときいて、戻って来たのです。じき終わります。続けてよろしいですか」

「ええ、どうぞ続けて」

 うながしてくるが、あまり申し訳なさそうに見えない。身にまとう質の良い香が漂ってくる。商いの世界にいるわりには、健全な若い美しさに満ちあふれている。ずんぐりむっくりの父親に較べ、手足も長い。癖はあるが美人の部類にはいる。婿取りが話題になるのも無理はない。ミズヲは手元に視線を戻した。ベニエは周りで、石をのぞいたり、光にすかしてみる。彼の作業を眺めたりもする。退屈しているようでもないが、すぐにでていく様子もない。

「こんなに暗いところで、石の色がわかるの?」

「朝にはマニュが確認してくれますから」

「そう。でも、夜を徹してするのは、あまり良いことではないと思う」

「お気遣いありがとうございます」

 ミズヲは礼を述べた。するとベニエは、不機嫌な顔で、しかし努めてやわらかい声で言った。

「その話し方、その姿勢は、わたしがザルトの娘だから? それともあなたは普段から、誰に対してもそんな話し方をするの?」

「私は、ザルト氏に、商会に雇われていますから」

「あなたを雇っているのは父であって、私ではないわ。私もザルト商会で働いている一人よ。それにあなた、イルキとは友達でしょう? イルキにはそんな敬語を使ったりはしないはず。同じようにとはいわないけど、普通に話してほしい」

「周りが、不快に思うのではないですか」

「そんなこと言い出したら、イルキはどうやってしゃべればいいのよ」

 こういう話はうんざりだ、といわんばかりに頭を降る。

 こういう面倒な主張には従えばいい。

 ミズヲは頭の半分で、三つかぞえてから、

「そうだね」

と、やさしく声を作った。

 ベニエは満足げな、幼い笑顔を見せる。ぴりぴりした空気は消えうせた。

「あなた、お酒は飲める?」

「強くない」

「あら、イルキもそうなのよ」

 彼女は足元に注意をしながら、出口に向かい、また一度ふりかえって笑顔をみせると去っていった。

 何事もなかったように、ミズヲは作業に戻った。やがて小屋の鍵を閉めた頃には、夜はもっと静かになっていた。広場に面した屋敷も、灯りはほとんどついていない。彼女は部屋の灯りをともして、まだここをみているのだろうか。ミズヲは背を向けて歩き出すと、後ろを見ないようにした。

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